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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第8話 予兆(3)

「構わないけど……」

 ど、どきどきする。べ、別に部屋って言ったって俺のひとり部屋じゃないし、シサーとキグナスと共用だし、だだだから何が起こるわけでもないのはわかってるんだが、でもどきどきするぞ。何せこっちは酔っ払いだ。しかもユリアも多分ちょっと酔ってる。つい余計な期待が働くのは仕方ないだろ!?

 ぶるぶると頭を振りながら、ドアを開けた。部屋に入ると、振った頭が一層くらくらした。ユリアが遠慮がちに俺に続いて部屋に入り、ドアを閉める。

「……どうしたの?」

 閉め切った宿の部屋に、酔ったユリアとふたりきり。

 ……俺、余計なことをしてしまいそうです。

「ふふ。シサー、楽しそうだったわね」

 部屋は、狭い。メイアンでそれなりの宿を取ったと言っても、そもそものグレードがそれほどでもなさそうなので、3人分ベッドが押し込まれていればそれで部屋の空間は使いきってしまう。日本のホテルや宿のようにテーブルや椅子、テレビや飾り棚などがあるわけじゃないし、座る場所はベッドしかない。

 自制の為にドアのところに立っているユリアから、最も離れた奥のベッドにすとんと座る俺に、ユリアが大きな目を細めて笑った。……何でそんな無防備かな。可愛いな……。

 ぼーっとユリアを見つめる俺の前で、ユリアがこっちに歩いてくる。すとんと俺に向かい合うような形で、真ん中のベッドに腰を下ろした。せっかく置いた距離が、無駄になった。

「カズキも、酔ってるの?」

「え?う、うん……ちょっと。あんまり俺に近付かない方が良いよ」

「どうして?」

 いろいろと。

 ベッドに腰掛けて、前屈みに自分の膝に両手で頬杖をついたユリアが、俺を覗き込むようにして目を瞬く。……触れてみたくなるじゃないか。狭い部屋で、ベッドとベッドの間だって狭い。30センチやそこらしかないんだぞ。座ってる膝さえ気をつけないとぶつかる距離――――腕さえ伸ばせば抱き寄せられる距離にいるんだ。……で、ふたりっきり。

「き、聞きたいことって、何?」

 余計な考えを頭から目一杯押し出しつつ、けれど酔いが余計な望みを引き戻す。見下ろすユリアの微かに酔った色っぽい顔つきが、一層それを煽る。ユリアから目を逸らし、早鐘のような心臓を押さえて尋ねる俺に、ユリアが儚いため息のような声で答えた。

「あのね……」

「うん……」

 何だろう。

「わたし……」

 ど、どきどきする。

 長い睫毛を伏せて迷うような仕草をしたユリアが、顔を上げて俺を見つめた。

「わたしにも、教えて欲しいの」

 ……。

「何を?」

「ラウバルの、話と言うのを」

「……」

 ああ……それね……。

 淡い期待が切ないよ。挫けるな、俺。

「わたしが退室してから、ラウバルが何かを話したのね?」

 いろいろと余計な方向に頭が働いてしまっていた俺には気づかずに、ユリアが再び目を伏せる。ほんの僅かとは言え『何か素晴らしい展開』でもないだろうかと期待せずにいられなかった俺のしょうもない落胆の前で、ユリアは今度は本当にため息をつきながら続けた。

「わたしには、言えないことなのかなって……聞くのを迷っていたんだけど」

「……」

「わたしが聞いてはいけないことなのなら、聞かないわ。……いけないことなの?」

 ラウバルもシェインも、過保護に過ぎるんだよな、多分。

 真剣なユリアの眼差しに、俺も吐息をついた。

 ユリアをいろんなことから守ろう守ろうとし過ぎていて、それは見当違いではないところもあるんだろうけど、やり過ぎている時もあるんじゃないだろうか。だからユリアも、尋ねて良いのかいけないのかを迷う。

 けれど俺たちが聞いた話は、ユリアに告げていけない話ではないだろう。むしろユリア――――ヴァルスの君主たる人間が知らない方が、まずいんじゃないだろうか。

 ラウバルはもしかすると話すタイミングを待っていた、あるいは逃していたのかもしれないけど、ユリアが知らなくて良いこととは思いにくい。

 そう判断して、俺は口を開いた。

「知っているべきだと思う」

「だったら、教えて。ラウバルは、何を話したの」

「ラウバルが俺たちに話したのは、3点。ギルドでシサーがガーネットに告げたことだ。――――ラウバルとバルザックの関係、グロダールの行方、バルザックがロドリスと組んだわけ」

「ええ」

「ラウバルとバルザックは、シサーが言っていたように、同人物に師事して召喚を学んだ……いわゆる、学友だ」

 言いながら俺は、座っていたベッドにころんと横になった。あまり高くない板張りの天井を見上げながら、ラウバルの言葉を思い出す。

「その、召喚師のお師匠さんは、もうこの世にはいらっしゃらないのね?」

「とガーネットは言ってたね」

「どうして、そのバルザックが、ラウバルを狙うようになったの?」

「詳しいことは俺たちにも教えてくれなかったんだけど……」

 バルザックは、恩師の元からいくつもの呪具や宝具――――魔力付与道具を盗み出した。次第に己の能力を、邪悪な方向へと向け始めたバルザックを、彼らの恩師は破門し、追放した。

「盗み出した……」

「そう。……バルザックが空間移動の魔法を使えるのは、本人の能力じゃない。その時盗み出した魔力付与道具の力だ」

 召喚能力と魔術を併せ持つ、黒衣の魔術師。彼は、己の生命を削る召喚魔法を節約する為に新たな能力として言霊魔法を身につけた。バルザックが言霊魔法を扱えるようになった頃には、空間移動の魔法は弾圧を受けて淘汰されている。考えてみれば、バルザックが空間移動の魔法を使うのは、時期を考えればおかしなことなんだ。じゃあどうして可能なのか――――風の砂漠のダンジョンのように、あるいはレガードの命を救ったバックルのように、空間移動の魔法を発動する魔力付与道具を持っているから。

 そう、ラウバルは言った。

「じゃあ、その道具さえ奪えば……」

 ユリアが目を見開く。けれど俺は、ベッドに転がったままでユリアをちらりと見上げた。

「バルザックがその道具……腕輪らしいんだけど、それを身につけているのは……」

 言いながら、自分の左の二の腕を示す。

「ここだ」

「……」

「取り外すのや腕輪だけ破壊するのは、まず不可能」

 全身をすっぽり覆うローブの下、二の腕についている腕輪だけを外させるのは、無理だ。本人の能力じゃないとは言え、空間移動を封じるのは難しい。あいつとの戦闘が厄介なことには、今も違いはなかった。

「ラウバルを狙うのは、正確にはラウバル自身を狙っているわけではないって言ってたよ。ラウバルが、バルザックの欲しい魔力付与道具を持っているから、それを奪い返したくて狙ってくるんだって」

「奪い返す?」

「バルザックが、恩師から盗み出した中にあった魔力付与道具らしい。つまり、元々は恩師の物、それをバルザックが盗んで一時期自分の物として使っていた。それを恩師とラウバルが奪い返し、今はラウバルが保管している」

「……そう」

 言いながら、頭を巡らせる。

 この話の中で、気になるんだよな。

 召喚魔法は、生命を削る。ラウバルは何か特殊な事情で、生命を永く保っている。

 けれど、同じだけ生きている人が、ラウバルの他にいるじゃないか。――――バルザックとガーネットだ。

 ラウバルたちの恩師は、既に死んでいる。じゃあどうしてバルザックとガーネットは未だ命を繋いでいるんだ?

 そう考えると、ガーネットはともかく、バルザックが狙っているのは……召喚を試みるのに必要な『生命』を繋ぐ、何か。かつてバルザックがそれを持っていたのなら、今はその名残を引き摺って生きているのだとわかるし、ラウバルが今それを持っているのであればラウバルが長寿である理由にもなる。ガーネットも何か、その辺りの恩恵を受けるチャンスがあったのかもしれない。

 つまりバルザックの目的は、その『何か』を手に入れることによって、召喚魔法を制限なく使うことが出来るようになること――――その為に果てない生命を手に入れることだ。

 俺の考えに、ユリアは目を見開いて息を飲んだ。その表情に、ユリアをじっと見上げる。

「……何か、心当たりがあるの?」

 俺の問いに、ユリアは無言だった。しばらく回答を待ってみるが、やがてユリアは顔を伏せてしまった。

「ない、ことはないわ」

「何?」

「ごめんなさい。わたしは、言えない」

「……そう」

 ラウバルが、俺たちに「言えない」と言っていたことだろう。そしてガーネットが「恩師との誓約に触れるから」と言っていた。

 まあ、ユリアが知っているんだったら、いずれ俺たちも聞くことは出来るかもしれない。

「グロダールの行方、と言うのは?」

 やがてユリアがぽつりと尋ねた。

「グロダールは……黒竜ね?ギャヴァンで果てたのではなかったの」

「……グロダールは、いる」

 天井を睨みながら、低く答える。

「いるって、どういうこと?」

「黒竜グロダールは、ヴァルスの大神殿に封じられている」

「……え!?」

 ユリアが驚いたように立ち上がった。寝転がったまま、見下ろすユリアに視線を向ける。

「どういう経緯でそうなったのかは、話してくれなかった」

 王族の内情に触れるからと。

 それで、確信した。クレメンスの兄アウグストとシェリーナの追放は、グロダールの復活に絡んでいる。

「一度ギャヴァンで死んだはずのグロダールは、アンデッドとしてこの世界に蘇生を果たしている。封じられているのがヴァルスの大神殿、大教皇とガウナが重ねてかけた封印の中で、今もこの世に出るのを待っている」

「嘘でしょう……?」

「ラウバルが嘘をついてるんじゃなけりゃ、事実だよ」

「……」

「バルザックは、召喚能力を制限なく使い、自分の使役下に黒竜グロダールを召喚獣として手に入れたい。けれどドラゴンは通常、人の支配下には下らない。絶対に、下らないんだと聞いた」

「そう、聞くわ……」

「だから、ヴァルスの手で殺させた。アンデッドとしての蘇生を経ると、何らかの形で主を持つようになるんだって?つまり、召喚獣として自分の支配下に置くことは、不可能ではなくなると言うことだ」

「そう、ね……」

「通常ならアンデッドとして蘇らせたネクロマンサーが主となる。けれど、グロダールには今、主が定まっていないんだとラウバルが言っていた」

「どういうこと?」

 ユリアの問いに、俺は首を横に振った。それは、俺もわからない。

「けれど、そうは言っても元々矜持の高いドラゴンだ。加えて、大神殿に封じられている。召喚獣にする為の呼び出しに封じられている黒竜は応じないし、そうじゃなくてもなかなか呼びかけには応えない。だからバルザックは、黒竜を引き寄せる磁場を整える為に竜珠を使い、黒竜自身の気を封じ込める為にヘルザードに渡った」

「でも、どうしたって封じられているものは呼び出せないわ」

「だから、ロドリスと手を組んだ」

「……?」

 ユリアが、形の良い眉を顰める。

「大神殿には、バルザックは近付くことが出来ない。穢れを纏っているから、聖なる空間に近付くことが出来ない――――魔物と同じにね。けれど大神殿に近付くことが出来る者は、たくさんいる」

「……」

「ごく普通の人間なら、大神殿には何の抵抗もなく近付くことが出来る」

「じゃあ……」

「ヴァルスとロドリスの戦争を唆したのは、ヴァルス大神殿そのものの破壊をさせる為だ。その為には、ヴァルスに拮抗し得る国力を持つ国である必要があった」

 現在、ヴァルスと戦える国はロドリスとリトリアの二国。

 けれど、リトリアはヴァルスと領土が離れているせいもあって、余りヴァルスの攻略などに乗り気にはならない。むしろ、ロドリスとの国力争いに目が向く。一方でロドリスは、隙あらばヴァルスの国力を削ごうとしている。一国では対ヴァルス戦で苦しいところだろうけれど、ロドリスなら他の国と連動してヴァルスを追い詰めることが出来る。――――現状、そうなっているように。

 そうしてロドリスを中心として対ヴァルス軍がレオノーラに攻め入り、勝利を収めれば、シャインカルクや大神殿そのものをロドリスが押さえることになる。バルザックの取引は恐らく、そこだ。『青の魔術師』の代わりにレガードを追い、『青の魔術師』はバルザックの代わりに大神殿――――『封印堂』の破壊によってその封印を解く。建物そのものの破壊で封印がどうなるかはわからないけど、少なくとも近付くことは出来るようになるし、封印の種別によっては、大司祭ガウナを押さえて封印を解かせる。

 その時に磁場さえ整っていれば、一瞬でも封印に緩みが出来れば黒竜を召喚することが出来る。

 下手な国では、そもそもレオノーラまで攻め入ることが出来ない。ロドリスであればこそ、そこまでヴァルスを追い詰めることが出来る可能性がある。

 バルザックが『青の魔術師』と手を組んでいた理由はそこにあるのだろうと言うのが、ラウバルの意見だった。

「じゃあ、この戦争の引き金になっているのは……」

「『青の魔術師』にも何か理由はあるんだろうけれど、それを焚き付けて煽ったのは、バルザックだ」

 バルザックが『王家の塔』を封じている理由も、そこだろう。『青の魔術師』にとって不都合な展開があれば、大神殿の封印が解かれない。

 今現在彼らの関係がどうなっているのかは俺たちには窺い知ることは出来ないけれど、レガードの戴冠でバルザックにとって不都合が生じるとは考えにくいもんな。

「じゃあ、もしかして……」

 ユリアが再びベッドに腰を下ろして考え深げに視線を彷徨わせた。酔いは、引いてきたみたいだ。俺も、くらくらしていた頭が話すうちにはっきりしてくるのを感じる。

「いずれにしても『王家の塔』は、ジンの竜巻から解放される……?」

「その可能性は、低くはないと思う」

 ジンを『王家の塔』に縛り付けているのは、バルザックの召喚。

 召喚獣になり得ない上位精霊を強制的に支配下に置いている間、バルザックの生命と魔力は消費され続けている。長く続けることは不可能だし、そんなことを続けていてもバルザックにメリットはない。『青の魔術師』の目的がわからないから何とも言えないけれど、仲良しこよしってわけじゃないんだろうから、バルザックが自分の目的を果たせた時に、『王家の塔』をジンで封じ続けることに意味はなくなる。

 バルザックにとって、戦争の最終的な勝利なんか、多分どうでも良い話だ。黒竜を呼び出すことが出来た時点で、バルザックは多分、ジンを自動的に解放する。

 けれどそれは同時に、大神殿が押さえられていると言うこと――――レオノーラに、連合軍が攻め上ってきている時と言うことだ。……そんなものを悠長に待っているわけには、いかない。

 そして、同時に。

「水の剣『カリバーン』……」

 ベッドから体を起こして、最初と同じようにユリアと向かい合う形で座り直しながら、ガーネットの話を思い返した。

 黒竜を制する魔剣――――カリバーン。

「最悪の事態も想定して、カリバーンの行方も追わなきゃならない」

「最悪の事態……」

 バルザックの思惑通りにことが運べば、ヴァルスにとっては本当に最悪だ。

 ロドリス率いる連合軍に王城と大神殿を制圧され、挙句の果てに、黒竜が蘇る。――――ヴァルスの、レオノーラで。

 ヴァルス軍は、連合軍と対峙しながら、黒竜をも相手取る羽目になる。ロンバルトさえいない今、その可能性は低いとは決して言えない。

 ガーネットが、カリバーンの行方を知っていそうではあるんだが、どうにも現段階で話してくれそうにないからな……。

「対抗、出来るかしら」

 深く俯いたユリアが、考え込む俺に手を伸ばした。胸元のシャツをきゅっと掴む手が、震えている。

「……ヴァルスは、負けないよ」

 抱き寄せた腕の中、微かに震えたままで、ユリアが小さく、頷いた。











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