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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第17話 人魚の神殿(2)

 石造りの階段は一段一段が広く低い。茂る木々の間を縫って青い海の波間を、光が白くきらきらと反射しているのが見える。

 シュートは、ギャヴァンよりやや北ではあるけど、ほぼ同じくらい南に位置している。海風は湿った熱を含み、暖かい。ってゆーか、暑い。

 砂漠の乾いた暑さとは違う……俺にとっては良く知る夏を意識させる種類の暑さだった。日中もっと気温が高くてもう少し季節が進むと、蝉の幻聴でも聞こえるかもしれない。

「あああああッ!!シンッ!!」

 緑を揺らす風に目を細めていると、相変わらず後ろでぎゃあぎゃあ騒いでいたキグナスが猛然と階段を駆け上がって来た。名指しで怒鳴られたシンが、追い越して立ち止まったキグナスに目を瞬く。

「お前、仲間だろッ!!あいつ、何とかしてくれよッ」

 つい振り返ると、ゲイトがへらへら舌を出しながらゆっくり階段を上がって来た。それをちらりと見て、シンがそっけなく答える。

「他人だ」

「良かったね。船酔いからようやく脱出出来たみたいで」

 あっさりした俺とシンの言葉に、キグナスが「んがーッ」と叫びながら階段を駆け上がって行った。元気元気。

「何したんだかしらないけど、あんまり興奮させないでよ。夜眠れなくなったらどうすんの」

 ゲイトを振り返りながら窘めると、隣でシンが「お前も大概ひどいことを言ってるみたいだが」と呟いた。ゲイトが笑いを噛み殺すようにして両手をポケットに突っ込んだまま、追いつく。

「キグナス、ギルドに入らないかな」

「あんなうるさい盗賊、どう使えば良いんだ?」

「魔術師だから使い道はあるだろ。ガーネットみたいに魔法を使うのも人前に出るのも嫌がるわけじゃない」

「宮廷魔術師の甥が盗賊ギルドなんて入るわけがないだろう」

「ゲイト、よっぽどキグナスが気に入ったんだ?」

 そのキグナスは今、シサーにまで追いついてめでたくそちらで小突き回されている。

 俺の言葉に、シンが呆れた目線をゲイトに向けた。

「普段自分が1番下っ端だからな、俺もゲイトも。からかえる対象がいて嬉しいんだろう」

「そうそう」

 ……ゲイトはともかく、シンはとても『1番下っ端』の態度じゃないと思う。

「しかし威厳も尊厳も、かけらもない魔術師だな」

「見習いだし、叔父さんも叔父さんだし。……シサー」

 歩きながら声をかけると前を行く4人が振り返った。……と、なぜかキグナスが恨みがましい目で俺を見る。俺は多分何も悪くないと思うんだが。

「『人魚岩』そのものは、どこにあるの」

 そこそこ高台に上ってきていて海が見晴らせるから、見えないだろうか。『女神の化身である人魚』の為に建てられた神殿なんだから、あまり離れてないよう気もするし。方角も同じってことだし、『人魚岩』は港から離れた場所にあるって以前シサーも言っていたから、こっちの方から見えてもおかしくない。

 尋ねた俺の声に振り返ったシサーは、親指で上を指した。もうすぐ階段が途切れ、鬱蒼とした林道に入っていくのが見える。

「もーじき神殿がある。その辺りから多分見えるだろう」

「多分?」

 止めた足を再び動かして階段を上がりながら、聞き返す。足を止めたまま待ってくれていたシサーたちが、俺たちが追いつくのに合わせて一緒に階段を上がりながらおどけたように答えた。

「俺はガキの頃しかこの辺にいないし、いた間はほとんど親の監視下だ。遊び回ったりしてらんなかったもんで、そんなに詳しくない」

 ああ……学校に放り込まれてお勉強って言ってたっけ。

「ただまあ……そうは言っても生まれ育った場所だからな。多少の記憶はある。……その程度だ」

 やがて階段が途切れた。続く林道は土が踏み固められただけのもの、それが生い茂る雑草の間を続いている。

 見上げれば高くそびえ立つ針葉樹は空に近い位置で葉を茂らせ、自身の重みで斜めに広がる枝が日の光さえ覆い隠している。

 おかげで、階段より涼しく感じられた。日光って熱持ってるんだなあ……。

 高い位置を吹き抜ける風が、木々を揺らす。そのざわめきは静かな雰囲気と相まって、神社や寺に続く参道を思わせる。

 似たようなものだよな、神殿に続くんだから。和風か洋風かの差異で。

「あれか」

 俺の前を行くカイルのでかい背中が呟くのが、聞こえた。見ると20メートルほど先が急に拓けて、むき出しの地面が広がっていた。

 上を覆う木々にも切れ間が出来て、日暮れの色を滲ませ始めた空が再び覗いている。

 青い海をバックに、その神殿は静かにそこに佇んでいた。

「廃墟みたい」

「廃墟なんだよ実際」

 足を止めて神殿を見上げるニーナを追い越しながら、シサーが答えた。その背中を小走りに追うニーナに、俺も続く。

 近づいてみれば、元は白かったんだろう煤けた石壁にはヒビが走り、凝った彫り込みのなされた柱はかつての美しさの面影を残してかえって侘びしい。

「ここなのかな。……あ、そうだ。『人魚岩』見える?」

「と思うぜ。こっちだ」

 シサーがくいっと片手で促した。キグナスが俺の後についてくる。

「ぜっけーだなー」

 目を細めるキグナスの髪が、下から吹き上げた風に煽られた。俺の髪も多分同様だろう。

 神殿の裏手に回って木がまだ生え続くその先は、結構切り立った断崖になっていた。でも高度は思ったほどはない。

 岩壁に叩きつけられて砕け散る波の泡が見てとれる。太陽が遠く、西の水平線に姿を隠そうとしていた。

「どれ?……あ、あれ?」

 緩やかに弧を描くシュートの町から少し距離がある波の合間に、ぽつりと岩が波に洗われているのが見える。ここから距離があることを差し引いても……そんなに巨大ではなさそうだ。海面から顔を出しているのは1メートルもない。

「潮が引くとあの辺一帯はほとんど海水がなくなる。こっちの……」

 言いながらシサーは『人魚岩』よりだいぶ沖寄り……こちらの断崖側の海を示した。

「この辺で急にがくんと深くなるんだ。岩の辺りからこっち、しばらくは遠浅が続くな。満潮時はさすがに波もあるしキツいだろうが、波さえなければ深さ自体は大人なら水ん中を歩いて行ける」

 へえ。だから潮が完全に引けば道が現れるわけだ。

 『うみにつづくみち』……この神殿か、あっちの遠浅の海か、どっちだろう?

「後であっちまで降りてってみよう。その頃には岩は、海ん中に埋没しちまってるかもしんねぇけどな」

 神殿の方に戻ると、盗賊チームは神殿周辺を探っていたらしい。シンが顔を上げた。

「特にトラップなんかはなさそうだ。どうする。開けてみるか」

 言って古い鍵を片手でくるんと弄ぶ。

「『3つ目』?」

「ああ」

 風の砂漠のダンジョンの最後の部屋を思い出した。

 俺自身は見てないけど、部屋の奥に鍵があったんだろうって痕跡はあったって言ってたな。

 あそこまで辿りついたシンが手に入れた鍵。

 やや、大きめのものだった。全長が俺の手のひらを広げて指まで含めた長さくらいありそう。……それより少し小さいか。女の子の手のひらくらいだったらちょうどかもしれない。

「今までの経験を言うと、1つ目……マヌールのダンジョンはダイナの残された書類から謎解きが鍵だ。2つ目緑竜の森のダンジョンは1つ目の鍵、風の砂漠のダンジョンは2つ目の鍵、それぞれで最初の扉を開けることが出来る。その経験則から言えばこいつが使えれば正解だ」

「万が一ここじゃないとすると、他に神殿って言ったら町中にあるでかい奴しかねぇな多分。それかまったく違うか……。いずれにしても行動方針を考え直さなきゃならなくなるからな。確かめた方がいーんじゃねぇか」

「じゃあ確かめとこう。ただし、戻れなくなっても知らないぞ」

 そっけなく言って手の中で鍵を鳴らすと、歩き出すシンに続く。戻れなくなったらあんまり嬉しくない。まだ準備整えてないし。

「戻れなくなったりすること、ある?」

「ある。一応扉を固定したり、あるならトラップの解除をしたりはするが、処置のしようがない場合もあるな」

 処置のしようがない?

 首を傾げていると、シンが歩きながら振り返って小さく笑った。

「マヌール……『1つ目の鍵』のダンジョンは、扉を開けて入った瞬間足下がなくなった。扉や鍵穴で連動しているトラップなら外から解除も出来るが、中で何かを感知して中で全てが作動するものだと、解除のしようがない」

 ……恐ろしい。

「マヌールの場合は床全体の重心感知だったみたいだ。……使えるな」

 最後の言葉は独り言のように呟きながら、シンが鍵穴に鍵を差し込んだ。ついつい全員が沈黙して見守る中、鍵が開く少し錆びたような音がする。

「……さて」

 まだ鍵を穴に突っ込んだまま、シンはカイルとシサーを振り返った。

「どうする。開けてみるか?とりあえずは」

 ここで「ああ、鍵が使えたからきっとここだ。じゃあ帰ろう」ってわけにいかないと思うんだけど。

 シンが鍵を抜き、扉に手を掛けた。さっき周辺を探っていたから、扉に罠がないことは確認済みなんだろう。

 開いた扉から、中に光が射し込む。神殿の中は暗く、がらんとしていた。動いた空気に、舞い上がる埃が反射している。

 天井は高く、見上げる上の方の壁に一応飾り窓がついてはいるが、どれもこれも煤けて明かり取りの意味を失い掛けていた。扉から正面には祭壇らしきものがある。見上げればその遥か頭上には、やはりこれも寂れた鐘が吊り下がっていた。

「寂れてんなー」

 キグナスがシンのわき腹から顔を突っ込んで中を覗く。それに頓着せず、シンは中に足を踏み入れた。

「ゲイト、扉の固定頼んだ」

「了解ー」

 ひとり扉のところに留まったゲイトが、何か道具を取り出したのを見て、俺も足を止める。

「扉の固定って?」

「どんなトラップで扉が閉まっちゃうかわかんないから。中に全員入った途端、閉じこめられたらたまんないでしょ。さっきシンが言ってたように解除できないトラップってのもあるし、そもそも感知出来ないトラップだってある。そんなのが作動して扉が閉まっちゃうことのないように、扉自体が閉まらないようにしとくんだ」

 へえ。なるほど。

「確実なのは扉をぶっ壊しちゃうことなんだけど……ま、こんなとこで結構役には立つ」

 言いながらゲイトは扉の付け根に3箇所、大きめのくさびを打ち込んだ。それから鎖で取っ手になっている部分を絡めて動かないよう固定する。鮮やかな手際だ。

「これで駄目な場合は魔法かかってるから、そういうのは何したって駄目だし。完了っと」

 作業の終わったゲイトに促されて、みんなに続いた。中に入る。

 見渡す限り、他に部屋はなさそうだった。ここだけ。一体ここで何をどうすれば何がどうなるんだろう。キィは『神殿』と『鐘』だろうつったって、あんな高い位置にある鐘をどうしようもない。鐘突き台だってあるわけじゃない。

 シンとカイルは辺りを探っている。慣れた身のこなしで、妙に職人を思わせた。……いや、職人か。

 こういう技術を持ってたら、風の砂漠のダンジョンでも迷子になんなくて済んだのかもしれないな。

「……トラップなんかは特になさそうだな」

 床とか壁とかを探っていたカイルがこっちに戻ってきて告げたのを受けて、シサーが歩き出す。

 神殿の床には薄く土埃が積もり、俺は何となく扉から正面の最奥の壁際の祭壇に向かった。

 祭壇の奥の壁はがくがくと階段状に隆起して、祭壇のちょうど背面の壁は堂のように抉られている。雰囲気としては神像でも置かれて然るべきなのに、そこにはただ空洞があった。

 祀られる神のいない神殿。

「『人魚』が海から上がってくんのを待ってんだなー」

 俺にくっついてきたキグナスが、同じように主のいない祭壇を見上げて言う。

 聖書の文面になぞらえているなら、ここに祀られるべきは女神が姿を変えている人魚……彼女は鐘の音と共に、海を、町を、見守っている。あくまでここは『帰る場所』と言うわけだ。

「……俺について来ても、悪いんだけど俺はゲイトから守ってあげられないよ」

 ぽそりと言うと、キグナスがごんと前のめりに祭壇の縁に頭をぶつけた。

「俺、カズキかシンのそばにいるのが1番ましだってわかったよ……」

「何だよそれ……」

「俺は含まれないのかぁー?」

 背後から忍び寄っていたらしいシサーが不意に、握り締めた両手でキグナスのこめかみの辺りをぐりぐりとやった。そういうことするから、省かれるんだと思うよ。

「んがあああッ」

 癇癪でも起こしたようにキグナスが吼える。船旅が暇だったせいで、完全にゲイトとシサーのストレス解消台が定着してしまった可哀想なキグナスの為に口を開き掛けた時、目を向けたシサーが光った。

 いや……シサーじゃなくて、ポケット。

「んあ?」

「何……」

 カラーン、カラーン……。

 キグナスとシサーが動きを止める。と、次の瞬間、誰も何もしていないのに何かに反応するかのように祭壇の鐘が体を振動させた。小刻みだったそれが、次第に勝手に大きくなっていく。

「何だ?」

 カラーン、カラーン、カラーン!!カラーン!!!!

「どうしたッ!?」

 異変に気づいてこちらに駆けつけてくるカイルの声、そして彼らの足音と轟音が重なった。ゴゴゴゴゴ、ドコーンッ!!!!と、足元……床下の更に低いところで何か巨大なものが倒れたようなくぐもった音と振動。

「やべぇ、何かに反応しやがったな」

 シサーがポケットから取り出したドワーフの石が、煌々と光っている。アースカラーの石に見合った暖色の柔らかい色。石と鐘が、反応し合ったんだろうか。

――汝、財を手にする資格の一を得たり……

 不意にどこからか声が聞こえた。音の出所はわからない。その場の全員がきょろきょろと辺りを見回すその中で、声は続けた。

――盗人か、真に資格を有するものか、見せてもらおう……

 声が途切れるのと共に、祭壇の奥の空洞の床が光を噴き上げる。それが天井の鐘に反射するように変な角度を折れ曲がって……やばいぞこれッ。風の砂漠のダンジョンを抜ける時と同じ手法――光の魔法陣だッ……。

「跳ばされるッ……」

 思わず口走った言葉は光の奔流にかき消された。咄嗟に瞑った瞼の裏で、烈しい光の交錯が、見えた気がした。











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