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QUEST  作者: 市尾弘那
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第1部第6話 心強い味方

 シサーは浅黒い肌、鋭いシルバーの瞳の下、左頬には大きな刀傷の跡があり、ラフに伸ばされた黒髪は長く、後ろで軽く1本に束ねられていた。ゴツい大男を何となく想像していたのだが、背こそ高そうなものの『マッチョ』と言う感じでは別にない。ただ、筋肉はやっぱし凄いみたいでがっしりしている。

 シサーと隣り合うようにしてエール酒のジョッキを握っているのは綺麗な感じの女性だった。淡い金色の、左右の一部だけが長い真っ直ぐなさらさらの髪に蒼い瞳。顔立ちは上品に整っている。そして……耳が長い。

「驚いたよ。シェインからちらっと話は聞いたがな。まさかユリアが来るとはこっちは思っちゃいないからな」

「ふふ。ごめんなさい」

 シリーが心酔してるみたいな『超絶良い男』なのかどうかは、男の俺には良く判断がつかない。いわゆる美形って感じじゃないし。大体まだ中身を良く知らないし。ただ……頼りになりそうなムードはある。親分肌とでも言うんだろうか。面倒見の良さそうな感じの。頼りにする気満々な俺の先入観だろーか。

「とりあえず、座んな。ほらそっちの少年も」

 少年……。

「はい」

 言われるままにテーブルにつく。

「可愛いじゃない」

 シサーの隣の女性ががテーブルに肘をつき、その手の甲に顎を乗っけながらからかうように俺を見た。ちょっと色っぽい人……あ、人じゃないのかな。

「この少年が、シェインの言ってた……?」

 シサーはエール酒のジョッキに手を伸ばしながら俺をまじまじ見つめた。

「何と聞いているかは知らないのだけど。……その……」

「ああ、別にこんだけうるさきゃ周りに聞こえやしねぇよ。……レガードの……だろ」

 こくん、とユリアが頷く。

「本当に似てるな。事前に聞いてなきゃ本人だと思っちまうところだった。名前は?」

「カズキです」

「変わった名前だな」

 もう聞き飽きた。

「俺はシサー。こっちはエルフのニーナだ」

 エルフ。

 きょとんと俺はニーナを見つめた。エルフ。……へぇ〜、これがエルフなんだ。

 聞かれたら殴られそうな超絶失礼な感想を内心漏らす。

 ふうーん……キグナスにちらっと話を聞いたは聞いたけど、そうごろごろいるわけじゃないって話を聞いてたし、実際今までのところはお目にかかったことがない。

 へえ〜……ふう〜ん……。一見、本当に人に近いのに、人じゃないのかぁ……。ピクシーと同じように、そうごろごろいるもんでもないのかな。

「宜しくお願いします」

 俺がぺこっと頭を下げると、ニーナがおかしそうにけらけらと笑う。

「かっわいいー。めちゃめちゃ可愛いわー、このコ。レガードは良い男って感じだったけど、カズキはボーヤって感じね」

 ……凄く俺、男として駄目な感じ。

「そう言うな、ニーナ。……何でも、よそから来たって話だが?」

 シサーが苦笑してニーナを宥めると、俺の方に少し身を乗り出した。

「……はい」

「それにしちゃ、上手なヴァルス語だ。上出来だな。……で、具体的に何をしろって?」

「『王家の塔』に行きたいの」

 ユリアが低く答える。追加で頼んだ俺とユリアの分のジョッキが運ばれて来て、テーブルの上に置かれた。

「喉、渇いてるだろ、とりあえず飲めや」

 言ってシサーは自分が一口ジョッキに口をつけるとユリアの言葉を復唱した。

「『王家の塔』か……」

「……レガードが、行方不明なのは知ってるわね?」

「ああ。シェインに聞いた。……驚いたよ」

「……」

「……全く、手がかりなしか?」

 こくりとユリアが頷く。

「ギャヴァンまで来たことはわかっているの。その後が、全くつかめないのよ」

「……その時に俺がこの街にいればな」

 ユリアは黙って首を横に振った。

「過ぎたことを言っても仕方ないわ。とにかく、『レガード』を連れて『王家の塔』に行かなきゃ」

「……」

 シサーの視線が俺を向く。

「……災難だな、ボーズも」

「……」

 言って苦笑した。

「……俺は」

 かぶりを振って口を開く。

「俺は、災難だなんて思ってません」

「ほぉ」

「……それは……最初は何があったのか全然わけがわからなくて。この世界のことなんか何も知らないし……帰りたいのは、今でも同じですけど。……でも」

 言葉を切る。でも……。

 人ひとりの命が、俺の肩にかかっているってことは、今の俺は理解している。

「……人の、命がかかってるから。俺で出来ることなら、ちゃんとやります」

 シサーとニーナが黙ったまま俺を見つめた。その口元がふっと笑う。

「……言うな」

「本心です」

「良いだろう。『王家の塔』に行き、カズキに『王の証』を受けさせれば良いんだな」

「長い旅から帰ったばかりと聞いているのに、悪いのだけれど」

 ユリアが頷いた。ニーナが肩を竦める。

「ご冗談。この人、3日も平和に過ごさせておけばもう次の旅のことを考えてるわよ。シェインに言われたからギャヴァンに落ち着いてあなたたちの到着を待ってたけどね。全く……落ち着きないんだから」

 横目で睨むニーナに、シサーが肩を竦めた。俺に目配せする。

「女は怖ぇ」

「何よ?」

 シサーとニーナって、恋人同士なんだろうか。やっぱり。

 シサーはそれから、いろんな話を語ってくれた。ニーナと共に出た数々の冒険譚。それらは異世界にいて尚異世界の話だった。まさに、映画か本の英雄譚のようだ。それを目の前の戦士が淡々と、自分の経験として話してくれる。

 それによると、シサーは元々ローレシアの人間ではなく、ラグフォレスト大陸の人間なのだそうだ。家を出奔して最初に訪れたのがここ、ギャヴァンで、今はギャヴァンを根城にしてふらっとあちこち行ったりしているらしい。

 シサーの話は、シェインやラウバルと共に戦ったと言う黒竜グロダールの話にも及んだ。

「この世界には伝説に残る竜が何匹かいる。グロダールはそのうちの1匹で、最も狡猾で頭が良い。人語も理解するし言霊魔法も使える。性格もひどく狂暴だしな。恐らく最強のドラゴンだろう」

 どこで覚えちゃったの?言霊魔法なんて。迷惑な。って言うか、そんな恐ろしいイキモノ、既に倒されてくれてて良かった。

「当然ギャヴァンの自衛軍だけで何とかなるような代物じゃないし、ギャヴァンはヴァルスにとっても重要な貿易都市だからな。王都から禁軍が派遣されてきた。その中にシェインもラウバルもいたんだ」

 宰相のラウバルが派遣されるくらいだから、どれほど王都が警戒していたかわかるような気がする。……あれ?でもそれっていつの話なんだろ?年齢不詳なラウバルはともかく、シェインは今20いくつだろ?

 聞いてみると、シサーはもう何杯飲んでるかわからないにも関わらず、けろっとした顔で頷いた。

「10年近く前の話だな。俺はまだ家を出て傭兵稼業を始めたばかりだったし、あいつはまだ見習い魔術師だった」

 見習い魔術師なのに、禁軍と一緒に派遣されちゃったわけ?

 俺の疑問には気が付かずシサーは続けた。

「さっきも言ったがグロダールはひどく狡猾だ。真っ当にやっていたんじゃ勝てやしねえ。そこで、遊軍が設けられた」

「遊軍?」

「本陣から切り離されて、その指示に囚われることなく状況判断して戦うことを許された別動隊だ。人数は少ないし、状況判断をしなけりゃならないから生半可な奴じゃあ壊滅になる。そこで本陣から精鋭10名が遊軍に抜擢された。そして俺ら傭兵部隊が30名。その10名の中にシェインはいた」

「え!?禁軍って何人いるの?」

「5千だったかな」

 シサーの言葉にユリアが頷く。

 じゃあ……シェインて見習いにも関わらず5千名の中からたったの10名のうちに抜擢されちゃったのか?

「その通りだ。とは言え、本陣には要人がいる。本陣だって手薄にするわけにはいかないからな。5千名のうちの上から10名とかそう言う話じゃないが。まあ、精鋭と見なされていたことには違いない。……あいつは、特殊だからな」

「特殊?」

「あの時点で既にその父をも祖父をも凌駕すると言われた才能の持ち主だ」

 しょえー……。

「じゃあ、その遊軍で、シェインと?」

「ああ。そうでもなきゃ5千もいる禁軍の、しかも代々宮廷魔術師を務めるお貴族様と一介の傭兵に過ぎない俺なんかが目通りが適うわけねえだろ」

 そ、そう言われればそうかもしれないけど。お貴族様か……。

「遊軍はグロダールの攪乱に成功はした。だがこっちもかなりの痛手を負った。その時、俺と行動を共にしたのがたまたまシェインだったんだ」

「へえ……」

「あいつと共に死地を切り抜け、遊軍の働きの甲斐もあってグロダールは見事倒すことが出来たってわけだ」

 凄いな……本当に命を賭けて戦い、それを切り抜けた人なんだ……。

 俺が何となくしみじみとエール酒の泡が弾けるのを見つめていると、シサーが不意に語調を変えた。

「シェインの魔法を目の前で見たことがあるか」

 黙って首を横に振る。否定の意を返す俺に、シサーはにやりと笑った。

「そのうち見る機会もあるかもしれん。……楽しみにしているんだな」


          ◆ ◇ ◆


 明日の朝からすぐに『王家の塔』へ向かうことが決まり、街の外れにあるという家に戻るシサーたちと別れて俺はいったんユリアと共に『海南亭』へ戻ると、残念ながら宿にはなかったものの近くに公衆浴場があると言うのでそこへ向かった。

 3日間の汚れを落としてさっぱりした俺が部屋に戻って荷物をベッドの上で広げていると、ドアがノックされる。

「ユリアです」

 他に訪問する人間に心当たりはない。

「今開けるよ」

 荷物を散らばしたままでドアの鍵を開ける。ユリアも浴場へ行ったのか、まだ濡れている髪をくるんと束ねて俺を見上げていた。

「どうしたの?」

「今ね、シェインと交信してて。その……『遠見の鏡』で」

「ああ、うん」

「カズキを出せって言うものだから。……今、良い?」

「わかった」

 ユリアは俺に鏡を手渡すと、「明日戻してもらえれば良いから」と隣の部屋へ消えて行った。……渡されても、俺には交信の仕方が良くわからないんだけど。

 首を傾げながらドアを閉め、鏡に目をやるとそこにシェインが映りこんでいた。

「わ」

「何だ、その反応は」

「いるならいるって言ってよ」

「さっきからずっとおるわ」

 俺は荷物を放りっ放しのベッドの上に鏡を立て掛け、自分は床に直接胡坐をかく。これで目線の高さが同じになった。

「何」

「……俺がいないのを良いことに、ユリア様に妙な真似をしておらぬだろうな」

 ……。

「色情狂のシェインと一緒にしないでくれる?」

 がくりとシェインがうなだれた。

「馬鹿を言うな。俺は玄人専門だ」

 稀代の天才魔術師は堂々と言い放った。……それもどうよ?

「ま、それはともかくとして。……シサーと無事合流出来たそうだな」

「うん」

「大過ないか」

 最初にウォーウルフに襲われて以来、特にこれと言って災難は起こっていない。

「うん。大丈夫。ありがとう」

「そうか……」

 シェインは少し考え深げな顔をした。真面目な顔付きで俺を見る。その瞳に、少し優しげな色が宿った。

「……ああ見えてもユリアは温室育ちだ」

 シェインがユリアを呼ぶ時、「様」がつくのとつかないのと混在するのは幼い頃に共に遊んだと言う、その辺に理由があるんだろうか。つまり公的な場、公的な話では王女として……そして私的な話としては……友人として。

「さぞ、心細かろうと思う。心を砕いてやって欲しい」

「……うん」

「何かあれば俺は、ユリア様はもちろんのこと、おぬしの力にもなろう。こちらの状況としても、ちょっと俺はここをおいそれと離れるわけにはいかぬようなのでな。おぬしを頼るしかないのだ。……明日、『王家の塔』に向けて旅立つのだろう」

 こちらの状況……何かあったんだろうか。政治的なことなのかな。

「そう」

 シェインは視線を俺から逸らしてどこかを見つめた。顎に手をやり、少し深刻そうな顔になる。

「気をつけろ」

「え?うん……」

 それは改めて言われなくてもそうするけど……。何か深い意味がありそうだ。

「何やら、妙なことが起こっていそうなのでな。何かあれば、すぐに俺に教えてくれ。俺もわかったことがあれば伝えよう」

「うん。わかった」

 俺が頷いたのを見てシェインは微笑むと、また視線を外して考え深げな顔付きに戻った。

 小さく、呟く。

「……何事も、起こらなければ良いのだが……」


          ◆ ◇ ◆


 セラフィの視線がふと動いた。淡いブルーの短髪に襟足だけが少し長い。年の頃は20代半ばだろうか。陽気な雰囲気だ。だが、あどけなささえ感じさせる髪と同じ色のくりっとした瞳の奥には酷薄な色合いが秘められている。すっきりとした頬に形の良い唇、整った顔立ちをしてはいるが、どこか作り物めいて見えた。

「人の部屋に入る時にはノックくらいするものだよ?」

 いつ姿を現したのか、趣味良く整えられたその部屋の片隅に蹲るような黒い人影があった。

「……バルザック」

 セラフィの呼び掛けに応じるように、バルザックと呼ばれた黒い人影が顔を上げる。だが、深く被ったフードのせいでその顔までは良く見えない。

「まだ、行方は掴めないのかい?」

「……」

 バルザックは無言だ。セラフィは、その陰気な沈黙に辟易したように肩を竦めた。

「その陰湿な雰囲気、何とかならないのかい。せめて僕に会う時くらいは明るい笑顔をして欲しいものだね」

 バルザックはその言葉にも何の反応も示さなかった。セラフィは諦めたように読みかけていた書物をソファに置くと立ち上がった。ゆっくりと窓際に立ち腕を組む。

「……どこかで死んでいてくれれば、それはそれで好都合。けれど、他の誰かの手にその身柄が渡っているとすればそれはひどく僕にとって不都合だ。……わかっているな?」

 外は既に闇に没している。窓に映ったセラフィの視線が、窓越しにバルザックに注がれた。

「……己の汚名は己で雪いでもらおう。不手際を後世まで伝えられたくなくば、確実にその息の根を止めてくるんだな」

 先ほどまでの陽気な口調とは一転した、怜悧な声。バルザックが身動ぎした。

「組んだことを、後悔させないでもらおうか」

「……何やら、妙なことが起こっていそうだ」

「何?」

 初めて口を開いたバルザックにセルフィが訝しげな問いを発した。低くしゃがれた声が続く。

「私は契約通り出来ることをしよう。……しかしそなたも、油断をせぬことだな」

「無礼なッ……」

 セルフィが怒りに燃えた目をバルザックに向けるべく振り返った時には、バルザックは姿を消していた。軽く舌打ちをして、窓に寄り掛かる。

「やれやれ……陰気なじーさんだな、もう」

 ぶつぶつと呟き、それからふと考え深げな視線を宙に彷徨わせた。

「……妙なこと……?」










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