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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第16話 ツェンカーの武器商人(2)

「うわあ。懐かしいなあ。ジフの紹介で?ってことはあんたたちも、ギャヴァン?」

「……ま、そんなようなもんだ。とりあえず、預かっている書状に目を通してもらえるか?」

「そりゃあもちろん。へえ〜ジフかあ。ジフ、元気?」

 シサーから書状を受け取りながら、ジークフリートが再びにこにこしながら尋ねる。それから「あ」と呟くと、頭をかきながら俺たちに手招きをした。

「ギャヴァンからのお客さんに立ち話もないですねぇ。どうぞ、良かったらそこ、かけて下さい。ああ、椅子が足りないな。ちょっと待ってて下さいね」

 そう言って店の隅にあるテーブルと椅子を示すと自分はいなくなり、やがて不足している椅子2脚を持って戻って来た。それからやかんを持ってくると、カウンターの後ろの棚から取り出したカップにお茶を注いで入れてくれる。

「ありがとうございます」

「すみません」

「いやあ、気が利かなくて……どうぞどうぞ。遠慮せず」

 そう言いながら自分はカウンターに背中を預けて寄りかかりながら、書状を開いた。

「ジフ、ヘッドになったんでしょ?あれはどうしてますか?小生意気な弟、いたでしょう。シン。あとうるさいの。ゲイトって奴。メアリやエスタシークなんかはどうしてますか?」

 どう答えて良いのかわからない。苦い沈黙が降りて、ジークフリートはきょとんと首を傾げた。それから書状に視線を落とす。

「その……メアリとかエスタシークって人は、俺らは面識がねぇな」

「ああ、そう?」

「ジフがヘッドになったのは確かだ」

「そっかあ。昔はすんごい嫌がってたって話だけどね……ふうん。あんたら、フリュージュに行くのか」

 書状に目を通し終えたらしいジークフリートが元通り紙を畳みながら顔を上げると、応えてシサーが頷いた。

「言い遅れたが、俺はシサーだ」

 シサーが言って、順番に自己紹介をしていく。それを受けて頷いていたジークフリートは、やがて体を起こして店の外に一度出ると、看板を畳んで、ドアにぶら下がっていた『営業中』の札らしきものをひっくり返して戻ってきた。

「今日はもう店じまいですね。改めて、僕は、ジークフリートです」

「え、だってまだ早い……」

「いーんです。どうせ、最近は客が来やしないんですから。今はいろいろと仕入れも厳しいご時勢で、品薄でもありますしね。それに……」

 どこかで似たような意見を聞いたような気がすると思っていると、ジークフリートは人の良さそうな笑みを浮かべたままでちらっと手元の書状に視線を落とした。

「ジフに頼まれたら、出来るだけのことをしてやんなきゃ、悪いですから」

「あんたは、ジフとはどういう繋がりだ?幼友達とかってやつか」

 お茶の入ったカップを弄びながらシサーが何気なく尋ねる。カウンターに寄りかかったままでジークフリートが笑う。

「みたいなもんですね。ジフの方が僕より随分年上だから、一緒に遊んだわけじゃないですけど」

「ああ、そうか」

「ちょっと借りがありまして。ジフの頼みなら気合い入れとかないとまずいかなーっなんて。まあ付き合いも長いですからね。ジフに『良いようにしてやってくれ』って言われたら、聞かないわけにはいかないなあ」

 言いながらカウンターに置いたやかんを取り上げたジークフリートは、同じくカウンターの上に置いてあったカップをひとつ取り上げてやかんからお茶を注いだ。自分専用のカップらしい。やかんを再び置く。

「でも、その為にはあんた方の事情を少し聞かせてもらわないと、僕に何がしてあげられるのかがわからない」

「それはそうだな……」

 ジークフリートの言葉に、シサーは苦笑をして押し黙った。

 彼に、何をどう話して良いか考えているんだろう。

「まあ、あなた方が僕をどのくらい信用してどのくらい話をするのかにもよります」

 人の良い笑みを浮かべたままで、ジークフリートはそう言ってカップに口をつけた。意外と食えない人のような雰囲気をかもし出しているのは、どこかジフと最初に会った時のことを思い出させる。

「ジークフリートさん」

「ジークでいいですよ。何?ええと、カズキ?」

「はい。じゃあ、ジーク。……ジークも、盗賊ってわけじゃあないんですよね」

「僕ですか?」

 ジークが俺の言葉にくすくす笑った。

「違いますよ。僕はしがない武器商です。ジフとは知り合いだけど、僕は取り立ててギルドと深い付き合いをしていたつもりはありません」

 ああ、そうなんだ。

「だけど、さっきも言った通りジフには個人的に借りがあって、ジフやギルドと仲が良かったメアリと言うのが僕の幼友達にいるんです。12歳の頃から僕は彼女の父親に弟子入りして武器商について学ばせてもらっていたから、その繋がりでその辺の民間人よりは少しギルドの一部と知り合っているだけです」

「ふうん?メアリってのはギャヴァンの武器商か」

「の娘ですね。彼女自身は今は自警軍で働いているはずですけど」

「ジフへの借りってのは?差し支えなけえば、だが」

 何をどこまで話すべきか判断する材料としてだろう。ジークのことについて突っ込むシサーに、ジークはわかっていると言うようににやにやしながら頷いた。

「差し支えないですよ。要は、命の恩人って奴なんです」

「へえ?ジフが?」

「ええ。子供の頃、魔物に襲われかけたことがありましてね。それをジフが助けてくれた。彼らが来てくれなければ多分僕は、あのまま食われていたでしょう。まあ、それで、それ以来ジフに懐きまして」

「ああ、なるほど。それをきっかけに友人関係になったわけか」

「はは。先ほども言いましたが、年齢が離れてますんでね。友人と思ってくれているかはわかりませんが。僕としては、ジフに感謝をしていると言うところです」

 そこでジークは口を閉ざした。シサーも少し考えるようにして、黙る。とりあえず、ジークと言う人をどう判断してどこまで話すのかは、シサーにお任せしよう。俺が口を挟めることじゃない気がする。

 でも、ジフからジークへの書状には何をどの程度まで書いてあったんだろうな。

 書状には封印が為されているし、他人への手紙を読むもんじゃないし、俺はもちろん、誰もジークへの書状を見ているわけじゃない。ジフ自身がそもそもツェンカーに向かう俺たちの目的を知っていたわけじゃないけれど、ユリアがヴァルス王女だと言うことは、ジフは知っている。

「ジークは、元々ギャヴァンだろう?」

「はい」

「どうしてツェンカーに?」

 カップを撫でながら、ジークは軽く肩を竦めた。

「深い意味はありませんね。敢えて言うならば、ここの気質が好きだったとしか」

「へえ?」

「ローレシア大陸の中で、唯一国王を戴かない自治政権でしょう。そういう気概が何となく好きでしてね。どうせ自分で商売するんだったら、好きなところに行ってやってみようかなってだけですよ」

「そんで、ギャヴァンから来たのか?ひとりで?」

「アテもなく、と言うわけではないです。さっきも言ったメアリの父親が、紹介してくれましてね。僕が16歳の頃に、今度はツェンカーの武器商の元で手伝わせてもらっていたんです。ロドと言う大きな街ですが。そうして20歳になった頃に、オーバスヴェルグで独立をしました。5年前ですね」

 じゃあこの人は今、25歳ってところか。12歳から武器商の仕事……既に13年も続けていることになる。凄いな。

 こっちの世界は、何となく早熟だ。シアにしても、俺と同い年で既に独立している。ワゴン販売だとしたって、彼女はあれを仕事として生計を立てているわけだ。ジークに至っては12歳……俺の感覚で言えば小学生のうちから仕事を学び始めている。考えられない。

 親の稼ぎで無駄飯食らいをただ置いておく、と言う余裕がないんだろう。もちろん学校に行って学んだりしているような人もいるわけで、そういうのはそれはそれで無駄飯食らいってわけじゃないんだろうけど、民間の子供は俺の世界のように誰もが学校に行けるわけじゃなさそうだ。となれば、学校に行けない子供たちは、ある程度の年齢になったら働かざるを得ないんだろう。シュールだ。

 ジークが俺の年の頃には、家を離れて外国で仕事の修業をしてたんだな。で、この年にして起業していると。……俺がジークの年になった頃には、どうしてるんだろうな。

(生きてるかな……)

 そもそもそれが問題だ。

「じゃあもう、ツェンカーで武器商の仕事に携わっているのは……」

「かれこれ9年ですか。10年近くなります」

 そこで一度言葉を切ったジークは、シサーににやっと笑って見せた。

「だから、ルートはそれなりに安定したものを持っています。……ルートと言うのは、武器の流通だけじゃありません」

「……」

「情報も。……表のルート、裏のルートと」

 さすがと言えば、言える。

 俺たちが必要としていることが何なのか、察しが早い。

 武器商ともなればアンダーグラウンドなところとも繋がらないわけじゃないだろうし、こう見えてこの人、それなりの修羅場をくぐってたりするんだろうか。

 探るように目を細めたシサーは、しばしの沈黙を挟んで口を開いた。

「こっちの事情を話す前に、ひとつ、聞いておきたいことがあるんだが」

「どうぞ」

「あんたの持つ情報ルートは、政権にどのくらい食い込んでいる?」

 ジークが軽く目を瞬いた。それから少し考えるようにして、答える。

「ルートそのものは、繋がっているともいないとも。その程度です」

「ふうん?あんた自身は?」

「……僕、ですか?」

「ああ」

 シサーの聞きたいことを察したらしい。ジークは口の端を持ち上げて、持っていたカップをカウンターに置いた。

「僕は、多勢派、とでも言っておきましょうか。取り立てて政権にクチバシを突っ込む立場にもいないし、意見もさしてあるわけじゃないです。大多数が支持するところに、僕も流れておこうと言うくらいですか。決まったことに反対するほどの熱意もなければ、推進運動をするわけでもない。僕の明日の商売の方が重要――そういう、立場です」

「信じよう」

 そう言ってシサーは、背中を預けていた椅子から体を起こした。いずれにしても、ツェンカーにおいて現状、味方になってくれそうな人は他にいるわけじゃない。ルーベルトに会うことはもちろん出来るだろうが、あくまで政治絡みである彼らに本当の意味での味方を求めることは現状、時期尚早だし、政治絡みのツェンカーの実情と言うのは、ストレートに聞けはしないだろう。民間人と言える立場の人間の協力は、出来れば欲しいところだ。

「とりあえずのところは、あんたを紹介してくれた、ジフを信じて」

「それはこちらも同様です。あんたらが、係わり合いになりたくない人間ではないことを信じますよ。僕の協力を期待した、ジフの為に」

 シサーの言葉に、ジークも笑った。それからすっと笑いを引っ込めて、真面目な表情で尋ねる。

「それで、ヴァルスから遥々ツェンカーを訪ねて来た用件は」

「あんたらの新代表ルーベルトに会いたいんだ」

「……」

 ジークが沈黙をする。

「とは言っても、そこへの繋がりをあんたにつけてくれって話じゃない。会うことは恐らくは、困難じゃねぇだろう」

 何せ、一国の宰相から直接連絡が行っている。そして訪問しているのは、一国の主だ。……まだ、正式なものではないにしても。

「へえ?」

「だけど、その前に知っておきたいことが、幾つかある。状況によっては、ルーベルトに会うことそのものが、危険になりかねないって話を耳にした」

「会うことそのものが危険になりかねないって話?」

「いや、ルーベルトに何かされるとかって話じゃねえけどな。……ツェンカー内部に、妙な動きはないか」

「……」

 ジークが黙る。

 乗合馬車の中でおじさんが言っていたことには、ヴァルスの王侯がツェンカーを訪問すると言う話が漏れているらしい。そして、ツェンカーの一部ではそのことによってツェンカーが面倒ごとに巻き込まれるんじゃないかって危惧する動きがある、と言うような種類のことを言っていた。もしもそれが本当なのだとすれば、ユリアがルーベルトに会うことそのものが危険である可能性がある。ルーベルト自身がどちらの考えの持ち主であれ、場合によってはユリアの拘束もしくはツェンカー内での暴動を誘発する恐れ。

 だとしたら、おいそれとルーベルトを訪問する馬鹿はいないだろう。

 とりあえずのところは、その話の真偽を確かめなけりゃならない。

「妙な、動き……ねえ」

 考えるように視線を彷徨わせたジークは、やがて考えを定めたようにシサーに視線を戻して口を開いた。

「あります」

「……それについて、詳しく教えちゃもらえないだろうか」

「構いませんが、その為にはあなた方の目的の全貌を話してもらう必要がありますね。僕はジフに恩はあるけれど、現在はツェンカーの人間です。ツェンカーを無駄に騒がせるようなことになっては困りますから。あなた方の事情をきちんと聞いて、それによって判断させて下さい。但し」

「何だ」

「どんな内容であれ、あなた方から伺った内容については、決して他言はしません」

「何をもって保証する?」

「信用してもらうしかありませんね。武器商として仕事をしていれば、耳にしてはならない種類の話も流れ込んでくる。それでもこうして10年近くひとりで武器商を営んで来られたと言うところを、信用してもらうしかないでしょう」

「……わかった」

 ちらりとニーナに視線を走らせたシサーは、ニーナが頷くのを確認して頷いた。何かの魔法を発動したとかそういう感じではないから、恐らくはお互いの彼を信用に値する人間かどうかの判断を確認したんだろう。それからユリアを振り返る。

「ユリア。話しても良いか?」

「はい」

「許可が下りたんで、俺から話そう。まず、ヴァルスの現状と言うのは、知っているか」

「ええ。何となくですが。……帝国内部の各国を敵に回して奮闘中、とのことですが」

 最南端であるヴァルスの情報と言うのは、最北端と言えるツェンカーにまではやはり詳しくは伝わらないらしい。アバウトな情報を示したジークに、シサーが肯定して頷いた。

「まあ、そうだな。正確には、ロドリス率いるナタリア、バート、そしてリトリアの進軍に抵抗中だ」

「四ヶ国……」

 呟くように言ったジークは、眉を顰めて問い返した。

「対するヴァルスは、一国ですか」

「ロンバルトは敗北した」

「モナは」

「モナが率先してヴァルスに襲い掛かってきた敵国だ」

「まさか」

「既にモナは敗北が決まってヴァルスが押さえているが、戦力には現状なり得ない」

「……」

「つまり、ヴァルスには今、味方がいない」

 その言葉の深刻な響きに、ジークが真面目な視線をシサーに向ける。微かに顔が強張っている。

「対する敵国には、ロドリスそしてリトリアがいる。リトリアは俺の知る限りではまだ大掛かりな動きはなかったが、今頃は既にヴァルスへの進軍をしているのかもしれねえ。ロドリスはとっくだ。ロンバルトを占拠してるからな。多分もう、ヴァルスへ向けて動き始めているだろう」

「……苦しいですね」

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