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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第6話 神が与えしもの(2)

 俺たちと別れる時には、別人みたいだった。それほど長い期間を一緒にいたわけじゃないけれど、でも船でラグフォレストに向かう間からシュートを出るまでほぼ3週間……その間に知っていたゲイトと言う人物は、帰りの船では姿を消していた。

 少し時間が経って……ほんの僅かでも本来のゲイトを取り戻してくれれば良いんだけれど。

 が、俺の祈りも儚く、ジフは複雑な顔で小さく吐息をついた。

「仕方ないな。元気になれって方が、無理な話だろうし。少し、気が晴れるまでしたいようにさせてやろうかと思ってさ」

「……そう、ですか」

「ああ。……イース!!」

 不意にジフが顔を奥に向けて、カードゲームをしているひとりに呼びかけた。イースと呼ばれたこげ茶の縮れ毛の男が立ち上がる。

「はい?」

「ちょっとガーネットをここまで呼んで来てくんねぇか。お客さんだと伝えてくれ」

「へい」

 イースが出て行くのを見送りながら、胸の内で少し躊躇う。躊躇ったものの、結局俺は、口を開いていた。ジフから、視線を背けたまま。

 謝罪をすることに、意味があるかどうかはわからない。

 謝罪したところで、シンは戻ってくるわけじゃない。

 俺自身の自己満足に過ぎないんだろう。けれど、口にせずにいられない。少なくとも、俺に責があることを伝えないのは卑怯だという気がする。

「シンの命を奪った奴は……」

「……」

「俺を、狙って、来たんです」

 ジフがちらりとこちらに視線を向けるのがわかる。顔を見ることが出来ずに、俺は抑えた声のままで続けた。

「俺が、シンと、ゲイトに、正しい情報を与えてやれなかった。……今更言っても、仕方がないけれど、俺は……」

「さっきも言っただろ?」

「……」

「誰かのせいじゃない。全てを踏まえた上で、本人の責任だ。……そういう仕事なんだよ。俺たちは」

 突き放すでもなく、もちろん慰めるでもなく、ジフの声はあくまでも淡々としていた。普段は人当たりの良い、柔らかい話し方をするのに、この件に関しては殊更抑揚のない……そう、せずには、いられないんだろう。

 俺を狙って現れたグレンフォード、バルザックを追う俺たちと同行していて巻き込まれたシン、奪われたものを……俺が、ジフから奪ったものを、重責として感じずにはいられず、下唇を噛み締めた。

「魔物、らしいな?」

「……」

 無言のまま言葉を発せない俺に、ジフがぽつっと尋ねる。

「それも、聞く限りでは結構手こずりそうな」

「……はい」

「ゲイトがそれを調べてる」

 思わず顔を跳ね上げた。ジフは表情を変えないまま、カイルとシサーたちに視線を定めたままで、続けた。

「あんたらと連絡を取る手段を教えといてくれ。何かわかったら、連絡する必要があるかもしれねーだろう?ゲイトがどう出るかわかんねーから……何とも、言えねぇけど」

「あ、はい……」

 連絡……連絡を取る手段……。

 じゃあ電話してってわけにはいかないもんなあ……。

「シャインカルクに連絡してもらえれば、何とかなるんじゃねぇか?」

 黙って俺とジフの会話を聞いていたキグナスがぽつんと、ジフにではなく俺に向かって言った。

「ああ、そうか。って言うか、それしか、ないよな……」

「どこか、移動する予定なのか?」

 ジフがあどけない目をくりくりさせて俺とキグナスを交互に見る。それに頷いて、俺は階段のそばに無言で立ったままのユリアにちらりと視線を走らせた。

「まあ……これから、ツェンカーの方に……」

「ツェンカー!?」

 ジフが、頓狂な声を上げた。ユリアが無言でこっちを見る。

「そりゃまたどうして」

「いや……まあ、いろいろと用事があって」

 戦争の援軍を求める為に王女様直々膝を折りに行くんですとは、言って良いのかわからない。曖昧に濁す俺に、ジフはそれ以上突っ込んだことは尋ねずに「ふうん?」と微かに首を傾げた。

「まあ、いーけどさ。……そうか。じゃあ安易に連絡を取るってわけにはいかなくなるな」

「でも、シャインカルクにはどうしてもマメに連絡を取らざるを得ないと思うんです。あちこちの大使館はあまりアテにならないから……マメにとは言ってもたかが知れてるだろうけど、それでも可能な限り俺たちの所在を明らかにしておく必要があるし、だから……」

「何かあったらシャインカルク経由ってことで、ひとまずは納得しとくしかなさそうだなぁ」

「はい」

「じゃあ、それはそれとして」

 連絡手段についての話を打ち切ったジフは、すとんと壁に背中を預けて寄りかかると、腕組みをしながら俺とキグナスを見た。

「何しに行くんだか知らねぇから何とも言えねぇけど、一夜の宿くらいは協力出来るかもしれねーぜ?」

「え?」

「知人がいんだよ、向こうに。ええと、どこだっけかな……おぉい、ルーズ。ジークがいるのはどこだったっけ」

「ジーク?ジークフリートっすか?えーと確かぁ……」

「オーバスヴェルグだよ」

「ああ、それそれ。オーバスっす」

 人の言葉を借りて答えたルーズに苦笑いを浮かべてひらっと手を振ると、ジフは再びこちらに顔を戻した。

「だそうだ。ジークフリートって……元は、ギャヴァンの奴で、今は向こうで武器屋をやってる」

「武器屋!?」

「ああ。必要なら紹介状を用意しても良い。俺からの紹介だったら、良くしてくれるはずだ」

 武器屋……何か、力になってくれそうだけど。

 一応シサーに声をかけておこうと思ったところで、階段の方から不意に人の気配がした。ガーネットが到着したようだ。微かに、緊張した。

「おぉ。生きておったか」

 ……。

 会うなり失礼な。

「そりゃあじじぃの方だろーが。いつまでこの世に居座るつもりだ?」

 ガーネットの言葉に、ジフが憎まれ口を叩く。途端、ガーネットが手にした古びたロッドでゴンとジフの頭を殴った。

「まったく10年前から変わらん悪ガキだ」

 10年前には既にジフは『ガキ』と言える年齢じゃなかったんじゃなかろーか。そりゃあガーネットに比べたら誰も彼もがガキかもしれないが。

「あんたら、このじじぃに用があんだろ」

 殴られた頭を押さえてガーネットを横目で睨みながら、ジフがこちらに向かって呼びかける。親指で指されたガーネットは、からからと笑いながら俺とキグナスに向き直った。シサーとニーナもガーネットの到着に伴って、こちらに移動してきている。

 俺たちをぐるりと見回したガーネットが、不意に俺の後ろに視線を留めて目を細めた。

「おお。レガード卿の婚約者のおじょーちゃん」

「こんにちわ……」

 え?ユリアと知り合い?

 きょとんとユリアを振り返って、それから気がつく。レガードがシャインカルクにいて、ラウバルとガーネットが知り合いってことは、レガードを送り届けた時に会ってるのか……。

 一瞬驚きはしたものの、そう納得する俺の前で、ジフの方ががたっと体を仰け反らせた。

「じゃあ……あんた……」

 ユリアが王女様だと気がついたらしい。ひきつった顔で視線を向けるジフに、ユリアがくすりと笑った。目を伏せる。

「気に、なさらないで下さい」

「気になさらないでと言われてもなぁ……」

 困った顔で頭を掻くジフに、シサーがちらりと視線を投げる。それを受けて微かに表情を改めたジフは、大声を上げるでもなく、けれど良く通る声で奥の盗賊たちに声をかけた。

「人払いだ。悪いが、貸してくれ」

 その言葉に、カードゲームをしていた男たちが立ち上がる。何だか急に押し入って邪魔しちゃったみたいで申し訳ない。

「ついでに、ロッソのじじぃがくたばってねーか、見てきてやってくれ」

「そっちの3人も、こっちに来い」

 部屋を出て階段に足を向ける男のひとりにジフが指示を下すをそっちのけに、カイルが俺たちを手招きした。招かれるままにテーブルに足を向ける。

「へい。……頭ぁ、口が悪いなぁ」

「うるせぇ。リフィールはビットんトコ、徴収にお邪魔しろ。期限だ。ギャヴァンでの事業に手を引くか支払うか、選択してもらってこい。あとは上で待機。よろしく」

 指示を受けて盗賊たちが出て行くと、部屋の中は静かになった。テーブルに向かう椅子は4脚。ガーネットがひとつに掛けると、シサーとニーナ、そしてユリアがテーブルにつく。俺とキグナスは相変わらず、4人――いや、主に口を開くのはガーネットとシサーだろうから、2人の会話が聞こえる場所で壁に背中を預けた。並ぶようにジフが俺の隣に立つ。カイルはガーネットのすぐそばに控えた。

 ガーネットに聞きたいことは、大きく言えば、1点だ。

 ラウバルからは得られなかった情報――『失われた聖書』について……ガーネットは確実に何かを知っている。

「さ・て・と……俺とカイルは、いても構わないな?」

 ジフが念を押すように尋ねる。が、微塵も出て行くつもりはなさそう。シサーが小さく笑って頷いた。

「別に構わないさ。大したことを聞きたいわけじゃない。……聞きたいのは、『聖書』についてだ」

 終わりのセリフはもちろん、ガーネットに向かってのものだ。向いたシサーの視線に、ガーネットが笑った。

「それなら聞く人間を間違っておるのぉ。教皇庁にでも行った方がよかろ?」

「教皇庁なら訪問済みさ。枢機卿から気になる言葉が出たんでね。意味を確認させて欲しいと思っているんだ」

「訪問済みか。……気になる言葉、とは?」

「『失われた聖書』」

 ガーネットが微かに目を細める。

「『与えられた力は今、己の意志を持って暴走し始める』『それは時に猛り、時に操り、人々の命を喰らい尽くした』『楽園から男がやって来た。彼は神の祝福を受けていた』。……『7番目の使い』とは、何のことですか」

 俺の言葉に、ガーネットの視線がこちらを向いた。シサーが重ねる。

「レガードを手元に置いていた理由ってのは、そこにあるんじゃねぇかと思ったんだが、どうだろう?」

 シサーに視線を戻して、ガーネットは何食わぬ顔でぽりぽりと顎を掻いた。「年をとると乾いていかん」と小さく呟くと、椅子の背もたれにずるりと寄りかかる。前にも思ったけれど、何だか緊張感のないおじいさんだ。

「ラウバルには尋ねたか」

「ああ。知らんそうだな。本音かどうかはわからんが、それについての知識は持ち合わせていないと言われた。『シュリヴィドル尊師』に尋ねてみろ、とな」

 テーブルに頬杖をついてぼやくようなシサーの言葉に、ガーネットがくっくと笑う。皺だらけの顔の中、細めた目が皺と一体化して区別がつかなくなった。

「本音だろう。ラウバルは嘘はあまり上手ではない。嘘をつくくらいなら跳ね除けるか黙っている。……それに、『あの頃』にはラウバルは聖書など余り手に取ったこともなかったろうからな」

「じゃあ、やっぱりあんたも……」

「そうさな。ラウバルよりは20年ほど長生きしとるがな」

 ラウバルも、そしてガーネットも……『失われた聖書』が存在していた頃に、既に生きていたんだ……。

「『失われた聖書』には、何が書かれていたんだ?レガードとどう関係がある?」

「話せるところのみを話してやる。ラウバルは何を語った?」

 ガーネットの問いに、シサーは少し答えを躊躇った。ユリアがいるからだ。あの時……ラウバルが俺たちに自分の持つ情報の一部を明かした時、ユリアはその場にいなかった。けれど、やがて迷いを吹っ切るように口を開いた。

「バルザックと自分の関係、そして黒竜の行方。バルザックとロドリスが手を組んだ理由」

 シサーの回答にガーネットは少し、意外そうに眉を上げた。

「ほぅ?バルザックとの関係?」

「……同じ人物を師と仰ぎ、共に召喚を学んだ間柄だと」

 それを聞いてガーネットは小さく笑った。頷く。

「間違いはない」

「あんたがその、2人の師にあたる人物じゃないのか」

「わしか?」

「あんたも、召喚師なんだろう?」

「わしには召喚なんざ出来ゃーせんよ」

 ええ!?だって。

 ラウバルが『尊師』と呼ぶ以上、普通に考えてそうだとしか思えないんだが。

 けれど、ガーネットは口元に笑いを浮かべて小さく呟いた。

「だから誤解を招くと言うておるのにな。まったく頑固で言うことを聞かん」

「じゃあ、あなたはラウバルの師にあたるわけではないんですか……?」

 じゃあおかしいじゃん、『尊師』なんて言うの。

 ついつい疑心暗鬼で『騙されないぞ』と言う気分になり、ガーネットを見つめる。……いや、そんなところで嘘をついてもメリットがあるとは思えないんだけどさ。何となく。

 俺の問いに、ガーネットは緩やかに首を横に振った。視線を投げかける。

「いや。師であることには違いなかろうなぁ。だが召喚師ではない」

「?」

「わしが奴に教えたのは、学術であり世の中のことじゃ。召喚の技ではない」

「じゃあ……」

 ラウバルとバルザックの召喚師としての師匠さんは?

「召喚師としての師にあたる人物はわしの兄じゃ。今はもう、この世にはおられない」

 ああ……そうなんだ。

(……)

 いやいや、良く考えたらそれが普通だぞ。ラウバルを含めてあんたらがおかしいんだ。おかげでこっちの感覚も少しおかしくなってる。

「兄の元で修行を積む2人に、わしが学術を教えたのじゃ。と言って大したことを教えたわけではないがな」

 ふうん。ともかくもガーネットがラウバルの師にあたる人物であることには違いない、と。

 そして真実2人の師匠――召喚の技を教えた人物はもうこの世にいない……。

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