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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第29話 棘(2)

 ラミアは目を瞬いた。意図していることを酌もうとする色を瞳の中に見つけ、シェインが説明を加える。

「勢いに乗っていると見せて、連合軍へと突っ込む。連合軍はもちろん跳ね返そうとする。それに相対して『しまった』と言う素振りで慌てて撤退すれば、連合軍はこちらの意図を図ろうとせずに深追いしてくる。いわば『ざまぁないな』と言う心情、ついでに嘲笑でももらえれば儲けものだ」

 シェインの言い種に、ラミアとガーフィールが吹き出した。シェイン自身小さく笑いながら続ける。

「そうなれば後は、連合軍はこちらの動きに食いついて思う場所まで引きずり込める。それこそ、勢いに乗ってな」

「……して、引きずり込む場所とはどこだ」

「シュトックガルムの森さ」

 あっさりと言うシェインに、ラミアが感心したようにため息をついた。シュトックガルムはウォルムスほど近くの深い森だ。なるほど、ロンバルト兵には余りに馴染み深く、連合軍にとっては厄介な戦場だろう。

「そこで少々ロンバルト軍には頑張っていただこう。連合軍をかき回し、森の奥へと引きずり込んで、戦力を無効化させる。小分けになったら、ヴァルス軍の出番だ」

「どう出る」

「まずはロンバルト軍の背後に控えているヴァルス軍だな。小分けにされた相手に対し、ある程度のまとまった戦力をぶつけよう。更に……」

 ヴァルスの宮廷魔術師は、いささか人の悪い笑みを口元に滲ませた。

「……ヴァルスの別動隊が、森へ入り込んだ連合軍の後を追っていた、と言うのはどうだ?」

「……背後から現れると?」

「かなりの恐慌状態になること請け合いだな」

「だが、連合軍もヴァルス軍の存在には警戒をしているのではないか」

「その為に頭からロンバルトの背後に控えさせる」

「そうか……」

 連合軍は、正規ヴァルス軍の動向は何となく掴んでいるとしても、デルフト方面から現れたシェインら要塞軍については情報はさほどいっていないはずだ。何せ、彼らと剣を交えたロドリス軍は壊滅してデルフト方面へと戻っている。

「……なるほどな」

 シェインの語った内容を吟味するようにじっと地面を見つめていたラミアが、不意に笑いを含んで顔を上げた。

「デルフト攻略の第二戦で、ロドリスを潰走させたのは、そなたか」

「まさか。魔物でもあるまいし、俺には軍隊を壊滅させるような力はありはしないさ」

 目を伏せて笑うシェインに、ラミアもそれ以上は触れずにふと笑いを飲み込んだ。それから今後の展開を思索するように、視線をさまよわせる。

「……迷うところだな」

 躊躇うように呟くと、ラミアはシェインを見上げた。

「迷う、とは」

「シェイン殿の言う策が成功すれば、それは確かに連合軍をロンバルトから追い出すのに良い策のように思える。だが」

「だが?」

「……連合軍の別動隊の動きが、気になるのだ」

 躊躇うようにしていたラミアは、だが次第にはっきりと言葉を紡いだ。

「これは私情が入っているのやもしれぬ。そなたが言うようにいけば、良いと思う。だが、連合軍の別動隊は公族の通路についての情報を入手したと聞いた」

「……何?」

 その言葉に、シェインとガーフィールが同時に声を上げる。ラミアが応えて頷いた。

「どこの国もそうだろうが、統治者の為の秘密の通路と言うものがある。それはわかるな?」

 無言で頷く。

 何かあった時に王族、公族が街の外へと抜けられる通路はどこの城にも存在している。その存在を明確に知る者は王族と、それに近しい身分の者だけだ。

 ……通路は普通、城から街外のどこかへと抜ける。だが逆に言えばその所在をつきとめれば、街中を通らずに城へと辿りつく。

 とは言え、普通は外からでは中へ入り込めないようになっているものだが……。

 問うてみると、ラミアは無言で顔を横に振った。

「そのようにはなっている。だが、どのように入手したのかがわからぬ以上、入り込み方をも入手していないとは、私には言えない。むしろ、そうでなければ別動隊などやるだろうかと思えてならない」

 明確に連合軍がどこまで知っているかはわからぬが、最悪の事態を想定した上で回避したいということだ。

 得心がいって、シェインは深刻な沈黙を守った。

 ヴィルデフラウには、レガードの実母アンジェリカ公妃がいる。フェルナンドに伴われて、幾度かレオノーラへ外遊に訪れてもいる。連合軍がヴィルデフラウに侵入すれば、ただでは済むまい。シェインにしても他人ごとではない。

「……では、こういうのはどうだ?」

 しばし考えて、連合軍の別動隊を駆逐したいと言うラミアの意見を考慮に入れる。

「ヴァルス軍にはとにかく、ロンバルト軍と合流してもらおう。いつまでもルアン・ジンベルに立てこもっていたところで仕方ないからな。我々はラミア殿の意見を採って一旦南へ戻り、東へ抜ける。そちらで、連合軍の別動隊を妨害する」

 そこで一度言葉を切る。果たしてそううまくいくかどうかはわからないが……。

「……成功すればむしろ、良いかもしれぬな」

 ひとりごちるシェインに、ラミアが問いかけた。

「どういうことだ?」

「東へ抜けて連合軍の別動隊を叩いた後、北上する。ロンバルト軍を主流に、そちらではゲリラ戦を展開してもらおうと言うのは予定通りだ」

「ふむ」

「とすると、我々は連合軍がまるで敵の来襲を意図していない側面から現れることにならないか?」

「そうか……」

 連合軍がシェインらの部隊をどのように認識しているかはわからないが、いずれにしてもデルフト方面……西側を警戒しているだろう。まさか突然東側から姿を現すとは思ってはいまい。

 とすれば、かなり相手の意表を突くことが出来る。

「……良し。それでいこう」

「かなりの強行軍になるな」

 ラミアが苦笑する。それを受けて、シェインの笑いも苦くならざるを得なかった。

「いささかきついかな……。だがそれも別動隊の規模にも寄ろうし、我々がいなくともシュトックガルムでロンバルトがゲリラ戦を展開すれば、勝ち目はあるだろう」

「だと良いが」

「さて」

 不安げに顔を曇らせるラミアを景気づけるように、シェインは明るい声で促した。

「とりあえずは、ルートの確認といこうか」


          ◆ ◇ ◆


 ラミアの言う『東へ抜ける道』は、ヴァルス要塞軍の現地点からさほど離れているわけではなさそうだった。馬で早駆けの出来る数人なら、夜のうちに行って帰って来られる距離だ。

 実際にその道が『軍隊が通ることが可能かどうか』を判断して欲しいと言うラミアの言葉を受けて、ラミアとその麾下の私兵4名、それからシェインとスフォルツら数名がルートを確認する為に夜陰に紛れて陣営を発った。月が地上に投げかける優しいヴェールのような光が足下を照らす中、静かに馬を進めて行く。

「……道としては、2本、ある」

 シェインの少し先を進みながら、ラミアが微かに顔を振り返った。

「ここから近い方の道の方が、移動距離が短い。その代わり足場が少々悪いがな」

 可能ならばそちらの方が時間短縮になる、と呟くように続ける。

「ならば、とりあえずそちらのルートへご案内いただけるか」

「そのつもりだ」

 ラミアの先導に従って分け入っていく山道は、獣道のような状態だった。豊かに繁った木々が、自身の葉の重みに耐えきれずに深くうなだれ、垂れ下がっている。人間の方は馬に跨ってかさを増しているのだから、視界の悪さは一層だ。足下も一面が草に覆われている。

 だが平らに踏み固められた地面がそこそこの幅を保っているし、崖や窪地によるぬかるみや陥没があるわけでもない。これなら、進行速度は多少落ちようとも行けそうだ。

 しかし、道はそのままを維持して続いているわけではなかった。

「ひとつ目のルートは、ここからだ」

 ラミアが馬を止め、広がる光景にシェインは思わず唸った。スフォルツが代弁するように口を開く。

「これは……無理ですね」

 数メートル先には切り立った崖、眼下には山を下る急流が突き出た鋭い巨大な岩々の間を駆け抜けていく。無論、橋はかかっている。ロープなどで吊られた頼りない吊り橋などと言うものではない。木でかけられた橋だ。さほど川幅がないせいで、崖下と斜めにつっかえ棒のように支えている。

 だが。

 軍隊が渡るには、いかにも心許ない。

 兵士は、ひとりひとりが装備に身を固めている。装備と言うのは、いわば鉄の塊である。通常より遙かに重い重量の人間が、何千人と通過するのだ。

 それだけではない。輜重部隊などは糧食などの荷を積んだ車を備えている。その重みは半端なものではない。

 馬を下りたシェインは、橋の側へと足を進めた。確認してみると、それなりに強度はありそうではある。小分けにして手間をかければ何とかなるかもしれない。

 しかし、危険は冒さないに越したことはない。

「迂回路はないのか」

 橋の袂にしゃがみ込んでいたシェインが、渋面を浮かべながら立ち上がると、同様に馬を飛び降りて隣に寄り添ったラミアが苦笑した。

「やはり危険か」

「どう見ても危険だろう。数千人がここを行軍してみろ」

「少数に分けてもか」

「その場合かなりの少数になるだろうな。ここを渡るだけで数日かかる。しかも……」

 渋面のまま、シェインは橋を渡った先に視線を向けた。歩き出す。

「渡りきった先の道も、少々いただけない」

 言いながらすたすたと橋を渡っていく背中を、ラミアが追いかける。取り残された部下たちはどうしたものかと馬から下りて、こちらを見守っていた。

 構わず橋を渡りきったシェインは、舌打ちをした。

 橋を渡ってすぐに、急なカーブがある。橋がかかっている場所こそまあまあ開けて見えるが、そのすぐ先は人ひとりがやっとと言う細い道だ。もちろん山側と逆は、急流に続く崖である。危険極まりない。

「やはり無理か?」

「無理に決まっている」

 素人目にも明らかだ。

 もちろん、危険を承知で山越えを強行した軍隊と言うのは史上にいくつも存在する。だがそれはやむを得ぬ事情を抱えている、もしくはその価値があると判断される場合だ。

 果たしてこの場合、そこまでの価値はあるのか。大体これでは時間の短縮どころか延長だ。余りに時間を食っていては、山越えそのものに意味がなくなる。苦労して東側に抜けてみれば、連合軍別動隊はヴィルデフラウへの侵入を果たした後だったなどと言うことになりかねない。

「迂回路は遠いのか」

 それほど馬鹿には思えなかったのだが。

 いささかラミアに失望しながら踵を返して橋を戻るシェインについて、ラミアも再び橋を戻りながら頷いた。

「ある。それが、もうひとつのルートだ」

「それはここからどのくらいかかる」

 早口で尋ねるシェインに、ラミアが足を止めた。橋の中程から、今戻っている側の、木々に覆われた一角を指さす。

「あの辺りだ」

 ならば遠くはない。

「ちょっと見てこよう」

 橋を渡りきると、馬を下りたスフォルツが寄ってきた。

「どうです」

「半数は川の底だな」

「……」

 皮肉混じりのシェインの返答に、スフォルツが言葉を失った。その間にラミアが迂回路へ続く道へ足を向けて、シェインを振り返る。

「こちらだ」

「? 馬はなしか?」

「歩いてすぐに行ける。シェイン殿にちょっと確認してもらえれば十分だろう。ご希望であれば、改めてそちらを案内しよう」

「……わかった」

 小さく吐息をついて、歩き出す。続こうとしたスフォルツやラミアの部下を、ラミアが押し留めた。

「良い。すぐに戻る」

「しかし」

「はぐれる危険がある距離ではない。……行こう」

 言ってさっさと歩き出すラミアに、仕方なくついていく。ここへ来るまでの道と同様、木々が邪魔をするものの、幅はそこそこある。下り坂だが急ではないし、この辺りは問題なく通過出来るだろう。

 坂を下り、ややなだらかになったところで、ラミアが左手に逸れた。足元が急に湿った岩場に変わる。階段になっているが、長くはないし急ではない。

(こちらなら……)

 今のところは行けるだろう。

 階段を下っていくと、湿っぽい洞窟になっていた。途中、間に川が挟まるが、対岸へ向かって幅の広い岩が飛び石のようにあちらとこちらを繋いでいる。輜重部隊がいささかつらいが、先ほどの橋ほどの困難ではない。

「どうだ?」

 もう間近に見える洞窟の出口へ足を向けながら、ラミアがシェインを振り返る。シェインは肩を竦めた。

「迷う余地がないな。こちら以外のルートは考えられまい」

「そうか」

「一応、ここを抜けた先も見ておきたいな」

 この高度であれば……恐らくは何とでもなるだろうが。

 シェインの言葉にラミアが頷きかけた時だった。

 ズンッ。

 後方から腹に響くような重い音が反響し、異変を感じた時には立て続けに起こる轟音と振動が耳を突き刺した。体を揺るがす。

「何だ!?」

「崖崩れかッ!?」

 馬鹿な。

 だが、轟音の源は確かに洞窟……それも、シェインたちが入ってきたその口を塞ぐ形で転落してきた岩だった。巨大な岩盤が、退路を塞いでいる。

「まずい、戻れなくなった」

 呟くラミアの言葉を耳にしながら、ふと爆風に乗って流れてきた匂いにシェインは眉を顰めた。

 キナ臭い……発火物特有の……。

(発破か……?)

 なぜそんな匂いがしなければならないのかに気づきかけた瞬間、今度は洞窟の出口の方から複数の甲冑の音が聞こえた。外の光を背にした青い甲冑が目に飛び込んで来るや否や、咄嗟にシェインは体を捻ってラミアを背後に庇いながら『雷撃』を疾らせていた。――ロドリス兵。

「ラミア殿」

 空を駆け抜ける雷を受けて数人が地面にもんどりうち、仲間を盾にした数人が外へと逃げ戻る。次の魔法を発動すべくロッドを構えたまま、シェインは前を見据えて低い声を出した。

「後ろへ」

「ほう?守ってくれるか」

「当然……」

 『雷撃』に後込みしていたロドリス兵が再度洞窟の出口に立つのを睨み据えたシェインは、答えながら奇怪なことに思い当たった。

「……佳い男だねぇ」

 なぜ、ロドリス兵が、ここにいる?

 待ち伏せをするには、余りにおかしい。

 なぜなら、ここへ来ることはシェインさえも今し方まで知らなかったことだからだ。

 それを、ご丁寧に爆破物で入り口をタイミングを見計らったように破壊して、出口を塞ぐなどと言う真似が、なぜ出来る。

「本当に、私好みだ……」

(――しまった……ッ)

――――――――――――-ドゥッ……!!!!

 解に当たった瞬間、完全に油断していた背後……それも至近距離から『空撃』をまともにくらって、シェインの体が前のめりに崩れ落ちた。ロッドを構えたまま、ロンバルトの宮廷魔術師は、薄く笑った。

「私は、頭の良い男は、好きなんだよ」

 ラミアの呟きは、地に崩れたシェインの耳に届くことはなかった。











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