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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第15話 brevis larva(1)

「カズキぃ。朝だぞぉ〜。起きろぉ〜?」

「……うーー……ん……」

「メシ行こうぜぇ。乗合馬車に乗り遅れちゃうぞぉ」

 まだ半分寝ているような頭の中で、キグナスの声が近付いてきた。

 ……と、思ったら。

「ぐえッ」

 どしッ。

 背中に衝撃と重量がかかって、俺はうつ伏せにベッドに寝たまんまで呻いた。

「……だから。もう少し優しい起こし方して」

「んなこと言うと、次は本当にちゅうするぞ」

「それだけはやめて」

「じゃあ自分で起きろ」

 今回はエルボーではなく、俺の上に全身でダイブして来たキグナスは、俺の呻き混じりの苦情にあっさりとそう答えて立ち上がった。仕方なくもぞもぞとベッドから体を起こす俺に構わずに、すたすたとドアへ向かって行く。

「俺、先に下、行ってっぞぉ?」

「は〜い……」

 眠い。

 だるい。

 ベッドの上で体を起こしたまま、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜてあくびをした俺は、まだ薄暗い窓の外に目を向けた。……朝じゃない、こんなの。明け方って言うんだ。

 カサドールの連絡船に送られて、モナのオラフに到着をしたのが、炎の月の終わり。

 俺たちに同行したカール公の手配で、オラフを発ったのが、雨の月に入ってすぐ。

 そこからまた船に揺られ、マカロフのリボーンに足を踏み入れた時には、雨の月も半ばを過ぎた頃だった。レオノーラを発ってからは、既に2ヶ月以上が経過している。

 今現在俺たちは、ツェンカーを目指してマカロフを移動中だ。一昨日リボーンを出発して、シサーの傭兵仲間がいるアスコと言う町に立ち寄っている。あちこちに知り合いがいて、便利な人だ。

(あ〜……眠ぃ〜……)

 何だかもう、疲れが取れない。

 マカロフは、軍隊がうろうろしているヴァルス周辺とは違って、特に戦禍の余波ってのが及んでいるわけじゃないから、『魔物が異様に多い』と言う事態からはようやく脱出をすることが出来た。加えて言えば、魔物は北部より南部の方が多いらしく、ローレシア大陸の北部に当たるマカロフは通常でもヴァルスなんかよりは魔物が少ない。

 おかげで乗合馬車と言うのがヴァルスより発達していて、金はかかるが、現在それでの移動が可能となっているのが非常に助かる。

 助かるんだが、まだ鳥の声さえ微妙なこんな早朝に叩き起こされるのは、つらい。

 と言うのも、長距離移動の乗合馬車があると聞いてこのアスコと言う町を訪れたんだけど、長距離馬車は1日に1本、それも早朝にしか出ていないとのことだった。隣の町まで行くくらいだったらもう少し頻繁に出ているらしいんだが、俺たちはマカロフを横切ってツェンカーまで行かなきゃならないわけで、出来れば1日の移動距離を稼いでおきたい。と来れば長距離の乗合馬車に頼るのがやはり妥当で、そうすると1日にたった1本しかないそれを逃さない為にはまだ薄暗いうちから行動を開始しないとならなくなる。

「寒……」

 布団から這い出た俺は、小さくひとりごちて袖をさすった。いつだかシリーからもらった薄手の長袖シャツを着て寝ていたんだが、これだけだと少し寒い。

 と言って、マントだ上着だを羽織るのは、たかだか朝メシを食うだけには大袈裟過ぎる。

「下行こ……」

 何か服、買った方が良いかもしれないな。大陸の北部に移動して来ているし、季節も秋へと移り変わろうとしている。俺流に言えば9月も半ばを過ぎた今、氷の大陸に近付いているせいもあって、10月半ば過ぎくらいの気候に感じる。ぶるぶるするほどではないが、長袖でも少し肌寒いような気がすると言うところだ。

 部屋を出て階段を降りていくと、ちょうどレイアがふわふわと上がって来るところだった。降りてくる俺を見て、にたっと笑う。

「寝ぼすけカズキ。顔が寝てる」

「疲れてんの」

「もっと逞しくなんなさいよ〜」

 うるさいな。これでも前に比べれば、随分体力ついたと思うぞ。

 反論を口に出さずに目で訴えるが、レイアはどこ吹く風と受け流して、すとんと俺の頭の上に座り込んだ。

「みんなは?もう起きてんの」

「シサーとヴィクトルは、広間でカードゲームをやってるわよ。キグナスはそれの見物ね。ユリア様とニーナは、エリーさんのお手伝いをしてるわ」

 ヴィクトルと言うのが、シサーの傭兵仲間の人だ。シサーとあまり年齢が変わらなさそうな細面の人で、おっとりしているように見えるんだが、2メートルくらいのごっつい鉄槍を振り回すと聞いている。エリーさんは、その奥さんだ。ヴィクトル同様、おっとりした感じの優しそうな人で、こちらは別に鉄槍は振り回さない。

「ふうん」

 とりあえず外に出て、井戸から汲み上げた水で顔を洗う。こうしてみると、しみじみと水道と言うものは便利なんだなと言う気がした。シャインカルクだの貴族の屋敷だのは建物の中に水を引き入れてポンプみたいなものがついてたりするが、一般の家庭にまではなかなか普及しないらしい。でもこうして家の庭にあればましな方で、小さな村とかだと共同であったりするから……大変だよな。生活必需品である水を使うだけでも。

「冷て……」

 顔を洗っただけで、鳥肌が立った。息こそ白くはないものの、今の時期でこれだけ肌寒さを感じるとなると、本物の冬が来たらどうなるんだろう。顔なんか洗う気になれない。洗濯機なんかも当然ないから、自分で洗うんだろうな。大変だよな。……他人ごとじゃない。俺もまだ当分この世界にいるんだから、大変だ。しかもこれからますます氷の大陸に近付いて行こうとしているんだから、季節も寒くなっていこうとしているんだし、ツェンカーは結構つらいかもしれないな。

(ツェンカーか……)

 持参してきたタオルで顔を拭いながら、ふと、北東の方角に視線を向けた。

 もちろんここからツェンカーが見えるわけでもフレザイルが見えるわけでもないんだが、薄い雲に覆われたまだ藍色を残す空に、何か少し、ぞくりとした。

「カズキ?どうしたの?」

「……何でもない」

 ツェンカー――氷竜トラファルガー最大の捕食地帯。

 エルファーラで見た奇妙な宗教画を思い出す。そして、ガーネットの言っていた『覇竜を倒す為の魔剣』の話を。

 嫌だ嫌だと言いながら、結局のところ、こうして引き寄せられるようにツェンカーへと向かっている。……トラファルガーの棲息地間近へ、目覚めが近いと噂されているこの時期に。

 面倒なことにならなきゃいいんだが。

(ドラゴンなんかと会いたくないなぁ……)

 いやいや、こういうのって考えてると現実になったりする。考えるのをやめよう。そうすれば現実にならない。……と思いたい。

 どうしても宗教画と俺の耳のピアスが重なり、目覚めの近いトラファルガーの襲撃地域に向かっていることが嫌な予感を加速させ、無理矢理その考えを頭から追い出しながら家の中へと戻る。

 でも、覇竜の魔剣ってのは、どこにあるんだろうな。

 トラファルガーのもそうだけど、何より黒竜だ。グロダールを制す魔剣の行方……絶対、ガーネットが何か知っていると思うんだけどな。教えてくれても良いじゃないか。グロダールが暴れ回ってから教えてくれたって、手遅れじゃないのか?それからカリバーンのある場所に行って戻ってきた時には、ヴァルスがぼろぼろになってるかもしれないじゃないか。薄情な。

(いや……)

 ガーネットが今ヴァルスにいると言うことは、ガーネットだってグロダールが暴れ回ったら困るんじゃないだろうか。

 だとしたら、そんな無駄な時間と手間をかけさせない……と考えれば、実は案外すぐ近くにあるのかもしれない。ガーネットが薄情なんでなければ。

 何にしてもガーネットはすぐに口を割ってくれる感じじゃないし、他に何か知ってそうな人、いないかな……。

(『属性』って、何なんだろうな)

 人には属性があるって言ってた。あれは、どういう意味なんだろう。

 まだ眠い頭でそんなことを考えながら、タオルを片手に広間へ入っていく。広間のソファではレイアの言う通りシサーとヴィクトルがカードゲームをしていて、その横にキグナスがしゃがみ込んで見物をしていた。ちょうどユリアが、キッチンの方からパンの入った籠を抱えて入ってくるところだった。俺に気づいて、笑顔をくれる。

「おはよう、カズキ」

「おはよ。良い匂い」

「エリーさんがキッシュを焼いてくれたの。とっても美味しそうよ」

「へえ。ユリアもお手伝い?」

「……パンの焼き方を教えてもらったのだけど」

 言いながらユリアの方に近付いていくと、ユリアが少ししょげたような顔で俺を上目遣いに見上げた。その顔つきにきょとんとパンの籠に視線を落とす。

「……」

「……」

「……大丈夫だよ」

 ユリアが作ったものとエリーさんが作ったものが一目瞭然だ。

 しゅんとした様子が可愛くて、くすくす笑いながらシサーたちの方へ足を向ける。シサーの方に軍配が上がっているらしく、朝から機嫌が良さそうだ。その、俺にはルールがさっぱりわからないゲームの様子を見ている間に朝食の支度が整い、全員で食卓につく。

 それを終えると出発の支度を整え、エリーさんが持たせてくれたお弁当を手に、ヴィクトルの家を後にした。ようやく空が白み始め、鳥の囀りが至るところから響き始める。澄んだ空は、今日の晴天を予感させた。

「結構、こんな早朝なのに、人がいるものなんだね」

 乗合馬車の集合場所は、町の出入り口付近だ。帝国外だからか、この町の防護壁とか門の造りはアルトガーデン内部の国とはだいぶ様式が違って、どっちかって言うと強固そうと言うよりは、お洒落。魔物があっちより少ないってのが理由かもしれない。

 その門の付近には、俺たちと同じく旅支度を整えた風情の人がそこそこたまっているのが見える。旅人だとか冒険者だとかって言う感じの人たちばかりだ。

「長距離を移動する為にはこれに乗るしかねぇからなぁ。どうしても固まんだろ。……お、来たぜ。あれじゃねぇか?」

 シサーの言葉に視線を向けると、ガラガラと町の中から大きな通りを馬車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。馬を6頭も使った大型のものだ。やがて近くまで辿り着いた馬車が速度を落とし、人々が集まるその付近へ停車する。

「行こう」

 馭者が馬車から降りて来て、人々に大声で何か呼びかけ始めた。ちなみに俺は何を言っているのかわからない。マカロフでは、ヴァルス語が人によっては通じなくもないけれど、帝国内ほどには使われておらず、一般の人は大概わからないのだそうだ。シサーもそうだし、ヴィクトルみたいに傭兵だったりすると、どの依頼を受けるかでどこの国に属することになるかわからないから各国の言葉を押さえていることは少なくないが、少なくとも一般の冒険者とかには余り浸透していない。

(多分、ここじゃないと思うんだけどな……)

 シサーに促されて馬車の方へと足を向けながら、周囲の人々の言葉に耳を傾けてそんなことを思う。考えているのは、例の、『紳士倶楽部』のクライアントのことだ。

 別にもう済んだ話だし、どうでも良いっちゃあ良いんだが。

 でも、あの時メイアンで耳に挟んだ言葉のイントネーションや響きとは、マカロフの言葉は違うような気がする。とは言え、あの時ちらりとしか耳にしていないわけだし、人によって話し方に違いも出るだろうし、確かな意見なんかじゃ全然ないんだけどさ。でも俺、結構耳は良い方だと思うから、何か違う気がする。

 カサドールはあの後、『紳士倶楽部』の摘発に成功し、ついでに言えば公庁にいた『紳士倶楽部』と繋がっている公人の摘発にも成功した。組織そのものは大して大きくはないけれど、公人の庇護の元、手広く闇事業に手を染めていた『紳士倶楽部』は、かなりの数の闇組織と取引があったらしく、ともかくも『紳士倶楽部』を押さえたことで、違法な武器の売買や人身売買などは少しは鎮火するだろうと言うのがカール公の見方だった。

 ま、何にしても俺からすれば、ユリアを無事に連れて帰って来られて良かったって……それだけだ。

 カサドール軍は、俺たちを伴って先発したカール公と一部の部隊を追って、準備が整い次第モナのオラフに出発すると聞いている。あれからモナと、そしてリトリアがどうしているのかは、俺は知らない。どうしてるんだろうな。何せこちらは情報の伝達が遅い。

「結構混むのね……あ、でも広いんだ」

 人が乗る場所は、座席なんてものがない。俺的に言えば、軽トラの荷台に木で出来た壁や天井がついてるって感じだ。あれよりはもっと広いけど、ともかくあんな感じでただ乗る場所……と言うか、人を積む場所だけがあると言う感じ。荷台の前後には荷物を置く為の棚らしきものがあるが、それを使う人はいないらしい。自分の手から離して、他人に持って行かれることを警戒しているんだろう。

 乗り込んだ人々が、各々適当に自分らのスペースを確保して座り込む。俺もキグナスと並んで壁際に腰を落ち着けると、更にその隣にユリアが腰を下ろした。レイアはユリアの荷袋の中だ。シサーとニーナは俺たちと向かい合った壁際に座り込んでひとり旅らしき風情の男と話し込んでいる。

「んでこっからどこまで行けるんだっけ……アスコがここだから、ここと、ここと……」

「ここも経由すんだろ。んで次が終着点のグリンローズ」

 キグナスと地図を広げて覗き込んでいると、俺の隣からそれを見ていたユリアが、俺の顔を見て不意に首を傾げた。

「カズキ、ここ、どうしたの?」

「え?どこ?」

「ここ……赤くなってる」

 言いながらユリアが伸ばした指が、俺の頬に触れた。つつくようにしてくすくす笑うユリアの顔が、近い。

「何か筋みたいになってんよ」

 それを見てキグナスが、補足する。ユリアの指が触れたところを撫でながら、どぎまぎして視線を地図に戻した。

「寝てる間に引っかいちゃったのかな……」

 何となく。

 何となくでしか、ないんだけど。

 ユリアとの距離が、前より、近いような気がする。

 正確には、シサーの家のバルコニーの夜以降。

 それが、メイアンではどさくさに紛れて、本当に軽くだけど抱き締めちゃったし、カサドールの騒ぎで更に……ユリアが、気を許してくれてるような……。き、気のせいだろうか。だけど今も実は、ずっと肩が触れ合ってるくらいそばに座っている。いや、そりゃまあ狭い荷台、だけど……。

(期待するな期待するな)

 期待したところで……婚約者付きの異世界の王女サマ――何がどうなるわけでもないことは、わかってんだけどさ。わかってんだけど……期待しちゃうじゃないか。

「痛い?」

「ううん。別に痛くはないよ。何か凄い爆睡してたみたいだから、寝ながら暴れでもしたのかな……」

「カズキって静かに寝るよな」

「そう?キグナスは寝ててもうるさいよね」

「俺があ?そうかあ?嘘だよそんなん」

「時々、寝てるくせに誰かに何か頼んだり謝ったりしてるよね。楽しそう。寝ながら何してんの?」

「知るかよッ」

 俺とキグナスの会話にくすくす笑っていたユリアが、ふっとその視線を俺に向けたところで、がくんと馬車が動いた。ガタガタと大きく揺れて、窓の外の景色がゆっくりと動き始める。

 わりかしすぐにアスコの町を出て、そこから続く石畳の道を、草原の中走り出した。

「今日は、グリンローズに泊まるのかしら」

「んじゃないの?何時くらいにつくんだろうなぁ。でもこの速度で行けば……凄いね。あと2日くらいでマカロフ、抜けちゃうんじゃないか」

 飛行機がありゃあ、1日もかからないだろうが。譲歩して、新幹線でも良い。

「いろいろ見れたら良いのにな」

 以前、ユリアが「ゆっくり旅をしたい」と言っていたことを思い出す。どこか閑散とした感のある窓の外の風景に目を向けながら言うと、ユリアが目を細めて俺を見上げた。その優しい顔つきが、だから……。

「そうね」

 何かを、期待させるんだ。目つきとか、顔つきとか、そういう他愛ないものに含まれる甘さと言うか……柔らかさって言うか。

 絶対、気のせいじゃないと思うんだけどな。

 気のせいかな……。

 ……気のせいだろうな。

 車内の人々は、シサーたちのように隣り合った人同士で話をしていたり、寝てしまっていたり、手紙を書いている風情だったりと、時間の潰し方はまちまちだ。俺とキグナス、ユリアは3人で外の景色を見たり会話をしたりしているうちに、やがて次の町へとついたらしい。

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