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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第8話 予兆(2)

 馬か……俺たちも手に入れなきゃな。でもカサドールについたらまた船だし、小型連絡船ってことだから、また馬は置き去りかもしれない。不経済。レンタカーみたいなのがあればいいのに。

 声の出所と、ギルドの名前が話の流れで出ているだけらしいことがわかって満足した俺は、今度こそ店に入ろうと踵を返した。何だかろくな会話ではなさそうだし、大体こんな狭い暗がりで話しているくらいだから、人に聞かれたい話じゃないんだろう。関わらないに越したことはない……。

「せめて長剣があと20口、何とかなんねえかなあー」

(……え?)

 再び、足を止める。と、もうひとりの男の声が慌てて遮った。

「馬鹿。声がでかい」

 長剣20口?

(何に、使うんだ?)

 しかも『あと20口』ってことは、前提として既にいくらかの武器を入手済みまたは入手予定があると言うことになる。

 どっかの貴族とかなら、私兵がいると聞いているから、武器を集めるのは考えられる。特に今は戦時中だから、尚更。

 だけどこんなうらぶれた街で人目を避けるようにと言えば、真っ当な話とは考えにくいじゃないか?

 まずい話を聞いてしまったんだろーか。

(……)

 そんなふうに思って凍りつく俺の耳に、更にもうひとり、別の人間の声が届いた。馬がぶるぶる言ってるから、そっちの方から人が増えたんだろうか。口早にしゃべる言葉は、ヴァルス語ではなさそうだった。俺が耳にしたことがないだろう言語。

 そうは言っても、俺はヴァルス語とロドリス語、あとは妖精語くらいしか耳にしたことはないし……トートコーストの言葉も魔物がしゃべってるのはちらっと聞いたけどそんくらいで、他にどういった言語があるのかまでは良く知らない。

 今までヴァルス語でしゃべっていた声までも、そのわけのわからない言葉に切り替わってしまい、俺には全く内容が把握出来なくなってしまったので、ついつい立ち聞きしちゃったけど、急に興味が殺がれた。

 ま、いいや。内容がわかったところで、その意味するところが俺にわかるわけでなし。

 近づかないに限るのでさっさと店に入ろうとしたところで、キグナスが迎えに出てきた。

「カズキー。何のろのろしてんだあ?」

 あ、馬鹿。あいつらに俺がここにいたのがばれちゃうじゃないか。

「何でもないよ」

 キグナスを中に押し込んで、自分も中に入ろうとした視界の隅で、更にもうひとり、今度は俺のいた方の道から男が路地に入っていくのがちらりと見えた。幸い、ただの道具屋の客だと思っているようで、こちらには何の注意も払わなかった。足早に闇に姿を消す。こちら側の耳に、キラリとマキビシみたいな飾りのイヤリングが、妙に目に付いた。さっきの連中の仲間なんだろうか。

 首を小さく傾げながら道具屋に入ると、俺がぼさっとしている間に買い物を済ませたらしく、シサーがカウンターで精算をしているところだった。

「何してたんだ?」

「いや、何でも?」

 答えながら、ちらりと振り返る。

 閉じた扉からは、外の様子を窺い知ることはもう、出来なかった。


          ◆ ◇ ◆


 道具屋を出て宿に戻る道すがら――――シサーが、行きとは違う道を、辿っている。

「……何か、あるんだ?」

 まさか道を間違えてるってこたあないだろう。俺の問いにシサーが小さく頷いた。

「つけられてんな」

 シサーの返事に、キグナスがロッドをぎゅっと握る。

「……何で?」

「さあ?深い意味のないただのチンピラかもしんねえから、何とも言えねぇな。大体この街で絡まれなきゃなんねえ理由が『不運』以外にあるとは思えねーんだが」

 宿への道を逸れているのは、変なもんをユリアやニーナの元に連れ帰りたくないからだろう。

 多分でたらめに歩くシサーは、やがて、ますます閑散とした通りに出た。街灯や建物から漏れる灯りがなく、月明かりだけが頼りの……。

「悪いんだが、大した金は持ってねーぜぇ?」

 シサーが足を止めて、正面を向いたまま後ろの気配に言う。不気味な沈黙が返った。

「それとも何か用事か?」

 言って振り返るシサーに倣って、俺とキグナスも振り返る。数十メートル先に、黒い影がいくつか見えた。

 黒い影は答えない。

「そんだけ群れて追い剥ぎした日にゃ、ひとりあたりに大して行き渡らねえぞ」

 人数は……8人。

 呆れたようにこりこりと顎を掻くシサーの軽口には当然答えず、影が近づいてくる。

 5メートルほどの場所で止まると、ようやく口を開いた。

「……そこの」

 中心に立つ、カトラスの男が、俺とキグナスを顎で指す。

「どっちかのガキに、ちと、大事な話を聞かれたんじゃねえかと思ってな」

 ……。

「はあ?言いがかり……」

「あ、それ、俺だ。多分」

 言い返すシサーについ告げると、かくんとシサーがコケた。

「……お前な」

 そういう不都合なことは黙っとけ、とぼそりと言う。……どっちにしたって解放してくれなさそうじゃないか。会話が空回りしないだけましだろ……。

「でも大して何が聞こえたわけでも……」

 言いかけるが、一体どこまで聞こえたと思っているのか、問答無用と言った様子で黒い影が武器をちらつかせて散開する。ので、しょうがない、俺とシサーも剣を抜く。

「カズキ」

「……うん」

「やれるか?」

 剣を構えて男たちを見据えたまま、シサーが問う。いつだか俺が、「俺には人は斬れない」と言ったからだろうとは、すぐに予想がついた。

 ……そう呟いた時の俺とは、もう、違う。

「やれる」

 腕は別だけど。

 剣を構える俺に小さく頷くと、シサーが低い声で付け足した。

「殺す必要はない。抵抗出来なきゃそれで良い。キグナスも手加減しとけ」

「その方が却って難しいよ」

 相手に負わせる傷の度合いを調整するには、相当の技量がいる。俺にそんな高等技術を期待しないでくれ。

 俺の返答にシサーが小さく吹き出した。微かな足音だけを立てて、男たちが武器を構えて駆けて来る。シサーが背後のキグナスに言った。

「キグナスッ、減らせッ!!」

「りょおかいッ。……ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス。『火炎弾』!!」

 闇に巻き起こる猛火が、男たちを目指して襲い掛かる。それをくらわず、更に慄かなかった者だけが、武器を振り翳して地を蹴った。俺の左側でシサーの剣が唸りを上げて男のひとりの剣を弾き飛ばした。甲高い音を上げて闇の中に消えてゆく剣には目もくれず、もうひとり別の男の腕に剣を切りつける。俺も、こちらに襲い掛かってきた男のひとりの剣を剣で受けた。キグナスが援護の魔法を飛ばしてくれる。

「……ドゥーケ・ヌンクァム・アベッラービムス。『風の刃』!!」

 殺傷能力のある風を受けて、男がひとり、全身を切り刻まれて吹っ飛んだ。細かな血を噴き上げながら、地面をのた打ち回る。一方で、先だって『火炎弾』を喰らわずに済んだものの、怖気づいた奴に向けて、こちらにも追い討ちのように『風の刃』が襲い掛かる。

「ちッ……お前ら何もんだッ……」

 俺に剣を翳している男が舌打ちをした。悪いんだが、俺には剣を交えながらおしゃべりしているような余裕はない。剣を引いた隙をついて、その剣を弾き、返す前に腹部を俺の剣が貫く。男が悲鳴を上げて、体を仰け反らせた。抜いた剣に、血飛沫が上がった。

 俺がひとりとことを構えている間に、シサーとキグナスが大方片付けてくれたらしい。おさすが。

「どうするかな……」

「とんずらしようぜ」

 どさりと男が地面に崩れるのを見届けていると、シサーとキグナスの声が聞こえた。……この男は、生きてるんだろうか。死んだ、んだろうか。

 俺には良く、わからない……。

「カズキ、怪我してねぇか?」

 キグナスがちょこんと首を傾げる。こんなあどけない顔をして、今、一体何人薙ぎ倒したんだろうな。

「うん……してなくはないけど、治癒するほどじゃない……。平気」

 答える俺の脇を、剣を収めたシサーが大股に通り過ぎていった。血溜りを作りながら地面に呻く男のひとりに近付いていく。さっき、真ん中にいた男だ。

「あんた」

「……」

 近付いたシサーが声をかけると、男が呻きながら微かに顔を向けた。全身ずたずたってことはこいつは、シサーの剣じゃなくてキグナスの魔法にやられたんだろう。

 シサーが先ほど手加減しろと言ったからそうしてるんだろうけど、『手加減の仕方』をまだイマイチ押さえきれていないらしいキグナスの魔法は、以前の『本気』よりも強力だ。ちょっとただ事じゃないほどのずたずたさ加減。悲惨だ。

「俺たちは別に、ただの旅人だ。あんたらが何をしているか知らねぇし、興味もねぇ。あいつが何を聞いたにしたってその意味なんかわかっちゃいねぇし、これ以上の揉め事は互いの為にも良くねぇんじゃねぇかと思うが、どうだ?」

 男の回答は呻き声だ。低くドスの効いた声で囁くようなシサーの言葉に、男が微かに首肯したように見えた。

「あんたらも、あんまり突付き回されたくねぇ事情があるんだろうが、こちらだって同じだ。何も聞きゃしねぇよ。代わりに、これ以上こっちに構わねぇでもらいたいんだがな?約束するならこれで、しまいにしよう。どうしてもちょっかいかけたいって言うんなら……」

 言いながらシサーは、ショートソードを抜き出した。すらりと男の首に当てる。

「手出し出来ないようにさせてもらうしかねぇが?」

「……わかった……」

 ため息のように微かな返答が返った。こんな脅しをされたら否定する馬鹿はいないだろう。

「よし。お利口さんだ」

 からかうように言って、にっと笑ったシサーは、ショートソードを収めながら立ち上がった。呻きを上げる男たちの間を縫って、俺たちを促す。

「行こう」

「……これ、放っておいていいの」

「持ち帰るわけにはいかんだろう」

 そりゃそうなんだが。

 俺も剣を拭って鞘に収めると、俺と剣を交えた男を一瞥した。脳裏に、対峙した男の顔が過ぎった。

「さて。予想外のトラブルで遅くなっちまったなあ。ニーナが怒り狂ってなきゃいいんだが」

「う、うーん」

 ようやく、宿に向かって歩き出す。男たちに襲われた辺りが見えなくなり、やがて大通りに出ると、ちらりとシサーが俺を見た。

「で、何を聞いた」

「え。大したことを聞いたわけじゃないよ、本当に」

「そうか?」

「うん。確かに何か……『あー、アングラな話してるなー』って感じではあったけど」

 何だか手が気持ち悪い。魔物を斬る時……それも亜人型の魔物を斬る時の手触りと大きく違うわけじゃないのに、斬った時の感触が手のひらに染み付いたみたいに残る。それを拭うように腰の辺りに意味不明に擦り付けながら、俺はシサーを見上げた。

「……武器を調達している、って感じだった」

「武器か」

「うん。最初、ギャヴァンのギルドがどうとかって言ってたのが気になって、つい聞いちゃったんだけど、途中から何語かわからない言葉になっちゃったし」

「ギルド?」

 隣に並んで俺とシサーの会話を聞いていたキグナスが目を瞬く。

「うん。別に、それは大した話じゃなかったんだけどね。繋がりが欲しいけど無理だなーみたいな」

「ああ」

 俺の言葉に、シサーが笑った。

「メイアンのチンピラみたいな闇稼業の人間には、ちと敷居が高いかもしんねぇな」

「そう。そう言ってた」

「ギャヴァンのギルドは、ルートもいろいろ持ってるし、金も情報も使える人間もあるからな。底辺で仕事している奴がギャヴァンギルドと仕事出来れば、一挙に格が上がんだろう。その前に、それなりの品格がねぇと、ギャヴァンギルドとの繋がりは持てねー」

 ふうん。そういうもんか。上下社会だ。

「何語かわかんない言葉になったって、何語だ?」

 キグナスがロッドを頭の後ろで担ぐみたいに回して、両手で首筋をトントンと叩きながら俺を見上げた。……だからわかんないんだってば。

「何語かわからないんだから、わからない」

「そりゃそーか」

「ヴァルス語、ロドリス語じゃないのは確か。トートコーストとも多分違うんじゃないかなあ……確信はないけど」

 くしゃくしゃと無意味に髪を掻き混ぜながら答えたところで、ユリアたちが待つ宿の明かりが見えてきた。

「さーて……待たせちまったからな。頑張ってお姫様たちのご機嫌を取るとしますか……」

 苦笑いを浮かべながら、シサーが俺とキグナスを振り返った。


          ◆ ◇ ◆


「……俺、部屋に戻ってるね」

「おお。わかった」

 夕食を宿続きの食堂で取ると、俺はそう言って席を立った。隣のテーブルについていた冒険者らしき人たちと、エール酒片手に盛り上がっているシサーが、俺に答えてひらひらと手を振る。

 話しかけてきたのは、向こうのテーブルのファイターらしき男の人だ。シサーの剣に目を留めて、そこから武器について語り始め、気がついたら「お連れ様?」と言うくらい一緒くたになっている。

 俺も別にそういう赤の他人といろいろ話すのは嫌いではないんだけれど、とにかくそのパーティ、全員が全員、酒が強い。女性のニーナやユリアに強引に勧めることはしないけど、男と来れば遠慮がない。同じ勢いでこっちにも酒を勧めてくる。ザルのシサーやキグナスはいいけれど、俺はそんなに飲めるわけじゃないから、今の時点で頭がくらくらだ。もうついていけない。

 酔いが回って微かに回る視界を何とか制御しながら、食堂を出る。ああ、もう……明日酒が残ってたらどうするんだよ。

 疲れも手伝ってるんだろうな……眠い。宿の階段をギシギシと上り、その途中で足を止めるとコツンと壁に肩を持たせ掛ける。

 ツェンカー……遠いなー。これで行って協力してもらえなかったら、嫌だな……。飛行機でぶーんって行って帰って来られればいーのになー。飛行機かー……飛行機だったらキグナスも酔わないかな。ユリアって船、大丈夫だったなー……。

 酔った頭でとりとめのないことを考えながら、壁から肩を起こす。ゆっくりと残りの階段を上りきっていると、不意に背後から小走りの足音が近付いてきた。

「ユリア」

「やだ、カズキ。大丈夫?」

「うん……」

 階段の下から俺を見上げているのは、こちらも微かに酔ったような赤い顔をしたユリアだ。俺を追うように階段を上ってくる。俺ほど飲まされたわけじゃないから足取りなんかは確かなものだけど、それでも少し上気した顔をしている。

(色っぽいなー……)

 ……酔ってる、俺。馬鹿なことを言い出さないよう自制しよう。

 ぺしぺしと軽く自分の顔を叩いていると、そんな俺を見てユリアが笑った。

「やだな、何してるの?」

「や、何でも……」

 並んで階段を上がり部屋の方へ足を向け、今度は無意味に自分の頬を撫でつつ、ユリアを見下ろす。

「どうしたの?ユリアも戻るの?」

「うん……カズキにね、聞きたいことがあって、追いかけて来たの」

「俺?」

「うん。……部屋、入っても良い?」

 男部屋の前で足を止める。酒のせいで微かに赤い頬、大きな瞳は潤んでいる。そんな文句なしに可愛い顔で言われて、お断りをする理由がない。

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