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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第18話 海底のダンジョン1 【反転】(3)

「魔物の存在は、ダンジョンの製作者の意図とは無関係の場合も多々あるからな」

「仕込んだわけじゃなくて住み着いたってか?」

「大半は、そうだろう。ダンジョンは長いこと無人のものが多い。ここのダンジョンは、造られてからかなりの月日が経っているはずだ」

「フラウ侵略戦争からだろ?」

「それ以前だよ」

 キグナスの前を歩くゲイトが、カイルを補足するように口を開いた。

「それ以前?」

「そう。フラウ侵略戦争の頃に、慌ててこんなもんをあちこちに造れるわけないじゃん。書物によれば、かつてのダンジョンの名残を尚改築して、何かの為に備えたってことになってるな」

 みんなの話を聞きながら、彫像を眺める。さっきだって彫像にヒントがあったんだから、何かあるかもしれないと思うのは自然の流れだろう。

(こっちは……フルバージョンか……)

 さっきの部屋にあったのが戦姫バージョンだとすると、こっちはフルバージョンと言うことになる。右手には錫、左手には剣を握る女神の像だ。

 さっきからずっと見ているけれど、こうして見る限りどれも全く同じものに見えた。剣や錫の角度、表情や体の向き、どこを取っても違いがあるように思えない。ただの装飾なんだろうか。

「あ、そう言えばシサーの剣、静かになったね」

 カイルの斜め後ろ辺りを歩いているシサーの腰に提がったグラムドリングが目に入ってふと言うと、ちらっと顔だけ振り返ったシサーが吹き出した。

「俺の剣がくっちゃべってたみたいに言うなよ」

「ある意味騒いでたじゃん」

「ある意味な……。ま、静かになったのはいーことだ……と。何だ?ありゃ」

 シサーの言葉に前を見ると、奥の壁にはプレートが貼られているみたいだった。タイルと同じホワイトグレーのプレートで、保護色みたいに同化して気づかなかった。近づいてきたから認識出来るようになったらしい。

(うーん……これも変じゃないよなぁ……)

 手近にある女神像にちらりと目を向けて、目をこする。右手には剣、左手には錫……同じものがこうも並んでいると、次第に混乱して来る。

「分岐してるな」

 正面の壁に目が向いているみんなとは違う方向を見て、隣のシンがぽつりと言った。言われてみれば俺たちが今いる場所からほんの少し先は、壁が2メートルくらい途切れて左手方向に折れる道がある。

「本当だ」

「見てきます」

 ゲイトが言って、カイルのそばを離れる。ややして戻って来たゲイトは、眉をひょこんと上げて肩を竦めた。

「平行線みたいだ」

「平行線?」

「そう。今来たこの道とずーっと平行して走っている通路みたいだけど」

 言われて俺も足を向けてみる。折れる通路が短く、すぐに行き止まりの壁があった。代わりに左右に続く道……本当だ。

「……こっちも向こうが行き止まりだね」

「ちょっと待ってて」

 言って、ゲイトが走り出す。見送っているとあっと言う間に最奥の壁まで辿り付いて、角を曲がっていった。と思ったら。

「何だこりゃ」

「繋がってんな〜」

 平行線のもう1本の通路の方に姿を現した。この様子だと、出入り口付近の左通路がここに繋がっているんだろう。つまり、回廊だ。

「ま、とりあえずぐるっと歩いてみっか」

 微かに唇を尖らせながら言ったシサーに頷いて、カイルが再び先頭を歩き出す。それに続いて歩きながら彫像を見ていくけれど、やっぱり妙なところは何もなかった。

「何て書いてある?」

 プレートの前まで辿り着いて、見上げているシサーに尋ねてみる。

「……ふーむ」

「何かヒント?」

「ヒントって言うのかね……。ここのダンジョンについて軽く書いてあるな」

 案内板?

 何て親切な。

「ここのダンジョンについてって?」

 シサーの隣で同じようにプレートを見上げていたシンが、珍しくその顔に嫌な表情を浮かべてこちらを振り返った。

「ここのダンジョンは、5階層に分かれているそうだ」

「5階層?」

「ああ。……『反転』『幻惑』『転走』『虚影』『浄化』」

「ふうん。……で?」

「以上だ」

 参考にならない。

「5階層……ここは1階層目?」

 だとすると『反転』……『反転』?

「とりあえず、進んでみましょ。他に参考になりそうなことも書いてないし」

 ニーナに促されて歩き出しながら、何かが引っ掛かる。さっきゲイトがぐるっと歩いて来たのと同じ道のりを歩きながら、もう1度女神像に目を向けてみた。

「シン」

「何だ」

「……右に剣、左に錫って言った?」

「ああ」

 頷きながらシンは、目を伏せて笑った。

「『反転』だな」

「……うん」

 気づいてたのか。

 ここに置かれている女神像……どれを見ても同じだけど、そのどれもが……間違ってる。

 正しい女神像の姿は『右手に剣、左手に錫』だ。ここの女神像はどれもが『右手に錫、左手に剣』を持っている。

 ……どれもが?

(いや……違う……)

 途中……ちょうどシンが「通路がある」と言った辺りにあった女神像は、逆じゃなかったか?

 どうせ同じと思い込んでちらっとしか見なかったし、通路の存在に気がそれたからつい流してしまったけれど、確かそう……『右手に剣、左手に錫』。

「出発地点に戻って来たな」

 やっぱり回廊らしい。ぐるーっと歩いて、元の場所にまで戻ってきてしまった。オーガーが相変わらず無言で倒れている。歩いている間、どちら側の通路もどこかへ続くような道や、出入り口になりそうな場所はどこにもなかった。

「シン。あの、左右の通路が繋がるあたりにある、右側の通路の彫像……気が付いた?」

「え?」

「ひとつだけ、正しい女神がいた」

「いや……通路の方に目が行ってたな。見てない。行ってみよう」

「どうした?」

 シサーが長い髪の尻尾を片手で振り振り尋ねる。

「ここの女神像、間違ってるでしょ」

「ああ……左右が逆だな」

「正しいのがひとつだけあったんだ。何かあるんじゃないかな……」

「気づかなかったな。どこだ?」

「あっち」

 とりあえず、全員でまたさっきの2本を繋ぐ通路にまで戻ってくる。ちょうどその通路とほぼ同じ位置の右側の壁に設置されている女神像。

 通路の方に気が逸れることを狙って、ここに設置したんだろうか。何て感じが悪いんだ。

「……本当だ」

 確認してみると、それだけは確かに正しい姿をしていた。

「道が拓けるといーんだがなー」

「ちょっと待ってろ。探ってみる」

 とりあえず、プロの方々に任せてみることにして、俺たちは壁から離れて反対側の壁に背中を預けた。カイルとゲイトは、像を探るシンのそばに立って作業を眺めている。

「もしこれでハズレだったら、後は何が考えられると思う?」

 3人を眺めながら、考えてみる。当たりならそれで良いけど、ハズレならまた何か先へ進む方法を考えなければならない。

(『盗人か、真に資格を有するものか、見せてもらおう』って言ったよな……)

 あの神殿で。

 つまり俺たちは、試されている。

 試す……どうやって?どこで?

 ダイナのドワーフである証明。それは、常に試されるものなのか、あるいは最終的な……例えば財宝の直前で試されるものなのか。

「……ないな」

 考え込む俺の耳に、シンの声が聞こえてきた。顔を上げると、目が合う。

「ない?」

「変わったところはなさそうだ。……ハズレか?」

 軽く舌打ちをしながら、俺ももう1度女神像の前に足を運んでみた。シンがわからないものを、俺がわかるわけはないんだが。

「こっちだな」

 女神を睨みつけながら黙って考えていると、背後でカイルの声がした。もう1本に続く通路だ。そちらにしゃがみこんで、床を探っている。

「こっち?」

「ああ。多分、ここに何かある。だがスイッチになるものがない」

「離れた場所にあるんじゃねぇか。それこそ女神像とかな」

「それも有り得る。が……」

「女神像に仕掛けはないぞ」

 シンの言葉にカイルは、立ち上がってあっちとこっちの通路の果てを見てから、いささか渋面でため息をついた。

「少し時間がかかるな」

 さっきの部屋でも、マメにやってりゃ莫大な時間がかかりそうなものを、女神像がヒントを持っていたんだよな。どう考えてもたったひとつだけ正しい姿をしている女神像には何かあるとしか考えられないんだけど、何もないとシンは言うんだし……。

(『試す』……)

「ニーナ」

「うん?」

「例の、ダイナの伝説って、どんな?」

 大雑把な話は聞いてはいるけれど、細かなシチュエーションなんかは伝説を丸暗記しているニーナ以外に誰も知らない。

 俺の考えを読んだように、ニーナは少しだけ困ったような顔でため息をついた。

「伝説の流れに沿ってるんじゃないかってこと?」

「可能性はあるかな、と思ったんだけど」

 ニーナが緩く顔を横に振る。

「わたしもそれは考えたけど、同じシチュエーションはないみたい」

「うんー……ま、それでもいいや。教えてもらえるかな」

 食い下がると、ニーナは時々思い出すような顔つきをしながら、妖精語ではなく俺たちにわかる言葉……ヴァルス語で翻訳をして聞かせてくれた。

 ドワーフの若者であるマールが、かつてゴブリンたちに滅ぼされたドワーフの集落の宝を求めて続ける旅の、最終の地イルハンドラ。神殿からイルハンドラに入り込んだマールは、途中で出会う妖精たちの助けを借りて、宝が隠されているという扉の前に辿り着く。

 その全てが歌として語られていて、ニーナが覚えさせられた分だけでも実に15編にもなるので……悲惨だ。ニーナの努力に、頭が下がる。

「いーよな、そんだけ安易にコトが進みゃあ……」

 俺の隣にしゃがみこんでニーナの話を聞いていたキグナスが、ぼそっと言った。全く同感だ……どうして伝説ってこういい加減なんだろう。

 いろいろと突っ込みたい部分はあるにしても、伝説に文句を言っても仕方ない。『マールの冒険』を思い返して、気になるシーンをもう1度頭の中で反芻した。

「ニーナ」

「え?」

「俺たち、試されてるはずだよね」

「ああ……そんなようなこと言ってやがったな」

 ニーナの隣に立つシサーが、腕組みした片手を顎に押し付ける。見上げた俺の目を見て、シサーが目を丸くした。

「……なるほど」

「だって、俺たちが『証明する手段』として受け取ったのは、石か、ニーナの歌しかないんだよ。ヘイリーだってそれくらいしか証明する手段を思いつけなかったんだろうし。……階層ごとに試されるのかもしれない。だとすると」

「ニーナ。ドワーフが女神に扉を開けてもらった時の言葉だ」

「え?」

「キーワードが隠されてるってわけか」

 いつの間に戻ってきたのか、シンが俺の背後でぼそりと言った。それに応えて頷く。

「ストレートに同じ状況が用意されているわけじゃないかもしれない。だけど、伝説の中に含まれる何かが、ヒントになっている可能性はあると思う」

「『私は正しい者だ。私は資格を持つ者だ。私の為に道を開いてくれ』?」

「それを妖精語で女神に訴えてくれないか」

「わかった」

 シサーの言葉に、ニーナが女神像に向き直る。このフロアの中で、唯一『本物の女神像』。

「『****************』」

 言い終えたらしい。ニーナが、向かい合う女神像を見上げた。

 ……果たして。

「あッ……」

「来たッ……」

 ず、ず、ず、ず、ず……と言う重たい音に振り返る。まだそのそばにしゃがみこんだままのカイルの背中越しに、今し方まで通路だった部分にぽっかりと下へ続く階段が姿を現していた。











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