表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
QUEST  作者: 市尾弘那
182/296

第3部第1章第10話 メイアンの因業 後編(1)

「カズキ……」

 再び目を開けると、俺の顔のすぐ真上に悲しい顔で俺を見下ろすユリアの顔があった。

 スダレたちが出て行ってから、俺はそのままやはり意識を失ってしまったらしい。

 意識が戻っても尚、受けた暴行の傷が癒えるはずもなく、全身の全てが痛みを訴えた。

「……ユリア」

 言葉を押し出す。灯りのない地下牢は暗く、牢の外の通路から微かにカンテラの灯りが届いているだけのようだ。

 体を横たえられた床は堅く、頭の部分だけ……膝枕をしてくれているユリアの温もりが伝わっていた。

 ユリアの瞳から涙が零れ落ちる。

「良かった……このまま目が覚めなかったら、どうしようかと思った……」

 俺の頬を両手で優しく包み込むようにして涙を零したユリアは、そのまま俺の頭を抱き抱えるようにして深く俯いた。髪に頬を寄せる。視界が黄金色の長い髪で覆われた。

「ごめんなさい。わたし、ロッドを持って来ていないの。わたしの力では、治してあげられない……ごめんなさい……」

「ユリア……」

 俺の声にユリアが体を起こす。

「巻き込んで、ごめんね……」

「……」

「ユリアを、連れて来なければ良かった……」

 手を伸ばしてその髪に触れる俺に、ユリアが目を見開く。

 ユリアを連れてさえ来なければ。

 ……俺ひとりだったら別に、殺されたって構わないのに。そりゃあ、痛いのが長々と続くような死に方はご勘弁願いたいけれど。

「彼らは、何者なの?」

 やがてぽつりとユリアが問う。俺は両目を閉じてため息をついた。正確には俺にも良くわからない。

「多分、でしかないけど……」

「うん」

「カール公が言っていた、カサドールを拠点に武器の闇取引をしているような種類の奴ら、じゃないかな……」

 俺の答えに、ユリアが息を飲むのが聞こえた。目を開けて見上げる。

「多分だけどね。俺たちを売るって言ってたから人身売買のルートも持ってるってことだと思う。……カール公が目をつけてた奴らなのかもしれない」

「それが、どうして」

「メイアンで俺が、あいつらの仲間の話を偶然、立ち聞きしちゃったんだ」

 ユリアの長い髪に指先で触れながら、またため息をつく。

「話の内容なんて、大して何も聞いちゃいないんだけどね。彼らはそうは思ってはいないみたいだ。俺が公庁へ来るような人間と知って顔色を変えてる」

 でも、そう言えば。

 ユリアにそこまで言ってから、スダレが妙なことを言っていたことを思い出した。

 俺たちが何者かを、調べようと思えば調べられるようなことを言っていた。公庁を訪問した客に過ぎない俺たちを調べられるって、どういうことだろう。……まさかと、思うけど。

(官吏の中に、仲間がいる……)

 だとしたら、なかなか摘発出来ないのは、その誰かが裏で何かを操作しているからかもしれない。でもそれなら、俺が公人だろうが馬のホネだろうが、何聞いてたって同じようにもみ消せないんだろうか。そりゃあカール公に直接何かを伝えちゃどうにもなんないかもしれないけど。

 それとも。

(やっぱり、クライアントの方かな)

 ヤバいのは。

 彼ら自身は公庁の誰かに味方がいて何とかなるにしても、クライアントの立場がヤバくなると信用をなくすから顔色を変えている、とか。

 ヴァルスの公人に知られたくない……いや、もしかするとそれがヴァルスだろうがどこだろうが、関係ないんだろうか?

 だって、話していた言葉はヴァルス語じゃなかった――他国、だろう?

 何で……あ。

(公人だったら……)

 順序だてて考えてみよう。

 まず、スダレたちはカサドールを拠点に武器や、時には人身売買にまで手を出している組織……恐らくは、『紳士倶楽部』だ。

 当然彼らには取引先――クライアントがいて、俺がメイアンで偶然話を聞いてしまったのは、『紳士倶楽部』とクライアントの会話だった。

 実際は何を聞いたわけではないけれど、スダレたちは俺が何かを耳にしたのではないかと思って、警戒している。

 なぜ、警戒するのか。

 俺が公庁に出入りするような人間だと知り、加えて『売人』の手を経てメイアンに入るような、少し特殊な人間だからだ。……いや、ここは順番が逆なんだろうな、本当は。『売人』を介すような人間だから何者なのかが気になり、目をつけていたら公庁に入ってったってトコだろう。

 公庁に出入りするような俺が、耳にした何かを公庁の誰かに漏らすと困るから、彼らは慌てた。

 けれど彼らは、俺たちのことを調べようと思えば調べることが出来る。多分、公庁の誰かやその周辺の人間と、何らかのツテがある。

 どうして俺が公庁に出入りするような人物だと困るのか。

 可能性のひとつとしては、シンプルに、彼らの組織について何かが漏れることで、自分たちが摘発されるからかもしれない。あるいは、公庁関連の誰かと繋がりがあって、その誰かに累が及ぶからかもしれない。

 そしてもうひとつの可能性が、クライアントに何らかの迷惑が生じる可能性だ。

 前者であれば、さして考える必要はない。ストレートな話だ。自分や仲間が摘発されて組織が瓦解するのが嫌だから、俺を拉致した。

 後者であるとすれば……どういう場合にクライアントに迷惑が生じる?

 考えられるのは、やっぱりまずは摘発されることだろう。スダレたちの組織と繋がっていることで、クライアントもどこからか摘発に繋がっていくかもしれない。公人かもしれないし、アングラな組織なのかもしれない。

 だけど、カール公の口ぶりによれば、これまで『紳士倶楽部』は摘発を免れている。公庁関連の誰かと繋がっているんだとすれば、保護されているのかもしれない。だとしたら、俺が多少話を聞いたくらいで摘発に直、繋がるとは言いにくい。であれば、スダレたちは免れることが出来そうだし、そこから手繰ってクライアントに辿り着くとは考えにくい。

 加えて言えば、彼らはヴァルス語ではない言葉を使用していた。他国の人間だったら、ヴァルスの公人に知られたところで、直接迷惑を蒙ることはなかなかないんじゃないだろうか。

 逆に、他国なのに迷惑が生じる可能性は、どんなことがあるだろう。

 ヴァルスの公人に知られると迷惑がかかる、他国のスダレたちの取引先。公人が『紳士倶楽部』のクライアントの情報を何か入手した場合、どう動くのか。あるいは動きがあるとしたら、どんな時だ?

 ……もしそれがヴァルスと国交のある国の何者かで、目論んでいることがその国にとって大事であれば、ヴァルスの公人がそれを聞いたら通達するに決まっている。

 武器を集めるくらいだから、まさか内乱……?

「ユリア」

「え?」

「ヴァルスは、どこと国交がある?」

 唐突な質問に、ユリアが首を傾げた。けれど問いはせずに答えてくれる。

「ローレシアの全土よ」

 対象がでかい。

「全土か……」

「ええ。一番繋がりが薄いのは、ワインバーガかしら。時折、交易をするくらいで……。帝国内部の国はもちろんのこと、マカロフとツェンカーとは、恒常的に貿易を行っているから……」

「ふうん……じゃあ、もし万が一、マカロフやツェンカーに、あるいは帝国内部の他の国を揺るがすような……それこそ反乱だの内乱だのの情報を入手したら、通達する義務はある?」

「帝国内部には、あるわ。マカロフやツェンカーには義務を負っているわけではないけれど、親交があるから通達くらいはするのが礼儀でしょうね」

「なるほど……」

 じゃあ、スダレたちのクライアントとしての容疑は、ヴァルス語、ロドリス語を使用するヴァルス、ロンバルト、ロドリスそしてエルファーラと、ヴァルスと国交の薄いワインバーガを除く各国と言うことになる。そのいずれかの国で、何か揉め事が起ころうとしているのかもしれない。

「どうしたの?」

「……いや。何でもない」

 そこまで考えて、俺は片手を額の上に乗せた。

 まあ、いいや……今はそんなことを考えても仕方がない。俺が立ち聞きしたことで誰に迷惑がかかりうるかなんか、正直どうでも良い話だ。

 そんなことよりもまず……。

「あ……起きられる?」

「うん……」

 ようやく、ゆっくりと体を起こす。

 そんなことよりもまず、俺は、ここの脱出の仕方を考えなけりゃならない。

 さっきのスダレの言葉によれば、とりあえずユリアに妙な手出しをすることはなさそうだ。だけど、俺が何かを知っていると思い込んでいて、知りもしない俺が吐くわけもなく、いらいらしたスダレが気を変えるかも知れない。ユリアに手出しは絶対されないとは、言えない。

 それに、そうじゃなくたってこのままじゃあ売り飛ばされてしまう。ユリアを巻き込んだのは俺の責任だ。何としてでもユリアだけは、ここから脱出させてみせる……。

 何とか立ち上がってみるが、全身がとにかく痛い。

 けれど、意識を失う前は腕一本動かすことさえつらかったことを思えば、意識不明が良い休養になったんだろう。多少の回復はしているみたいだ。

 大体、今も流血してるだのどっか折れてるだの取れてるだのって話じゃない。基本的に打ち身ばかりのはずだ。多少の内出血や内臓に傷くらいはついてるかもしれないけど、動けないわけじゃない。……動け。

「どう、するの?」

 立ち上がった俺を、床に座り込んだままでユリアが見上げる。痛みを堪えて、何とか安心させられるように笑みらしきものを顔に作り上げた。

「逃げよう」

「でも……」

「何とかする」

 言いながら、とりあえず状況を確認する。

 俺とユリアがいるのは、狭い石造りの牢だ。床も壁も牢で、幅3メートル、奥行き2メートルくらいの暗い空間。一辺は全面が鉄格子で、一部に同じく鉄格子の扉がついている。天井は高くない。俺より少し高いくらいだから、2メートルちょいってとこだろう。窓はないし、物らしきものは全くない。

 鉄格子から見える外の様子はすぐ壁だ。鉄格子から1メートルくらいの距離を置いて、同じく石造りの壁が見える。壁にぽつんとカンテラがかかっていた。

 扉に近付いてみる。格子の間から手を外に出してみると、ごつい鍵がぶら下がっていた。逆さにしたU字ののツルと四角い本体で成る……俺流に言えば、南京錠と言う奴だ。

(……いけるかもしれない)

 何か特殊な仕組みを付け加えたりしていなければ。……ありがちな南京錠なら、俺でも開けられるかもしれない。

「カズキ?」

「時間かかるかもしれないけど、開けてみる」

 言いながら扉のそばにしゃがみ込む。シサーが、俺の履いている靴底に細い穴を開けて左右に1本ずつ、ピック用のピンを仕込んでくれた。それを抜き出して、外にぶら下がっている南京錠に手を伸ばす。

 俺の手のひらくらいあるでかい奴だから、ぐるっと回転させれば真横に向いて、下面にある鍵穴には余裕で手は届くんだけど……何せ鉄格子が邪魔。初めて実践するんだから、せめて真横に向くんじゃなくてこちらを向いて欲しいものだ。

「ユリア、ごめん。手を貸してもらえる?」

「何すれば良い?」

「こいつ……下から手を出して、底がこっちに向くように持っててもらえるかな……」

 鍵開けをするのに、基本的には両手が必要になる。自分で南京錠をこちらに向かせたままなんて、俺には出来ない。

 ユリアに協力してもらって、ともかくも鍵開けに専念することにする。この牢から出られなきゃ、脱出なんか出来るわけがない。

(まず、テンションで負荷をかけて、奥から……)

 メイアンからカサドールへ移動する間にシサーが説明してくれた鍵の内部の基本構造や、鍵開けの手順を思い返す。鍵穴の内部に複数のピンが存在する場合、テンションをかけながら、そのひとつひとつをピックで押し上げていかなきゃならない。指が滑ると押し上げたピンが戻っちゃって、やり直し。

 間に鉄格子はあるし、鍵穴は真横向いちゃってるし、こっちは初心者だし、鍵開けはどうにも遅々として進まず、あと一歩と言うところまで来て何度も中でピンが戻ってしまった。次第に、いらいらしてくる。

「ユリア、ごめん。なかなか上手くいかなくて」

 しつこく蹴り飛ばされた痛みが尚残っている両腕が、不自然な作業を続けていることで痺れたようになってきた。軽く唇を噛みながらも作業を続ける俺に、ユリアが首を横に振る。

「そんなことない。……ごめんね。わたし、手伝えなくて」

 王女様が鍵開け技術を持っていたら驚く。

 それからしばらく黙々と鍵開けに挑み続けていると、やがて、ようやく、カシャン……と音が聞こえた。左手でテンションをかけていたピックが、不意に軽くなってするっと動く。

「……開いた……」

 解錠する音が、俺の心も軽くした。ユリアが手に持って支えたままの錠を受け取って、牢の内部から、扉に引っ掛かっている南京錠を静かに外す。芸は身を助く、だ。

 錠を床に置き、そっと開けたドアから外を覗いてみた。左右をきょろきょろと見てみると、それほど広い部屋ではなさそうだ。

「ちょっと、待ってて」

「気をつけてね」

「うん」

 ユリアを牢に残して、外に出てみる。歩いてみると、体の各所にまた激痛が走った。くそ〜……痛ぇ〜……。遠慮なくやりやがって……。

 何気なく腰に手を伸ばし、自分が帯剣していないことに今頃になって気が付いた。舌打ちをする。どうやら奪われたらしい。あと俺が持っているものと言えばポケットに入れっ放しになっている、シサーが錠前のサンプルを作ってくれたワイヤーと、その残り物だけ。

 そりゃあそうだよな。武器を売買している奴らなんだから、俺の持っているアギナルド老を唸らせた高価な剣を見逃すはずがない。くそ……奪い返すチャンスなんかあるだろうか。なかったらなかったで、諦めるしかない。ユリアの脱出が優先だ。とは言え丸腰は心元ないよな……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ