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QUEST  作者: 市尾弘那
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第3部第1章第5話 急転(2)

 厳かに言うユリアに、全員が唖然としたまま再び椅子に腰を下ろした。それを見回して、ユリアが静かに口を開いた。

「シサーたちは、現在ヴァルスがどういう状況に置かれているかをご存知ですか」

「や……良くは……知らねぇけど……」

「盟友であったロンバルトは、連合軍の前に倒れました。ヴァルスは今、孤立無援です。見回す周囲は、敵ばかりです」

「……」

 沈黙が訪れる。やがてぽつんとカズキが口を開いた。

「……キルギスは」

「使者に対する答えがない。彼らは恐らく、どちら側にも参戦する意志がない」

 ラウバルの答えに、カズキは微かに眉を顰めて黙り込んだ。それから、ユリアに続きを促すように視線を戻す。

「その通りです。帝国内に、救援を求めることは現状、出来ません。……ですから、帝国外に救援を求めます」

「しかし……」

「ツェンカーは、史上に名を残すほどの重装歩兵を保持している。……ですね?ラウバル」

「それは、そうですが」

「しかも常々、ワインバーガとの紛争が絶えません。常日頃から鍛えられています」

「……どうしてツェンカーなんですか」

 ぽつっとカズキがまたも口を開いた。頭の中に地図を描いているのだろう。異世界の少年の為に、ラウバルは席を立って地図を取り出した。テーブルに広げる。

「あ、すみません……」

 短い謝礼を口にして、カズキは地図を覗き込んだ。

「マカロフは、手を借りることによって帝国に侵食してくる可能性があります。帝国の今後を考えれば、救援を求めることは出来ません。危険過ぎます。ワインバーガは、帝国の紛争には手を貸さないでしょう。理由がありません」

「じゃあ、ツェンカーは……」

「ツェンカーは、ナタリアに対する警戒があります」

 ユリアは立ち上がって、指先で地図を辿った。ツェンカーとナタリアは国境を接している。勢力拡大を狙って、ナタリアは時折ツェンカーに牙をむく。

「手を貸せばナタリアから10年間の不可侵を約束させるとすれば、協力を期待することは出来ます。期限を区切ればツェンカーにとっても現実味があって信用出来ましょうし、こちらもナタリアを押さえ込んでおくのが可能ですからね。……ツェンカーは、政権交代があったばかりです。政情を安定させる為に、自分の政権下においてナタリアの不可侵が約束されていれば、警戒しなくてはならない国が減ります」

 永久不可侵など、約束させるのは不可能だ。それはツェンカーとて理解出来るだろう。だが、10年という区切りは確かに現実味がある。無期限であれば無視しかねないナタリアも、有限であるとなればナタリア自身が10年くらいならば黙っているだろうし、ヴァルスが押さえ込むことも可能である。

「何より、ツェンカーの戦力は、有望です」

 ユリアの言葉に、ラウバルは唸った。まさか帝国外の国を持ってくるとは思わなかった。視野が狭くなっていたらしい。ツェンカーの戦力が力を貸してくれれば、状況に変化があるかもしれない。少なくとも、リトリアとナタリアを引き付けておくことが可能になる。

 それは、わかった。

 しかし。

「では、誰か人を……」

「わたくしが、救援を求めます」

「ユリア様!!」

 強く言い切ったユリアに、ラウバルはまたも立ち上がっていた。戦禍渦巻くローレシアを、ユリア直々縦断させるなどとんでもないことだ。だが、ユリアは怯まない目でラウバルを見据えた。

「ラウバル。聞いて下さい」

「そのような我侭を認めるわけには参りません」

「我侭では、ありません」

 確固とした意志があるらしい。ラウバルのセリフを、ユリアはきっぱりと、だが静かに否定した。

「考えてもごらんなさい。現在戦を構えている各国は、そのほとんどが国の主が自ら軍を率いて戦地に赴いています。ギャヴァンを襲撃したモナ、ナタリア、バート、そして……ロンバルト」

「それは……」

「リトリアはまだ参戦していませんが、間もなくでしょう。武王と呼ばれるクラスフェルド王が戦陣に出ないわけはありません。残すは、ロドリスとヴァルスのみです」

「……」

「わたくしは、女ですから、戦陣に立つことは出来ません。ですが、各国の王が自らを危地に曝して戦っていると言うのに、帝国の第一人者として君臨するヴァルスの主が安全な場所に引きこもっていて、誰が信頼出来ますか」

「……」

「特にツェンカーは、独立自治領です。自らを自らで支え、立つ国です。その国に協力をお願いするのに、安全な場所から人をやって指示をするようでは同意を得られるとは思いません」

 毅然と意志を語るユリアに、ラウバルは言葉を見つけることが出来なかった。いつの間に、このような政治力を身につけたのだろうか。

「戴冠はしていませんが、わたくしはクレメンス陛下の娘です。わたくしがヴァルスを守らなければならないのです。ならばわたくしが頭を下げないでどうするのですか」

「……ユリア様……」

「わたくしに万が一のことがあっても、レガード様がおられます。いずれは大教皇のお力添えで、必ず目覚める日が来ることでしょう。わたくしが、ツェンカーの援軍を連れてきます。ラウバル、あなたがレガード様と共に、ヴァルスを守っていて下さい」

 返す言葉が、ない。

 何より強い決意が、ラウバルの反論を奪った。今のユリアの意見を潰すことは、彼女の国主としての自覚さえも奪うことになりかねない。

「今は、ひとりの兵でも惜しい状況です。従者は、必要ありません。少人数の方が移動も目に付かないし、シサーたちとは以前にも旅をしています。……守ってくれますね?」

「あ、はあ……それは、そりゃまあ……」

 唖然としているせいか、何だか頼りない返事を返すシサーにくすりと笑って、ユリアはラウバルに告げた。

「反対意見は、受け入れません。命令です。……良いですね、ラウバル」

「……はい」

 そう言われては頷くしかない。大体、たおやかに見えて強情なのだ、この王女様は。それは知っている。だが、それだけではない……ヴァルスを守りたいと言う強い意志がラウバルを圧倒して、言葉を飲み込むことしか出来なかった。

「今日の会議で、正式に大臣に通達します。出発は、明後日。シサーたちは、その間体を休めてください。わたくしは準備に取り掛かります。ラウバル、大臣たちに召集をかけて下さい」

「……わかりました」

「では、わたしはこれで退室します」

 言い残してユリアが退室すると、ラウバルは深いため息と共にテーブルに肘をついた。

 ユリアの言葉に、間違いがないだけに止めようがない。

 自分だけ安全なところにいる主など、誰が信用する。それはその通りだ。自ら危地に赴いて国を守る為に戦ってこそ、兵は我もと従うのである。だが女性であるユリアに、戦陣に立って皆を率いることは出来ない。ならば出来ることはと考えたのだろう。自ら援軍を求めて頭を下げれば、ツェンカーだって考えるに決まっている。頭上から指図する人間に従うはずもないと言うことも、また。

「随分、君主らしくなったんじゃねぇか?」

 頭の上からシサーが評するのが聞こえた。そう、ラウバルもまたそう感じているからこそ、反対など出来るわけがない。

「……ユリア様の身柄を、預ける」

「いいのか?」

「いいも何も、ご本人がああおっしゃるのだから、そうするしかないだろう」

 後は、シサーたちを頼みにするしかない。実際、ご大層な従者をつければ却って人目につくだろうことはわかっているのだ。このような時勢であらばこそ尚更、少人数の――それも、旅慣れた冒険者であるシサーたちの方が、あらゆる意味で頼りになるだろうことも。

「ともかくも、部屋を用意させよう。詳細についてはまた、明日時間を設けよう」

「りょおーかい」

「では、私も職務があるので失礼する」

 ぐらぐらする頭を抱えたまま、ラウバルは足早に応接室を出た。人目につかぬよう、ユリアの旅の準備を整えさせ、同時に大臣に召集をかけて会議にかけなければならない。考えをまとめながら通路を歩き出したラウバルの背中に、思いがけない声が飛んだ。

「あのッ……」

 誰のものかを認識して、目を丸くしながら顔を上げる。振り返ると、カズキがラウバルを追うように部屋を飛び出てくるところだった。

「何だ」

 いつも距離を置くようにしているだけなのに、珍しいこともある。目を瞬きながら足を止めてカズキを待つラウバルに、カズキは真っ直ぐな視線を投げかけながら口を開いた。

「……聞きたいことが、あります」

 無言で続きを促す。カズキは目線をそらすことなく、ラウバルを見据えていた。

「バルザックがヘルザードへ行った理由について、あなたは何も尋ねなかった。わかっているんでしょう」

「……」

「……黒竜グロダールの行方について、教えて下さい」

 思いがけない方向から攻められて、ラウバルは眉根を寄せた。振り向いたままだった体を、カズキに向き直らせる。

「黒竜グロダールは、ギャヴァンで果てた」

「それで済んでいないでしょう。あなたは何か、知っているはずだ」

「知っていたとしても、話すことではないな」

「――俺たちはッ……」

 冷たい言葉を返すラウバルに、カズキの瞳に怒りが燃え上がった。握り締めた片手を、壁に叩きつける。

「俺たちは、あんたが城の奥にいる間に魔物の間を駆けずり回って真実を追いかけている。命懸けだ」

「……」

「自分たちが、何をやっているのかを知りたい。わけもわからないまま引きずり回されるのは、もうごめんだ」

「……バルザックを追っているのだろうが」

 言葉少なに対峙するラウバルの視界で、応接室の出入り口にシサーたちが立つのが見えた。距離を置いたまま、黙ってこちらの成り行きを見守っている。

「ああ、バルザックを追っているさ。だけどそれが何なんだ?『王家の塔』の解放、それはわかってる。だけど黒衣の魔術師にとって『王家の塔』なんて成り行きの一環でしかないだろう。目的がわかっていれば、あちこち駆け回ってあいつを探し回る必要なんかなかったんじゃないか!?あんたはそれを知っているんじゃないのか!?」

「……」

 それは、誤解だ。カズキたちよりラウバルの方が情報が多いことは確かだろうが、ラウバルとて全てを知っていたわけではない。バルザックの行方がヘルザードだと知って、わかることがあっただけである。そして、言ってはならないことも、ある。

 無言のラウバルに、カズキは苛立ったように言葉を重ねた。

「少なくとも、グロダールの所在を知っているはずだ。バルザックは、グロダールの身柄を欲している。違うか」

「……そうだろうな」

「そしてそれとあんたを狙うことにも関係がある。もしかすると、先王の兄であるアウグスト卿やシェリーナ妃の追放とも何か関係がある。その辺りを全部、話してもらおう」

「それを聞いて、どうなる?」

「バルザックの行方を追う為に、仲間が命を落としている!!」

「……」

 それは、初耳だ。

 見回す限り、シャインカルクから見送ったメンツは五体満足で雁首揃えているようだが。

 目を瞬くラウバルの前で、カズキは先ほど叩き付けた拳を壁に押し当てたままでラウバルを睨みすえた。大人しい少年かと思ったが、旅の間に面変わりしてきたようだ。怒気を孕ませたその表情は、思いがけないほどの迫力があった。

「……仲間?」

「ギャヴァンのギルドだ。巻き込まれて命を落とした。あんたには関係ないか?だからこっちがわけもわからずバルザックを追っていても、そこで得た情報を搾り取っておしまいか?」

 ギルドか……。

 腕組みをしながら、ラウバルは嘆息した。

 レガードの件もあるし、ならば後々、こちらからもギルドに声をかけてやらなければなるまい。そう考えながら、ラウバルはカズキの視線を正面から受けた。

「……いいだろう」

 あれだけ言いたいことを言ったくせに、受け入れたラウバルに意外な表情を浮かべてカズキが見返す。一体自分は彼らにとってどう映っているのか、疑問に思う。

「バルザックは、必ずヴァルスを訪れる。……話せることは、話してやっても良い」

「本当に……?」

 信じられないような表情を浮かべるカズキに、ラウバルは小さく吐息を落とした。

「話させたいんじゃなかったのか」

「あ、それはそうだけど……」

「だから、話してやろう。但し、話せることだけだ」

「……」

 カズキの視線が意味を問う。

「ことは、王族の内情に絡む部分もある。今、私の口から話して良いことではないこともな」

 事実、既に彼らは巻き込まれている。シェインが戻らねば、カズキさえ物語の途中で離席、と言うわけにはいかない。知る権利は確かにあるだろう。

 今後、起こり得る事態に、今から備えておく為にも。

「部屋に、戻れ。立ち話で済む話ではない」

 暗澹たる気持ちでカズキを促しながら、ラウバルは再び応接室へと足を向けた。











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