第2部第2章第12話 盗賊ギルド 前編(2)
「3つの鍵は手に入れたんだろ」
「……街を見たか?」
シサーの言葉には触れず、ジフがふと思い出したように問う。話の展開をねじ曲げたジフに、探るような目線を向けながらシサーが頷いた。
「まだ、あちこち壊れてるだろう。軍舎裏の資材倉庫や東側の防護壁なんかな」
「……ああ」
「その辺を爆破したのは主に俺らだったりするんだが」
そう言ってジフは、苦笑を浮かべた。けれどその瞳が、寂しそうに曇っている。
「最近になってようやく、街が動き始めた。ようやくだ。少しずつ人が、元の生活に戻っていく。けれどまだ、完全じゃない」
伏せた瞳を上げて、テーブルの上に両肘をつく。顔の前で組んだ両手越しに、ジフが真っ直ぐシサーを見た。
「国はアテにはしていない。援助は望むところだが、それどころじゃないだろうこともわかっている。……言いたかないが、資金、労力の提供に多大な貢献をしているのは、俺たちだ」
ジフの意図するところが読めなくて、沈黙を守る。こういう繊細な展開をしている場合、俺のような素人が下手に口を挟まない方が得策だろう。馬鹿なことを口走って何らかの言質をとられてもたまらない。
「まだまだ足りない。回収もしなきゃ、こっちもやってられない。……あんたも市民ならわかってくれるよな?」
ちらりと振り返ると、シサーが渋面で前髪に片手を突っ込むところだった。それから渋々、と言う感じで頷く。
「……ああ。感謝しよう」
その言葉を聞いて、ジフがにやりと笑った。
「ギルドは資金源をトレジャーハントから調達している。情報と協力なら望むところだ。俺たちはギャヴァン市民の良心に期待している。……話を聞こうか?」
はー……そーゆーことか。
ギルドにとってメリットのある話以外は最初から口にするなと言う、言外の強迫。俺たちの話を聞いて、メリット・デメリットを判断するんじゃなくて、最初からメリットしか受け入れないと言う強い、けれどさりげない姿勢。
挑戦的な色合いを浮かべて見据えるギルドの頭に、シサーがしばし沈黙した。やがて口を開く。
「……いいだろう。それほど悪い話じゃないはずだ」
「ドワーフの生き残り、とか言ってたな?いるのか?……いや、いるんだろうが、会ったのか」
「ああ」
壁に背中を預けて腕を組んだまま、肯定する。
「フラウから持ち出され、隠された宝は、彼らの村の財産を隠しただけに過ぎない。最後まで辿りつく為には、正当な権利があることを証明する必要がある」
「……」
ジフが顔を顰めて、小さく舌打ちをする。いったん背けた顔を正面に戻し、シサーを促した。
「それで?」
「証明する為の手段を聞いている」
「……」
考えるような短い沈黙の後に、ジフが目を上げた。
「……で?」
「遠回しに言ってもしょうがねぇ。こちらの要求はひとつだ。その中にあるはずの一対の腕輪を手に入れたい。理由は、俺たちが会ったドワーフが正当な持ち主だと考えられるからだ」
「証拠は」
「ない。が、宝に辿りつく為の情報の正しさが証明されて、彼の言う通りの腕輪が見つかれば、状況証拠としては十分だろうと考えている。少なくとも、無関係なら知っているはずがないだろうからな」
「……ま、それはいーだろう。そっちの要求はその腕輪を持ち主らしき人物に返す代わりに、最後の情報を提供すると……こういうことでいーのか」
確認するように言ったジフに、シサーはやや間をおいて顔を左右に振った。ジフの言葉を、否定する。
「近いけど、少し違うな。腕輪を持ち主に返す代わりに、多分どこかであるだろう持ち主を証明する謎解きに協力する」
「……」
ジフが目を見開く。ジフだけじゃない。周囲に控えた3人の盗賊もだ。それに臆することなく、シサーは淡々と続けた。
「理由は2つだ。……ニーナ」
シサーの言葉を受けて、じっと黙っていたニーナが口を開く。紡ぎ出された言葉は独特のイントネーションでリズミカルに、まるで詩の朗読のように滔々と続いた。一度言葉を途切れさせ、再び口を開く。
「妖精語よ」
「……」
「……人間には、発音出来ないわ」
「とゆーわけだ。持ち主たる彼らの村に伝わる、有名な伝説を歌った一端らしい。村で知らぬ者はいないと言う話だし、興味深いのはその内容が……」
「隠された秘宝を探し求める、その最終章なのよ」
「……それが、どこかで必要になると?」
ジフの言葉にシサーとニーナが同時に頷く。
「大事が起きた時には必要となるとして、伝えられてきたらしいの。……そして、大事が起きた」
「それからもうひとつがこれだ」
言ってシサーが取り出したのは、濃いこげ茶色の石だ。どういう細工なのか、良く透かしてみると石の内部に模様のようなものが刻まれている。かの村――ダイナの紋だと言う。
「ダイナのドワーフは、生まれた時にこの石を渡される。ひとりにつき、ひとつ。必ずだ。それを預かってきた。悪いんだが、俺たちを信用して渡してくれたものを、他人に貸しちまうわけにはいかねぇんだよ」
「……いまいち理解が出来ねーんだよなー」
そこまで黙って聞いていたジフが、親指で自分の顎を撫でながらぼそりと言う。意味を問うようなシサーの目線に、ジフが肩を竦めて答えた。
「どうしてそのドワーフの為にそこまでする?今の話を真に受ければ、あんたらにメリットはねーよな?」
「ある」
「どんな」
「俺たちはその腕輪と引き換えに、ドワーフが持っている情報を知りたい」
その言葉にジフが何か言いかけた時、さっきまでゲイトが立っていたドアがノックされた。返事を待たずに、開けられる。ゲイトに続いて入ってきたその姿を見て、俺はまたも思わず立ち上がっていた。
「シン!!」
俺と同じ黒髪に黒い瞳、鋭利な顔つきはしばらく会わない間に一層シャープさを増したような気がする。さっきと同じように壁際に控えたゲイトの前を通り、シンはちらりと俺を見てからジフに顔を戻した。……驚くとか喜ぶとか、ないかな。
「呼んだみたいだが」
「ああ」
シンの言葉に、ジフが相好を崩す。再び笑いを堪えるような表情で、テーブルの上のダガーを親指で示した。
「あっちの少年から、お前にお届け物」
「は?」
ジフの言葉にきょとんと目を丸くしたシンは、俺に一瞬視線を向けてからダガーを見つめる。で、がくっと額を押さえながら項垂れた。
「……ご苦労なこった」
「落ちてたから拾って来ちゃったんだよ……」
「相変わらず変な奴だな」
……持ち主がわかってたから持ってきたのにこの言い草。
「こんなの投げまくってたら金がかかってしょうがないじゃん……」
「……ま、ありがたく返されておこう」
最初から素直にそう言ってくれ。
憮然としたままの俺に、片手で掴んだダガーを軽く振ってみせてからジフに向かって口を開く。
「用はそれだけか」
「もうひとつ増えた。……フラウの件だ」
「……」
「彼らが同行を名乗り出ている。理由は、宝に辿り着く為に必要と思われる情報を持っていることだ」
「何?」
シンが驚きを浮かべた表情でこちらに向いた。まず俺に、それからぐるりと他のメンバーを見回す。それを見つめ返しながら俺は、まずシンが無事だったことに安堵をし、そして……。
「こちらで預かることは出来なさそうだ。どうしたい」
「詳細を聞かなきゃわからん」
(レガード……)
聞かなきゃ。聞けるタイミングがどこかにあるだろうか。
困惑したように眉を顰めるシンに、ジフが先ほどのシサーとニーナの話をまとめて伝える。黙ってそれを聞いていたシンは、考え込むように組んだ腕の一方の手を顎に押し当てながらジフに尋ねた。
「お前はどう考えてるんだ」
にしても、ジフってギルドで1番偉い人なんじゃないんだろうか。シンのこの態度のでかさって凄い。そりゃあジフって身内には気安そうな感じはあるけど。
「どうもこうも……最終地には距離がある。行って無駄骨にはしたくないからな。……まだ信用したわけじゃないが」
そこで一端言葉を途切れさせたジフは、視線を隣に控えるおじさんに向けた。
「カイルがついてれば、妙なことにはなんねーだろう」
「ならば俺が文句を言う筋合いじゃない」
「だそうだ。と言うわけで、同行は了承しよう。条件付でな」
「条件付?」」
そんなにみんながみんな条件をつけてくれると、もう最初の方の条件から忘れていきそうだからやめて欲しい。
つい顰めツラで、問い返したシサーに答えるジフの言葉を待つ。ジフは体を前に乗り出し、テーブルに肘をついてはっきりと強い口調で言った。
「その腕輪の返却は、腕輪以外に宝が存在した場合に限らせてもらう」
「足元見てんなぁ……」
「こっちだってここまで追い詰めるのに相当の費用をつぎ込んでいる。回収しなきゃ話にならないと言ったろ?別に最終の財宝じゃなくたっていいさ。ダンジョンのどこかに眠る宝が何らか存在してればいい。これまでの経験からすれば、その可能性はかなり高いしな」
思わず全員の視線がシサーを向く。ダンジョンを攻略したところで、俺たちはその腕輪が手に入らなければ何の意味もない。けれどギルドにはギルドの言い分もあるわけで、それを拒絶してもこっちにはもうテがない。とにかくギルドと協力して宝を手に入れて、それからどうにかするしかなさそうだ。
「わかった」
はあっとため息混じりにシサーが承諾する。ジフがにやーっと笑ってとすんと椅子に背中を預けた。確認するようにシンを振り仰ぐ。
「じゃ、それでいこう。……さて、メンバーだな。全員行ってもらう必要はないわけだ」
ジフの視線がまたこちらに戻った。全員はいらないってことは、誰かが行って誰かが行かなかったりすることもあるってことだろうか。嫌だな、何となく。
「今、フラウに関して1番動いてるのはシンだからな。同行者を選定してもらっても、いーぜ?」
「待てよ。こっちは4人でひとまとめと考えてもらわなきゃ困る」
「……腕の立つ戦士はいるに越したことはないだろう」
慌てたように口を挟むシサーに、シンがぼそりと言った。それからニーナとキグナスに視線が向く。
「さっきの話ではエルフにいてもらわないわけにはいかんだろうし、そっちは……ソーサラーか?」
黙って頷くキグナスに、シンは無表情のままで頷いた。
「ならばいて損はないな」
そこで視線が俺に向く。
「……」
どうせ使い道がありませんよ……。
じっとりした俺の視線に、しばらく沈黙していたシンが意外なことに小さく吹き出した。
「……ま、いてもいいだろう」
「……そこまでおまけな言い方しなくても良いんじゃないの」
「ただし、足手纏いにだけはなるなよ。剣の腕は上がったのか?」
「上がってませんよ」
「……じゃあ使い道がないな」
使い道がないとか言うな。
「まあ盾くらいにはなるだろう。ジフ、俺は全員でも別に構わないが」
弾除けにするな。
ビシビシと飛ばす抗議の視線をあっさり無視して許諾したシンに、苦笑いを返したジフがこちらに向かって言った。
「だそうだ。こちらからは3人出す。あまり大人数になるとダンジョンでは却って邪魔だかんな。但し舐めてもらっちゃ困る。妙な真似をしたら、遠慮なく消えてもらうからそのつもりでいてもらおうか」
人懐こい爽やかな表情でさらりと言うジフに、思わず乾いた小さな笑いが漏れた。
「その辺は信用してもらっていい。こっちだって宝なんかもらっても困る。……それより、運搬はどうするつもりなんだ?ラグフォレストだろう」
どうやらまとまりそうな気配に安心したのか、警戒を緩めたような表情で軽く首を鳴らしながら尋ねるシサーにジフがにやっと笑った。
「そこまで掴んでるのか。そう。ラグフォレスト大陸だ。詳しい話は、シンと詰めてもらって構わない。運搬は信用出来る人間を使うつもりでいる」
「航海技術が優れてなきゃ、話になんねーぜ」
「安心してくれ。そっちのプロだ。……シン。出発はいつにするんだ?」
「人手が揃ったからな。明日にでも」
少し気になる言い方で答えるシンに、ジフが頷く。フラウの件がまとまったら、レガードのことをシンに聞かなきゃ。でもどうやって切り出したらいいんだろうか。下手なことを言って隠されたり、何かまずいこ……。
「だそうだ。出発は明日」
「じゃあ明日、港で会おう」
まずい!!
「シン!!」
シンがあっさりとそう言ってこっちに背中を向ける。ので、思わず俺は焦った。このままじゃレガードのことを聞きそびれてしまう!!
ジフに聞いてもいいんだろう。でもジフは何だか読めない。シンだってそりゃあ話してくれるかなんか全然わからないけど、でも、だけど……。
「……」
慌てた俺の声に、シンが驚いたような表情を浮かべて振り返る。
「ユリアが……ッ」
あんな悲しい顔をさせたまま、ユリアと離れるわけにはいかない。俺が嫌われてしまったんだとしたって、せめて……せめて、彼女の心の支えになるものを……その、生死だけでも……!!
「ユリアが、レガードの安否を心配してるッ」
俺の口から出た名前に、俺とシン以外の人間に動揺が微かに走った。俺自身、言ってしまって良かったんだろうかと心のどこかでまだ迷いながら、でも言っちゃったもんはしょうがない。構わず続ける。
「今のヴァルスの状況は知ってるんだろ!?ユリアはそれを背負わなきゃならない。……助けになってやれるのはレガードなんだよ」
「……」
「知っていることがあるなら教えてくれ。せめて、その……安否だけでもユリアに届けたい」
無事でいるなら、遠く離れる前にそれだけでも。
それがユリアの心を支えてくれるはずだ……。
……本当はこんなことは俺が勢いで口走っていい話じゃないのかもしれない。もっとちゃんと話し方を考えて、ギルドの思惑とか何を知っているのかとか、こちらの手を見せずに引き出すような。
だけど俺にはそんなやり方はわからないし、盗賊団相手に対等に渡り合えるわけがない。
ただ、俺はとにかく……またしばらく戻って来られなくなる前に聞いておきたかった。戻ってからじゃあ、遅いんだ……。
答えを待って真っ直ぐ見つめる俺を静かに見返して、シンは無言のまま視線をジフに向けた。それを受けてジフが口を開く。
「……ちょうど良い。こっちとしてもその件に関しちゃ、確認しときたいことがあるんだよなー」
その言葉に息を飲む。じゃあやっぱり、ギルドがレガードと絡んでいることは見当違いじゃないんだ……。
「せっかくだから、お互い気にかかる点は片づけとこうじゃないか。……海の上に出る前に、な」