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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第21話 海底のダンジョン3 【転走】 前編(3)

          ◆ ◇ ◆


(……)

 ゆらゆらと、体がゆるーく揺れている。体が冷えきっているような気がして、薄く目を開けた。途端、ざぶんと水の中に沈んだ。

 意識がない間は丸太のように浮いていられたものが、意識が戻った途端体のどこかに変に力が入ってバランスが悪くなったんだろう。

「がぼッ……ぷはあ!!」

 驚いたまま、じたばたと水面に顔を出す。出してみると、さして深さがないことに気がついた。

 水路みたいだ。幅2メートルくらいの通路を水がゆっくりと流れていく。どうやら俺はこの水路を漂って来たらしい。

 流れ自体が大して速いものじゃないので、俺は立ち上がって足を止めた。水は俺の太股くらいまでの深さだ。あの湖の横穴から繋がっているんだろうか。

(寒……)

 とりあえず、水から上がってみることにする。水路のすぐ脇には小さな半円形のスペースがあって、上に続く短い階段が見えた。上がってすぐにベランダみたいな柵のついた窓が壁からこちらに向けてついている。

 スペースからややして、水路沿いに細い通路があるみたいだ。通路になる辺りから水路はトンネルのようになっていて、俺くらいの身長だと少し屈まないと頭が天井につきそう。

 いずれにしても、その全てが白い。氷の質感のもので構成されている。第3階層内にいることは間違いないようだが。

(どこなんだろう……)

 さっきいた氷原からの位置関係として、俺は今どの辺りにいるんだろうか。

 水路から上がり、腰の剣と背の荷袋を確かめる。この2つがとりあえずは俺の命綱だ。

「……っくしゅッ……」

 荷袋を床に落としたところでくしゃみが漏れた。水にずっと浸かってたせいで、体温を奪われたらしい。体が冷たい。

 いくら景色で見るほど寒くないとは言っても、日が当たるわけではないし、びしょ濡れの服をずっと身につけていたら風邪でも引くかもしれない。ダンジョンなんかで風邪をひくのはいかにも辛そうで嫌だ。

 とは言え……。

「……」

 足元に落とした荷袋に視線を落とす。どこをどう見ても隙のない濡れっぷりだ。うーん、コンプリート。そりゃそうだろう。湖に沈んだ挙げ句に水路を漂っていたんだから。もちろん中身だって例に漏れずびしょびしょだろうし、とすれば中に入っている衣類が難を逃れるとは考えられない。

 つまり着替えはない。

 濡れた衣類を着てるのが嫌だっつったって、まさかマッパになってるわけにはいかないし、仕方ない、上半身だけ脱いで堅く絞ると、同じように堅く絞ったタオルで体を拭く。

 荷袋の中身を取り出して確認しているうちに、俺は暗澹あんたんたる気分になってきた。

 びしょ濡れのマントや衣類はこれまた目一杯絞って、寝袋についても最善の努力を図って、とりあえずその辺に広げて干してみる。

 それから食料、薬類、雑貨……。

 薬類は、良い。特に破損とかしてるわけじゃないから、治療薬とか使えそうだ。雑貨も別に問題ない。『炎の種』なんかはびしょびしょでも差し障りがなさそうなことは以前実証済みだし、カンテラは使えるだろう。

 それより何より、食料だ。パンや干し肉なんかはどろどろで、到底食べれる状態にない。木の実や果実類は破損してるもの以外は何とかなりそうだけど、大してない。

(まずいな……)

 これが森だの山だの草原だのなら、小動物をさばいて食料にすることも可能だが、どうもこんな氷の地に食料に出来そうな生き物はいそうにない。当然だが、魔物は論外だ。

 となると、俺は一刻も早くシサーたちと合流しないと、餓死と言うロドリスとも魔物とも関係のない、至って真っ当な理由で生とおさらばすることになる。

(魔物か……)

 荷物を広げた床にあぐらをかいて、どろどろに崩れたパンを睨みながら考える。

 食料と言う問題もさることながら、魔物が問題なのはもちろんだ。

 ましになったとは言え、俺は相変わらずひとりで魔物をばんばん相手に出来るような腕前など、どこにもない。シサーにとっちゃ雑魚敵であっても、俺にとってはキグナスの援護があってやっと、と言う魔物なんかごろごろいる。キグナスがいたって手が出ないような魔物なら、多分もっとだ。

 死ぬかも知れないな、ここで。

 さわさわとゆっくり流れる水路の水を眺めながら、そんなふうに思った。

 怖い、とは相変わらず感じないようだ。

 それならそれも、悪くないような気さえした。

(下手に地上で死ぬより……)

 他大陸のダンジョンの中で死ぬ方が、害がないかもしれない。ここで人知れず死んでしまえば、ロドリスだって俺の首を悪用のしようがないだろう。

――まだ、帰れない……

 『青の魔術師』の顔を思い出しながらそんなことを考えていると、ついさっき自分が考えたことが頭をよぎった。

――もう少し……

 ……あっちの世界にまだ帰れない、と思ったのは、まだどこかでユリアの力になりたいと思うからだ。

 まだ、何か俺にも出来ることがあるんじゃないかと信じているから。

 現に、今追っているバルザックの行方を掴むことは、『王家の塔』の開放に繋がる。俺自身がいなくたってシサーたちだけで何とかなるのかもしれないが、少しは力になれる部分もあるかもしれない。

 それに、俺が少しずつ築いているはずの、人間関係。もう少し、彼らのそばで……。

 ……何にしても、こんなところで投げ出すのは嫌だ。

(だったら……)

 だったらそれは畢竟ひっきょう、命を失いたくないのかもしれない。

 生き延びなければならないと言うことだ。

 成功するか否かはいざ知らず。

「……頑張ってみるか」

 また、シサーやキグナスたちに会えるように。

 またユリアに、会えるように。

 もう、俺に笑顔を見せてはくれないかもしれないけれど。

 立ち上がって俺は、進路となりうる道を確認した。

 問題点は次の3つだ。

 ひとつは、進路。

 俺は、氷原に対してここがどこに位置するかわからない。そして伝承が示すはずのヒントも、見つけるべきものや向かうべき場所もわからない。

 シサーたちと合流するに当たって、彼らが今どこら辺にいてどこに向かっているのかわからないし、自分と彼らの間にどのくらいの距離や道筋があるのかが見当もつかない。地図を書こうにも、道具がない。

 2つ目は、食料の稀少さだ。

 とにかく虱潰しらみつぶしに道を辿ることにしたって、時間がかかれば食料のない俺は力つきる。つまり進路を定めるのに、さほど闇雲に時間をかけるわけにはいかないわけだ。

 3つ目は言わずと知れた魔物の存在。

 けれどこればっかりは祈るしかないし、頑張るしかない。太刀打ち出来る可能性があるものに遭遇するかどうかは、ひとえに運にかかっているとしか言えないんだから。後は出来る限り気を配って、遭遇する前に何とか回避するか。

(うー……ん)

 さて、どうしよう。

 みんなとはぐれたからと言って、慌ててじたばたしたって事態が好転するわけじゃないだろう。むしろ慌てるとろくなことにならない。落ち着こう。で、対策を練ってから行動を開始することにしよう。

(あ、水)

 せっかくこんだけ飲める水が豊富なんだ。補充しておこうっと。

 ばらまいたままの荷袋の中身から、空いた水袋を取り出して水路から水を汲む。餓死することはあっても水不足で死ぬことはなさそうだ。食料不足と水不足なら、食糧不足の方が生き延びられる期間は長いはず、確か。

 疲労回復の薬もあるし……何とかしばらくはひもじいながらも食い繋げるだろう。

(どこに続いてるんだろうな)

 水を汲みながら、左右に続く水路の先に視線を向けた。どちらにしたってトンネルみたいになってて、あんまり見えないんだけど……。

(湖に繋がってるのかな……)

 上流の方に目を向けてふと思う。

 続いている、はずだよな。

 だって俺は、あの湖から流されて来たんだから。

 多分意識不明のままあちこちぶつかったんだろう痣や擦り傷、軽い打ち身みたいなものなら体中のあちこちにあるが、大きな怪我はひとつも負っていない。ってことはきっと、例えば凄い高いとこから滝みたいに落とされたりはしてないんだと思う。

 だったら、辿って行けば近いところまで行けたりしないだろーか。

 あの水流を思い出せば、また水に潜ってあの横穴から湖に出ることはまず無理だろうけれど、迂回して近いところに出られたりはするかもしれない。入り組んでて不可能って可能性は全然否定出来ないけど、シンじゃないが指針がない、他に。

(上は、どうなってんのかな)

 水路から背後を振り返って、上から望む小さな窓を見上げる。腰の剣に一応片手をかけながら、その小さな階段を上ってみた。

 滑り止めがあると言ったって、とんでもなく滑る足場だ。ゆっくり慎重に階段を上りきってみると、これはちょっと複雑そうだった。

 階段はどこかから続いてくるカーブを描いた細い通路に繋がっていて、その先はそのまま右手の方へと消えていく。すぐそこで更に右に直角に折れ曲がって、そこが下から見える窓と繋がっているらしい。その辺りは四角い、広めのスペースで、続く通路は遙か先へと消えていく。その途中には別の分岐点もあるようだ。

「……」

 危険すぎる。やめよう。

 進むなら水路沿いを上流に向けて、と決めて、またそろりそろりと階段を下りた。

 何にしても少し休憩して、せめて服が身につけられる状態になってからにしよう。じっとしている方が、うろうろするよりは魔物との遭遇率だって低い。

 そう決めて、荷物が散乱したままの場所に戻ってくる。

 こうして完全にひとりきりになるのは、こちらに来てからは多分初めてだ。

 いつも誰かがいた。

 いつも誰かが、手を貸してくれた。

 たったひとり、完全に孤立無援で何かをしなきゃならないようなことはそんなにない。

 だけど、今回はひとりで乗り切らなきゃならない。じゃなければ死ぬだけだ。

 しばらくその場でぼんやりと時間の経過を待った俺は、シャツが身につけられそうな感じになってきたところで行動を開始した。

 荷袋の中に荷物を詰め直す。マントや上着はさすがに乾かなかったけれど、仕方がない。

 そのうち、雑巾みたいな異臭を放つようになったらどうしよう。洗濯すれば何とかなるだろうか。

 つまらないことを考えながら、とりあえず水路の上流を目指して歩き出す。微かに身を屈めながらトンネルに入ると、向こう側はすぐに見えた。短いトンネルは、緩くカーブを描いている。

 シサーたちはどうしただろう。

 心配しているだろうか。

 下手に探したりしていないと良いんだが。

 ここは、シルフが俺の無事を伝えたりはしてくれるんだろうか。前にキサド山脈で彼らとはぐれた時には、俺とユリアの無事をシルフが伝えてくれたはず。シルフの伝達能力では、俺の居場所までは正確に伝えられなかったみたいだけれど。

 俺にもそういう能力があればいいのにな。せめてシルフを使役するんじゃなく、意志の疎通だけでも図れれば。

(羨んでばかりだな、俺……)

 ふと気づいて、苦笑が漏れた。

 羨んでたって仕方がない。他人は他人で、羨んだって俺の能力になるわけじゃないんだから。

 俺自身には大して何が出来るわけじゃないけれど、だからって羨ましがってても進展はないよな。……とにかく、出来ることを最低限ちゃんと出来るように。

 今は……。

 せめて自分の命くらいは、自分で守ることが出来るように。











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