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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第9話 新たな・・・味方?(1)

 キサド山脈は、実際凄い険しい山だった。

 切り立った崖に続く細い道をゆっくりと上っていく。足場が悪いことこの上ない。

「ユリア、平気?」

「うん」

 横に並んで歩けるような状態ではないので、先頭をシサー、ニーナ、ユリア、そして俺の順で細い道を進む。レイアは相変らずふわふわと飛んでいるので隊列に含まれない。

 朝早くリノを発ったにも関わらず、その足場の悪さと急激な斜面のせいで、ちっとも先に進んだと言う気がしなかった。既に太陽は真上まで来ている。

「もう少し先に進むと道が少し広くなる。そこまで行ったら一度休憩にしよう」

 シサーのその言葉を支えにひたすら歩く。黄土色の乾いた土で辺りは覆われ、所々に生えている木々も何だか貧相だった。乾いている感じがする。

 昨夜空を覆い始めていた雲は、出発する時には薄くなっていたけれど、今は再び頭上を覆い始めている。どんどん厚くなっていく雲に雨の匂いを感じて俺は不安になった。……やだなあ。雨が降ったら。

 そんなふうに思って空を見上げてため息をつく。途端、ぽつりと俺の頬に水滴が当たった。

「ちッ。降って来やがったな……。少しペースを上げよう。こんなところで本降りになられちゃたまんねえ」

 踏み外さないよう気をつけながらペースを上げて歩いて行くと、ようやく道幅が少し広くなり、更にその少し先に踊り場のように僅かな広いスペースがあった。その壁沿いに穿たれた小さな洞窟に飛び込む。

「参ったなあ……」

 洞窟の入り口で空を見上げながらシサーがぶるぶると頭を振った。ニーナがシサーにタオルを渡してあげる。俺も荷袋からタオルを取り出して濡れた頭を拭いた。

「ユリア、寒くない?」

 やはり髪や顔の水滴をタオルで拭っていたユリアに問う。ユリアは笑顔を向けた。

「ありがとう。大丈夫よ」

「どーすっかなあ……」

 顰め面で振り返るとシサーはこちら側に戻って来て地面に胡座をかいた。

「この先も険しい道が続くからな。雨で足場も視界も悪くなると、かなり危険だ。止むまで待つしかねえかな」

「雨は自然の恵みよ」

 ニーナが機嫌が良さそうに言う。森の妖精エルフであるニーナにとっては雨は嬉しいらしい。シサーが肩を竦めた。

「別のタイミングで恵んで欲しいもんだねえ……」

「贅沢言わないのよ」

「へいへい」

 幸い雨はそれほど長い間降らず、2時間ばかり待ったところで晴れ間が覗いてきた。山の天気は変わりやすいと言うのはこっちの世界も同じらしい。

 たっぷりと休憩を取って再び切り立った崖沿いの道を歩き出す。最初より少しは広くなったとは言え、足場の悪さに変わりはない。しかも今度は雨で足元がぬかるんでいて、滑りやすくなっていた。勢い、進行速度も落ちる。

 どれくらい進んだんだろう。だんだん足がだるくなって来る。

「もう少し行ったら、もう一度休憩しよう。そこで今日は野営をした方が良いかもしれねえな」

 日は少しずつ傾き始めていた。確かに次の休憩ポイントを逃したら、次は野営を張れるような場所にいつ出会えるかわからない。

 足元の崖から下は、先ほどまでは目も眩むような果てしない急斜が続いていたけど、今は景色が少し変わって川が流れていた。果てしなく下、ってわけでもない。ほんの5メートルくらい下。

 雨のせいか川の流れは速かった。落ちたら助からないかもしれない。

 そんなふうに思った瞬間だった。前方から小さな悲鳴が聞こえたのは。

「きゃッ……」

 ふわりと束ねられた金色の髪が一瞬舞い上がり、ユリアの姿が俺の視界から滑り落ちる。……足を滑らせた!!

「ユリア!!」

 反射的に俺はユリアの腕を掴んだ。

「ユリア!!カズキ!!」

 シサーの声が聞こえる。

 が。

「うわッ」

 ユリアの重みと勢いに引き摺られて、俺まで足を滑らせた。冷たい水飛沫が上がり、俺は腕の中に何とかユリアを抱き締めながらシサーとニーナの叫び声を聞いたような気がした。

 想像以上に水の流れが速い。ユリアだけは絶対に離すまいと腕に力を込めながらもがく。水に押し流されながらようやく顔を水面に出して酸素を肺に取り入れると、ユリアの顔も水面に押し上げた。

 ガツガツと体のあちこちが、時々壁面に激突する。その度に痛みと衝撃で意識を手放しそうになりながらも俺は辛うじて意識を保つことに成功していた。……ここで意識を失ったらユリアと離れ離れになってしまう。第一、生きていられる自信が俺にはない。

(くっそー……)

 何とか……脱出しなきゃ……。

 でもこんな状態で何をどうしようがあるわけもない。ともすれば水中に引きずり込まれそうなのだ。両手はユリアを抱き締めるので塞がっているし、下手にもがけばそれこそ危険だし……。

 あぷあぷしながら思案にくれる俺の視界に、崖から張り出した巨大な木の根が見えた。――こいつだ。

 何とかあれに引っかかるしかない。このまま流されてって滝でもあったら大事だ。逃したらどうなるかなんて……想像もしたくない……。

 俺は緊張してその瞬間を待った。木の根がどんどん近付いてくる。ところが、その根は思いの外巨大だった。岩に近いものがある。まずい、これは、この勢いで激突したら……。

 しまった、と思った時には張り出した木の根に背中から叩きつけられ、視界の隅に眩い光を感じながらもその余りの衝撃に息も出来ずに俺はそのまま意識を失った。


          ◆ ◇ ◆


 ……生きてる。

 ぼんやりと目を開けて、まずそう思った。あちこちに激痛が走るけど、動けないわけじゃない。数メートル離れたすぐには相変らず凄い勢いで川が流れていて、俺はその岸辺に倒れてたってわけだ。この辺りはさっきまで歩いていた場所と違って、草が生えていて木が多少生い茂っている。辺りはすっかり日が落ちたらしく、暗かった。

 それからはっと辺りを見回すと、俺のすぐ隣にびしょ濡れのユリアが横たえられていた。俺が肩に背負っていた荷物や剣も一緒にそこに置かれている。ユリアが装備していたブレストアーマーやレイピア、ロッドもちゃんとそこに置かれていた。ユリアの荷物は、ない。……誰かが、助けてくれたんだろうか……って……。

(……うわぁ〜ッ……)

 思わず目をそらして、不謹慎ながら赤くなる。……あ、あのねえ、びしょ濡れってことは衣服が体にぴったり張り付いてて、その体の起伏がその……だなあ……。……思春期だしッッ。

 ごほんと意味もなく咳払いをすると、俺は極力視線を背けながらマントを外して絞り、出来るだけ水気を飛ばしてからユリアの体にかけてやった。

 でも……これじゃあこのままだと風邪引いちゃうよな。水を吸ったマントなんて、むしろ体温を奪うような気もする。でもそのままにしとくのは、俺の目の毒。

 参ったなぁ。

 立ち上がって川岸まで行ってみる。対岸は切り立った崖で、こっちとは高さが随分違った。俺たちが歩いていたのはあっち側だ。どのくらいの距離を流されたんだろう。

 とりあえず剣だけは装備すると、ため息をついて俺は木々の間に分け入った。とにかく火を起こした方が良い。枝や枯草を集めて再び戻る。自分の荷物を漁って、ギャヴァンの道具屋で買った『炎の種』を取り出した。

 これはひっじょーに便利なもので、直径1センチくらいの丸い形をしているんだけど、種とは言っても本当に植物の種なわけじゃない。火薬みたいなもんで、こいつを潰すと炎が出るのだ。燃えやすい草とかの中に置いて木の枝で叩き潰すと焚き火の出来上がりとなる。

 かなり安価で売られているので、俺は結構大量に購入していた。ただ水浸しになっちゃったから火がつくかどうか心配だったんだけど……あんまり関係ないらしい。ちゃんと焚き火を起こすことが出来て安心する。

 火の加減を見て、ユリアに視線を向けた。まだ、意識は戻らない。でも、豊かに盛り上がった胸の起伏が微かに上下しているから、息をしていることはわかる。

(……どうするかな……)

 シサーたちとはぐれてしまったと言うことは、何とかひとりでユリアを守りながら合流しなきゃならない。草原を抜けて山に入ったと言うことは、魔物の種類とかも変わるんだろうけど……。

 そんなふうに思って暗澹たる気持ちになったところで、背後の茂みからがさがさっと音がした。思わずびくりとして剣の柄に手を掛ける。立ち上がって振り返り、ガサガサ言う足音が近付く方向を見据えていると、現われた姿に俺は言葉を失った。力が抜ける。

「あなたは……」

 ゴブリンに襲われた時に一瞬だけ見かけた人影。ダガーを投げてフォローしてくれた……?

「……あなたが、助けてくれたんですか」

 やや伸び放題と言える黒髪に黒い瞳。久しぶりに見る自分以外のその組み合わせに妙に懐かしさを覚える。痩せぎすで目線は鋭く、尖った顎をしていた。飾りっ気のない長めの黒いシャツを腰のところでチェーンリングみたいなベルトで留め、擦り切れた感じのある膝丈くらいのハーフパンツを穿いている。年は俺とさほど変わらなさそうな感じだった。何も言わずにこちらに歩み寄ると、魚を刺した串を数本火の中に突き立てる。

「あの……」

「……」

「ありがとう」

「……」

 何か言ってくれ。

 困りきってとりあえずのそのそと剣の柄から手を外して再びその場に座り込む。少年も、その場に座り込んでじっと炎が揺れるのを見詰めていた。……何か間が持たない。

「……あんた、何者だ?」

「え?」

 しばらくそうして黙って座っていたが、不意に少年が口を開いた。問われている意味がわからず、ぽかんと見詰める。

「何者って」

 渋谷の高校生野沢和希ですと名乗ったところでわかるまい。

「レガードと、何か関係があるのか」

「え!?」

 しばらく躊躇うような顔をしていた少年は、ややして意を決したように言った。……レガードって。

「レガードを、知っているの?」

「俺の質問に答えろ」

 俺は返答に窮した。事情を説明して良い相手なのか判断がつかない。2度も命を助けてもらっているんだから、悪い奴じゃないとは思うんだけど……。でも、ことは、俺ひとりの話じゃないし。

 口篭もる俺をじっと鋭い目線で見据える。

「あなたの正体がわからないから、話せない」

 辛うじて俺はそれだけ言った。沈黙が訪れる。

「でも、助けてくれたことは本当に感謝してる。ありがとう。……俺は、カズキ。君は」

 じっと炎に包まれて焼けていく魚を見詰めていた少年が微かに身動ぎをした。短く答える。

「シンだ」

「シン……」

「俺は別に助けたわけじゃない。あそこの……」

 シンが向けた視線の先には、こっちの岸から川の方に乗り出すように垂れ下がっている木の枝だった。

「枝に引っ掛かってたからな。陸に引き上げただけだ」

 言ってシンは焚き火に身を乗り出した。魚の串に手を伸ばす。齧り付いて焼け具合を確認すると、もう1本抜き取って俺に差し出した。

「あ、ありがとう」

 ……引っ掛かってた?2人仲良く?そんな好都合なこと、あるだろうか。

 不審に思いつつもシンが嘘をつく理由が思い当たらないので、ともかくシンが見た時にはそういう状態だったんだろうと思うことにする。2人で黙りこくって串焼きの魚を頬張った。1尾食べ終えた頃、俺の背後で小さな呻き声が聞こえて振り返る。

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