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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第13話 盗賊ギルド 後編(2)

「ゲイト。ガーネットを呼んで来てくれ」

「はい」

「行こう」

 何やら指示を受けたゲイトだけが踵を返し、俺たちはジフに促されるままに奥へと足を向けた。

 しかし、ギルドの本部って幹部しか入れないとか言ってなかったか?カイルやリグナードはともかく、シンやゲイトはどう見たって俺と同年代なのに……盗賊団の幹部ってこと?幹部ってそもそも何なんだろう。偉い人?凄い人とか。要は頭の周囲にいることを許されてる人なんだろう。

 ジフの足がひとつの扉の前で止まる。ちらりとこっちを振り返ってから、扉に手をかけた。中に入る。

 それなりに、広い部屋だった。最低限の調度が整えられた、客室って感じの雰囲気。

 パーテーションみたいな小さな仕切りがあって、その向こうにベッドがある。横たわる人影に、俺はそこから一歩も動くことが出来なくなった。

(あれが……)

 あの人が。

 すぐ隣でキグナスが息を飲むのが聞こえる。

「レガード様……」

 呟きを残して小走りに駆け出す。後を追うようにニーナが続いた。シサーが立ったまま動けずにいるの俺の背中をぽんと押す。それを受けてようやく……俺は部屋に足を踏み入れた。シサーが笑いかける。

「初めましてだな」

「……うん」

 これほど探し続け、考え続けて今、初めて会う。……変な感じだ。

 ベッドのそばに駆け寄っていたキグナスとニーナが振り返る。背後でジフが扉を閉めるぱたんと言う音が静かに響いた。

(……この人が、レガード……)

 俺の見つめる視界の中、その人は身動ぎせずに静かにベッドに横たわっていた。胸に膨れ上がる複雑な思い。

 探し続けてきた人物が今、目の前に存在している。意識不明のまま。

「はは……」

 小さく笑う。閉じた瞼、鼻、唇。部品のひとつひとつとか、少し細い顎とか。

「……ホント、そっくりじゃん」

 俺と。

 不思議な感じだった。縁もゆかりもない異世界の王子サマ。生まれも育ちも、多分性格も、何もかもが違うはずのこの人が、これほど自分と似ていることが。

「だろ?」

 複雑な俺の気持ちを知ってか知らずか、シサーが僅かにおどけたように笑う。

 旅してるせいか、俺の方が今は日焼けして少し黒い。レガードの方が、閉じたその目元が優しそう。間違い探しのように比較しながら、安堵する反面……心のどこかで泣きたいような苦い思いがこみ上げた。

 ……この人が、ユリアの、婚約者……。

 沈黙したまま、全員がレガードを見つめている。それぞれ何を思っているかはわからない。

 けれど俺以外の3人はレガードと何らかの交流があったはずだから、思うところはあるだろう。

 でも……とにかく……。

(無事で、良かった……)

 俺がいなくなった後も、ユリアを支えてくれる手が。

「頭」

 不意に背後でドアの開く音がした。振り向くと、ゲイトがそっと中に入ってくるところだった。その後ろを小柄な人影がついてくる。……誰だろう?おじいさん。濃緑のローブを身に着けて、どこか歴史を感じるようなロッドを握る手は枝みたいに細い。

 魔術師、だろうか。ギルドには専属の魔術師がいるようなことをさっきシンも言っていたし。

「……ほう」

 老人は中に入ってくるなり、俺を見て目を細めた。

「よう似ている」

「初めまして……」

 何だかわからないままついつい挨拶を口にしてみる。老人がおかしそうに笑った。

「紹介しよう。ガーネットだ。……本名は俺も知らねー。本人に聞いてくれ」

「ガーネットで良い」

 ジフの雑な紹介に、ガーネットはにやーっと笑った。白い歯が健在だ。

「ギルドがレガードの身柄を手元に置いておきたい理由は、ガーネットにある」

「え?」

 ひょこひょこと確かな足取りでこちらへ近づいてきたガーネットは、俺たちを通り過ぎてレガードのそばまで歩み寄った。覗き込むようにして満足げに頷く。

「顔色は悪くないな。意識不明と言うことは自分で健康管理が出来ん。面倒見るのはなかなかどうして大変なことじゃ」

「レガードが必要って、どうしてですか」

「……物事には、語れる時と語れぬ時とがある。今は、語れぬ時だ」

 老人の背中が独白のように呟く。

「『与えられた力は今、己の意志を持って暴走し始める。それは時に猛り、時に操り、人々の命を喰らい尽くした。喰らい尽くした命を糧に、力は又暴走を始める。永遠に繰り返されるかのように思われた。穢れた者がその力を奪い合い、集い合った。人々は恐れ、祈り、泣きながら、竪琴を手にこの世の終わりを歌った。すると、楽園から男がやって来た。彼は神の祝福を受けていた。彼は言った。「見よ。禍は姿を隠し、血を屠る刃はただの剣と変わる」』」

 ……?

 まるで聖書のような一節を口にする。

「今は多くを語れる時ではない。……わしがレガードを手元に置いておきたい理由は、『穢れた者』から彼を遠ざけたいからだ」

「『穢れた者』って……」

「黒衣の魔術師を知っているだろう」

 振り返った老人が、ぐるりと俺たちを順番に見つめた。最後の視線が俺で止まる。

「あんた、バルザックを知っているのか」

「奴の持つ『千里球』を遮ることが出来るのは、恐らくわしくらいだろうからな。かっかっか」

 え!?

「『千里球』?」

「奴は、魔力に応じて全てを見通せる魔力付与道具を持っている」

 『遠見の鏡』みたいなもんだろうか。でもあれはちょっと違うか。どこでも何でもお見通しって感じのアイテムじゃなかったしな。

「わしは彼に頼みたいことがある。そしてそれを、バルザックには知られたくない。だから、レガードを手元において、その行方を眩ましておきたかった」

「でもそれじゃあ、ヴァルスがッ……」

「シャインカルクには、通達させよう」

 俺の言葉を遮るように、ガーネットが続ける。

「ラウバルに相談してみれば文句はあるまい。レガードの身元が王侯ならば、場合によっては大神殿の協力も仰げるだろう。大神殿にはバルザックも侵入出来まいから、大司教の力を借りることが出来るのであれば、わしはレガードの身柄をシャインカルクに返そう」

「ええ!?」

「ラウバルを知ってるのか!?」

 このおじーさん、一体何者なんだ!?ラウバルってだって、宰相だぞ!?

 ぎょっとした俺たちにガーネットはからからと笑って口を閉ざした。『多くを語れる時ではない』からだろうか。話してくれる時が来るのかな。

「……頼みたいことって、何ですか」

 俺の問いにも、ガーネットは黙って首を横に振るだけだった。ちらりとジフの方に顔を向けてみるが、ジフも軽く肩を竦めただけだ。

「俺は詳しくは知らねーよ。そのじじぃに聞いてくれ」

 言った瞬間、老人とは思えないマッハでガーネットがベッドのサイドテーブルから水の入った小さな桶を投げつけた。「のわぁ」とジフがそれを避ける。がしゃーんッと言う盛大な音と共に、水を撒き散らしながら桶が向こう側の壁に激突した。

「年寄りへの礼儀を覚えろと言ったろッ」

「当たったら痛ぇじゃねぇかぼけじじいッ」

 ……。

 頼みたいこと、か……。

 謎かけみたいだ。レガードを手元に置いておきたい理由を教えてくれてはいるけれど、結局その全貌はこっちには全然わからない。

 ただ、何か事情は深そうだ。

「あんたが何者なのは知らんが、ラウバルと話を決めるってんだったら、文句は言えねぇよ」

 しばらく何かを考え込んでいたシサーが、くしゃくしゃと髪をかきあげながらため息混じりに口を開いた。

「とにかく、レガードが無事に生存していることと、ギルドで身柄を預かっていること……この2点だけは間違いなくシャインカルクに伝えてくれ。……ヴァルスは、レガードの生還を待っている」

 自分の用事は済んだとばかりに背中を向けるガーネットの代わりに、ジフが頷く。真っ直ぐな眼差しでシサーに答えた。

「約束しよう。……必ず、シャインカルクには通達する」


          ◆ ◇ ◆


 ギャヴァン港の向こうには真っ青な海が広がっている。分厚い、濃い雲がもこもこと海から空に向かって広がっていた。一足先に夏の匂い。

(夏かあ……)

 そーいや俺、夏休み目前で拉致されて秋口に飛ばされたから、随分夏を経験してない気分。

 ロドリスが春の匂いってとこでローレシア最南まで来ちゃったから、春も短い感じだなあ。まだ夏ってほどの気温ではないけど、空の色は初夏を感じてしまう。

 風に前髪を弄ばれながら、俺はぼんやりとレガードのことを考えていた。

(まさか、ずっと、意識不明だったなんてな……)

 ベッドに横たわる静かな顔を思い出す。怖いくらい酷似している容姿。

 目の当たりにしてみれば、あまりに複雑だった。

 自分が、レガードの亡霊のように思えた。

 ユリアは、俺とレガードを重ねてはいないと言う。キグナスも、シサーも、でも……。

 どうしたって俺は彼の代理で、俺自身の存在そのものは、ひどく薄いもののような気がした。俺が今立つ場所に本来いるべきなのは、彼なんだと言う寂寥感。

(……早く帰ろう)

 自分のいるべき場所に。

 この場所が少しずつ居心地が良くなっていくものだから、少しずつ忘れていく自分の立場。自分の、世界。

 この場所には、レガードが立つ。そしたら、不安に揺れるユリアの心もきっと……。

(君にした約束が……)

 ユリアにした「必ず見つけてあげる」と言う約束を無事に果たせたから。

 ……俺の手は、君に、必要なくなる。

「カズキー。なぁにぼやっとしてんだぁ」

 潮の香りに目を細めていると、後頭部を硬質のものでつつかれた。振り返るとキグナスが、ギルドから返されたロッドで自分の肩を軽く叩いている。

「いや……海だなって思って」

「カズキって海を見るの、初めてか?」

「そういうわけじゃないけど。前にギャヴァンに来た時もここに寄ってるし。ただ何か海ってしみじみしない?」

「しない」

 あっさり言って歩き出すキグナスをどつくと、大げさによろけたキグナスが反撃してくる。それを避けて駆けだした俺がシサーとニーナを抜かすと「元気だなあ……」と呟く声が風に流された。

 港の奥の方にはでかい船が見える。でかいと言ってもそりゃあ俺の世界の大型客船なんかとは比較にならないけど、結構なでかさ。

 船着き場の付近には何人かの姿が見えて、思わず俺は足を止めた。追いかけて来ていたキグナスが背中に激突して、一緒になってつんのめる。

「うわ」

「ってえッ」

 仲良く地面に突っ伏していると、ゆったり歩きながら通り越していくシサーがため息混じりに繰り返した。

「……元気だねぇ」

 あきれたように言わないでくれ。

 去っていく背中を睨みつけながら、キグナスをはがして体を起こす。もう一度、前方にたまっている人たちに目を向けた。

 ギルドの人間は、シンとゲイト、そして昨日ジフのそばに控えていたカイルと言うおじさんが行くと聞いている。見える姿の中にはその3人の他にジフの姿があった。ジフに向かって船から下りていく人影をぼんやりと眺めて、人知れず目を見開く。

「カズキ?行くぞぉ」

 立ち上がって歩き出したキグナスが俺を振り返った。生返事をして歩き出しながら、船から下りてくる男を見つめる。

(あの人……)

 見たことがある。

 近づくにつれて、彼の特徴的な姿が明らかになった。オレンジの髪、逞しい躯体に眼帯。

 俺が初めてここを訪れた時に、ここで積み荷をしていた男の人だ。

(ジフの知り合いだったんだ……)

 あの人。

「グローバー!!」

 そんなことを思っていると、先行しているシサーとニーナから声が上がって、驚く。

 え?シサー、知り合い!?

「おぉ。シサーじゃないか。久しぶりだな。どうした」

「どうもこうもあるか。ご同行、だ」

 グローバーと呼ばれた彼がひゅいっと口笛を鳴らす。

「何だ。グローバーとも知り合いか」

 ジフが少し呆れたように言って、それからシサーに向かって笑った。

「市街戦において多大な貢献をなさった、ラグフォレストの船乗りサマだ。今回ラグフォレストに向かうにあたって、適任だろうと判断した。信用もおける」

「おーっと。言ってくれるなあ。もっと褒めてもいーんだぜぇ」

「この辺にしとこう」

 軽く肩を竦めてグローバーを受け流し、シサーに向けて軽く首を傾げた。にやっと笑う。

「信用してもいーかって気になってきたぜ」

「知り合いは多いに越したこたねーなぁ。まさかグローバーが俺の信用になるたぁ想像外だ」

「ボードレーも、だろ」

「まーな……」

 それからグローバーがこっちを見る。俺とキグナスを見比べてシサーに尋ねた。

「オトモダチか?」

「連れだ。カズキとキグナス」

「ふうん」

 どうやら俺のことは覚えていないらしい。それもそうだろうと思いかけて、グローバーが自分の顎を撫でながら目を丸くする。

「……見覚えがあるな。前に、ここで会ってねーか」

 凄い。思い出してくれた。

 笑みを象って、俺は頭を下げた。

「思い出してくれたんですね。凄い」

「ちょっと、印象的だったからな」

「印象的?」

「髪の色が特徴的だろう。それに雰囲気がな……妙に、印象に残った」

 髪の色?

 やっぱこの前髪、珍しいんだろうか。

 思わず赤い前髪を指先で摘んでいると、グローバーはからからと笑って踵を返した。船の方から水夫たちの元気な笑い声が流れてくる。それに海鳥の遠い鳴き声が重なった。

「じゃあ準備が出来たら上がって来てくれ」

 準備ったって……。

 一体ここで何をどう準備したら良いんだろうか。

 つい船へ戻っていく背中を見送っていると、ジフが俺たちを見回した。何気ない調子で口を開く。

「シャインカルクに人を派遣した。レガードの件は今日の夜には届くだろう。安心していい」

「……ありがとう」

「ま、あのじじぃがあー言ってやがるから、あんたらがラグフォレストに行っている間にこっちはそっちの話を何とか進めとく。これ以上王城に心配はかけねーよう最善は図るから、安心して行って来てくれ」

 くしゃりと前髪に手を突っ込んで、ジフが視線を海に向けた。シェインとは雰囲気の違う赤い髪が、海の匂いを街へと運んでいく風にふわふわと揺れている。何かを思うように波間を舞う海鳥を眺めていた視線を、ふいっと背後に控えたギルドメンバーに向けた。

「んじゃ、頼むぜ」

「頭ぁ、ギャヴァンの修復、頼んますよー」

 ゲイトがあどけない笑顔で釘を刺した。

「油断すると頭はすーぐサボるんだから」

 何か、しっかり者のヨメさんみたいに呆れた口調で、自分らのリーダーに向かって言う様子がおかしい。対するジフがまた、叱られた子供みたいに顔を顰め、そっぽを向きながらへろっと舌を出した。

「誰がだよ」

「だから頭がですよッ。ちゃんとやるんすよッ」

「わぁーったわぁーった」

「じゃあ、行くか」

「んじゃ頭ぁ、行ってきまーす」

 船に向かって歩き出したシンに続いてカイルとゲイトも背中を向けかける。それに続いて俺たちも歩き出そうとした時、苦笑いを浮かべていたジフがふと目線を伏せた。

「……退き時だけを間違えるなよ」

 静かに、けれどどこか強い響きを持つ彼らの頭の言葉に、3人が足を止める。振り返った彼らに、ジフはどこか淡々と続けた。

「無茶なことはするな。ヤバいと思ったら撤退しろ。別に、急いでるわけじゃねー。再挑戦はいつでも出来ることを忘れるな」

「……はい」

「カイル。しっかり見といてくれよ。特にシン。意外に無謀な真似、してくれるからなー」

 ジフの言葉にシンの視線が突き刺さった。

「お前ほどじゃないだろう」

「俺ぇ!?俺のどこがッ」

「お前の場合は存在そのもの全てが無謀だ」

「……育ての親に何てコトを……」

「どっちもどっちっすよ……」

 ぼそっと口を挟んだゲイトに、シンとジフのじっとりした視線が向けられる。何だか兄弟みたいだなあ……。

 つい苦笑していると、カイルがジフの頭を平手でぺしりと叩いた。その勢いのままにジフが頭を項垂れる。

「あいてッ」

「まとめるなら早くまとめろ」

 ……ああ……『盗賊団で一番偉い人』のイメージが……。

 重々しく言ったカイルに、恨めしい視線を投げかけてからジフはため息混じりに続けた。

「ま、気をつけてくれってことだ。……あんたたちも」

「さんきゅ」

 俺たちのことも案じてくれたジフに、シサーが笑顔を向けた。一歩体を退いて下がったジフに、カイルが他のメンバーを促す。

「……では、行くぞ」

 レガードのことはひとまず、ジフとシャインカルクに任せよう。

 俺たちは『王家の塔』の攻略の為……バルザックの行方を掴む為。

 宝探しの航海に……ラグフォレストへ向けて。











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