第2部第2章第23話 海底のダンジョン4 【虚影】 前編(2)
「やった。さーすが」
「……って一概に喜んでもらんないんじゃないか」
飛び跳ねるナタに苦笑しながら、祭壇に視線を向ける。俺たちの目的は別に、祭壇そのものじゃない。祭壇を使って、この階層の出口を見つけることだ。つまりこの祭壇で何をどうするかがわからなければ、どうにもならない。
さて。
「どーしよっか……」
何にしてもまずは、祭壇を調べて……。
ズシン……ッ。
祭壇の方に向けて足を踏み出し掛けた全身に、地鳴りするような床からの衝撃が、伝わった。
◆ ◇ ◆
「何だッ!?」
「ありゃー。こりゃあ大物当てたかもよ?」
嬉しそうに言うなよ。
ナタをじろっと睨んでから、剣を抜き放つ。地響きの方向は……。
「左か」
「左だね」
祭壇を中心に据えて左右の奥へ続いていく通路。その左側から、こちらへ向かう重い足音が。
「まったく……嫌な予感だなッ……」
剣を握る手に、汗が滲んだ。俺で太刀打ち出来る相手ならいーけどな。
そうため息をついた俺の目に、その姿が飛び込んできた。
「……あ〜……悪いね、ナタ」
「何さ」
「終わったわ」
暗い通路からのっそりと姿を現したのは、巨大な爬虫類型の生き物。言い換えれば、小型のドラゴンのような姿をしている。しかも、ところどころ腐敗しているように崩れて異臭を放っている。ワイバーンやワイアームに似てるが、見たことはない、な。
「クォォォォォッ……」
何とも表現しにくい音を吐き出しながら、そいつは俺たちに向かって威嚇するように尾を振り上げた。その尾も、ずるりと皮が剥がれ掛けている。
「おっと。こりゃあ今のカズキには結構大物だね」
「……何て奴」
剣を構えて腰を低く落としながら、尋ねる。視線を魔物に固定したままの俺の耳に、「ドラゴンゾンビ」と短く答えるナタの声が届いた。……ドラゴンゾンビ!?ドラゴンじゃないか。
「……ドラゴンって5匹しかいないんじゃなかったのかよ」
「ああ……そりゃあドラゴンの中でも特に覇種と呼ばれる奴らだろ。小型のも、いるんだよ。あれはそれのアンデッド型だね」
そんなあっさり言ってくれるな。小型と言えど十分でかいぞ。バシリスクにはそりゃああれよりでかいのもいくらでもいたが、そん時はシサーと言う戦力がいた。キグナスもニーナも……ユリアも。
だけど今は、俺ひとりなんだからな。
ドラゴンゾンビは、ずるっと体を動かしてこちらに移動してきた。変な音と異臭は相変わらずだ。動きはそれほど素早いわけではなさそうだけど……。
「……防御くらいはした方がいーかもね」
地響きを上げて近づく姿に、短く言ったナタが魔法を発動させた。……と。
「ッッッッ……!!!!」
不意に、魔物の姿が視界から消える。消えたと思ったら、全身に骨が砕けるんじゃないかと言う強い衝撃が襲った。
まじかよ?こいつ、おっそろしく動きが速いぞ!?
消えたと見まごうスピードで移動したドラゴンゾンビが振った尾が、自分の体を弾き飛ばしたんだと気がついた時には、右側の壁に全身を叩きつけられていた。
「げほッ」
辛うじて握った剣は手放さずにいる……らしい。むせこみながら体勢を立て直そうとするその前に、また体が宙に舞う。脇腹に熱い痛みを覚えた。
「カズキッ」
ナタの悲鳴が聞こえる。そう思った時には、また壁に激突していた。
全然……歯が、立たねーじゃん……。
「クォォォォォッ」
痛む全身に体を起こそうと試みていると、閉じた瞼の外がカッと一瞬白く染まり、続いて魔物の咆哮が聞こえた。痛みに怒り悶えるような声に薄目を開けると、ゾンビの体が白く発光しているみたいだ。まるで、白い稲妻に絡め取られているように、時折放電するような光が空へ走る。
「……ナタ……」
見ればナタが小さなロッドを構えるようにして、ドラゴンゾンビを睨み据えていた。風もないのに、何かに巻き上げられるように揺れる長い髪。
「……」
ナタが口の中で何かを呟く。ドラゴンを包む白い光が一瞬凄まじい光を放って視界を奪ったと思ったら、次に目を開けた時にはその姿はどこにもなかった。……そんな馬鹿な。
「うーん。やっぱりカズキにはちょっと荷が重かったなー」
「……あのねえ……」
そういうこと出来るんだったら、早めにお願いしますよ……。
がくんと全身の力を抜いて、打ちつけられた場所でそのまま床に崩れる。手加減なく2度も壁に叩きつけられりゃ、体中が痛い。慣れない。
「……ナタって、おっそろしく強いんじゃないの、もしかして」
ロッドを長い上着の裾の下にしまいこみながらこっちに近づいてきてしゃがみこんだナタに、床に転がったまま目だけ上げて尋ねる。猫のような目を瞬いてナタは笑った。
「やあだよー。こんな可愛らしい女の子捕まえて」
近所のおばちゃんみたいに言って笑いながら、俺に回復を施してくれる。
「ありがとう」
「どういたしましてー」
「……でも、もっと早くに手を貸してくれてもいいよ?」
立ち上がりながらぼそっと言うと、ナタはぺろりと舌を出して振り返った。
「あたしが手を出しちゃうと、カズキ、強くなれないじゃない」
「手遅れになったらどーすんだよ」
「手遅れにならないだけの防御をしてるもん」
……それであれだけ痛かったってことは、なかったらあの一撃か二撃で死んでたってこと?俺。
「カズキ、筋はいーもん。剣捌きは悪くない。もっと自信持ってやってりゃ、きっともっと強いと思うのに」
「……」
短く息を吐いて、手に握ったまま何の用もなさなかった剣を収める。ともかくも魔物はいなくなったわけだし、祭壇を探ってみて脱出の仕方を何か得ないと。
そう思って祭壇に近づくと、祭壇に飾られている棒の天辺に輪っかがいくつかついているやつが、シャランと音を立てて仄かに光った。……ああ、そうか。今頃気がついた。この飾りの棒って、ファーラの錫を表してるのかな……。
「***********」
どこからともなく声が聞こえて来る。聞き覚えのある声に顔を上げた。1番最初の神殿で聞こえたのと同じ声。だけど、何を言っているのかはさっぱりわからない。……妖精語?
声はまだ続いている。わかりもしないくせについ黙っている俺の横で、ナタが目を瞬きながら宙をくるんと見回した。
「**** ************* **
********* ****** * ***
*************** ********」
声が途切れる。
「……まずい」
「何?」
「何て言ってるのか、さっぱりわからなかった」
そう言えば今まで、ニーナじゃなけりゃどうにもならない場面ってのがあったっけ。言い換えれば妖精語が操れないとどうにもならないって場面が。
各階層ごとに『資格』とやらを試されるんだとすれば、この階層内でシサーたちと合流しないと抜けられないぞ、俺……。
「わからなかった?って?……今の、おっさんの言葉?」
そのことに気づいて祭壇を凝視したまま固まる俺を、ナタが見上げる。頷く俺に、こともなげに続けた。
「あたし、わかるよ?」
「……え!?妖精語じゃないの!?今の」
「妖精語だねえ」
あんたは妖精か?
「だって妖精語って……」
「うん。人には発音できない音が入る。だからあたしも、話せはしないけどね」
ヒアリングなら出来るってわけか……。
「……ホントに君、何者なの……」
「さあて、何者でしょ。さ、行こ行こ」
「行こって」
「今の声、道を教えてたよ」
「え?」
「こっちこっち」
軽やかな足取りで、ナタが右の通路へと歩き出す。慌ててその後を追いかけた。
『神の言葉に従え』――祭壇で、妖精語で道を教えてくれるってことだったのか。
ヒントを聞いたはずのナタについて、しばらく歩く。最初の分岐から先は道が多岐に分かれていて、なるほどこれは教えてくれなきゃ正しい道を行ける確率は何十分の一……もっと少ないか?
とは言え、あんまりまとめて教えられても覚えられるもんじゃない。しばらく曲がって分かれて戻って曲がってをしていくと今度は壁に小さな祠があり、そこでまた続きの道を教えてくれる。
6個目か7個目の祠を過ぎた頃、ようやく広い場所に出た。
泉のあった空間と同じくらいのスペースがぽっかりと空いていて、行き止まり。奥の壁のところには、また、女神像。
「あ、いたいた」
女神像の姿を認めて、ナタが小走りにそちらへ向かう。その後をゆったりと追いながら、きょろっと見回してみた。
ここに通じる道はこれ一本みたいだな……。ってことは、ここがこの階層のゴールだとすれば、ここにいればシサーたちが来る?
女神像の両サイドには、宝箱がひとつずつ置かれている。近づいてみると、開けられた形跡はなさそう。もちろん俺には開けられない。ああ鍵開けが出来ればな。やっぱり今度、教えてもらおう。
それはともかく、じゃあシサーたちはここにまだ来てないってことになるよな?シンたちがいて、宝箱が荒らされないわけがない。
それとも、ここから先がまだあるんだろうか。この階層の中に。祭壇がいくつかあったってのが気にかかるんだけど……。
「ここでどうするとか、言ってた?」
女神像を見上げているナタに尋ねる。ナタはくるんと振り返ってから、女神像を指した。
「錫と剣を入れ替えろってさ」
ここの女神像も、フルバージョンだ。右手に剣を、左手には錫を持っている。
少し迷ったが、双方に手を伸ばして外してみた。背の低いドワーフ対象のせいか、俺の身長なら余裕で手の届く高さに設置されている。
「で、入れ替えるの?」
「そう」
入れ替えたら何か起こっちゃうんだろーか。……ちゃうんだろーな。起こってくれなきゃ困るんだから。
でも、ここで待つべきかどうするべきか決めてからじゃないと……。
「何ぼけっとしてんの」
「いや、シサーたちとどう合流すべきかと思ってさ」
でも、ここがこの階層のゴールじゃなかったら待ってても仕方がないし、最悪ゴールがここだけじゃないってこともありえるかもしれないし。
やってみといた方が良いだろうか。
『第3階層終わり』とか書いておいてくれりゃあいーのに。
迷いながらも、結局俺はやるだけやってみることにした。最悪、第4階層の入り口で待ってりゃ何とかなんだろう。
半ば開き直りに似た何かに背中を押されて、入れ替えた剣と錫をそれぞれ女神に持たせる。
……と。
「うわぁッ」
ぱかんっと足下がなくなった。なだらかに、ではあるけれど、『転走』の床を引きずった超絶滑りやすいスロープに放り込まれ、ジェットコースターなんか一昨日来やがればりの超高速で、斜め下に向かって滑走する羽目になる。
「ナタッ……いるかッ……!?」
まさか置いて来てはないだろうとは思うものの、そして置いて来てたとしても俺にはもはやどうしようもないものの、聞かずにいられない。
とは言え、風を切る音で返事があったとしても聞こえそうにないんだが。
案の定ナタの返答は耳に届かず、振り向いて確認しようにもそんな余裕もなけりゃ可能な状態でもない。
しょうがないんでされるままに滑り落ち、光が見えたと思ったら、俺はそのままの勢いでどこぞの床に背中から滑り出ていた。
「……ってえッッ!!」
思い切り勢い良く放り出され、何かに激突してようやく止まったと思えば、後ろから俺と同様すっ飛んできたナタに激突された。……くぅぅぅ……。
「いてててて……」
ナタのスライディング・キックをくらった状態のまま体を起こす。と、手を突いた地面が茶色をしていることに気がついた。……土?
顔を上げて辺りを見回し、ぽかんとする。今までいた白い世界とは似ても似つかない光景。暖かみの、ある……。
一面に広がる田畑。質素と言える石造りの小さな家々。続く畦道と、遠く揺れる豊かな木々。
同じように目を瞬いて辺りを見回したナタが、呟きながら顔を向けた。
「ここは……?」
「第4階層……?」
◆ ◇ ◆
マールは司祭にもらった赤い石を使って、神の為に髪飾りを作った。
女神の為の髪飾りだ。女神の髪に、マールが見つけた黄金のプレートは良く似合うに違いない。ドワーフは鉱物を見つけるのが得意なのだ!!
赤い石をはめ込んだ髪飾りはとても繊細に仕上がった。
「女神よ!!あなたに捧げるためにこれを作った!!」
すると女神が答えた。
「これは大変素晴らしい。お礼にわたしはあなたを導くでしょう」
手の中の髪飾りが消え、代わりに変わった形の金属の板が手の中に現れた。不思議な形にでこぼこしているのだ。
マールはそれを大切にしまうと、辺りを見回した。マールの目の前に道が現れた。
〜中略〜
マールが進んでいくと、扉が現れた。古くて頑丈な、大きな扉だ。
扉の前にある大理石で出来た柱に、不思議な形をした板がはめられていた。しかしその板は半分だ。
「この板を当てはめるに違いない」
マールは、その窪みに合うように、女神にもらった板をあてはめた。
ぴったりだ。
すると、重たい音が響いて扉がゆっくりと開き始めた。