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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第28話 proditio(1)

 ……どのくらい、そうしてぼんやりとしていたんだろう。

 重い沈黙の中、ニーナとキグナスが嗚咽を堪える声と鈍くなった鼻にまだ尚つく血の匂い。

 ゲイトは、シンを抱え込んで黙ったまま、微動だにしなかった

 ぼんやりと、やがて立ち上がったカイルが人魚の彫像を台座に置くのを眺める。頭が緩慢で、全ての出来事が夢の中のようにどこか頼りない。

 現実感がなかった。

 何もかもが。

 薄いフィルターを1枚隔てているような感覚だ。その中で、割れるような頭痛と吐き気だけが、いやに現実味を帯びて俺をさいなんでいる。

――死、と言う単語が、ぽつりと突然頭の中に浮かんだ。

 あまり、リアリティを持って俺の生活の中に組み込まれることのない文字だ。

 それは、唐突に訪れる。

 何の予兆も、正当な理由もなく、死が人から人を奪う。

「ここまで来たんだ。最後に眠る宝を手に入れなけりゃ、話にならんだろう」

 それは……そうだ。

 シンが追い続けた宝。このまま放っておいてはシンだって浮かばれない。

 ……ヘイリーの腕輪を追っていた俺たちに……巻き込まれたんだから……。

(鐘の音……)

 真綿のような頭で、それを認識する。ダンジョンも、鐘の音で始まったっけ……。

 ゆっくりとした動作で顔を上げると、祭壇の上……遙か頭上の天井から釣り下がった鐘が何かの合図のように高音の、けれどどこか優しい音を高らかに鳴らしながら、少しずつ降りてくる。

「こんなところに道が……」

 ニーナが息を飲むのが聞こえた。降りて来た釣り鐘は、そのまま天井へと続く梯子になっていた。

「これを辿って行けば良いのか?」

「他に考えられんだろう」

 シサーとカイルが話す声が聞こえる。

 それからシサーがこちらを振り返った。

「行ってみるが、どうする?」

 ここまで来たんだから……腕輪を……手に入れなきゃ……。

「……ゲイト」

 ぼーっと立つ俺の足元で微動だにしないゲイトに呼びかける。

「道が、開けたよ……」

 頭が、痛い。

 割れそうだ。

「……ゲイト」

「カズキ」

 ぼんやりしたままもう一度呼びかける俺を、シサーが制止した。そちらを向くと、シサーが黙って顔を左右に振った。

「お前は、どうする?」

「どうするって」

「……ここで、待っててもいーぜ」

 ああ……。

「行くよ」

 カイルが先頭をきって梯子を上っている。その下で泣きはらした目をしたキグナスが俺を見ていた。

「……」

 その肩を無言で軽く叩いて、通り過ぎる。ニーナもまだ沈鬱な雰囲気を漂わせて、少し離れた場所で両手に顔を埋めていた。そのそばにナタがついている。

「……ニーナ」

「慣れないわね。何度、体験しても」

「……」

 うずくまったまま動く様子のないニーナに、俺はナタの頭を軽く撫でた。

「ニーナをよろしく」

「……うん」

 カイルに続いてシサーが梯子を上がっていく。ゆらゆらと揺れるそれを何となく下から支えながら、もう一度ゲイトを振り返る。それから、シサーが上り終えたのに続いて、ゆらゆらと揺れる梯子に手をかけた。天井にぶら下がっていた鐘に足をかけると、微かにしゃらん……と音が聞こえた。

 ……シンとゲイトは、子供の頃からギルドで一緒にジフに育てられている。

 幼なじみで兄弟で親友――みたいなものなんだろう。失えばそのショックは大きいに違いない。

 ……まだ、知り合ってから間もない俺なんかより、ずっと。

 頭が麻痺しているような感じがする。動きの鈍い頭で、シュートへ渡る船でのことを思い出した。

 ……あの時、俺が。

 シンとゲイトにグレンフォードのことを言っていれば、こんなことにはならなかったんじゃないだろうか。

 あいつには、普通の武器じゃあダメージを与えられない。

 そのことを知っていたら、ゲイトだってあんな攻撃の仕方はしなかったはずなんだ。

 不思議なくらい、頭が鈍磨していた。悲しいとか、悔しいとか……寂しいとか。

 そういった感情は起こらなかった。

 ただ、ぼんやりしている。ただ……自分がどうすべきだったのかを、考えている。

 俺があの時話していたら、違っただろうか。

 ……ひとつ言えることは、シンは間違いなく、俺の巻き添えをくって死んだんだと言うことだ。

「カズキ」

「……え?」

 梯子を上りきってぼうっとそこに佇む俺に、シサーが声をかける。その間に後に続いていたキグナスが、梯子を上りきった。

「……行くぜ?」

「ああ……うん」

 ゲイトは、今何を思っているだろうか。シンと生きてきたこれまでを振り返っているんだろうか。それとも、自分を責めているんだろうか。

 ……責められるべきは、俺なのに。

「ようやく、か」

 梯子を上って、狭い天井裏のスペースを数メートル歩くと、すぐに下り梯子があった。位置から察すると多分、祭壇の壁の裏に抜けるんだろう。

 心に重い影を落としながら、全員黙って梯子を降りる。降りた先には小さな部屋があり、さすがにここでもぎっしりとはいかなかったが、それでも……壁際に設えられた小さな棚を埋めるほどに、見るからに価値ありそうな物がいくつも並んでいた。

 並ぶ財宝も、俺たちの心を沸き立たせることは出来なかったけれど。

「見せて、やりたかったな……」

 先に立つカイルが、ぽつりと言うのが聞こえた。

 ……そう、だよな。

 今は、シンがこの一連のダンジョンの件で動いていると言う話だったんだから。

 あと一歩……本当に、あと、一歩だったんだ……。

 陳列された品々は、やはり『カリブの海賊』とはいかなかったものの、俺から見ても……繊細なデザインが為されていて、豪奢で……かなりの価値があるだろうことはわかった。この場の全員で手分けすれば持ちきれないこともなさそうだ。

「ヘイリーの、腕輪……」

 ぽつんと呟く声が、他人のもののように聞こえる。陳列された装飾品類に目を向けると、その中のひとつに、ふと目が留まった。

 対になっている一組の腕輪。

「あれか……」

 金色の、腕輪だった。幅3センチくらいの厚みのあるもので、手首と言うよりは、二の腕につけるような種類の腕輪だ。細かい、多分植物をモチーフにしたような凝った模様が丁寧に彫り込まれ、その模様の中にところどころ丸く小さく窪みがある。そしてそれとは別に、一際大きな丸い窪み。

「ここに石をはめ込むつもりだったんじゃねぇかな」

 俺と並んでその腕輪に近付いたシサーが、指先でその窪みをぐりぐりとつつきながら腕輪にしみじみと見入った。

「……うん。そうだね」

 そんな感じ。

「本当に、その腕輪だけで良いのか」

 不意にカイルが俺たちに問う。その言葉に顔を上げたシサーが、翳った笑みを見せた。

「言ったろ。……もらうほど、興味がねぇって」

「無欲だな」

「無欲ってわけじゃねぇよ。……そーゆーもんは人を狂わせるからな。関わり合いになりたくねぇだけさ」

 その間に、俺はそっと腕輪を手に取った。隣に並んだキグナスが、俺の手元を覗き込む。

「これの、為に……」

「……」

 手の中の重み。

 ヘイリーと交わした約束、そしてダンジョンのことが頭を過ぎる。

 そして……。

「シン……」

 ……これで、俺たちは、バルザックを追うことが出来る。

 ファリマ・ドビトークに戻り、ヘイリーに会って……『王家の塔』へ。

「……ごめんな」


――――――シンの命を、その代償に、支払って。


          ◆ ◇ ◆


「……ゲイト」

 ゲイトはシンを抱え込んで深く俯いたまま、ぴくりともしない。

 カイルがもう一度呼びかける。

「ゲイト。……安らかに眠らせてやろう」

「……」

「……」

 全く反応のないゲイトに、カイルは小さく息をついて歩きだした。小声でシサーに何か言うと、促して外に出ていく。

「……」

 無言で俺もその後に続く。頭痛があまりにひどく、それ以上シンのそばにいるのがつらかった。

 神殿から外に出ると、シサーとカイルの姿を探す。暗闇の中カンテラの灯りだけがぼんやりと明るく、俺はそちらの方向へ足を向けた。

 シサーとカイルが、黙したままで地面を掘っている。道具なんかがあるわけじゃないから、どこから見つけてきたのか赤錆びた鍬みたいなものと、ショートソードを使っていた。

 ……そうか。シンは、ここに眠るんだ。

 まだ、ぼんやりとしたままの頭で考える。

 そうだよな。夏が始まろうとしているこの時期、そうじゃなくたってローレシアまでは船で2週間かかるんだ。連れて帰るわけには、いかない。

「手伝うよ……」

 人間ひとりを埋める穴、それも、そう簡単に掘り返されたりしない深さまで掘るのはなかなか手間だ。俺の言葉に、シサーが陰った笑みを向けた。

「……そうか」

「何か、道具、ある?」

「神殿の裏にぼろぼろの道具がいくつかある。どれもこれもひどいもんだからわかんねぇが、使えそうなものがあったらそれ使ってくれ」

「わかった」

 言われた方に足を向けると、確かに地面に振り下ろしたら折れそうなくわとか、トンボみたいな木製の道具とかがいくつかあった。手にとってどれが使えそうか悩んで、錆びて穴だらけの鉄道具よりは苔の生えたトンボの方がましのような気がしてそれを手にシサーたちのところへ戻る。

 途中、泣きはらした目のままのキグナスが加わって、ようやくスペースを確保すると、いかにも冷たそうな土の中にせめて草を敷き詰めてシンを横たわらせ、少しずつ土をかける。静かにされるままになっているシンが、らしくなくて変な感じだ……。

「シン……」

 少しずつシンの体が、土に覆われていく。

「ヘイリーの腕輪は、手に入れたよ……」

 ……俺も、変なんだろうか。

 泣くでもなく、喚くでもなく、ただただ、ぼんやり……。

「ゲイト」

 ここまではカイルに連れてこられたものの、相変わらず身動きしないゲイトに、カイルが声をかける。手にしたものをゲイトに渡した。

「これ、お前が使え」

 シンの、チャクラム。

「……」

 ようやくゲイトが顔をあげる。

 それからゲイトは先ほどシンを抱えていたその代わりに、チャクラムにじっと視線を落としていた。やがてぽつりと口を開く。

「……頭に、何て言おうかな」

「……」

 かける言葉を見つけてやれなかった。ニーナがまた堪えきれないように小さな嗚咽を漏らして身を翻す。シサーがその後を追い、カイルは別の方向……神殿の裏手の方へと姿を消した。ナタは静かに瞳を閉じている。キグナスもまた涙が溢れてきたようで、ぐちゃぐちゃの顔を伏せてじっと黙っていた。

「シン、あれ、持ってなかったんだな」

「あれ……?」

「……レガードを助けた、バックル」

「……ああ」

 あれを持っていたら、助かったんじゃないだろうか。レガードがそれで命を救われたように。

 対のひとつがどこにあるかはわからないけど、シャインカルクかギルド……その、いずれかだろう。

 どちらにしたって、それ以上の危害が加わることはありえない。

「財宝は、あくまでギルドのものであって、個人のものじゃない」

「……」

「そりゃあ相手はシンだし、シンが欲しいって言ったところで頭が文句を言うわけじゃねぇけどさ。……でも、基本、そうだから」

「ああ……そうか……」

 持ち歩いていたわけじゃないのか……。

 ……助かった、かも、しれなかったのに。

「置いて帰りたく、ねぇなぁ……」

「……」

 沈黙守ったまま、木々の切れ間に目を向ける。

 抜けた向こうは、暗い海。

――ギャヴァンとシュートは、本当に良く似ているな

 ローレシアから遠い、別の大陸ラグフォレスト。

 ……シンの故郷であるギャヴァンと似ていると言うこの町であることが、せめてもの、慰めに……。

「……置いて、帰りたくねぇよ……」

 ゲイトの声が、遠く……波のさらう音に、掠れて、消えた。




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