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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第15話 brevis larva(2)

「おぉ〜。町についたぞ〜」

 窓の外に目を向けたキグナスの言葉で視線を向けると、やはりお洒落な防護壁に囲われた町が近付いてくるのが見えた。

「ここは……何て町だっけ。ええと」

「レイバーだ、レイバー」

「そう言えば、マカロフって何か名産とかないの?」

「知らねえ」

「果実酒が美味しいわよ」

「ふうん。町に下りて買い物とか出来たらいいのにな」

「そんで置いて行かれて翌朝を待つんじゃ、長距離馬車に乗る意味がねえ。……あッ。カズキッ、何か変なイキモンがいるッ」

「え?どれどれ?……何あれ、ペット?」

「魔物の一種じゃねえか?」

「可愛いじゃない」

「……可愛いですか?」

「……可愛いかなあ」

 馬車がレイバーの町に入っていくと、窓に張り付いて移動していく町の風景に目を奪われる。まるで修学旅行中の小学生のようだ。

 レイバーでは町の中ほどにあるらしい停留所に馬車が止まり、客の入れ替わりと馬の付け替えが終わると、馬車はすぐに走り出した。

 乗っている人間は、ぽつりぽつりと入れ替わる。アスコから終点のグリンローズへ行く人間は、それほど多いわけではなさそうだった。最初に俺たちと一緒に乗った人の3分の1くらいは既にいない。代わりに数人が、入れ違うように乗り込んで来ていた。

「何か良い匂いがするね」

「昼メシでも作ってんじゃねえか?そういやもうじき、そういう時間帯だよなあ。腹減ったぁ」

「まだ早いんじゃないの……前倒しで食っちゃうと、到着した時には腹ペコだよ」

 ユリアの更に向こう隣には、やや距離を置いてレイバーからおじさんが乗り込んで来ていた。ゴトゴトと揺れる振動と音の中、何となくそのおじさんを見て、耳についているイヤリングがふと目に留まった。マキビシみたいな形の飾りがついたイヤリング。……何だっけ。どっかで見た気がしなくもない。

 そんなことを思っていると、何か手紙みたいなものに視線を落としていたおじさんが、ふと俺の視線に気づいたように顔を上げた。ごそごそと紙切れをしまいながら、俺に話しかけてくる。ヴァルス語だ。

「ぼーずたちは、どこへ行くんだ?」

「え?俺たち?」

 ひとり旅みたいだから、暇なんだろう。ユリアとキグナスが口を噤んでしまったので、おじさんを放置するわけにもいかないから口を開く。

「終点まで」

「グリンローズか?何だ。遠くまで行くなあ。親戚でも訪ねんのか?」

「そういうわけじゃないけど……ツェンカーに行きたくて」

 そう答えると、おじさんが目を瞬いた。

「ツェンカーか。何しに行くんだか知らねえが、やめといた方が良いんじゃねえか?」

「え?何で?」

 思わずユリアと顔を見合わせて、おじさんに問い返す。おじさんが、こりこりと自分の頬を掻きながら、窓の外へ視線を向けた。

「先月、トラファルガーが出たらしいぞ」

 ぐえ。

「……まじですか」

「いや、本当かどうかは知らんがな。まだ襲撃して来たわけじゃなさそうだが、空を旋回して去ってったとかって話だ。それに……」

 目覚めたんだろうか。

 背筋に冷たいものを感じながら黙りこくっていると、おじさんはそんな俺には気づかずに続けた。

「ツェンカーも何だか、揉め事が起きそうだしな」

「揉め事?」

「あんたら、どこから来た?」

「え?」

 問い返した言葉には答えずに質問返しするおじさんに、首を傾げながら答える。

「ヴァルス、ですけど」

「そうだろう。さっきからヴァルス語でしゃべってたからな。そうじゃねえかと思ったんだ」

「はあ……それが?」

「何でも、ヴァルスの偉い人が、ツェンカーを訪ねようとしてるって話を聞いてねえか?」

 ぎくーッ。

 一瞬目を見開いてしまってから、俺は慌てて顔を横に振った。まさか、「あ、それ、俺たちのことかも」と言うわけにはいかない。

「知らない、です」

「そうか?らしいんだよ」

「……へえ。何の為に」

 このおじさん、何者なんだ……?

 ツェンカーには、ユリアが到着する前に、先触れとして使者が放たれている。使者がどんだけ俺たちより先行しているかは知らないけれど、少なくともツェンカーの要人――新代表のルーベルトには、ヴァルスから訪問する人間がいることは事前に知らされる。

 だけど、そんなのは公に宣伝されることじゃない。もちろん、ヴァルス国民だって知っていることじゃない。知っているとすればヴァルスとツェンカーの幹部だけになるはず、だと思うんだが。

「さあなあ。それは俺は知らねえけど。そんな噂があるってことしか」

 噂……?

 俺の内心には気がつかずに、おじさんはのそのそとあぐらをかき直しながら軽く肩を竦めた。

 とりあえず、見る限りは俺たちに不審なものを感じているようには見えない。……多分。

「で、それが?」

「それが、一部に反感を生んでいるらしいんだな」

「反感?どうして?」

「ヴァルスっつったら、今、戦争中だろう?」

「はい」

「あんたたちも、それで逃げ出して来たんじゃねえのか?何でも、かなり形勢が不利って話じゃねえか。ヤバイんじゃねえか?ヴァルスは」

 ちらっと視界の隅で窺うと、ユリアが曇った顔で視線を伏せた。おじさん、頼むからユリアを不安にさせるようなことを言わないでくれ。

「そんなこと……別に俺たちは、逃げてきたわけじゃないですけど」

「ああ、そうかい?まあともかくな、ヴァルスがツェンカーを帝国に引き込もうとしてるんじゃねえかって危惧を感じてる奴らもいるみたいだからな。だから揉め事が起きそうだって言ってんだよ」

「……」

「今ローレシアで安全なのは、マカロフかワインバーガ、それかキルギスくらいのものじゃないか。後はどこに行ったって、揉め事の嵐だ。せっかく安全なマカロフにいるのに、余計なトコに行って命を脅かすこともねえんじゃねえかと思っただけだがな」

 そう言ってからおじさんは、俺が帯剣していることに気がついて笑った。

「ぼーず、腕っ節に自信はあるか」

「ありません」

 きっぱりと答えると、おじさんは楽しそうに一層笑った。

「立派な剣をぶら下げてるじゃないか。お嬢ちゃんを守ってやらにゃ」

 思わずユリアと顔を見合わせる。それから苦笑いを浮かべて、曖昧に頷いた。

「それは……そうしたいとは思うけど」

 言いながら、何となく剣をさする。今俺が帯剣しているのは、シャインカルクからもらったあの剣じゃない。カール公からもらったものだ。

 カサドールで『紳士倶楽部』に奪われた剣は、結局戻っては来なかった。

 何でもカール公たちが到着した時には既にあの『荷運びチーム』たちが荷物をあらかた運び出した後だったらしく、そして多分俺の剣もそこに紛れ込んでいる。

 カール公たちが倉庫を捜索した時には、それらしいものは見当たらなかったそうだ。もちろんまだ俺たちがいた間は簡単にしかチェックしていないから、大々的に家捜しすればわからないけど、でも、恐らくは、ないだろう。

 俺の剣は多分、『紳士倶楽部』最後の仕事として、例の取引先の奴らの手に渡っちゃったんだ。

――武器を集めるくらいだから、まさか内乱……?

 そこまで思い返して、捕らえられていた牢の中で考えたことが、蘇った。

 『紳士倶楽部』のクライアントは、武器を集めている。公人の耳に触れたくない、他国の闇組織。まさかあれは、ツェンカー?

「戦が起こりゃあ、その騒ぎに便乗してやろうって輩はごろごろいるもんだからな。何でもリトリアも何やらキナ臭い匂いがするみたいだし」

「キナ臭い?」

「そっちは本当に俺にはわかんねえけど。ま、どれもこれも噂だ」

「でも……」

 おじさんの言葉に、しばし黙る。口を閉ざした俺の代わりに、ユリアが口を開いた。ちなみにキグナスは何してるかって言ったら、おじさんが話し掛けてきた途端に何だか小さくなってしまった。黙って話を聞いているんだかいないんだか、と言う感じだ。

「でも、マカロフも、トラファルガーの捕食地帯に入るでしょう。本当に氷竜が目覚めたのなら、マカロフも安全とは言えないわ」

「そりゃそうだがな。その全土が捕食地域に入っているツェンカーよりは随分とましだろう。マカロフの南部やら西部やらなら、間違いなくトラファルガーは襲撃して来ない」

「おじさんは、どこに行くの?」

「俺か?俺は、レンスバレロだよ。グリンローズのひとつ手前の町だ」

 俺なんかより、若くて可愛い女の子とオハナシしている方がやっぱり嬉しいらしい。にこにこと相好を崩したおじさんとユリアの会話に時折口を挟みながら、俺はおじさんの言葉を頭の中で考えていた。

 牢の中で俺が考えたことは、メイアンで聞いた言語とヴァルスとの国交を根拠として、ヴァルス、ロンバルト、ロドリス、エルファーラ、そしてワインバーガ以外のどこかで……逆に言えばモナ、リトリア、バート、ナタリア、キルギス、ツェンカーそしてマカロフのいずれかで、揉め事が起ころうとしているんじゃないかと言うことだ。揉め事――内乱。

 ただし、今の俺の感覚から察するに、この対象国の中からマカロフは外れるような気がする。マカロフの言葉を聞く限りは、俺の聞いたあの言葉と、何かが違うような気がしている。とすれば残るは6カ国。

 どうでも良いやと思っていたけれど、冷静に考えればあんまりどうでも良くない。残った6カ国の内キルギスを除いた5カ国は、いずれも現状ヴァルスの今後に影響を与え得る国だ。モナやツェンカー内部で内乱と言える揉め事が起こってしまえばヴァルスにとって打撃だし、リトリア、バート、ナタリアで揉め事が起これば戦線からリタイアする可能性が出て来る。ヴァルスにとっては、プラス。

 果たして、どこの国だろう。

「おじさん」

「何だ?」

「さっきの、ツェンカーの揉め事の話だけどさ」

 あんまり余計なことを突っ込むと、それこそ余計な揉め事が起こるだろうか?でも、ツェンカーに行くって言ってんだから、気にするくらいは不自然じゃないだろう。さっきおじさん自身も言ったことだ。命を危険に晒すようなことになるんじゃないかってなことを。だったら、詳しく聞きたくたって、おかしくはないはず。

「おお」

「何かこう……武器集めたりとか、集結したりとか、そんなんだったりするの?」

 出来るだけ、不安げな顔つきを作って尋ねてみる。おじさんは俺の様子に特に疑問はないのか、今度は顎をかきながら首を傾げた。

「さあなあ。そう言う話は、俺は今のところ、知らねえなあ」

「そう?」

「ああ」

 だったら、ツェンカーじゃないんだろうか。

 ヴァルスの要人の訪問――それがツェンカーで何らかの火種になり得るんだとしたら、果たしてツェンカーは俺たちを受け入れてくれるんだろうか。それに何より、トラファルガーが本気で活動を始めてしまったら、それこそツェンカーはヴァルスに手を貸しているどころじゃないんじゃないだろうか。それを言えばナタリアも多分そうだろうから、ナタリアは戦線離脱する可能性が高くなるわけだが。

「ヴァルスのお偉いさんが来るってのは、デマなのかねえ」

「さあ。少なくとも、ヴァルス国民にはそういう話は伝わっていないよ」

 内乱が起こりそうな国――どこなんだろう……。


          ◆ ◇ ◆


 おじさんが言葉通りにレンスバレロと言う町で降りていくと、グリンローズまではそこからもう間もなくだった。

 今いるのはマカロフからツェンカーまでの中間地、ナタリアの国境間際と言うところだ。

「う……ああ〜ッ……」

 馬車をようやく降りることが出来て、思い切り伸びをする。いくら魔物が少ないとは言っても夜間に移動するのが危険なことには変わりないから、到着した時もまだ夜とは言えないけれど、それでももう夕闇さえ空から姿を隠そうとし始めていた。すぐに夜だ。

「やっとついたわねえ〜」

 ニーナがへたった声を出す。自分らで歩いているわけではないけれど、ずっと乗り物に乗りっ放しと言うのは、かなり体が疲れる。途中、2回ほど10分程度の休憩は挟んだけれど、それでも後はほぼ荷台で揺られっ放し。体がぎしぎしと音を立てそうだ。

「さてと、宿を探すか……」

 シサーもだるそうにぐりぐりと肩を回しながら、歩き出す。赤レンガを敷き詰めた綺麗な通り沿いには可愛らしい建物が並び、出店のようなものが並んではいるものの、その出店さえも可愛らしい雰囲気だ。建物のベランダには手入れされた花籠や緑が並び、鮮やかな色合いの出店にも花籠や緑がセンス良く飾られている。レトロな雰囲気。

 ……では、あるんだが。

「何だ……?」

 シサーが歩き出して、眉を顰めているような声を出した。通りに人の姿は多い。行き交う人々もさることながら、道路の端や建物の影、路地などにも人が溢れている。薄汚い布を敷いてその上に丸くなっていたり、汚れた服装で壁にもたれるように眠っていたり。その姿はさながら、ホームレスのおじさんたちみたいだった。いや……そうなんだろうか?実際。

 西洋的な可愛らしい街の雰囲気と余りに裏腹で、どこか奇妙な気がする。

「どうしたのかしら」

「ちょっと聞いてくる」

 シサーが言って俺たちのそばを離れると、その辺の屋台で果物を売っているおばちゃんに近付いていった。傭兵でいろんな国の言葉を身につけているシサーは、マカロフの言葉も何とか話せるらしい。2,3言葉を交わしてこちらに戻って来ると、シサーが顰め面でぼやくように言った。

「ちょっと、街自体が混み合ってるみたいだな」

「街自体が混み合ってる?」

「ああ。……ツェンカー、ワインバーガ東部、ナタリアの一部から、人が流れ込んで来てる」

「何……」

 問いかけて、気がついた。今シサーが羅列した地域――トラファルガーの捕食地帯だ。

 気がついたのは何も俺だけじゃない。全員が目を見開いて、無言でシサーを見詰める。シサーもそれに、渋面のままで頷いた。

「そういうこった」

「トラファルガーがツェンカー上空を旋回してたみたいな話、聞いたよ」

「いつ聞いた?」

「さっき、乗合馬車の中で、おじさんが言ってたのよ」

「そうか……」

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