第2部第2章第18話 海底のダンジョン1 【反転】(2)
歩きながら、ささやかながらも彫像の違いに気づく。同じことに気づいたらしいシンが時々離れた位置からロープでその距離と場所を確認する。そんな作業を繰り返して、元の場所に戻ってきた時にシンがぼそりと呟いた。応えて俺も頷く。
彫像の手に握られているのは全て剣。ポーズはほぼ同じだ。だけど剣の指している方向がほんの少しずつ違う。
全ての剣が指しているタイルは、多分同じもののようだ。シンが歩き回りながら計ったから、多分間違いないだろう。北から6番目、西から11番目のタイル。
「シーン。何かわかったかあー?」
ゲイトが遠くから声をかける。それに片手を軽く挙げて応えると、無言でシンは目的のタイルへ歩き出した。……い、今ので意志の疎通はあったんだろうか。謎だ。
目的のタイルまで到着すると、シンは屈み込んでその周辺を軽くチェックした。それから立ち上がって、これまでと同じように踵を振り下ろす。
「あれ?何もないね」
意に反して、ただの穴だ。出口を操作するどころか宝箱さえない。脇にしゃがみこんで首を傾げていると、シンが無言で中に手を突っ込んだ。
「あったぞ」
「え?あった?」
見れば、シンの手は穴の中で不自然な方向に曲げられていた。穴の側壁に突っ込んで、更に上に向けて曲げられている。
「横穴が開いていて、その中の天井にレバーがある」
「意地悪だなあ……」
「カイルッ!!」
一旦体を起こしてカイルを呼ぶと、ゲイトたちのところに集まっていた全員がこっちを向いた。
「レバーがある。そっちは何かあったか」
「ああ。今そっちに行く」
向こうでも何か見つけたらしい。答えるカイルとゲイトを先頭に、こちらに向かって来る。
「そっちは何があったの」
尋ねると、ゲイトが片手に持ったものをひらひらと振った。小さくて良く見えない、けど……金属の輪っか?
「……何?」
「金属の輪っかだな」
「……」
近づいてきたゲイトの手のひらに、ころんと直径15センチくらいの輪っかが転がっている。装飾とかは特にない。厚みもないし、本当にただの金属の輪っか。用途不明。
「……」
ガラクタしかないんじゃないの、ここ。
「必要?」
「さあ。要り用になるかもしんないじゃん?だってこんなもんだけ入ってる宝箱なんか不自然でしょ。本当にただのガラクタが外れで入ってることだってあるけどさ。ま、あとはいくつか金貨の入った袋を見つけたから……レバーがあったって?」
「ああ……」
足元から、シンのくぐもった声が聞こえる。いつの間にかシンは床に仰向けになって片手で体を支えながら、穴の中に頭を突っ込んでいた。横穴のレバーを覗き込んでいる。背筋が疲れそうだ。
「別段怪しげなことはなさそうだがな。……カイル、魔物が出そうな気配はどこかにあったか」
「いや……探れる範囲ではないな。何かを作動……例えば出口が開いたら現れたりするのかもしれん」
穴に頭を突っ込んだままのシンに、カイルが否定的な返事を返す。それを受けて体を起こしたシンが、穴の中に手を突っ込み直して全員を見回した。
「じゃあ一応、戦闘準備をしておくんだな」
シンの言葉に、全員が武器を構える。俺も剣の柄に手を伸ばした。
「行くぞ」
シンの声と共に、ギィ……と歪んだ音が足元から聞こえた。
◆ ◇ ◆
煉瓦造りの通路には暖かな家のように松明が灯っている。
まるでマールを導くかのように、マールが歩く度に松明が灯っていくのだ。
歩き進んでいくうちに、やがて道が2本に分かれていた。
正解はどちらかひとつだ!!
「どちらへ行こうか」
マールが足を止めて悩んでいると、きらきらと光の粉が降ってきた。現れたのはニンフだった。
「私があなたを助けてあげられるわ」
「ありがたい」
「だけど代わりにお願いがあるの」
マールの前を行ったり来たりしながらニンフはその小さな小さな両手を差し出した。
「『妖精の水』があったらわけてちょうだい。もう5日も口にしてないの」
「そいつは大変だ!!」
マールは急いで腰に提げた水袋を取り出した。ニンフはそこから水を必要なだけ口にすると、元気を取り戻した。
「ありがとう。助かったわ。お礼にこれをあげる」
ニンフが差し出したのはエルドナの小さな花束だった。
エルドナの花は疲労がたちまちとれる。そしてニンフは右の道を指した。
「正しく進みたいのなら、こっちの道を行きなさい。あなたはきっと望む結果を得ることが出来ると思うわ」
〜中略〜
ニンフに言われた道を進んできたが、その道は行き止まりだった。
マールの正面には扉があった。右側には泉があった。泉は滔々と美しい水を湛え、女神の像がひっそりとマールの訪問を待っていた。
「女神だ!!」
マールは叫んだ。「私は正しい者だ。私は資格を持つ者だ。私の為に道を開いてくれ!!」
マールの言葉に女神が応えた。閉じた瞳が開き、女神は扉を指し示した。
「行きなさい」
女神の言葉に扉が開いた。
◆ ◇ ◆
「開いた……」
レバーの音が途切れるのと入れ替わりにぎしぎしと軋む音がして、シンが先ほど示した場所の壁がこちら側へと倒れ込んで来た。ずしん、と重い衝撃が床から足に伝わり、埃が舞い上がる。
……と。
「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよ。ポエブス!!」
急に背後を振り返ったニーナが、間髪入れずに魔法を発動させた。剣を抜き放って構えながら振り返った俺の目に、『光の矢』を避ける為に跳躍する4本足の魔物の姿が飛び込んで来た。額には3つの目、まるで青い石をはめ込んだかのようにきらきらと光っている。全身をふさふさと覆う長い毛は緑色で、ぱっくり開いた巨大な口からは真っ赤な舌が覗いていた。2メートルはある、犬型の魔物……いや、猫型か?
「うわぁ」
「どっから出やがった!?」
言いながらシサーが、剣を片手に地を蹴る。カイルの怒声が、注意を喚起した。
「足元の落とし穴、気をつけろッ」
「忘れてたぜぇっと……」
答えながら、シサーが魔物に剣を振り被る。カイル自身もカトラスを握りながら、こちらを振り返った。
「シン、こっちの加勢しろ。ゲイトはその2人連れて先に行け」
「りょおかーい」
軽い返事を返して、ゲイトがこちらを向く。くいっと手招きしながら、にこっと笑った。
「落とし穴だらけで足場が悪いかんな。戦わずに済んでもーけものッ。行こうッ」
ゲイトに続いて開いた扉を駆け抜ける。
「逃げ場の確保も重要な役目……ほら来た」
続く通路は、部屋と同様タイル張りだった。つるっとした感のある四角い通路の奥に、巨大な陰が揺れている。
こちらに気づいてどすどすと近づいてくるその姿には、見覚えがあった。風の砂漠のダンジョンでも遭遇した。……オーガーだ。
「くそ、こっちも大概楽じゃねぇぞッ」
怒鳴りながら、キグナスがロッドを構える。
「こいつじゃどーにもなんないかなーっと」
ぼやきながらゲイトは左手にダガーを構えたまま、右手にショートソードを構えた。
「ゲイトの得意なのは、ダガー?」
剣を構えて正面に迫ってくるオーガーに視線を定めたまま、問う。視界の中で同じように前を見据えたままで、ゲイトが肯定した。
「そう。一応はね。飛び道具なら基本的に扱えるものが多いけど、馴染み深いのはダガー」
迫って来るオーガーは、こちらもまたでかい。3メートルくらいあるんだろうか。まだ距離は結構あるんだと思うが、何せでかいので遠近感がおかしくて距離が掴めない。
「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース・イグニス。『火炎弾』!!」
俺とゲイトの後ろに控えたキグナスが、お得意の『火炎弾』を飛ばす。が、距離があるせいかキグナスの放つ『火炎弾』の速度では避けられてしまう。
「キーグナスッ。援護、しっかり頼むぜぇー。カズキ、行くぞッ。迎撃だッ」
この人、意外と好戦的?
駆け出すゲイトに促されて、俺も駆け出す。先方もこちらに向かってどしどし駆けて来るから、距離が縮まるのは思ったよりもあっと言う間だ。
「剣は使えんだろッ?」
「何となくねッ……」
「オオオオオオオッ」
言葉尻で反動をつけて地を蹴りつけながらダガーを飛ばすゲイトと、答える俺の声に、オーガーの叫びが重なる。目の前に飛び出て来たゲイトの動きにつられて腕を振り挙げるオーガーの横をすり抜けるように、身を屈めた。先ほどゲイトが投げつけたダガーが数本、肩の辺りに突き刺さっている。
「『風の刃』ッ」
飛距離を考えてか、魔法を変更したらしい。巨大な手で捕まれる前にゲイトが切りつけたショートソードに続けて、『風の刃』がオーガーの全身に細かな傷を刻む。
(硬ぇーッ……)
オーガーの脇をすり抜けてバッド宜しく剣をその背中から脇腹にかけて叩きつけた俺の手に、硬い筋肉の感触が伝わった。こちら側の攻撃に気づいたらしいオーガーが苦悶の声を上げながら身を捩る。振り回した腕が壁に当たり、ばごんっとでかい穴が開いた。……ひー……。
「おーっかねぇー……ッキグナス、目を狙えッ」
どこか余裕を残しながら、オーガーの腕を柵代わりに、片手を軸に乗り越えながらゲイトが怒鳴る。魔法の発動を返答に代えて応じたキグナスに、オーガーの目元から血が噴き上げた。ちょっと外してるが、上等だ。
雄叫びを上げながら頭上を仰ぎ、痛むらしい目の辺りを片手で覆うオーガーに剣を突き立てる。やや距離を置いて宙に跳んだゲイトが、立て続けに数本のダガーを背後から放った。
「ギャアアアアアッ」
全く亜人型の魔物は、悲鳴が人間と似ていていささか気分が悪い。今度こそ命中した『火炎弾』に、オーガーがもんどり打って倒れ込む。巻き込まれたらこっちもお陀仏だ。
突き立てた剣を抜いて飛びすさると、持ち直すかのように立ち上がりかけたオーガーが動きを止めた。げふっと大量の血を口から溢れさせたかと思うと、そのまま前のめりに体が傾く。
ずしーんッ。
盛大な轟音を立てながら崩れ落ちたオーガーは、そのまま身動きをしなくなった。
「……あーったく……『即効性』だっつーのにこの効きの遅さ……たまんねーなー」
床に片膝をついていたゲイトが、ぼやきながら立ち上がる。
「毒?」
「そ。最初のダガーにも今のにもしっかり仕込んであるのに、オーガーってのは鈍いんだよな」
ゲイトの声を聞きながら剣を拭って顔を上げると、キグナスの後ろ、さっきの部屋から続く出入り口のところにシサーたちが立ってこちら側を見ているのが見えた。
「……どう見ても見物してたふうなんですけど」
そっちの戦闘が終わってたんなら、何で参戦しないかな……。
じとっと睨みながら歩いていくと、シサーがにやーっと笑った。
「やるじゃねーか」
「見てないで手伝ってよ」
「いやいや、教え子が成長してくのは嬉しいよ」
「教え子……」
まあ……異論はないんだが。
「さてと。進んでみるかぁ。どっち行く?」
伸びをしながら、シサーが尋ねる。この通路は、部屋から出てすぐ左手に折れるものと直進するものがあった。左手の方はすぐに壁で、右に折れ曲がって先に続いている。
「こっちから行ってみよう」
カイルの言葉に従って、俺たちは直進通路の方をまず探ってみることに決めた。先ほど、俺たちがオーガーと戦闘した方だ。通路にどかんと倒れたままのオーガーが邪魔。
「ここは落とし穴になってないのね」
「見る限りはなさそうだな」
改めて見ると、こちらも結構綺麗な通路だ。天井はオーガーより少し高かったから、そこそこある。壁も床も、タイルの質か磨いたみたいにぴかぴかだ。道幅も広くて3メートルやそこらはある。
長く続いている通路だった。けれど果てしないわけでもない。向こう側の壁がここからでも見える。オーガーが姿を現した角のある辺り。
壁際には、これまた部屋と同じように等間隔で女神の彫像が配置されていた。
「でもさあ、本当に俺らがフラウの……ええと、ダイナだっけか?そこのドワーフだったら、あんなもんに襲われてたら宝になんか辿りつけねぇんじゃねぇのー?」
ぐりぐりと自分の顎にロッドのてっぺんの青い玉を押し付けながら呟くキグナスに、先頭を歩くカイルが振り返った。