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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第24話 海底のダンジョン4 【虚影】 後編(1)

「村、みたいだね……」

 立ち上がって遠くを見晴らしてみる。どれもこれもシンプルな佇まいの小さな家。それから畑。

 第4階層は、『虚影』。……『虚影』?

 まさか村になってるとは思わなくて驚いたまま、俺はナタを見下ろした。

「とりあえず、歩いてみようか」

 ……ってそうだった。ここって第4階層の入り口……。

「……」

 自分たちが滑ってきたはずの方向を振り返って愕然とする。そんな俺の表情を見てナタも振り返った。

「あーらら」

「……」

「これじゃーどっから出たのかわかんないね」

 俺たちが来たはずの、第3階層から続いてくるはずの道が、どこにもない。まさしく俺たちが降って湧いたかのように、寸分の切れ間もないのどかな風景が、前にも後ろにも右にも左にも広がっている。

「どっから来たんだよ、俺たち……」

「……ねえ。あたし、嫌ーなこと考えちゃった」

 呆然と呟く俺の服を、ナタがくいくいと引っ張る。まだ何も言われてないのに既に嫌な顔をしながら、俺はナタを見下ろした。

「……何」

「祭壇がさあ、いくつかあったって言ったでしょ」

「うん」

「どの祭壇に導かれるかで、出現する場所が変わったりしてね。第4階層」

 何ぃぃぃぃ?

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……ごめん。あたしが悪かったよ」

「……いや、ありうる……」

 だとしたら、第3階層の出口は元より第4階層の入り口でシサーたちを待ってたって進展はないってことにならないか?

 第3階層はたまたま何とか抜けられたけど、何としてでもこの階層内で合流しなきゃ、次はどうなるかわかんないぞ?

 せっかく立ち上がったものの、頭を抱えてまたしゃがみこんでしまった俺の肩を、ナタがぽんぽんと叩いた。

「ねー、元気出してよー。ほら、ひとりじゃないしさあー」

「……」

「あたしがいるじゃんー。何とかなるよー」

「……そうだな」

 頭抱えてたって仕方がない。

 あっさり言って立ち上がった俺に、ナタの方がむしろ目を丸くしてから笑った。

「何だ、簡単だなー」

「前向きに考えるしかないだろ。確かにひとりじゃないんだし、何とかなるさ」

 ナタなんか俺よりずっと強いんだし。

 それに、第3階層よりは雰囲気的に何とかなりそうな気がする。

 そりゃあ地理がわからないのはあっちもこっちも一緒だが、何かこう……村だし。

 縦にも横にも、挙げ句水の中にまで及ぶ第3階層に比べると、平面のこちらの方が御しやすい。……気分になれる。

「どのくらいの広さがあるんだろうな」

「さあてねー。村風だけど、誰かいんのかな」

「どうだろな」

 第3階層と違って、景色が『風景』として変わるから道が覚えやすい。そりゃああっちとこっちを平気で繋げたりするようなダンジョンの中、どこまであてになるかは知れたもんじゃないが。

 不要になった滑り止めを外して荷袋に放り込むと、しばらく辺りをうろうろしてみるが、人どころか魔物さえいる気配がなかった。小屋の中なんかも覗いてみるが、中も同様だ。

 村の雰囲気自体はのんびりとしたもので、もう実際の時間はわからないがここはとりあえず晴れた昼間、のどかな昼下がりと言った感じだ。

 だけど人の気配はなく、荒れたり寂れたりしていないのに動くもののない村は、何だか却って不気味な感じだった。

「何なのかな」

「さあ?あたし、そもそもここが何なのかわかってないし」

「は?」

 リズムを取るように人差し指をふりふりしながら言ったナタに、目を丸くする。

「何なのかわかってないって?」

「カズキがこんなとこで何してんのか。……何してんの?」

 思わずかくっとうなだれた。まったく、本人も言っていたが千里眼ではないらしい。俺たちが何しにここへ来てるかも知らないで、俺の後をつけてきたんかい。

「……ナタって変わってんね」

 遠足でもしてる小学生みたいに、無邪気な顔でにこにこと俺の隣を歩く様子に思わず呆れる。

「へ?何なのさー、突然ー」

「何で俺の後なんかついてきたの」

「頼りないから」

「……ッッッ……それはいーんだよだからッ。本当にそんな理由だけでついてきたわけじゃ、ないだろ?」

 メリットがどこにもない。それどころかデメリット極まりないだろう。

 見下ろす俺の視線に、ナタはニ、三度目を瞬いてから、とんとんと俺より数歩進んで、くるんと振り返ると後ろ向きに歩きながらにこっと歯を見せた。

「何で?」

「何でって……」

 ここしばらくナタと一緒に歩いているが、相変わらず何者なのかは俺にはさっぱりわからない。真っ向から尋ねられると何て言えば良いのかわからず、俺は少し口ごもった。

「だって……危ないじゃん」

「でも、これが本当の意味であたしのしなきゃなんないことだと思ってるから」

 ……?

「これ……?って……?」

「迷える人に手を差し伸べること」

 のどかな道は相変わらずだ。頭上を旋回して鳴く鳥の声と、爽やかな風に目を細めながら、前に向き直って少し先を歩くナタの背中に目を向ける。

「何?」

「カズキは、可哀想だから」

「は?」

 思いがけない返答が返ってきて、俺は歩く足を止めた。構わずに歩くナタが、数歩進んでくるりと振り返る。

「可哀想……?」

「ねえ。人って、自分の不幸には敏感でも、幸福には鈍感な生き物だとは思わない?」

「……?」

 いきなりされている話の内容がわからず、俺は沈黙したまま返答を避けた。ナタは構わずに続ける。

「人は、誰もがみんな、ひとりで『生』と言うものを戦ってる。それは、誰しもそうなの。誰もが世界にひとりで、誰もが自分の足で立って歩いてるの」

「……」

「同じ歩調で歩けない人もいるし、歩き方の合わない人もいる。だから互いに気遣いあって、譲り合って、時には自分に我慢を強いながら歩いてるの」

「……うん」

 ナタは言葉を続けながら軽い足取りでまた歩き始めた。ので、それに続く。

「なのに、視野が狭いと、そのことを見落とすのよ」

「……」

「自分だけが、ひとりで歩いているのだと思っている。合わせたり、我慢したり、悩んだりしているのが自分だけだと思うわね。自分だけは違うという意識にかられる」

 そう言ったナタの横顔は、どこか辛辣なその内容とは裏腹に切ない色を浮かべていた。

「そしてそれが、自分の生きる周囲を否定することに繋がる」

「……」

「『ここは本当の自分が生きるべき世界じゃない』『自分がいるべき本当の場所がどこかにあるはずだ』……そんな幻想を抱いたりね」

 ひょこん、と軽やかに両足で飛び跳ねて前に出たナタは、また足を止めて俺を振り返った。

「これって、悲しいことだと思わない?」

 何と答えて良いのかわからない。

 ナタが足を止めてこちらを見上げるので、俺もまた足を止めた。

「世界は用意されてるものじゃない。居心地の良い場所を探しているのはみんな同じ。作り上げていくしかないのに」

「……うん」

「『本当はどこかに本当の居場所が』なんて幻想。そんなものはどこにもない。自分が今いる場所は、間違いなく自分がいるべき場所で、自分と世界との努力で居心地の良い場所にしなきゃいけない。……だけどそれは、とても幸福なことなのに」

 俺たちの歩いている道は、緩やかなカーブになって続いている。その両脇にはぽつぽつと民家があり、その合間には畑があった。農作業用の手押し車やすき、積まれた藁までも村に営みの匂いを感じさせるのに、誰もいない。多分中心の方へ向かうんだろう方向に、小さな階段が続いている。段に一歩足をかけたナタは、「ね」と同意を求めるように首を傾げた。

「自分で自分の築き上げていく環境が、自分のいるべき場所であること。それが当たり前で、不可侵の現実なのよ。……なのに、カズキは逆なんだもの」

 俺……?

 無言でナタを見つめる俺に、ナタは哀れむような目つきを向けた。

「逆って」

「カズキは自分の投げ込まれた環境に、自分の足場を作ろうとしてる。本来なら受け入れられないこと、受け入れたくないこと、それを受け止めて、そのことで受ける傷さえも飲み込んで、周囲との中に自分の居場所を築き上げようとしてる」

「……」

「……居場所は、ここでは、ないのに」

「……」

「どんなに築き上げても、形にしてみても、カズキは確かに異物なんだもの。調和してる中で、ひとり、不整合なんだもの」

 ひとり、不整合……。

 その言葉は、結構深く俺の中に突き刺さった。常に自分でそう意識しているから、尚更なのかもしれない。

「どれだけ頑張っても、あなたはここには居場所がないんだもの。どれほどうまくいっているように見えたって、世界があなたを拒絶するのよ。……だって、ここにいちゃいけない人だから」

「……」

「ただ生きているだけで、そのことを諾と出来ずに心を殺してる……それが、図らずもその証明なんだよ」

「……」

 ナタの言葉はいちいち正しくて、俺には反論する術がない。黙ったまま、階段を上り始めた俺の背中を、足を止めたままのナタの声が追いかけた。

「……あたしと同じ」

「え?」

 その言葉に足を止めて振り返る。ナタはまだ先ほどの場所に佇んだまま、少し寂しい目で俺を見ていた。

「あたしは、異物ではないけどね。でも、異質。世界の中にとけ込むことが出来ない」

「……?」

「あたしが望んだことではないけれど。だけど、あたしは、異質であれとファーラに定められたんだ。だからあたしは、弾き出されることはないのに中に入っていくことが出来ない。どれほど努力して居場所を築いても、あたしの居場所はそこにはない。どこにもない」

 言っていることが、難しい。ほんの幼い女の子なのに、ナタの言葉は時々理解を超える。

 ファーラに定められた……?

 『異質であれ』と?

 なぜ?どんなふうに……?

 俺の顔には疑問がありありと浮かんでいるだろうに、ナタはそれには答えずに視線をそむけた。

「だから、カズキを放っておけないの。あたしとは違う、本当はカズキの整合性を持つ世界があるカズキに、あたしと同じ……自分の世界にさえ内蔵されないほどの傷を負って欲しくないんだ」

「傷……」

「世界があなたを含めた調和を諾としているのに、あなたが諾と出来ない……そうなって欲しくない。あなたがいるべき場所は、確かにあるのだから」

「……」

 ナタは、やっぱりどこか神がかったように言って口を閉ざした。

 彼女の言っていたことを俺は半分も理解出来たかどうか怪しいが、ともかくナタは本当に俺を……『異世界の住人である俺』を心配してくれているのだろうと……それだけは、何となくわかる。

「こんなところで答えになった?」

 不意にナタが語調を変え、いつもの人をからかうような笑顔で足を前に踏み出した。その言葉にはっと我に返る。半ば呆然と聞き入っていた自分を誤魔化すように、前髪に手を突っ込んでかきあげながら、俺はまた足を動かした。

「……難しすぎて、答えになってないよ」

「難しい?そうかなあ」

「大体『傷を負って欲しくない』って言うんなら、戦闘にも手を貸してくれよな」

「それはそれ。まだしばらくここにいるんでしょ」

「ここ?」

 しばらくこんなダンジョンにいる気はない。

「この世界に」

「ああ……まあ……。そうなるだろうとは思うけど」

「だったら少しでも強くなんな。いろんな意味でさ」

 くそ……。

 階段を上ってしばらくは一本道のようだ。いや、住宅街とかにあるような小さな路地ならいくつか見当たるが、でかい通りや道と交差はしていない。

「ナタって、いっつもそんな小難しいこと考えてんの」

「小難しい?どの辺りが?」

「世界がどうだとか。自分との整合性だとか」

 その言葉に、ナタは少し黙った。ちらりと視線を下げると、ナタは真面目な顔で階段の床を見つめながら上ってくるところだった。

「……うん。考えてるね」

「ふうん?」

「いろんな人が、幸せであれって思ってる。だけどなかなか、そうはならない」

「……」

「だから、その為に何が出来るのかなって思う。どうしてあたしは、異質でなければならないんだろうって」

 階段を上がりきって歩き出す。続く先は、畑がなくなり、もう少し民家が増えたようだ。地面がむき出しの道を、軽くつま先を蹴り上げるようににして見ながら言うナタの仕草は幼い子供そのままで、けれどその表情はまるであらゆるものを見て悟った人間の横顔のようだった。

「自分を大切にし、周囲を大切にすることで足場を自分で作っていく――その幸福を、たくさんの人が知るべきだと思う。人は、誰しもがひとりなんだと知り、誰しもがひとりで生きているわけじゃない。手を伸ばして、周りを見て、取り巻く想いに気がついて」

「……」

「あなたは、ひとりじゃない。あなたが見えていないだけ。あなただけがひとりなんじゃない。みんな、ひとりで戦ってる。……そう、知って欲しい」

 視線を前に向けて誰にともなく言ったナタは、白い歯を見せて俺を見上げた。

「だから、あたしはいろんな場所に行くの。あたしに出来ることは知れているけれど、たくさんの人に会うの」

「それが、あちこち旅してるって言ってた理由?」

「そう。目で見て、手で触れなきゃ、本当にその人が感じていることはわからないから。それはほんのひと握りかもしれないけれど、本当の平等ではないと言う人もいるかもしれないけれど、出来ないことを嘆いていても始まらない。それならあたしは、自分の出来ることをしたいから。だから、たくさんの人に会う為に……たくさんの場所に行くの」

 ナタが『異質』だと言う理由は、俺には良くわからない。きっと『何者なのか』ってのに直結するんだろう。

 だから、聞かない……方が、良いんだろう。


 しばらく村の中を徘徊してみるが、人影も魔物も怪しげな何かも特に見つけることが出来ず、俺とナタはとりあえず休むことに決めた。幸い、休めそうな場所ならいくらでもあるわけだし。

 どうせ誰もいないんだからでかいのとか選べばいーものを、つい小さくよりぼろいのを選んでしまうあたり……貧乏性なんだろうか。

 いや、だって。何かやっぱ不法侵入でもしてるような気がして、居心地が悪いんだよ……。

 ともかく、歩いていた道沿いの小屋を一夜の宿として借りることに決めて、俺たちはそうそうに腰を落ち着けた。第2階層の森とは違って、正しい時間かどうかは疑問だが一応日が暮れてきている。

「ついでに何か食うものないかなー……」

 入り込んだ小屋も、粗末ではあったが調度らしきものもないではないし、生活空間の匂いのするものではあった。なので手持ちの食料に乏しい俺は、ついそんな期待を抱いてみたりしたんだが。

「……」

「……」

「……いいって。あたしの、わけてあげるって」

 食えそうなものは何ひとつとしてない。

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