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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第26話 海底のダンジョン5 【浄化】 後編(1)

「天井たっけぇな〜」

 少し先を歩くキグナスの、感嘆するような声が聞こえる。その声がくわんくわんと反響し、暗い先の方へと消えていった。

 第5階層――『浄化』。

 最後の階層。

 短い洞窟を抜けると、その先は鍾乳洞のようになっていた。

 見上げるほどの高い天井から、巨大なつららのように石灰岩が垂れ下がっている。……石灰岩で良いんだよな?違ったっけ。

 濡れたように光る壁も天井も、どこか深い蒼を帯びている。何となく涼しげな雰囲気。いや、実際空気もひんやりしてるみたいだ。

 天井から時折、冷たい滴が伝って落ちる。でこぼこの床の窪みには垂れた滴が小さな水たまりをいくつも作り、新たな滴がそこに落ち込む音が響く。

「例のがらくたは、何か宝に変わったりした?」

 シンとゲイトが並んで歩くその後ろを歩きながら尋ねると、振り返ったゲイトがにやっと笑った。もったいつけるような感じの笑み。

「へっへっへ」

「……ありがとう。いいや。シンに教えてもらう」

 教えてくれなさそうなのであっさり趣向替えすると、ゲイトが唇を尖らせた。

「何だよもう。……ほら、これ」

 いとも簡単に敗北して、ゲイトがポケットを漁った。取り出したのは、鍵。古びた金色の大きな鍵で、持ち手には赤い大きな石がはめ込まれている。それだけで価値はありそうな代物。

 へえ……こりゃまた随分……。

「まともになったね」

 がらくたから始まったとは思えない。……この、赤い石ってのも『マールの冒険』に絡んでるのかな。マールは『赤い石』を埋め込んだ髪飾りを女神に捧げて、村へと続く鍵を……。

(……あれ?)

 一瞬、何かが引っ掛かる。

「第3階層が結構厄介だったぞ」

 何に引っ掛かったのか探ろうとしかけた俺に、前からシンが顔だけ振り返って話を続けた。ので、考えるのをついやめた。

「そうなの?」

「ああ。第3階層は宝箱が多くて、あの……がらくたで開けられる宝箱とそうじゃない……まあ、普通の宝箱とあってな」

 高い天井を見上げながら答えていたシンが、不意にぴくっと肩を竦めて顔を顰める。水滴をくらったらしい。

「へえ」

「こっちの……」

 前髪に残る滴を弾きながら、親指でゲイトがひらひら振る鍵を指しながら続ける。

「宝箱が、次はどこへ行けそこへ行けって指示しやがる」

「あ、じゃあそれを辿って?」

「そう。でもあの床だわ魔物は多いわ指示に従ってくと脱出ルートからは離れてくわ」

 そりゃめんどくさい。

 シンとゲイトに交互に説明を受けながら、後ろをついてくるナタを時々振り返る。

「ナタ、はぐれないでよ」

「目印があるから平気」

 俺は猫の鈴じゃない。

「でも」

 憮然としながら前に向き直って話を続ける。

「じゃあ、結構宝は見つけたんだ?」

「おう」

「半分はがらくただがな。金貨や宝石の詰まった袋はいくつか見つけたな。あとは……」

 シンが荷袋に手を突っ込む。

「こんなもんだ」

 でかい宝石を埋め込んだシルバーのバングルとネックレス、ちょっと豪華なナイフ……宝剣ってやつか。これだけでも結構価値はありそうだけど。

「でも宝探しって言っても、そんなに持ちきれないほどってこと、ないんだ」

 カリブの海賊みたいなさ。

 俺に見せたアクセサリー類をまたしまいながら、シンが苦笑いを浮かべた。

「持ちきれないほど入手出来ることは、まずないな。宝の在処なんか大方はデマだ。その中であたりがあればラッキーって程度だし、途中経過で何らかのおまけが手に入るようなことは滅多にない。辿りついたって、せこい箱に石が数個入ってるだけ、なんてこともある。それだってあるだけましだ」

「ほら、ウチの頭も言ってたっしょ?」

 ゲイトが後を引き取る。

「カズキたちが探してる腕輪……それを渡すのは他に宝があった場合に限るって」

「ああ……」

 そんな保険、かけられたな、そう言えば。

「あんたらのおかげで宝はあるだろうって保証はもらったけど、それが探してる腕輪だけなんてことにもなりかねないもんね」

「はは〜……」

 なるほどねー……。

 ふーん。でも、ギルドが気合い入れて追っかけるわけだ。これまでのダンジョンでもサブ的な宝は見つかったって言ってたから、当たりやすいって見込みがあったんだろう。

 何でそんなに宝があんのかな。

 思って、第4階層を思い出す。

 ……村の、再建?

 それを願って?

 だけど、ダイナのドワーフは散り散りで……ヘイリーだって今は、フラウからかけ離れたロドリスの地でひとり暮らしている。

 実際問題難しいだろうけれど……願ったものは、それなのかもしれな……。

(……)

 そこまで考えて、嫌な考えに行き当たる。ついでに足を止める。

「ふぎゃ」

 唐突に足を止めた俺に、ナタが激突してきた。それに構わず愕然と顔を上げた俺に、前を歩くシンとゲイト、背後のナタの視線が集まった。

「……どした?」

「まさか、とは思うんだけど……」

 ドワーフの伝承――『マールの冒険』。

 あれのオチは、どうなってた?

 俺の言葉に、シンとゲイトが凍り付く。

「……ってまさか」

「……ドワーフの村を再建したどっかへの行き方だとか、説教じみた何かだとか、そんなんだったらどうする?」

 やべー。考えなきゃ良かった。

 ありえないことじゃない。

 マールの冒険は夢オチ、宝らしい宝は最終的に出てこない。彼らの宝は、『失われた村』、そして共に暮らす温もりだ。

「ま、だとしても……」

 つい輪になったような状態で足を止めたまま沈黙していると、シンが前髪をかきあげながらため息混じりに口を開いた。

「ここまでの過程で宝は多少入手はしているし、いずれにしても入り込んだ以上攻略をしなけりゃ出られん」

 ……ま、ね。

 再びぞろぞろと歩き出しながら、眉を顰める。

 それは、それで良いさ。俺たちが求めてるのは財宝じゃない。別にざくざく出てこなくたって、構わないんだ。

 けど。

 例えばヘイリーの腕輪が、ダンジョンのどっか、それも見落としてる宝箱とかに入ってたら、どーすんだよ。

 実際俺は、第3階層で宝箱を逃している。仕方ないじゃないか。開けられないんだから。

 そんなことをつらつら考えているうちに、そう言えばナタと再会した時に手に入れたものがあることを思い出した。ポケットをまさぐる。

「キグナス」

 鍾乳洞の中は、真っ直ぐだ。柱や巨大な水たまりを迂回するものを道とするならその道は余りに多岐に渡ってはいるんだけど、どっちにしてもそれが続いてるのは同じ場所、でかい意味で同じ道だ。しかもそれが見てわかる。

 なので、迷うことも何もなく、俺たちはひたすら鍾乳洞の中を進んでいった。魔物も出ない……静謐せいひつな空気。

「んあー?」

 今はシサーは先頭でカイルと並んで歩いているし、ゲイトは俺の前をシンと並んで歩いている。おかげでその更に少し前をぼーっと平和に歩いているキグナスに近づきながら『それ』を差し出した。

 ナタが倒したあの魔術師が持っていたアイテム。

「これ、あげる」

「? 何?」

 キグナスが目を瞬く。俺も軽く首を傾げながら、差し出された手の上にそれを乗せた。

 チェーンで繋がる金色の小さなリング。

「俺にも良くわかんないんだけど、魔術師のアイテムだって言ってたよ。……ナタ」

 わからないのでご教授願おう。振り返りながらナタに呼びかけた俺につられて、キグナスも足を止めて振り返る。その脇を、ゲイトがキグナスを小突きながら通り過ぎた。……素直に通り過ぎてあげてよ。

「何?」

「これ、どうすれば良いの?」

「ああ」

 キグナスの手の中の金具を示すと、ナタはにこっと八重歯を覗かせてロッドを示した。

「ロッドに装着するんだよ。例えば……」

 そう言えば、ナタだって魔法を使うし、ロッドだって持ってるんだよな。ナタは、何でいらないのかな。

 そう内心首を傾げてから、ドラゴンゾンビをあっさり始末した光景が目に蘇った。

 ……ま、あれだけの実力があれば、いらないっちゃいらないかもしれないけど。明らかにキグナスにあげた方がお役立ちだろう。

 それとも、ソーサラーとプリーストじゃあ異なるんだろうか、装備が。

 考えてみりゃ、魔法の種類も違うし、ロッドのタイプも違うしな。

 つらつらとそんなことを考えている間に、ナタはキグナスのロッドにそれを装着した。

 てっぺんについている青い石の下、その土台にリングを繋ぎ、チェーンで絡めている。キグナスが動かすと、しゃらっと音を立てた。

「どーなんの?」

 それをふりふり、俺に尋ねる。だから、俺に聞かないでくれ。わかるわけがない。

「さあ」

「使える魔法の種類は変わらないよ」

 並んで歩き出しながらナタが説明する。気づいてみれば、シサーたちもシンやゲイトも随分先に進んでしまった。

「ふうん?」

「けど、その威力は圧倒的に変わるはずだ」

「……その辺の加減みたいなのは……」

「やりながら自分で体得するんだね」

 ナタの言葉に、キグナスは握ったロッドを見つめた。それから俺に視線を戻す。

「ありがとう」

「……や、俺は使い道ないわけだし」

「どしたんだ?拾ったのか?」

 まあ似たようなものだ。

「遭遇した魔物が持ってたんだよ」

「へえ」

 もう一度ロッドを見つめてから、キグナスが嬉しそうに笑う。

「これで強くなれるといーんだけどなあ」

「だけど、気をつけなよ」

 ナタが横から、諫めるように口を開いた。キグナスがオレンジの目を瞬く。

「気をつける?」

「アイテムに頼ると、人の能力は成長をやめる。ロッドを使うのはまあ仕方がないけれど、強力になったからってコントロールを怠けたら、ロッドなしでの魔法が使えない」

「……今だって使えないやい」

「ってまんまで放っておいたら、ずっと使えないだろ。意識して、コントロールするようにするんだね」

 それからナタは、ぽつっと呟くように言った。

「アイテムに頼ると、いざと言う時に自分を守れなくなるからね」

 ……あれ?

 どこかで、聞いた。

 そうは思うものの、いつ、どこで聞いたのかわからずにいる俺の横で、キグナスが神妙な顔で頷いた。

「ん、そっか」

 こんな年端もいかない少女に言われてるにも関わらず、反発する様子を見せずに頷くキグナスがおかしい。基本的に根が素直と言うか……育ちが良いんだろうな。何か。可愛がられて育ったって言うか。シェインも可愛がっているみたいだし。

「んでも、これで何か変わるかな。変わると良いな。……別に魔力が変わるわけじゃない?」

「魔力自体が増えたり減ったりするわけじゃないけど、同じ消費量で強力になるから、節約にはなるんじゃないの」

「へえー。いいなあそれ」

「ここは、魔物出ないのかな」

「どうだろうね……ねえ、気づいてた?」

「え?」

「おーい」

 ナタが何かを言いかけるのを遮るように、前方からゲイトの声が上がった。見れば、先行していた5人がこちらを待つように足を止めて振り返っている。

「チェックポイント」

 ……スタンプラリーじゃないんだけど。

「え?」

「多分、ダイナの石だな。それで扉を開けるんじゃねぇかな」

 追いついてシサーの示す方を見ると、岩窟に埋もれるようにして扉があった。ちょうど腰の辺りの低い位置に、窪みがある。ドワーフくらいの身長だったら目の辺りに位置するだろうと思われる場所。

「いきなり何かが起こってもたまんねぇからな。全員が揃ってからの方が良いだろう?」

「うん。そうだね」

 せっかく再会出来たのに、またはぐれてしまったら洒落にならない。

 頷く俺の目の前で、シサーが「じゃ、行くぞ」と例のダイナの石を取り出した。それを窪みにはめ込むのを見ながら、ナタを振り返る。

「で、何?」

「何が?」

「さっき、何か言いかけたんじゃないの。『気づいてた?』って、何に」

 扉の動きに目を向けたまま、尋ねる。手は半ば無意識に腰の剣に伸ばされた。他の面々も、何が起きても良いように一応武器を構える姿勢だ。扉が開いた途端に何かが出て来ないとも限らない。

「ああ……」

 石に反応して、扉が自動的に開く。それと同時に、石がぽとりと外れて地面に落ちた。何て杜撰な。手近にいたので、それを拾い上げてシサーに渡す。

「待ってろ」

 唐突に魔物が飛び出してくるようなことはなさそうだ。シサーの剣も静かなものだし。

 カイルが言い残して、シンを連れて中に入る。それを見て、まだ一応剣の柄に手は掛けたままなものの、気を抜いて俺はナタに視線を向けた。ちなみにみんなが戦闘体勢に入っている中、ナタだけは自然体。

「いや、だからね、壁に時々刻まれてる文字」

「え?」

 気づいてない。

「壁にところどころ、聖書の文言が刻まれてる……」

 へえ?そうだったんだ?

 俺が首を傾げていると、その言葉に反応したのは扉のすぐそばにいたニーナだった。

「気づいてたわ」

「第3階層でも思ったけど、ここは随分、ファーラ教色の強いダンジョンなんだね」

 え?そうなの?

 俺はそんなことを思う機会がなかったんだけど。

 そりゃあ言われてみれば、女神像ってのは多かったりするけど、でもそれってローレシアなら道端に祭壇があったりするわけだし、ローレシアほどじゃないって言うけどラグフォレストだってファーラ教が強いって言うし、大体ここ、ローレシアのドワーフのダンジョンだし。

 だからそれほど気に留めるほどでもないような気がしてた。

 ニーナがナタを振り返って頷く。

「そうね。ここもそうだけど、第3階層の抜け方がね……あなたが、導いたの?」

「そう。妖精語ってだけじゃなく、カズキがわかるわけがないじゃない」

「……え?抜け方って?」

 祭壇があって……祠が道を教えてくれてって、あれ?

 意味がわからずにいると、ニーナが吹き出した。

「やだ、教えもしなかったの?」

「教えても無駄だもん。結論だけ教えた」

「祠で道を教えてもらった、でしょ?」

 要領を得ない俺に、ニーナが説明をしてくれる。

「うん」

「質問形式になってたのよ」

「質問?」

「そう。……問われたのは、ファーラ教の教義」

「……」

 思わず無言でナタを見る。ナタはへらーっと舌を出した。

「例えば……そうね、ファーラの右手に持つのは錫と思うなら右へ、剣と思うなら左へ、みたいな感じ。間違えればそこから祠はなかったのかもしれないわね」

「ええ!?」

 そ、そうだったのか。

 俺には妖精語はもちろんまったくわかりはしないし、話を理解して聞いていたのはナタだけだから、そんなことには全く気がつかなかった。

 じゃあ、ナタがひとりで質問の答えを見つけて俺を導いてくれたってわけだったのか。

 それは悪かったな……。が、ナタの言う通り、ファーラ教の教義だのなんだのって質問を投げられたところで、俺が答えられるはずもない。対するナタはこう見えてプリーストだ。得意分野だろう。

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