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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第9話 新たな・・・味方?(2)

「ユリア」

「……う……ん。……カズキ」

 うっすらと瞳を開けて身動ぎする。ユリアの綺麗な翡翠色の瞳が俺を見据えた。立ち上がってユリアのそばに屈み込む。

「大丈夫?痛いところは、ないか?」

「ん。大丈夫みたい……誰?」

 体を起こして微かにぶるっと震えると、シンを捉えて尋ねた。俺にもその詳細は良くわからないんだが。

「シン、って言うらしいんだ。俺たちを助けてくれた。……火に当たった方が良い。体が冷えてるだろ」

 ユリアを促して焚き火に当たらせる。シンは串を抜き出して1本をユリアに差し出した。もう1本俺にも差し出してくれる。

「助けてくれたの?」

 受け取りながらユリアが尋ねた。シンは何も答えない。

「ありがとう。……いただきます」

 シンは自分にももう1本串を抜き取って齧り付いた。俺も魚を口に運びながら、シンに尋ねる。

「シンは、ここで何を?」

「……」

 黙ったままシンが視線を上げた。俺の問いには答えない。……助けてもらったんだから命の恩人なんだけど……感謝は凄いしてるんだけど……。

 ……凄い、友好関係成り立たない人なんですけど。

「その顔は、レガードに似過ぎているな」

 魚を食べ終わり、串を焚き火の中に放り込んだシンが低く言った。ユリアが動きを止める。

「レガードを、知っているの?」

「……」

 シンは再び沈黙で答えた。これじゃあ埒があかない。

「彼女は、レガードの婚約者だ」

 思い切って言った俺に、シンの視線が動いた。真偽を問うようにユリアを見詰める。ユリアはその視線を受けて頷いた。

「……レガードの婚約者と言えば、王女様、じゃないのか」

 淡々と言う。王女様がこんなところにいるとは信じられないと言う様子だ。

「こんなところで何をしている」

「レガードを、探しに来たの」

 ユリアの言葉に、シンは少し考えるような仕草で沈黙した。

「この男は、どうしてこれほどレガードに似ている」

「……」

 俺が異世界の人間だと言うことは伏せるとしたって、それについて話すのなら複雑に絡んだアルトガーデンの政治事を話さなければならなくなる。

「わけは、言えないわ」

 ユリアも同じことをためらったらしい。

「それは、話せない。国の政に関わることだから」

 きりっと言い放ったユリアは王女らしい気品を発して、シンを睨むように続けた。

「旅に出て行方不明になったレガードを探しているの。わたしの大切な、婚約者よ。……話せることは話したわ。あなたの番よ。レガードの、何を知っているの?」

 そのやりとりを聞きながら、ふとこの世界の風習を思い出した。そうだ、この世界――いや、ローレシアやアルトガーデンの風習なのかも知れないけど、とにかくこっちは高貴な身分の人はおいそれと公的に顔を曝さないんだ。けれどシンは俺の顔をレガードとそっくりだと言い、その婚約者を王女だと言った。……つまり、レガードが何者かを知っていると言うことじゃないのか。

 シンは黙って焚き火に視線を向けていた。ユリアも辛抱強く待つ。俺は枝を折って焚き火にくべた。

「俺はレガードに借りがある。借りは、返さなきゃならない。……それだけだ」

「借り?」

 俺とユリアが同時に放った問い返しには、シンは何も答えなかった。


          ◆ ◇ ◆


 そこで一晩を明かし、日が昇ると共に俺たちは行動を開始した。

 選択肢は2つ。この辺りを散策して、シサーたちを探すか、とにかく風の砂漠を目指すか。

 個人的な感情で言えば、何が何でもシサーたちと早く合流をしたい。この辺りを捜索したいと言う気もしてしまう。

 けれど、シサーたちだっていつまでも一所に留まってはいないだろうし、捜索するにはキサド山脈は余りに広大だ。それがある程度場所が限られているとしたって、だ。

 それを思えば、風の砂漠へ向かう方が賢明だろう。そう判断して、俺は決断した。その方が結果としてシサーたちと早く合流出来るはずだ。

 シサーたちも風の砂漠へ向かっていてくれれば……。

 それはもう、祈るしかない。

 シンはどうするのかと思ったら、驚くべきことに、俺たちが風の砂漠につくまで同行してくれると言うことだった。

「あの傭兵と合流するんだろう。まだ信じたわけじゃないが、本当にレガードの婚約者なのなら、放り出していくわけにはいかない。同行してやろう」

と言うのがシンの弁だった。

 シサーのことを知っているのかと俺が驚くと、シンは淡々と答えた。

「知っているわけじゃない。ギャヴァンでお前を見かけて、あまりにレガードに似過ぎていたので不審に思って後をつけていた」

 その言葉で、タイミング良く救ってくれたわけがわかった。……つけてたって……。全然気が付かなかった……。

 俺が呆然とそう言うと、シンは多分初めて笑顔らしき表情を浮かべた。

「当然だ」

 でも、一体何がどうしてどういう根拠で『当然』なのかは教えてくれないんだよな。けち。

 俺たちを先導するように山道を分け入って歩いて行くシンの足取りは迷いがない。前にも、来たことがあるんだろーか。

「シン、前も来たことが?」

 昨日の雨のぬかるみは既にどこにもなかった。川沿いの林を抜けると、昨日同様乾いた土がむき出しになった山道が続いている。

「あるな」

「そうなんだ」

「何度も来ている」

 何度も?

 相変わらずシンは詳しいことは語らない。この秘密主義は何とかなんないもんか。それとも何か理由があるのかな。

 ユリアの荷物は、シンが俺たちを助けてくれた時には既になかったと言うことだった。流されている時に落としたんだろうか。『遠見の鏡』も当然その荷物の中にあり、シェインと連絡を取ることが出来ないことをユリアはひどく気にしていたが……ないもんはない。考えても仕方ない。

 今俺たちが歩いているのは、昨日歩いていたような狭く急な勾配の道ではない。どちらかと言えば、割りと単調な道だった。山道だから凄い広いとかそういうのじゃないけど、それでもそれなりの幅があって、別に3人で横一列になっても大丈夫だ。ただ、右手には高い壁面が聳え立ち、左手には切り立った崖があると言う辺りは同じなんだけど。

 のろのろとは言え、歩いていれば進んで行くわけで、少しずつ標高は上がっているらしく空気が次第に冷たさを孕んだものになっていった。そう言えばシサーの話で、湿気を含んだ風が山頂辺りで雪を降らせるとか……言ってた気がする。

 まだまだ山頂には遠くて雪が降るって感じではないけど、気温は確実に下がっていってる感じがした。ぶるっと体を震わせる。

 と、不意に先を行くシンが足を止めた。俺を振り返る。鋭い声が飛んだ。

「カズキ、気をつけろッ」

 魔物!?

「ジャイアントスコルピオンだッ」

 言うが早いか、シンは横っ飛びにステップを踏んだ。俺も剣を抜き放ちながらユリアを後方に押しやる。

「ユリア、下がってッ」

「はいッ」

 ユリアが後方に退いたのを確認し、前に向き直る。シンが横にずれたおかげで前方にいる魔物の姿が視認出来た。黒と見まごう深紅の巨大なサソリ。その体長は1メートルはある。それが全部で3匹、前方に控えていた。

 ……シサーがいない。ニーナも、レイアもいない。ユリアを守れるのは、俺しかいないんだ……!!

 怯むな。決めたはずだ。手を血に染めても、ユリアを守る。

 俺は剣を斜めに構えた。1匹が威嚇するかのように、鋭いトゲの生えた尻尾を振り上げる。

「気をつけろ、毒があるぞッ」

 サソリに向かって駆ける俺に、シンの声が背後から飛んだ。やっぱりサソリのトゲトゲには毒があるもんらしい。

 1匹に狙いを定めて、俺は地面を蹴った。別の1匹がカサカサと音を立ててシンのいる方向へ移動していく。俺の狙った1匹は、自分がターゲットと知って立ち向かう気なのか尻尾を振り上げたまま前脚を使って上体を僅かに反らした。真上から剣を突き立てるように落下する。

 サソリがその尻尾を横薙ぎに払った。俺の足に当たるがバランスは崩れない。

 が。

(!?)

 アギナルドに鍛えられた剣の切れ味は抜群で、その硬そうな体をあえなく貫いた。間もなく絶命し、地面に着地をする。

 痛ッ……。

 途端、足に激痛が走った。続いて痺れるように感覚が消失して行く。さっきサソリの尻尾が足に当たった時に、まんまと毒を受けたらしい。だが、もう1匹のジャイアントスコルピオンが今更敵の存在に気が付いたのか何なのか、これまでぼーっとしてたくせに突如俺に向けて襲い掛かって来た。毒を受けてバランスを崩している着地直後の俺の前でドリフトよろしく前脚で体を回転させ、そのゴツい尻尾を勢い良く振るった。

「くッ」

 もろにその衝撃を受けて、山際の壁面に吹っ飛ぶ。これが反対側だったら切り立った崖に真ッ逆さまだったわけで、それを思えば不幸中の幸いなのだろうけど……全身を壁に叩きつけられて「幸い」と思えるほど人間が出来ていない。

「カズキ!!」

 毒は着々と全身を巡り始めているらしく、足の痺れは次第に上へ上って来て眩暈を起こした。霞み始めた視界で、サソリが恐ろしいスピードでこちらへ向かってくるのが見える。……立たなきゃ。

 気力を振り絞って立ち上がったけれど、間に合わない。再びその尻尾が振り上げられた時、突然その尻尾が半ばほどで切り飛ばされた。尻尾を切り飛ばした物は、そのままブーメランのようにカーブし、俺を通り過ぎて後ろへ返る。

「シン!!……さんきゅ」

 シンがチャクラムを投げて背後からフォローしてくれたのだった。既に、シンの方へ向かったサソリは始末済らしい。尻尾を切り飛ばされた勢いで一緒に横へ吹っ飛ばされたサソリは、痛覚があるのか単にバランスが取れないのか、ジタバタもがいていたが、やがて猛然と俺の方に再びやって来た。くそッ……。

 ふらふらする頭をこらえ、霞む視界でサソリを見据える。……やらなきゃ。

 剣を握る指先に感覚がない。……しっかり、しろよ!!こんなとこで負けてるわけには……。

 俺は力の籠もらない足で地面を蹴り上げ、剣を振り翳した。

 ざしゅッ!!

 鈍い、手応え。剣が硬いものを突き通す、その衝撃を両の手の平で受けながら、俺自身もその場に崩れ落ちた。

 もう、限界……。

 そのまま、俺の意識は暗転した。












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