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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第6話 神が与えしもの(1)

 シャインカルクに到着してから4日目の夕方。

 ラウバルから馬を借りて出発した俺たちは、翌日にはギャヴァンにまで辿りついていた。

 本当は単身で早駆けとか出来るんならね……その日のうちにギャヴァンに到着することも不可能じゃあないらしいんだけど。

 何せ俺は馬に乗ることが出来ない。ユリアの馬術も相当覚束ない。俺はシサーの、そしてユリアはニーナの後ろに同乗させてもらっている。早駆けなんか出来るわけもない。

「キグナス。後で俺に乗馬、教えて」

「おう。いいぜ」

 情けない。自分で乗れるようになりたい、せめて。

 でも馬って難しいんだろうなあ。生き物だからバイクだ車だってのとはわけが違うんだろうし……。いや、俺はどっちも免許なんか持ってないけど。

 街中を馬で通行することは原則、禁止されているらしい。街の入り口で馬を下りて徒歩になる。夕刻のギャヴァンの街は、食欲をそそる匂いや音楽に溢れ、相変わらずの陽気さだ。綺麗に整備された石畳の上を、海から射す西陽がオレンジ色に染め上げ、その上を人々がかしましく行き来する。船乗りらしき屈強な男たちの集団、仕事途中なのか手に籠を持った男、両手に食材の入った紙袋を抱えておしゃべりに興じる女性たち。

 戦禍渦巻くローレシア、とは言っても、真っ先にその嵐を抜けてしまったギャヴァンは、既に立ち直ろうとしている雰囲気になっている。

「何か腹が減った気になるなぁ」

「ふふ。今日はこの前とは違うところで食事しましょう。おいしいところに案内するわ」

 よだれが垂れそうな顔で辺りを見回すキグナスに、ニーナが笑う。確かに、それほどでもなかったくせして鼻先を焼きたてのパンだの串焼きの肉だのの匂いが過ぎれば、腹も減ってくる。

 黒衣の魔術師の捜索がいったん保留になった俺たちが次に向かわなければならないのはローレシアの北――ツェンカーだ。じゃあなぜ反対方向であるギャヴァンへ向かったのかと言えば、理由はふたつだ。

 相互協力とは言え、手を貸してもらって……そして、シンを巻き込んでおいて、ギルドに対してこのままと言うわけにはいかない。レオノーラまで戻って来てるんだし、ここでまた出発してしまったら戻って来られるのはいつになるかわからないし、今しかないだろう。

 それが、ひとつ目の理由。

 もうひとつは、ガーネットに会う為だ。ラウバルに聞いて、わからなかった点について……ガーネットの補足を必要としている。

 とは言ってもギルドの場所がわからないのは相変わらずだ。代わりに俺たちは、カイルから連絡用の信号弾を受け取っている。

「集合墓地に行ってみるか?」

 馬の手綱を引きながら、シサーが丘の方角に目を細める。信号弾を上げなくてもギルドの長がいる可能性を考えてのことだろう。

「そうだね」

 答えて頷きながら、視界の隅でユリアが、その髪の影に潜り込んでいるレイアと何かを話してくすくす笑うのが見えた。

 ツェンカー行きの許可を自力でラウバルからもぎ取ったユリアは、最初に俺と一緒に『王家の塔』を目指していた時と同じ、若草色の軽い装備を身につけ、長い髪を高い位置で縛っている。王女様ではなく、初心者の冒険者といった風情だ。何となくそちらに視線を向けると、俺の視線に気づいてユリアがふっとこちらを向く。それから笑いを収めて、目を伏せた。

(は〜……)

 内心ため息をついて、俺もシサーに視線を戻す。

「ジフが、いるかな」

「どうかな。ま、いなきゃいないで……。んじゃあともかくも行ってみよう」

 ……ユリアとは、シャインカルクを出発してから、口をきいていない。

 避けてるわけじゃ、ないんだ。俺は。

 ただ、俺が避けられている……ような気がする。

(やっぱあれかなぁ……)

 以前、最後に会った時に気まずく別れた、あれのせいだろうか。仲直りするとかしないとかって話じゃなく、もっとシンプルに……嫌われた、とか……。

(……は〜ぁ)

 ありうるよな……。何だか良くわからないけど、俺の考え方は、ひどく彼女の考えに反しているようだ。それが嫌われる原因になったんだろう、きっと。

(仕方ないだろ)

 嫌われたところで。

 それが俺自身の偽りない考えなんだ。それを嫌われるなら、どうしようもないじゃないか。

 そうは、思うものの。

「……」

 また、ちらりと視線を向けるとユリアと目があった。そしてまたユリアがふいっと……今度は顔ごと逸らす。

 ……つらいなぁ。

 何がつらいって、これからツェンカーまで行って帰って、その間ずっとこんなふうにそっけなくされてたらやっぱり堪えると思うよな……。

 そんなふうに思いつつも、シサーたちに続いて前にも辿った丘への道を進んだ。

 奇しくも、時刻は以前と同じくらい――夕刻だ。海から射す西陽が丘を訪れた人々に優しい抱擁を投げかける。

「ゲイトとカイルは、もうついたかな」

「ついてんだろ、いくらなんでも。余計な寄り道をしてなけりゃあな」

 隣を歩くキグナスと話しながら、辿り着いた丘の上をぐるりと見回した。ぽつりぽつりと影を落とすお参りに来たらしき人々が、海風に押されて帰路につこうとするのも前と同じだった。けれど、例の石碑の前に、ジフの姿は見当たらなかった。

「いねぇなぁ」

「ま、そうそう暇じゃないわよね」

「んじゃあ信号弾で呼び出すしかねぇかな?」

 石碑の周囲には、いくつも花束が添えられている。綺麗に刈り込まれた芝生が広がる中、その周囲だけ色とりどりの花が揺れて、人々の想いを伝えていた。毎日きっと、誰かしらが訪れるんだろう。亡き誰かとの会話をする為に。

 カイルから預かったらしい信号弾をぽんぽんと手の中で弾ませてシサーがちょっと考えるような顔をした時、背後から、聞き覚えのある声がした。

「お揃いでどうした」

「……ちょうど良かった。あんたに会いたかったところだ」

 右側から西陽を浴びて左半分に黒い影を落としながら、ギャヴァンの盗賊ギルドの頭が、こちらに向かってゆっくりと丘を上って来る。振り返ったシサーのセリフに、ジフがにやっと笑った。そのまま俺たちを通り過ぎて石碑の方へと足を向ける。何となく、俺たちもその後に従った。

「何でこんなとこにいるんだ?」

「あんたがいるかもしれないと思って」

「カイルに信号弾をもらったんだろ」

「この辺でばったり会えるんだったら、それに越したこたぁねぇだろう」

 ジフが石碑の前で足を止める。片手に持った、無造作に麻紐で束ねた小さな花束をぽんと投げ出した。

「あんた、本当に毎日来てるんだな」

「ずっとなんか続きやしないさ。人は痛みも悲しみも、時間と共にすり減らしていくからな。……だから、続くうちは続けようと思ってるだけのことだ」

 ジフの顔からは、何も読み取ることが出来ない。シンの話を聞いているんだろうけれど、こちらを責める色も、悲しみで憔悴しているような様子も、何も窺うことは出来なかった。無言で石碑を、それから視線を転じて海の方へと目を向ける。

「……腕しか見つからない奴、なんてのも、いてな」

「……」

「それがウチの構成員だったりすると、未だ夢に見るからな。まだ、しばらくは続くだろーな」

 それからジフはくるりとこちらを振り返った。

「で、どうしてギャヴァンに?目的のものは見つかったんだろう?」

 ジフの言葉にシサーが頷く。

「ああ。おかげで必要な情報は得ることが出来た。……礼を、言おうと思ってな」

「そりゃまた義理堅いことで。こっちにしてみてもあんたらがいなかったらどうにもなんなかったみてーじゃねーか。お互い様だ」

「……それと、謝罪を」

「……」

 ジフの目が意味を問うようにシサーを見返した。それから、口を開こうとしたシサーを制して片手を軽く挙げる。

「シンのことがどうとかって話なら、必要ない」

「……」

「誰が良いとか悪いって話じゃないだろ。あんたらが何かいわくありげなのはこっちだって……シンだって承知の上なんだ。何かあったとしてもそれは想定内、後は力量不足と判断の誤りだ。それ以上でも以下でもない」

「だが……」

「何があっても、己の責任なんだ。じゃなけりゃ、ダンジョンの探索なんか、出来ねぇよ。だから、何も必要はない。カイルとゲイトから報告は受けている。それで終了だ」

 あくまで淡々と語るジフの顔には相変わらずどんな表情も浮かんでおらず、それだけ見ているとまるで、ギルドの構成員を替えのきくコマか何かのように思っているように見えた。ある種……冷徹な。

 けれど、毎日石碑に足を運んで死者を弔っているのだと思えば、その、全てを飲み込んで、ギルドの頭として自分の胸ひとつに収めているんだろうと……そんな気が、する。

「……わかった」

 シサーがジフの言葉を受け入れて謝罪の言葉を胸にしまうと、ジフがにこっと人懐こい笑みを覗かせてぐるりと俺たちを見回した。ユリアとレイアに目を留めて、ひょこんと眉を上げる。

「にしても随分な綺麗どころを連れて来たじゃないか?そっちはピクシーか?」

「え?ああ……ユリアとレイアだ。こっちは、ギャヴァンの盗賊ギルドの長で……」

「ジフリザーグだ」

「あ、は、初めまして」

「ギルドの長にしては随分若いのねー。それともただの童顔?」

 ユリアが挨拶する傍らで、レイアがユリアの肩に腰掛けたまま、しょっぱなから失礼な口を利く。さすがだレイア。

 ジフが苦笑しながら答える。

「いくつに見えてるかは俺にはわかんねーけど。どっちにしても頭としては若造には違いねーかな。……せっかくだから、カイルに会っていくか」

「ああ……そうだな。それともうひとつ、頼みがあんだ」

 後半のセリフをシサーに向けて言ったジフに、シサーが答えて口を開く。石碑に背を向けて歩き出しかけたジフが足を止めて首を傾げた。

「頼み?」

「ガーネットってじいさんがいたろう。彼に、会いたい」

「あぁ……あのじじぃか」

 きょとんと目を瞬いたジフは、少し視線を考えるように彷徨わせた。

「構わねぇけど……どっちにしてもギルドに来てもらった方が良いだろうな。ガーネットは自分の住処を人に知られるのを好まない。ギルドに呼び出す」

「俺たちはどっちでも構わないんだが……いいのか?ギルドに案内してもらって?」

 促して歩き出したジフに続くシサーの問いかけに、ジフはくすっと笑った。

「いいさ。本部に連れて行くわけじゃない。第2支部に行こう。そっちなら、闇稼業の人間なら誰でも知っているからな」


          ◆ ◇ ◆


 ジフに連れて行かれた『盗賊ギルド第2支部』は、丘のある街の西側からずーっと街を突っ切って反対側……東南の方向へ向かった建物だった。1階に瓦版の印刷所みたいなのがある。おじいさんが事務所の奥で暇そうに居眠りをしているのが、扉のガラス越しに見えた。

 あのおじーさんはこの建物にギルドが入っていると知っているんだろうか。それとも無関係で全く知らないんだろうか。

 そんなことを思って無言で居眠りおじいさんに視線を釘付けにしていると、振り返ったジフが俺を見て小さく笑った。俺が考えていることがわかったんだろうか。けれど敢えて何も答えずに建物の横の路地へ入る。

「こっちには大概カイルが詰めている。今も多分、いんだろう。……カイル〜」

 狭くて急な階段を上っていくと、2階に出た。階段はまだ上に続いていく。外から見た限り3階建てくらいありそうだったもんな。上には何があるんだろう。上もギルド?

 ジフが声をかけながら2階の扉を開くと、中には何もないがらんとした部屋があるだけだった。人の気配はどこにもない。

 ……と思ったら。

「そっちじゃねぇよ、こっち」

 少し離れた足元から、ジフの声が聞こえた。どうやら床の一部が開閉式になっていて隠し階段があるらしい。階段は1階をぶち抜きで地下に続いているみたいだった。

 ジフにシサー、ニーナが続き、その後にキグナスが続く。その後に俺もゆっくりと階段を下り始めた。結構急な階段。

「ユリア……」

 ユリアがしょっちゅう転んでいたことを思い出して、振り返る。俺の背中に続いていたユリアが一瞬きょとんと俺を見返し、そしてふいっと顔を背けた。

「……」

 ので、勢い、何も言えなくなってしまった。口にしかけた「気をつけて」と言う言葉を飲み込み、前に顔を戻す。

 何だか……本当に嫌われたみたいだな。

 ……俺は、背中に感じるユリアの気配にさえ……こんなに、鼓動が早くなってるって言うのにな。

「おお。カイル」

 先に階段を下りきったシサーが、入った部屋の中で声をあげるのが聞こえた。

「無事に風の砂漠を越えられたのね」

「そっちこそ行くところがあるんじゃなかったのか。それはどうなった」

 キグナスに続いて部屋に入る。そこは、広さとしては15畳くらいの一部屋だけでそんなに凄く広いわけではなかったけれど、乱雑に箱や棚が置かれ、真ん中に据えられた木のテーブルの上には何やら書類が散らばっているのが見えた。部屋の奥の床で4人ほどの男が輪になってカードゲームをしているのが見える。ジフやシサーの姿に、テーブルの椅子に掛けていたらしいカイルが歓迎して立ち上がったところだった。

「ゲイトはいないのかな」

 見回す限り、人の姿はそんなもん。カードゲームをしている盗賊たちも見覚えがある人の姿はなく、ぽつっと尋ねるでもなく言うと、キグナスが曖昧に「んあ、あぁ……」ともごもごと答えた。カイルとシサー、ニーナが互いのあれからを簡単に報告し合うのを聞きながら、続ける。

「まあ、あと第1支部と本部があんだろ?そのどっかにでもいるんじゃねぇか。その辺、ほっつき歩いてるとか」

「ゲイトは、いない」

 こちらの声が聞こえたのか、キグナスの向こうに立っていたジフが、不意にこちらの会話に答えて口を開いた。その答えに、眉を顰める。

「いない?」

「ゲイトは今、出かけてんだ」

「出かけてる……じゃあ、また別のダンジョンとかに?」

 シンがいなくなって……例えばそれを引き継いで、とか?

 尋ねる俺に、ジフは黙って顔を横に振った。それからなぜか少し言葉を選ぶような顔をする。

「ちょっとな。調べたいことがあるってことで……ま、私用だ」

「私用……」

 そりゃあまあ、別に盗賊だって私用はあるんだろうけどさ。

 良くわからないけど……まあ、いいや。

「そうですか。……ゲイト、元気でしたか」

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