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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第7話 残された時間(1)

 ギルドを出て街に戻った俺たちは、街の食堂で食事を終えた。

 今日の宿は前回ギャヴァンに来た時と同様にシサーたちの家にお邪魔することになっている。

「お、カズキ、あれ何だろな」

「え?どれ?」

 夜になって尚喧騒の絶えない表通りを、俺とキグナスは人込みを縫って歩いていた。先に家に戻ると言うシサーとニーナ、そしてユリア、レイアとは食堂を出たところで別れている。俺とキグナスはただの夜遊び。

「あらー、カワイイー、ボーヤたち、安くしとくわよー」

「きゃははは。寄ってかなーい?」

 時折客引きの娼婦たちにからかわれて、思わずキグナスと顔を見合わせる。

「……キグナス、寄ってけば」

「何で俺なんだよ!!」

「血筋がそうなのかと思って」

「シェインと一緒にするんじゃねえ」

 ギャヴァンの夜は、誘惑が多い。

 通り沿いには屋台みたいな出店が並び、あちらからもこちらからも良い匂いが漂っている。並ぶカンテラが路面に柔らかな橙色の灯を投げかけ、立ち並ぶ飲み屋からは豪快な笑い声が響く。人も多いし、顔を上げれば通りの様子を窓から覗くしどけない姿の女性が見え隠れする。

 遠く、港の方は暗い海が広がり、それを背にぽつりぽつりと港の灯りが揺れて綺麗だ。そしてその背景にはずっと、様々な音が流れていた。人々の話し声や笑い声、足音、どこか……多分、広場の方からの音楽や拍手。

 毎日、祭りでもやっているみたいだな。本当の祭りの時は一体どんなんなっちゃうんだろうか。

「おい、カズキ。あっち行ってみようぜ。広場の方」

「うん」

 キグナスに促されるままに道を逸れて広場の方へ続く道に足を向けた。拍手や歓声が楽の音と共に少しずつ大きくなる。

「お前さぁ、ユリア様と、何かあったのか?」

 広場の方から流れてくる喧噪混じりのぬるい風に目を細めながら、キグナスが唐突に尋ねた。そんなことを聞かれると思ってなくて心の準備が出来ていなかった俺は、返す言葉に迷った。

「……何、それ」

「だって、城を出てから口を利いてないんじゃねえ?」

「……」

 不自然に映るらしい。

 少し困って俺は頬を指先で軽く掻きながら、近づいた広場に目を向けた。俺たちの歩いている道はそのまま進んでいくと自動的に広場に入り込んでしまうように繋がっている。無愛想な灰色の石畳である普通の路面と違って、色とりどりの丸い形の石が敷き詰められていた。

 石畳が広がるその向こうにはかなりの広さで綺麗に刈り込まれた芝生が広がっていて、楽団……俺流に言えばバンドや軽業師などが篝火や松明の明かりに照らされながらそれぞれのアートを披露していた。周囲の黒々とした陰は見物客だろう。出し物に合わせて大きく揺れたり、わっと沸いたり。

「別に……何も、ないけど」

 芝生の方へ足を向けながらぽつんと答える俺に、キグナスがちらっとこちらを横目で見た。

「……へえ」

「……何だよ」

 こちらも横目で睨み返し、ひとつのバンドの、少し距離を取った位置で足を止める。特に見たいものがあるわけではないのか、キグナスも俺に倣って足を止めた。

「まあいーけど」

「いいも何も、何もないってば」

 大体ユリアだって、俺を怒ってるとかって感じじゃないんだから。そっけないだけで。

「嫌われたんでしょ、単に」

 バンドの持つ楽器は、どことなくオリエンタルな雰囲気だった。ギターと言うよりは、琵琶に似た、けれどそれよりも大きめの弦楽器。和太鼓と言うほどでもないけど、ドラムのフロアタムよりはボディの質感が和製っぽい大きな太鼓、笛。竹槍のように長いものに、椰子の実みたいな丸っちいものがくっついている楽器なんてのもある。

「こーゆーこと言うと、不敬罪とか言われんのかなあ」

 聴いたことのない、不思議な感じの楽曲に耳を澄ませていると、キグナスが小声で呟くように言った。

「カズキとユリア様って……」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……何だよ」

「やっぱやめた」

 気になるじゃないか。

「言いかけてやめるって最低だぞ……」

「何とでも言え」

 顔ごと向けて睨みながらクレームをつけるが、キグナスはどこ吹く風で顔をそむけた。そのまますとんと芝生の上に座り込んでしまう。

 俺たちがいる辺りは、どこのバンドや芸人からも離れているせいで、人はまばらだ。それでも混雑を嫌ってかぽつんぽつんと人の姿はないわけじゃない。

「今度はツェンカーかぁ」

「うん……ツェンカーって、どんなところ?」

 俺もキグナスの横にすとんと座り込んで、バンドに目を向けながら尋ねる。今はこちらで言う光の月……俺流に言えば、7月とかそこらに該当するはずだ。昼間は空から照らす熱と海が照り返す熱気が暑いけれど、夜になると海が大気の熱を吸い取って微かに冷気を、そして潮の香りを含んだ風を送り込んでくる。

「俺も行ったことがあるわけじゃねぇからなぁ……」

「ふうん?北だから涼しいのかな」

「んー。でも、涼しいなんてもんじゃねぇと思うぜ」

 え。

「光の月なのに?」

「間近にフレザイルがあるだろ。暑い季節は来ねぇって聞くからな」

「そうなんだ?」

「あぁ。こっから、馬と船とをフル稼働させたとしたってツェンカーに到着するのは……ん〜……3ヵ月後くらいになんだろぉ?」

「ぐぇ。そんなかかんの!?」

「かかるだろ。したらー……雨の月も半ばってトコか?凄ぇ寒いと思うぜ」

 雨の月……9月頃か。日本だったら残暑とかって頃ではあるけど、それも半ばを過ぎれば確かに風は冷たくなり始めたりもするし、氷の大陸が間近にあると来れば尚更だよな。

 そんなことを考えつつ、頭の中でヴァルスの地図を開いてこれからの進路を思い描いてみた。

 ヴァルスは最南、そしてツェンカーは、最北だ。単純に言ってローレシア大陸を縦断することになる。

 が、ラウバルの言う通り、そのド真ん中で戦争が勃発している手前、どうしたってそこをヴァルスの首領がのこのこと歩いているわけにはいかない。大体、俺たちはグレンフォードに狙われたりもしているし、そもそも陸地を旅するのは時間がかかり過ぎる。

 そこで、現在考えられている主なルートは航路……それも、シュートへ向かった時のような大型商船などではない、もっと小さな連絡船で陸地からは大きく離れずに北へ向かおうと言うものだ。

 とは言っても、ギャヴァン港は今、封鎖されている。使うことは出来ない。フォルムスもまた同様だし、大体ヴァルスの東側の海から北上なんてしたら沈められるのがオチだろう。目当てにしているのはヴァルス最西端にある連絡都市カサドールだ。ギャヴァンのような大型商業都市ではないから大きな港があるわけではないらしいけれど、国が海や気候などの調査を行う機関がある街で、各調査の為に港や連絡船などは備えられているらしい。

 現在モナはヴァルスに大敗して、その監視下にある。その関係で時折モナへ連絡船が航行するらしく、俺たちはカサドールからまずモナの表玄関オラフへ向かうことにしている。そしてオラフからマカロフ王国の内海沿いにある街リボーンにモナの船で送らせて、そこからはマカロフ王国北部を横断してツェンカーに向かう。

 海からの移動は風や気候に大きく左右されるから何とも言えないけれど、シー・サーペントがヴァルス南海に移動をしたと言うことは西海は既に比較的安全と言えるらしい。何でも大型の魔物が暴れまわった後の海と言うのは、それを恐れて他の魔物が一層浮上して来なくなるのだそうだ。だから問題なのはどちらかと言えば、ここからカサドールへ向かう旅路の方。

 特に、少し前にロンバルト北西部の辺りでロドリス軍が暴れているとのことだし、その辺りの魔物が北へ南へと移動している可能性が高く、ギャヴァンはヴァルス全体から見れば東南に位置するので距離もある。

「無事につけるといいなぁ」

「……馬鹿言ってんなよ。王女連れてんだから、無事につけなきゃいけねぇんだよ」

 そうだった。

「でも凄いね。ヴァルスから、モナ……マカロフ……で、ツェンカー。4ヶ国、ハシゴだ。いろいろ見られる」

「マカロフか……」

 抱えた自分の膝に両肘を組んで、その上に顎を乗っけながら言った俺の言葉に、キグナスが何か少し含みのあるように呟いた。そっちに視線を向ける。

「? 何?マカロフに何かあるの?」

「や」

 短く答えて首を振りながら、キグナスは背中の方に両手をついて空を仰ぐように体重をかけた。

「そんなでも。前に、知り合いが行ってるって聞いたから、いんのかなって思っただけ」

「知り合い?」

「学生時代の」

「ああ」

 エルレ・デルファルのお友達か。

 全国から生徒の集まるエリート学校だって言うからな……良く考えたら各地に知り合いがいてもおかしくないんだ。

 でも、電話やメールがあるわけでもないし、連絡手段は手紙だけのこの世界……思うように会いにも行けないだろうし、疎遠になってっちゃうんだろうな。結構、寂しい話ではある。

「連絡取ってるんだ?」

「いや。1度手紙が来たっきりだな。それももう……2年前の話か?だから、今もいるかは知らねぇ」

「ふうーん」

 そのまま手のつっかえを外して、キグナスがころんと芝生に転がる。俺も抱えていた膝を崩して片手を地面につきながら、空を仰いだ。

 友達か。

 そうだよな……せめて、連絡が取れればな。

(いや……)

 そう思いかけて、自分でその考えを否定した。

 あちらとこちらで連絡が取れてしまえば、俺はますます帰りたいと思えなくなってしまうかもしれない。サキュバスに見せられた夢の世界で気づいた自分の本音に対するショックは、今もまだ残っている。

「……あっちとこっちでも、連絡が取れりゃあいいのになぁ」

 すると、どこをどう考えたのか、俺と同じ思考に辿り着いたらしいキグナスがぽつっと言った。思わず見下ろす。

「……」

「……んだよ」

「いや……何で?」

 あっちに連絡を取りたい人がいるわけでもあるまいし。

 目を瞬いて見下ろす俺の視線に、キグナスは鼻の頭に皺を寄せた。両手を組んで頭の枕にしていたその腕で顔を隠すように挟みながら、くるんと向こう側を向いてしまう。

「そうしたらさあ」

「うん」

「カズキが帰っても、たまにはどうしてんのか、わかんだろ?そっちも、こっちも」

「…………………………ああ」

「何だよ、その間は……」

 キグナスの思考が、俺の考えと逆の方向に働いていたことに気がついて、小さな笑いを口元に模る。

 そうか……そうだよな。俺が、あっちに帰ってからも……。

 そうしたら、手のひらから零れるものは少なく感じられるのかもしれない。

「……ううん。何でも、ない」

 くすくす笑う俺に、キグナスがふてくされたような顔でこちら側にころんと向き直った。遠くに揺れる篝火の灯りが、キグナスの顔に濃淡の影を浮かび上がらせている。俺の世界ではありえない瞳の色も、今ではもう見慣れてしまった。

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