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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第15話 brevis larva(3)

 ユリアの答えに、少し考え深げに沈黙をしたシサーは、それから辺りをきょろっと見回した。

「いずれにしても、今日の宿を何とか見つけなきゃなんねえなあ。んでも、ご覧の有様で、宿を取るのが結構しんどいらしい。うんと金をかけりゃあ空いてる宿もあるかもしれねえけどな」

 それもそうか……避難民みたいなものだろうから、誰も彼もが金持ちってわけじゃないだろう。多分安い宿から埋まっていってて、こういう状態だったら高価な宿なら空いてるのかもしれない。

「じゃあ、それを当たってみるしかないかしらね……」

 ニーナが渋々と言う感じで、口を開いた。俺たちだけならまだしも、ユリアがいるのだから宿を取らないわけにはいかない。何かあったら洒落にならないんだから。……カサドールではかなり際どかったけど。

 ともかくも宿泊先を決めるべく歩き出す。通りの幅は結構広かったけれど、それでも尚人が多く、しかも屋台みたいな出店なんかもあるので、混雑が凄い。

 ようやくそれから少し逃れたと思ったら、大きな噴水のある広場だった。けれど避難民の姿はここにも多く、美しいと言える景観と相まってなんとも妙。

「なかったら、どうすっかなあ」

「シサー、この街には知り合い、いないの?」

「そう至るところに知り合いがいるかよ……」

「エル……ッ!?」

 シサーと俺が会話を交わす合間に、不意に、言葉が割って入る。誰かを呼ぶような女の子の声に、一瞬奇妙な間が出来た。

 それから、キグナスがぽかんとしていることに気がつく。……あれ?そう言えばキグナスの名前って……。

「俺?」

 オレンジの瞳をぱちぱちと瞬いて、俺に尋ねる。

「俺に聞かれても、わかるわけがない」

「エル!!こっち!!」

 エルアード・キグナス・フォン・ブロンベルグ――それがキグナスの本名だっけ。

 そう俺が気がついた時には、もう一度女の子の声が名前を呼んだ。声の主を探して辺りをきょろきょろする。そして、俺たちから少し離れた噴水のすぐそばの屋台から、女の子がこちらを真っ直ぐ見ていることに気がついた。屋台って言うよりは、俺流に言えばフラワーワゴンって感じだ。カントリー風の可愛らしい出店で、ここも花籠が飾られている。……あれ。でも売ってるのは花じゃないんだな。パンとか、クッキーとか、そんな感じだ。

「何だ?知り合いか?」

 シサーがきょとんとキグナスに尋ねる。それにまたキグナスもきょとんと顔を見返して、首を傾げた。

「知らな……」

「エルってば。エルでしょ!?わかんないのッ!?もうッ……薄情だなあッ」

「明らかにキグナスの知り合いみたいだけど。心当たり、ないの?」

「ねえ」

「あ、何かマカロフに学校の友達がいるとかいないとか言ってたじゃん。その人じゃないの?」

「え?だってあれは……」

 言いかけたキグナスが、視線を彼女に戻して、固まる。それからみるみる顔に驚きを広げて、彼女に問い返した。

「シア!?シアか!?」

 心当たりがあったらしい。

 そう叫ぶと彼女の方へ駆け出すキグナスに、シサーと顔を見合わせてともかく後についていく。

「うひ〜。本当にお前、シアかよ?」

「そう見えないのかよ〜」

「見えねえ」

 ワゴンで販売しているのは、やっぱりパンとかクッキーみたいだった。何種類もを小さな籠に幾つもわけて、飾ってある。ワゴンの上の方には花籠やグリーンが吊ってあって、まさしくカントリー風だった。販売をしているのは彼女ひとりのようだ。

 キグナスがシアと呼んだ女の子は、年の頃は俺たちと余り変わらないんだろうか。若い。アイボリーの真っ直ぐな髪は背中まで長く伸びていて、カチューシャで押さえていた。目鼻立ちのはっきりとした顔立ちをしていて、オリーブ色の大きな瞳が快活な印象を与える。ちょこっと頬の辺りにそばかすが浮いていて、コケティッシュな雰囲気の持ち主だった。

「エルは、変わんないねえ。人込みの中でもエルだって、すぐにわかったよ」

「お前って凄ぇ奴……」

 それから、彼女の目が俺たちに向く。

「初めまして」

「あ、ごめん。ええと、俺のエルレ・デルファルん時の同級生で……シア」

「シアーネです。シアで良いですよ」

「……おめぇががさつな言葉を使ってねえの、初めて見る……」

「うるさいよエルわッ」

 ぱしっとシアがワゴンの内側からキグナスの頭を叩いた。「いて」と呟きながら、キグナスが顔を上げて今度はこっちをシアに紹介する。

「んで、そっちから、ニーナ、シサー、ユリア様、カズキ」

 ユリアだけ『様』がついてるのも妙は妙なんだが、シアは特に頓着した様子もなくにこっと笑顔で改めて頭を下げた。こちらもそれぞれ頭を下げる。

 ふうん。同年代の友達と一緒にいるキグナスを初めて見るな。何となく、シアに制圧されている感があって面白い。

「でもエル、何でこんなところに?」

「ちょっと用事があってツェンカーに向かってんだよ。おめぇこそ、レンスバレロにいるんじゃなかったのか?」

「うん、こないだまではレンスバレロにいたんだけどね。レンスバレロのパン屋さんで修業がてら働いていて、先月からね、こっちに移ったんだ」

「へえ。何でまた」

「ひとりでやってみようと思って。それで今はこうして、ワゴン販売でやってるの」

 キグナスの言葉に答えたシアは、それからぐるっと俺たちを見回して苦笑いを浮かべた。

「驚いたでしょ」

「え?」

「人が多くて。以前は、こんなんじゃなかったんですけど」

 シアの言葉に、シサーが頷いた。

「聞いたぜ。……トラファルガーだろう」

 シアが、硬い表情で頷く。

「そう。咆哮が聞こえ始めたのはもう去年辺りからなんだけど、それが少しずつ間隔が狭くなってる。この前はついに、ツェンカーの上空まで飛来したって聞いた」

「そう聞いたな。本当か?」

「それはわからない。あたしはツェンカーの人間じゃないから。ツェンカーから流れ込む人の話もまちまちで、どれが本当なんだか良くわからないの。だけど、どちらにしたってトラファルガーはもう間もなく、活動を開始する」

 深刻な顔でそう言い切ったシアは、それからキグナスの方へ顔を戻した。

「今、到着したの?」

「ああ。長距離乗合馬車で、アスコから」

「じゃあ、疲れたでしょ。宿は?」

「探そうと思ってるとこだけど……この有様じゃあ、期待出来ねえかなあ……」

「ウチに泊まれば?」

 ぼやくように答えるキグナスに、シアがあっさりと言った。「ふえ?」と目を瞬くキグナスに、シアがにこっと笑ってまた俺たちに視線を向けた。

「良かったら、だけど。泊まるところを探すの、きっと大変でしょう。ウチで良かったら、何も出来ないけど、寝る場所の提供くらいは出来ると思います。その辺で寝るよりは、少しはましなんじゃないかな」

「それはありがたいけど……良いのか?」

「うん。それほど大きい家じゃないから、窮屈かもしれないけれど」

 そう前置きをしてから、シアは、もう一度キグナスに微笑みかけた。

「迷惑じゃなかったら、一晩の宿を提供します」


          ◆ ◇ ◆


 シアが住んでいると言う家は、噴水のある大きな広場から20分ほど奥の方へ移動したところにあった。

 小さい、とは言うけれど、俺と同年代の女の子がひとりで住むにはちゃんとした一戸建ての家で、聞いてみればシアが以前勤めていたレンスバレロのパン屋さんの店長さんから借りているのだそうだ。1階建てのこじんまりとした家で、リビングと小さなキッチン、それから他には2部屋があるだけだった。

「客室と言えるのが、この部屋しかないの。全員入るには……狭いよね?」

 1部屋はシアの寝室に当てられているらしい。それの他にあるもう1部屋は、確かに、レイアを勘定しなくても5人でここに寝ろと言うのは厳しいものがなくはない。

「いいよ、俺たち、こっちの部屋で寝る。適当にやるから、布団とかいらねぇし」

 寝る時には男性陣3人がリビングを借りることにして話がまとまると、とりあえず夕食を取ることにする。荷物を置いて近くの食堂へ足を運ぶことにした。ちなみに目立つレイアはお留守番だ。

「ボリュームはあるし、味もオススメだよ。おいしいんだから。おじさん、今日の日替わり、何?」

「今日はリズルと野菜のクリーム煮か、ケルルの蒸し焼きだ」

「じゃああたし、クリーム煮」

 リズルと言うのはどうやら白身魚、ケルルと言うのは小動物のようだ。各々適当に注文をして料理が運ばれてくるのを待つ間、シアはこの街の最近のことを話してくれた。

「とにかく引っ切り無しに人の出入りが激しいよ。マカロフの西部に向かおうと思う人がとりあえず立ち寄るって感じで、先月の頭辺りからはこんな様子だったみたい。あたしはその頃はまだこっちにいなかったけど、レンスバレロなんかも人の出入りが増えてたし」

「みんな、どこを目指してるんだ?」

「さあ。だけど帝国は今、戦争中でしょう?だからもう、逃げる先って言ったら、マカロフかワインバーガの西部か……そんなとこしか思いつかないんじゃないかなあ」

 気持ちはわかるけどね……とシアはテーブルに両肘をついて、組んだ手の甲に顎を乗せた。ため息をつく。

「何せドラゴンなんか出た日には、一気に街がひとつ壊滅するってんだから。マカロフでもこの辺りはトラファルガーが出るか出ないか、微妙と言えば微妙じゃない?まあ概ね大丈夫だとは思うけどさ。逃げといた方がいいのかなあとか思ったり、まあ大丈夫かあって思ったり」

「実家はあるんだろ?」

「うん」

 キグナスの言葉に、シアが頷く。それを受けて、ユリアが尋ねた。

「実家は、どこなの?」

「ナタリアだよ。ナタリアのロセットって言う小さな町。南部の方だから、トラファルガーとはまあ関係がないね」

「そう……」

 やがて注文した食事が運ばれて来る。それぞれメインとなるクリーム煮か蒸し焼きと共に、パンと簡単なサラダがついた。ちなみにニーナは相変わらず、サラダだけ。

「シアちゃんのパンには負けるがなッ」

「ふふ。おじさんのパンも、あたしは好きだよ」

「泣かせるねえ」

 軽口を叩いておじさんがいなくなると、食事に手をつける。俺が頼んだのは蒸し焼きって方だけど、どっか鶏肉みたいなあっさりした肉だった。どんな動物なのか今ひとつわからないのが気にはなるが、まあ気にしない方が良いだろう。食えるんだから、気にせず食っておいた方が良い。

「シアも、魔法が使えるの?」

 エルレ・デルファルと言えば、魔術師養成の学校だ。普通に考えればその学校でキグナスと同級生だったってことは、シアも魔術師ってことになる。そう思って尋ねてみると、シアは苦笑した。

「残念ながら。あたしは使えない」

「え、だって」

「あたしはリタイア組なんだよ」

「リタイア組?」

 きょとんと尋ねると、シアは屈託なく頷いた。その隣でキグナスが複雑そうな顔をしてパンをちぎっている。

「エルレ・デルファルってのは、厳しいから。落ちこぼれにはついていけないように出来てるんだ。だから、出来ない奴は、強制退学になる」

「そうなんだ……」

「何だっけ。単位の取得とかあるんだよな?試験がしょっちゅうあるとかって聞いたことがあるけど」

 口を挟んだシサーに、シアは顔を向けて頷いた。

「そう。そんであたしは駄目だったってわけ。実技にいくまでに落ちちゃったし、その後自分で勉強したりしたわけじゃないから、今は本当に何も使えないんだ」

 へえ〜……そうなんだ。

 何となくしみじみと、キグナスを見る。本人が自分のことを馬鹿だ落ちこぼれだ言うものだから、今ひとつなのかと思っていたけれど、そういうわけじゃないんじゃないか。だってキグナスはまがりなりにも卒業をしているんだから。

 魔術師ってのがごろごろいるものじゃないと言うのはわかっていたつもりだけど、でも本当に魔法を実戦で使える人間ってのはエリートにあたるんだな。エルレ・デルファルがエリート街道ってのは話には聞いているけれど、何せ俺の知っている卒業生がアレとコレなものだから、エリートって感覚がなかった。

「何だよ」

 しみじみと見ている俺の目線に気がついて、キグナスが目を上げる。

「いや……キグナス、エリートくんなんじゃんと思って。俺、初めてキグナスを尊敬した」

「褒めてるのか?喧嘩売ってるのか?」

「褒めてる以外に聞こえるの?」

「聞こえる」

「あ、そうだ。シア、知っていたら教えて欲しいんだがな」

 俺とキグナスがごちゃごちゃ言っているのを笑って聞いていたシアに、ひとりさっさと皿を空にしてしまったシサーが思い出したように話を振った。シアが顔を上げる。

「何?」

「ツェンカーに、何か胡散臭い動きと言うか……そういうのがあると言う話は聞いたことがあるか?」

 シサーの問いに、パンを口に放り込んだシアは眉を顰めて首を傾げた。

「ツェンカーに?」

「ああ」

「……あたしは、ないなあ」

「そうか」

「リトリアじゃなくて?」

「リトリアか……」

 呟くように言って、エール酒のグラスを指先でなぞる。

「リトリアにも何か変な動きがあるらしいってのは、俺もさっき馬車ん中でちらっと聞いたな」

「わたしたちも聞いたわ」

「リトリアは、内乱の動きがあるって聞いてるよ」

「反乱か」

 シアが硬い眼差しで頷く。

「クラスフェルド王に対する反乱の動きだって。今、どこまで話が進んだのかは知らないけれど、それは確かみたい」

「ツェンカーは?」

「ツェンカーは、あたしは聞いたことがないよ。でも、新代表が決まってまだ間もないから……おかしくはないとも思うけど」

「う〜ん……そうか」

「ツェンカーに行くんだったら、そっちで話を聞いた方が確実だと思うよ」

 それはそうなんだろうけど。

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