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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第27話 代償(1)

 かさり、かさり、と草を踏み分ける音が上ってくる。

 日は既に傾き、階段を上り始めた頃にはまだ斜めに差し込んでいた夕陽も、今は影を潜めていた。

「本当に、こんなところに来たのかね……何しに?」

「さぁて……彼らの目的は、我々にはわかりませんからね。ただ、この町は、彼らの仲間のあの傭兵さんの……故郷だとか」

 長身の人影が、上り詰めた階段から更に奥へと足を進めていく。辺りに人影はないようだ。

「何だ?」

「……神殿、ですか」

 暗い影を落とす木々を背景に、うっそりと神殿が静かに佇んでいた。今はその姿さえも陰になって良くは見えない。

「ここが、目的地?」

「どうでしょうかねぇ。この辺りに、いるんでしょうかね?」

「わからんな。……その辺を、探ってくるか」

「そうですね。お願いしても良いですか?」

 長身の男の言葉に、小柄な方の人影が頷きながら木陰に姿を消しかける。その背中に、男は尚も呼びかけた。

「ああ、油断しないで下さいね」

「何だよ?」

「あの傭兵さんは、なかなか腕が立ちます。気をつけるに越したことはない」

 男の忠告に、小柄な人影が鼻で笑うのが聞こえた。

「あんたも、そっちの神殿を探っておいてよ」

「わかりましたよ」

 今度こそ見送って、男は神殿に歩を進めた。扉は開いているようだ。いや……あえて、固定をしてある。

(ふむ……)

 固定の仕方を見る限り、プロだ。

 ここに辿り着くまでに仕入れた情報に寄れば、『彼ら』は今、ギャヴァンのギルドを味方につけて共に行動をしているはず。であれば、納得がいく。

(さぁて……ここのどこかにいるんですかね)

 そっとため息をつくと、男は静かに神殿の方へと足を向けた。


          ◆ ◇ ◆


(何か、釈然としないんだよな……)

 海風が、洗い立てでまだ湿っぽい俺の髪を緩やかに撫でる。その風に目を細めながら、俺は頭に引っかかる何かを考え続けていた。

 ダンジョンの第5階層を抜けた俺たちが出た先は、海の真っ直中――『人魚岩』のすぐそばだった。シサーが前に言っていた、潮が引くと出来る遠浅の道、姿を現す行き止まりの洞窟。

 あれは、ダンジョンへの入り口だったんじゃない。出口だったんだ。

 『人魚岩』のそばのその洞窟は、満潮時には海の中に水没する。そのせいで脱出出来る時間が限られ、ダンジョン内への浸水を防ぐ為に階段の途中に設置された門が、潮の満ち引きで水圧に応じて開閉するわけだ。

 多分滝の水量や小部屋の二重構造の壁の水量が増減するのも、潮の満ち引きが関係あるんだろう。

 俺たちが第5階層を抜けたのは結構ぎりぎりだったんだろうとは思うが、シサーが言っていたように海は深くはなく、歩いて町に戻ることが出来た。

 『人魚岩』を越えると急に深度ががくんと深くなると前に言っていたが、そちら方向から俺たちが現れたと言うことは、きっとあのダンジョンはその海底にあったんだろうと思う。

 ともかくも『人魚の神殿』に始まったダンジョンの探索は、終わったわけだ。何ら、収穫を得ることのないまま。

 海から町に戻った俺たちは、グローバーたちが拠点にしていると言う港からほど近い倉庫街を訪れていた。水夫たちが根城にしていると言うだけあって、広いし食料は豊富だし、簡単になら水浴びまで出来る設備まである。

 その恩恵にあやかって、俺はダンジョンでのあらゆる汚れを流し落としてきたその帰りだった。

 時刻はまだ、夕刻を過ぎた頃だ。俺たちがダンジョンを抜けたのが夕方より少し前、グローバーたちと別れてからは丸5日が経過していたと言う。

 ……これから、どう動けば良いんだろうな。

 首から引っかけたままのタオルを片手で弄び、グローバーが貸してくれた倉庫の一室へと足を向けながら、黒ずんでいく空に遠く視線を向けた。

 俺たちはヘイリーに腕輪を渡さなければ、バルザックの行方がもう、わからない。

 そしてここのダンジョンで腕輪を手に入れられなければ、それ以上腕輪の探索そのものをしようがない。

 ……なかったんだろうか、本当に。それともやっぱり、見落とした宝箱のどこかに……。

(だとしても……)

 いずれにしてももう、ダンジョンを脱出してしまった。もう、終わったんだ。

 水夫たちの何やら沸き上がる歓声を遠くに聞きながら、借りた部屋のある倉庫の入り口でふと足を止める。

(……本当に、終わったのか?)

 引っかかる。どうしても。

 再び足を動かして中に入りながら、俺はゲイトが持っていた鍵を思い出していた。古びた、金色の大きめの鍵。はめこまれた赤い石。

 ……気になるんだよな。

 マールの冒険譚から俺たちが得たポイントは、2つ。

 ひとつは彼の動きによる、俺たちのダンジョン脱出手段――謎解きへのヒントだ。

 マールはホビットからもらった鍵で最終地に入った。

 俺たちは『3つ目の鍵』でダンジョンに入った。

 マールは女神に道を開いてもらった。

 俺たちは女神像から第1階層を抜けた。

 マールはハリーバールに導かれて空へ旅立った。

 俺たちは常緑樹から第2階層を抜けた。

 マールは司祭の言葉に導かれて女神へ呼びかけた。

 俺たちは祭壇の言葉に導かれて第3階層を抜けた。

 ……ここまでは良い。素直にいかなくなってくるのは、ここからだ。

 マールは女神に鍵をもらって『失われた故郷』に辿り着いた。

 俺たちはスウィニに指示されて『失われた故郷』――第4階層を抜けた。

 マールは長老に宝の何たるかを語られた。

 俺たちは……。

(……)

 考え込みながら、倉庫に入る。少し埃っぽい、暗い通路を奥へ進んでいった。人の気配はない。

(そもそも、第4階層をマールの辿り着いた『失われた故郷』とかぶせるのが間違ってるのか……?)

 伝承の『失われた故郷』との再会をこちらで示すものが、飛んで第5階層の絵画だとすると、どうなる?

 その場合、第4階層のイベントは伝承に該当するものがなくなるが、そもそも伝承は謎解きのヒントになっているだけで、全くなぞらえているわけではないことを考えればありえないとは言えない。なぜなら第4階層はスウィニの登場により、謎解きをする場面がなかったからだ。

 じゃあ、飛んで第5階層……絵画を『失われた故郷』に見立てると、マールに比べて俺たちはワンアクション不足しているような気がするし、けれどこれも……これまですっ飛ばされたエピソードがあることを思えば不自然じゃないんだろうか?考えすぎなのか?

 ……ゲイトの鍵とマールの髪飾りの相似性には、何ら関係はないんだろうか。

 軽く頭を振って、最奥の部屋に足を向ける。

 駄目だ、どうしても何か引っかかってすっきりしない。考え方の方向を変えてみることにする。

 マールの冒険譚から得たもうひとつのヒントは、彼が次々と手に入れた物を変化させていく……宝の、入手の仕方。

 妖精の水の代わりにエルドナの花を手に入れ、その花と引き替えに靴を手に入れたマールは、更に靴と引き換えて赤い石を入手する。最終的にはそれを元とした髪飾りと引き替えに『失われた故郷』へ辿り着く。

 俺たちは……細かな過程は俺は知らないものの、次の宝箱を開けるためのガラクタが手を変え品を変え入っていて、最終的にそれはあの鍵へと姿を変えた。

 終わりの方のエピソードは、こっちに謎解きの必要がなかったことを考えても……やっぱりこっちに関連するような気がするよな……。ダンジョンの脱出方法と言うよりは、宝の手に入れ方を示唆しているとしか思えない。

 けれど、だとしてもやっぱり、ワンアクション足りない。

 加えて言うと、もしも仮にあの絵が『失われた故郷』――ドワーフの宝ならば、これまで『次の宝の鍵』となってきていたはずの宝箱の中身を、あの絵画のある部屋で使用すると言うのは納得がいかない。あの絵画がドワーフの財貨だと言うなら、例えばあの部屋に入る扉に使用すべきだ。

 じゃああの鍵を使って開けた箱に入っていた彫像……やっぱりあれが最後の宝なんだろうか。それなら流れそのものには納得がいくが、入っていたものには納得がいかない。

 財宝としての価値が、中身より鍵の方があるなんてこと、あるか?

「……シン」

 考え込みながら部屋に入ると、俺と同様納得がいかないらしいシンがひとり、床に座り込んで彫像と睨みあっていた。俺の気配に顔を上げる。

「疲れはとれたか」

 淡々とした口調で、微かに口元に笑みを覗かせながら、シンは床に座り込んだままで俺を見上げた。その脇を通り過ぎて、壁際の椅子にすとんと腰掛けながら濡れた髪をかきあげる。

「そんなに簡単に取れないよ。……みんなは?」

「キグナスとゲイトは外に行ってくるって言っていた。シサーとニーナはグローバーのところだ。カイルとナタは知らん」

「ふうん。シンは水浴びとかして来ないの」

「ああ……行くかな……」

 ちょっと悩むように微かに唇を尖らせ、手にした彫像を床に置く。

「……このまま終わられるのは少々つらいな」

 それからシンは、立てた膝に肘をついて、苦笑を浮かべながら俺を見上げた。

「少々どころかかなりつらいよ。俺たちはヘイリーの腕輪が手に入らなきゃどうしようもない」

「それと引き換えに入手したい情報ってのは、何なんだ?」

 尋ねてからシンは、口篭るように「まあ……言いたくないなら構わないが」とぼそりと付け足した。

「『王家の塔』の竜巻、覚えてる?」

 少し迷って口を開く俺に、シンが顔を上げる。

「ああ。あれが、関係あるのか?」

「あの竜巻を起こした人物を追っているんだ。……ガーネットが言ってた、バルザックって人のことを」

「……」

 目を瞬いて、シンはしばらく無言で俺を見つめていた。それからふっと息をつく。

「言っていたな、そう言えば」

「そいつを探してるんだ。腕輪の持ち主のドワーフが、何か知ってる」

「……ガーネットには聞けないのか?」

 聞かれて俺は軽く肩を竦めた。

「さあね……何か教えてくれれば良いけど。腕輪が見つからなかったから、そうしてみるしかないのかな……」

「あの口ぶりでは『現在』のそいつの居場所を知っているかはわからんがな。何か心当たりでもあるかもしれん。聞いてみる価値はありそうじゃないか?」

「うん……その場合さ」

 椅子の背もたれに体を預けながら、シンを窺う。

「例えば俺たちが望めば、ガーネットに会わせてくれたりする?」

 ガーネットに聞いてみようって言ったって、俺たちはギルドの場所を結局知らされていないし、シンたちがその気にならなければ、ガーネットと再会することさえ間々ならない。ラウバルと知り合いらしいって言ったって、ラウバルがギルドの場所を知っているとは考えにくいし。

 俺の質問に、シンが笑った。

「そのくらい別に構わないだろう。俺が繋いでやるさ」

「そう?」

「ああ」

「……ありがとう」

 けど、ガーネットはガーネットとして、ヘイリーの腕輪を見つけてそっちの話を聞くのがやっぱり1番だとは思うんだよな。

 何せリアルタイム、あの直前までバルザックはファリマ・ドビトークにいたんだから。

 そんなことを思いながら、シンが再び視線を落とした彫像に、俺も椅子の上から視線を向けた。

「……引っかかるよね?」

「……引っかかるな」

 あの鍵を使って開けた箱。

 中に入っていたのは、鍵よりも財産的価値の薄そうな彫像。

 ……何かあるような気がする。このままでは、済んでないような気が。

 けれど、じゃあ何がどうなるんだろう。どこがどう不自然なんだろう。……どこが、間違って……。

(あ……)

 彫像を睨みつけながら巡らせた考えが、不意に閃くように繋がった。寄りかかった体を思わず起こす。

 じゃあ、例えば。

 これまでの宝箱と同じように、これもまた何かに変わる『鍵』なんだと、したら……?

 その考えに行き当たり、目を見開く。濡れそぼった姿。水から上がった女神。

 彼女が帰る先は、どこだ?

「……シン」

――祀られる者の姿のない神殿

「……」

 シンが無言で俺を見上げる。

――濡れそぼった女神像

「……続きが、ある」

「え?」

――『人魚が海から上がってくんのを待ってんだな』

「神殿だよ……」

――マールは、夢から目覚めて、どこに辿り着いた……?

「神殿?」

「この女神像は、最後の宝なんかじゃない。もちろん、あの絵も、だ」

 次の鍵へと姿を変えていく宝箱の中身。ゲイトの鍵で開いた箱に入っていたこいつも、宝じゃない。鍵だ。

 開けるべき場所は、最初の神殿……女神像を祭壇に返してやることがきっと、『最後の鍵』――。

 俺の言葉に、シンが小さく笑う。

「……俺も今、ちょうどそうじゃないかと思っていたところだ」

「じゃあやっぱり……」

「多分な」

 真っ直ぐに俺を見上げながら続けるシンは、微かな笑いを浮かべたままで彫像に視線を戻した。

「……回り回って俺たちは多分、最初の神殿で使うべき『鍵』を、手に入れたんだ」


          ◆ ◇ ◆


「終わったと思ったのになぁ〜……」

 キグナスのぼやくような声が聞こえる。キグナス……これで本当に終わっちゃったら困るんだよ?俺たち。

 せっかくあんなダンジョンなんかから抜け出してようやくゆっくりしていたものの、俺とシンの考えが「まだ続きがある」と一致してしまい……しかもみんな納得してしまったので、俺たちは急遽装備を調えて倉庫街から神殿へと再出発することになってしまった。

 一旦水浴びしたりとくつろいでしまったもの、再度緊張感を取り戻してダンジョンへと言うのはなかなか酷な話ではある。ぼやくキグナスの気持ちもわからないではない。

 が、このまま終わってしまっては困る。ただローレシアに手ぶらで帰るわけにはいかないんだ。

 何としてでも、ヘイリーの腕輪を手に入れなきゃ。

 ……『王家の塔』の、解放が出来ない。レガードがいたって、戴冠が出来ない。

 一方でキグナスと対照的なのが、ゲイトだ。この先、まだ宝が眠っている可能性があると知ってうきうきのるんるん。スキップしそうな軽い足取りで、神殿へ続く階段を駆け上がっていく。

「早く早く」

「ゲイト、うるせぇ……」

「なぁぁんだよ、キグナスの好きなお宝ちゃんだぞぉ?」

「休みてぇ」

 時間は既に、闇が降りてくる頃合いだ。どうせ町に戻っちゃったんだから明日の朝でも良かったんだろうけれど、ゲイトが乗り気だし、大体有効期限みたいなものがあったらたまらない。

 風の砂漠のダンジョンでもそうだったし、ここのダンジョンの最後の脱出もそうだけど、わりとこの一連のダンジョンマスターはせっかちな気がする。ある一定期間しか通過出来ないような造りになっていることが幾度かあったし、俺たちは資格をもらえずに脱出しているからわからないけれど、資格をもらえていたらもしかすると『声』がその辺も含めて何か教えてくれたのかもしれない。

 ……例えば、『次に潮が引く時までに』とか何とかかんとか。

 ま、そんなのはあくまで俺の想像に過ぎないが、万が一そういう指定期限があった場合……目も当てられないじゃないか。

 そんなわけで、そのことに気づいた時点ですぐに行動を開始することになったんだが。

「やっぱ、朝になってからの方が良かったかもね」

 ゲイトが駆け足する勢いで階段を上がっていくので、ついそれにつられている俺の隣で、やはり保護者のようにゲイトに続くシンが目を上げた。カイルやシサーたちは俺たちの随分後ろの方にいる。キグナスは中途半端にその間。

「そうか?」

「うーん。視界が悪いから、何か……」

 嫌な、感じがして。

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