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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第23話 海底のダンジョン4 【虚影】 前編(1)

「あ、カズキ。出た出た」

「え?」

「魔物。来るよ」

 第3階層『転走』。

 俺たちのとっている進路は、進んでいくうちに階層内の階段を上がることを余儀なくされ、必然的にフロアが少しずつ上がっていった。

 そしてこの階層は、フロアを上がっていくに従って、魔物の出現率及び強さが……上がっていった。

 にも関わらず。

「んじゃ、頑張ってねー」

「ナタッ。手伝ってくれよッ」

「ガルルルルッ……」

「……あたしはいみじくも神に仕える身……そーんな戦うなんて怖くってえー」

 殴るぞ。

 そんな感じで、ナタは戦闘にほとんど手を貸してくれないのだった。

 基本、見てるだけ。

 自分が襲われたら、避けるだけ。

 ここで再会した時に、ナタは神聖魔法の攻撃魔法を使った。しかもあの魔術師を一撃で吹っ飛ばしたんだ。となればかなり上位と言うか上級の魔法を使いこなすことに間違いない。

 その気になれば遭遇している魔物をばんばん片づけていけるに違いないのに。

「あ、ほら、カズキ、たいへーん。後ろからもう1匹〜」

 大変だと思うなら、手伝えよなッッッ。

「ナターーーッ!!」

「頑張ってねー」

 ………………ぶっっっっっ殺すッ。


 一事が万事この調子なので、せっかくひとりじゃなくなったにしろ、戦闘は期待したほど楽なものにはならなかった。

 とは言え……。

「ああ、痛そー……『アモル・オムニブス・イーデム……』」

 怪我を治療してくれるのはやっぱり、ありがたいんだけどね……。

「さってっと……どっちに行ったらいーかなあ……」

 ナタと再会してから、丸1日は経過したんじゃないかと思われるくらいの時間が過ぎた。さまよって水路からも完全にはぐれた俺は、そこからの位置関係からして既にわからない。

 一応、要所要所に傷をつけるのだけは怠らないで続けてはいるんだが、これだけ距離を歩いてきてしまったものをどうする気にもなれない。こっちが間違ってるかどうかの確かめようがないし、そうだとしたってじゃあこれまで通り過ぎてきた分岐点のどれが正しいかを確かめると言ったって……考えるだけで気が遠くなる。

 今歩いている道が行き止まりにでもなりゃあね……諦めもつこうってもんだが。

 続いてしまうので、こちらもつい歩いてしまう。

「また分岐ー。どっちかなあ」

「さあね。先の方に何か見える?」

「んー……あ、こっち、更に分岐してるみたいだよー。左は……階段に続いてるね」

「じゃ、階段」

 まあ、ひとりでこんな先の全く見えないところでさまよっていることを考えれば、一応こうして相談出来る相手が一緒にいると言うのはやっぱりありがたい。

 例えそれが、何ら建設的なものでないとしても。

「また階段なの?」

「だって俺、結構深い湖に沈んで流されたんだ。普通に考えて、俺はシサーたちより下にいたってことになるだろ」

「うーん。まあねえ」

「だったら、上に上がる方が何となく元の場所を目指してる気になる」

 全く浅はかな根拠だとは思うが、しょせん指針になるものは最初から何もないんだ。どう考えようが俺の自由。

 ともかく、魔物が強力になっていくことを承知で、出来るだけ上の方向に続く道を目指して俺とナタは歩き続けた。逃げ回って下にばかりいたんじゃ、どうにもならないだろう。

「何だろねーこれ」

 今俺たちが歩いているフロアは、それほど分岐が多発しているわけではなかった。しばらく一本道、それから分岐、進むとまたしばらくは一本道……と言うような感じだ。歩いている先の通路の床を見つめて、ナタが不意に首を傾げた。

「え?……ああ」

 通路の床に時々見かける変な模様だ。真ん中に二重の円、その周囲を取り囲むように菱形の模様がぐるりと円を描いている。菱形の模様はちょうど時計の文字盤のような配置になっているみたいだった。12個。

 白い床に掘り込まれているから、模様も総じて白いんだけど、菱形の模様にはひとつだけ常に赤いのが混じっている。意味ありげではあるが、意味はわからない。

 しばらく続いた一本道が進んでいくうちに緩やかなスロープに変わり、魔物にもめでたく数多く遭遇し、数多の傷を負ってはナタに回復してもらい、やがて小さな泉の湧いているそこそこ広いスペースに出た。

 この『転びまくり』の足場で緩やかなスロープになり、挙げ句魔物と戦闘すると言うことがどれだけ悲惨なことか。まあ、雪男との戦闘のように、むしろそのスロープを利用して何とか勝機を掴めたのだから一概に悪いとは言えないのだろうけれど。

「……あ、ここ」

「ここ?って何?」

 泉に目を留めたナタが、ぽつんと呟く。

 スペースは歪んだ円形をしているみたいだった。ここへ続く道は複数あるみたいだ。逆に言えば、あちこちへと続く道が泉を中心に放射状に伸びている。もちろん先は見えない。

「あたし、前にも来た……?」

「前にも?」

 前ってほど昔に訪れているわけではないだろうから、今回俺を追っていた間に、と言う意味だろう。

「うん。……多分。それとも良く似てる別の場所、かなぁ……」

「じゃあ……」

 ナタが俺を探している間に通ったってことは、元の……氷原に続く道に出たってことだろうか。

「……ねえ。ナタって、どうやって俺を追って来たの?」

 何となく泉に近づいてみる。小さな泉の真ん中にはやっぱり氷の質感を思わせる彫像が立っていて、手に持った水瓶から水が注がれる趣向のシロモノだ。

「ん?どうって?」

 だから道筋とかさ、と言いかけて言葉が止まる。

「どうってほどのこと、してないよ。……カズキが行方不明になって、どうしようかと思って」

 ……ナタは、「神殿や祭壇を使って移動が出来る」とか、言ったか?

 最初にそれを聞いた時は、単純に最初の……ダンジョンに入ってくる時のあの神殿を思い浮かべてて……そしてそれは間違いじゃないんだろうけど、でも良く考えたら、そうやって移動したのが最初だけであとはあの氷原から足で歩いて来たんじゃ、俺が流された深い水路まで辿りつけるわけがない。ナタが言ってたのは、シサーたちのいたあの氷原からこの内部まで潜り込んだ手段そのものを指してた……?

「ナタ……」

「……中まで入って、あたしはカズキの気配がわかるから、それを頼りに歩き回って……だから歩いた道なんかはっきり言って覚えてないし」

「え?」

「ここを通ったのは多分確かだとは思うけど、戻り方なんかわかんな……え?」

 俺の気配がわかる?

 意味不明なことを言われて、言いかけた言葉を飲み込む。その意味を尋ねると、ナタは瞬きを繰り返しながら答えた。

「だからさ、カズキは『異質』なんだって何度も言ってるでしょ。白いものの中に黒いものが混じってたら、目立つでしょ。あたしにしてみたら、音鳴らしながら歩いてるみたいなもんなんだよ、カズキって。だから『こっちの方にいる感じがあるなー』ってのがわかるんだもん」

 ああ、そういうことか。

「ナタ、氷原からこの……内部までは、祭壇を通ってきた……?」

 わかるようなわからないような気分でとりあえず納得しながら尋ねると、ナタは俺を見上げたままで「うん」と屈託なく頷いた。

「じゃあ、この階層内には、祭壇がある……?」

「あるよ」

――くそ……馬鹿か、俺はッ……。

 『祭壇』――『神の言葉に従え』。

 キィじゃないかッ……。

「ナタ、氷原から内部に来た時の祭壇ってのがどこにあるかは、覚えてる?」

 俺の質問に、ナタはスペースから幾筋も続く通路をぐるっと見回した。

「……わかんない」

「……だよな」

 こうなったらひとつひとつ、虱潰しに探すしかないだろうか。

 ナタは特殊な経路を使って俺を追って来た。残念ながら普通の人間である俺には祭壇から氷原へ戻るなどと言うおかしな真似は出来ないから、ナタがここへ来た道を使って最初の場所からリスタートするなんてことが出来るわけがない。

 だけどこの階層に祭壇が存在し、キィになるのが司祭の言葉であるのなら、出口に辿りつくことは可能かもしれない。

「とにかく、祭壇があることに間違いはないんだよな……」

「それは間違いないよ。じゃなきゃいくらあたしだってこんなとこまで追っかけて来られない」

「どの通路から来たんだろうな……。ナタ、覚えてること、何でもいーから教えてよ」

「覚えてること?」

「祭壇からこの泉までの行程で」

 とにかくひたすら俺の気配を追うことに集中してたんだろうから、あんまりいろんなことを覚えてはいないんだろうけど……でも例えばどのくらいかかったとか分岐があったとかなかったとか。

「うーん……そうだなあ……」

 ナタはきゅっと眉を寄せて、思い出すような目つきのまま天井を睨んだ。

「そんなにすぐ近くでもなかったと思うけど、遠かった覚えもあんまりないなぁ、ここに続く祭壇からは。で、確か真っ直ぐ……」

「ふうん。じゃあ正しい通路がわかれば祭壇までは結構すぐ……」

 ……って……は?

 『ここに続く祭壇からは』?

「うん。そうだね……」

「……ナタ」

「うん?」

「……祭壇って、その……いくつか、あるの」

 ナタの言葉に引っかかりを覚えた俺が恐る恐る尋ねると、ナタは「うん」と無邪気に頷いた。

「うまい具合にカズキに近いところに出られなくてさ、あたし、カズキの気配を追いながらいくつか祭壇をハシゴしたもん」

 ハシゴかい。

(どういうことなんだろう……)

 この階層の中に、今までの階層にはなかったと思われる祭壇があるってことは、伝承の内容と併せて考えたってその祭壇が何らかのヒントになってるとしか考えられないんだけど、それがいくつもあるってのは、どんなわけなんだ?正解がいくつもあるってことなのか、それとも第1階層のように、ひとつだけが正解なのか。

 普通に考えりゃ、正解はひとつだろうな。でもどーやって正解の祭壇を見つければいーのかがわからない。……ま、いずれにしたって祭壇に辿りつけなきゃしょーがないし、とりあえずは手近にある祭壇についてから考えてみた方が良いだろう。

 まずは、ここから祭壇への道。

 さあ、どれだ?

 何かヒントになるものがあったりするんだろーか。別に、ないんだろーか。……そもそも、正しい道を辿ってた場合どこからその祭壇に来るもんなのかって問題もあるよな。俺はもちろんおかしな方向から来ているだろうし、ナタだってとんでもない……およそダンジョンの制作者の予想を大きく外れたところから出現しているだろうし。そう考えると祭壇へ続く道に何らかのヒントがあるにしたって……ここにあるとは考えにくい……。

(あ、でも)

 こんだけ幾つもの分岐があるんだとから、逆に言えばどこを歩いていてもここに集中してくる可能性ってのは高いだろーか。どこを彷徨っていてもここに集まって来て、ここにあるヒントを元に祭壇へ続く道へ進むことになる、ような。

 そうすると『祭壇は幾つかある』ってのが良くわからなくなってくるが、ま、それはそれ。考えてもわかりようがないから、放っておこう。

 んじゃあここに何らかのヒントがあると決めつけて。

(ウンディーネ……?)

 出口に繋がるキィが『神の言葉』――祭壇なんだとしたら、その前、湖から助けてくれた『ウンディーネ』は、俺たちに救いの手を差し伸べてくれないだろうか?

 だって、いるじゃないか。『ウンディーネ』なら、そこに。

 とりあえず泉にヒント探しのターゲットを定めることにして、俺は良く観察してみることにした。ナタが俺の真似をして隣に立ち、じっと泉に目を向ける。

 泉の大きさは4メートル四方くらいの方形。水を湛えるその周囲を青みを帯びた石でぐるりと囲ってある。高さはちょうど膝くらいまでで、それほど高くはない。座るのにちょうどくらいの高さ。

 そして中央に1メートルくらいの高さの台座があり、上にはやはり青みを帯びた氷のような女性像。高く掲げた手には水瓶。その口から、澄んだ水が下の泉に注がれている。

 彫像は、緩やかに波打つ長い髪を腰まで垂らし、薄布のようなものを纏った半裸のような姿だ。

 しげしげと彫像の姿を見つめる俺の視界でふと、赤いものが揺れたような気がした。視線を下げてみると、水の中……ウンディーネの土台を中心に、水底には何か模様が描かれているみたいだ。

 覗き込んでもっと良く見てみようとしても、注ぎ込まれる水が波紋を作り、あまり良く見えない。

「カズキ?何かあった?」

「わかんないけど、底に何か模様が見える」

 言いながら片足を掛けてトン、とその縁に飛び乗る。少し高い位置からの方が見やすいだろう。ゆらゆらと細かな波を刻む水面に揺られて良くは見えないけど……その模様と同じものには、覚えがあった。通路の床に時々あったものだ。

 時計の文字盤のように12箇所に打たれた菱形の窪み。1箇所だけ、赤い石がはまっているのも同じだ。

 ……この、赤い石の方向が進行方向?

 そう思って見比べてみれば、水底の模様の延長線上には確かに通路が存在している。俺たちが通ってきたものを含めて、12本。

 じゃあ、この赤い石が進行方向なのかなと思いかけて、何かが頭の中に引っかかった。それはそれで良いとして、今までの通路にあったのは何の為だったんだろう?

 何か、理由があるのか?

「カズキー」

 ……あるのかもしれない。この、水の中の模様の意味を正確に理解する為の、何かが。

 性急に答えを出すのをやめて、今まで見かけたこの模様のことを思い返してみる。これまで、どんなところで見かけた?

 全部に気がついたかどうかは定かじゃないけど……。

(……あ)

 思い返してみて、ひとつの共通点に気がつく。ここに来るまでにこの模様が刻まれていた床は、全て一本道、だ。

 しばらく、分岐や交差のない通路。直進だったりカーブしてたりってのはあって、赤い石の位置ってのは俺たちが歩いてきた方向に対しては多少まちまちだったけど……。

(……)

 ……まちまち?

 何で?今、俺が考えたのは、『赤い石が進行方向』だ。それがこれまでの通路でも適用されているかはわからないけど、一貫性を求めるならば、そうであるべき。だけど振り返ってみれば赤い石の方向は進行方向ではなかった。……むしろ進行方向を指してたものは、ひとつもなかった。

 じゃあ進行方向を指してたのは……?

「あ……そうなのか……」

 だから分岐のない一本道にしかなかったのか……。

「何?何かわかった?」

「わかった」

 すとんと泉の縁から飛び降りる。進行方向をいつも指していたのは、赤い石から右に5番目の窪み。俺が思い出せる範囲での話だけど。

 通路によって向きが変わってたのは、通路が直進だったりカーブだったりして通路そのものの角度が違ったことと、模様の描かれていた位置が必ずしもカーブや角と一定距離ではなかったから。だからそれに対して、赤い石の位置がまちまちに見えた。

 必ず一本道にあったのは、分岐点にあったんじゃあ正しい道のわからない来訪者に『赤い石から5番目』が正しい進路を指すものだと確信を持たせられないからだ。一本道なら、進むべき方向は決まっている。赤い石から5番目の窪みが常にその『定まった方向』を示していると気がつけば、ここでヒントにすることが出来る。

 その考えに従って赤い石から右へ5番目の窪みの延長線上の通路を進み、小1時間くらい進んでみると、果たして祭壇が姿を現した。俺の分析能力も馬鹿にしたものじゃない。

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