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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第12話 盗賊ギルド 前編(1)

 目隠し。

 後ろ手にロープ。

 で、盗賊に連行されている。

 普通の高校生活で体験出来ることじゃなかろーと思えば、ありがたくて涙が出ると言うもんだ。

 俺のそばには最初と変わらず、ゲイトと言うらしい年の近そうな男がそばにいる。……と思う。気配も足音もほとんどしないので、時折本当にいるのか不安になるんだけど。

 俺たちは多分、人気のない細い道を引きずり回されているような感じだ。速度を変えたり、途中でぐるっと体を回転されて方向感覚を狂わされたりもしたから、土地勘があるはずのシサーとニーナを警戒しているんだろう、多分。車なんて便利な誘拐道具はないわけだし。

 人のざわめきは、遠い。人気のないところを移動していることに違いはないようだ。風が運ぶ波の音は遠くなったり近くなったりする。

 やがて進む足がゆっくりになった。物音がする。ギィ……と何かを押し開けているような音?ゲイトの手に歩くのを止められてじっと待っていると、やがてそっと押された。ひんやりした空気が流れ出てくる。

「階段があるから、気をつけてもらえますか」

 はい!?

「足下、滑りやすいですから」

 おいおいおい。

 一応気遣ってくれているのか、速度はかなりゆっくりだ。目隠しをされていて尚、視界が暗くなったのがわかる。それなりに整備されていただろう道路から、確かに滑りやすそうな湿った石畳の雰囲気。けれどこの石畳もデコボコとかではなく、それなりには整備されていそうな感じだろうか。

 階段がある、と言ったってどこから階段なのかわからない。ゲイトがまた注意を促す。

「あと1.5エレくらいです」

 え?えーと、1エレが大体1.5メートルくらいだったから2メートルちょいくらいか?『エレ』と言う感覚がないので計算するのが面倒だ。

 ゆっくりと気をつけて歩いていくと、段差にぶつかる。足の裏、前の方には地面がない。下り階段だ。

 見えず、手も使えず、見知らぬ場所で階段を降りることがこれほど心許ないとは。魔物との戦闘やロドリスの追撃から逃れて、こんなところで普通に転落死したら浮かばれない。

 ゲイトが手を貸してくれてようやく下りきる。ちなみに他の人がどんな様子かは見えないから知らない。

(水音……?)

 今までそれどころじゃなくて気がつかなかったけど、平らなところに出てみると周囲の音に耳がいく。

 確かに水の流れる音がしているみたいだ。そんなに凄い音じゃなくて、浅い水位でゆっくりと流れるような。

 時折『ぽちゃーん』と言う音と、俺たちの足音が響く。……俺たち、とは言っても盗賊たちのは数に入らない。どうやったらこんな静かに歩けるんだ?まるで幽霊につき従われてる気分だ。

(水路、かな)

 この空気の冷たさと湿り気を帯びた岩の匂い、感触……覚えがある。

「ゲイト……さん」

 水路らしきところに入ってからは、総じてゆっくり歩いてくれる。ジフと言い、この人と言い……シンと言い、本物の『わるもん』て感じがしないものだから、つい緊張感が緩い。

 声をかけた俺に、隣で小さく笑うような気配がした。

「……ゲイトでいーすよ。何」

「じゃあゲイト。……今ってギルドに向かってる、んですよね」

「まあ……そうなるな」

「シンって、いるんですか」

 俺の問いに、言葉に詰まったような沈黙がある。けれど実際俺の言葉をどう受け止めたのかは、わからない。表情や微妙な目線なんかが、人間の感情を読み取るのにいかに多くの情報を与えていたのかがわかる。見えないから、残された『声』と言う情報だけでは、俺には想像することさえ難しい。

「……何で?」

「前に、助けてもらったから」

「……」

 そのくらいは言っても問題はないだろう。他人の命を助けて咎め立てされることはない、と思うし、助けてもらったんだからシンの素性を知っててもおかしなことはない、だろうし。

 市街戦があったことを考えれば、無事なのかどうかくらいは知りたい。……この雰囲気からすると、死んじゃったりとかはしてない、のかな。声のトーンが急に落ちるとか、そういう悲しい匂いは感じない。

「悪いんだけど、今は答えられないな」

 困惑をはらんだ声が、沈黙の後に返る。

「何で?」

 つい素で突っ込むと、ゲイトが小さく笑った。

「あんたも変わってるなあ。あんたら、今盗賊ギルドに連れてかれようとしてるんすよ?武器を取り上げられて。怖くない?」

 ジフとシンを見てるから何か怖くないなあ。

「別に……」

「あんたらがこっちにとってどういう相手なのか、まだ判断がつかないんでね。ギルドのことを話すわけにはいかないですね。ま、もうちょっと辛抱して下さい」

 もうちょっと辛抱して、『こいつら用なし』と判断されたら消されるんだろうか。沈黙した俺に、ゲイトが苦笑する声が届く。

「代わりに今日の天気の話とかならつきあいますけど」

 ……何だって異世界まで来て初対面の盗賊と目隠しされて天気の話をせにゃならんのだろう。

「や、いいです」

 仕方ないので、しばらく黙って黙々と歩く。後ろからキグナスがくしゃみをする声が聞こえた。

「寒いのか」

「酒でも飲ませてやろーか」

「倒れちゃうんじゃないか?」

「そいつ、そー見えて ザルだからどこまででも飲むぜ」

「何ぃ?やるなあ……」

 緊張感ないよなぁ……。

「……そろそろいーか」

 半ば呆れた気分で歩いている俺の隣で、ゲイトがぽつりと呟く。それと同時に止められた。目隠しを外される。

 2、3度目を瞬き、辺りを見回す。真っ暗で何も見えない。目を凝らしていると次第に目が慣れてきて僅かに視界が戻る。予想通り湿り気を帯びて微かに黒い岩壁が光った。

 細くて狭い通路だ。天井も低い。聞こえていた水音は、今はもう聞こえなかった。水路の跡のような溝を歩いているみたいだけれど、水の名残はない。

 どうでもいいけど、こんな暗闇で良く迷わずに歩いてるよな。

「もう、目隠しはいらないんですか」

 全員が目隠しを外されたのを見て、歩き出すゲイトの背中に尋ねる。ちらりと顔だけ振り返って、ゲイトがくしゃりと笑みを浮かべた。

「ここがどこだか、もうわかんないでしょう。地下水路なことはわかるでしょうが、どこの入り口からどう歩いてここまで来たかは、彼らもわからないはずだ」

 微かに目でシサーたちを示して、俺に目を戻す。

「だから、もういらないです。ギルドに辿りつくのは不可能でしょうから」

 そこからもまたしばらく、水路を右に曲がったり左に曲がったり、少し高い位置にあるような細い水路をくぐって抜けてまた降りたり、進路は複雑この上なかった。本当にこういう道筋なんだろうか。それともやっぱり、わざと複雑な移動の仕方をしているんだろうか。

 ぐねぐねと進み、ようやく壁に鉄梯子のついた行き止まりで足を止めた。どうやらこれを上るらしい。

「……」

 ……すみません、俺、両手を縛られたまま垂直に梯子を上るなんて離れ業が出来る自信がないんですけど。

 つい冷や汗を浮かべて無言でゲイトを見ると、梯子に沿って上を見上げていたゲイトが先ほどより小振りなダガーを抜き出した。毒は塗られていないようだ。ゲイトもそんな曲芸まがいを披露させるつもりはないらしく、ダガーでロープを切ってくれる。

「ありがとう」

 と礼を言うのも妙な気はするが。

 自由になった両手をぷらぷらしてみると、縛られていたわりに痛くはなかった。跡もない。結構がっちり縛られていたはずなのに、どういう技術なんだろう。

 盗賊たちに促されるまま梯子を上る。天井は開閉出来るようになっていたらしく、今は開いていた。抜けた先は天井が低くて頭をぶつけそうだ。石造りの建物の一部のように見える。床下みたいなそっけない雰囲気。

 そこを抜けるとまた下り階段があって、石階段を下りながら思わず呆れた。

「いつもこんなふうに行ってるの?」

 ゲイトが笑う。

「まさか」

 ああそう。やっぱり俺たちを混乱させる為なわけね。

 階段を下りきると扉があり、木製のそのドアから中に入るとようやく建物の中、といった感じの場所に出た。確かにもうここがこの街のどこに位置するのかなんて、俺にはさっぱりわからない。

 通路の壁にはところどころドアがある。部屋があるらしい。壁も床も石造りで、装飾品などがいっさいない……無愛想な建物だった。不意に前方のドアが開いて、ひょろっとした感じの男が顔を覗かせる。

「ボードヴィル。どうしたんだ?……何だ?ぞろぞろ連れて」

 顔を覗かせた男が、シサーのそばについている男に向かって尋ねた。ボードヴィルと呼ばれた茶髪の男がひらりと片手を振ってそれに応える。

「頭の希望で、ちょっとな」

「ふうーん」

「頭、どこ行った?」

「さあ?ここのどっかにはいるんじゃねーか?」

 そう言や本部と支部があるとかって言ってたっけ。ここはどっちなんだろう。

 ひょろっとした男と別れて俺たちが連れて行かれたのは、通路を曲がったところにある部屋だった。何かがらんとしている。木製のテーブルの上にカードゲームみたいなものが乱雑に散らかっていた。そばのグラスには飲みかけのまま忘れられたような気の抜けたエール酒。男所帯って感じ、何か。

「ここで待っててくれますか」

 ゲイトのその言葉を最後に、今までそばにいた盗賊たちがドアの外に姿を消す。扉を閉められると、完全に俺たちだけになった。

「だあーッ。くそ、疲れたなあッ」

 シサーが手首を振りながらぼやく。それを見遣りながら、キグナスがテーブルに向かう椅子をひいた。

「結構歩かされたぞ」

「地下水路たぁなー」

「どういう意味?」

 ぼけっと立っていても何もならない。足が疲れたので、俺も手近な椅子をひいて腰を下ろす。

「地下水路があるのはまあ、知ってるけどな。見ての通りかなり複雑だ。下手に入り込んだら二度と出られねぇって言われてんだよ」

 確かに。

「普通の地下水路ならともかく、旧地下水路ってのもあるらしくてな……そいつがまた複雑に入り組んでて……それを利用してんだな。ギルドは」

 ふうん……。

「レガード、いると思う?」

 テーブルに頬杖をつきながら、指先で散らばったカードを弄ぶ。俺には見慣れない絵柄のカードで、どうやって遊ぶものなのか見当がつかない。

「さあな。ここにいるかはわかんねーし、いたとして素直に話してくれんのかわかんねーし。それについてはシンって奴がいたらそっちに聞いた方が……」

 シサーが壁に寄りかかって腕組みをしたところで、再びドアが開く。姿を現したのは先ほど石碑の前で遭遇した男……ジフリザーグだった。思わず立ち上がる。

「別に座ってていーさ。歩き回らされて疲れたろ」

 目を伏せて笑いながら軽く肩を竦める。中に足を踏み入れながら、ちらりと目を上げた。

「……っと。その前にも随分街中を歩き回ったみたいだしなー」

 ジフの後ろからゲイトと、知らない男が2人入って来た。髭を蓄えた年輩の男性と、ゲイトより少し上くらいに見える金髪の男性。

「そんなに構えないでくれ。別に何をしようってわけじゃない。こっちも聞きたいことがあるし、あんたらもそうだろう?それをお話し合いしてみようって話だ」

 言いながらジフは、俺たちに向かい合うような形で椅子を引いた。座るジフのサイドに2人の男が黙したまま立つ。

 こうして見ると、石碑の前にいた時とは少し違う人物みたいに見えた。もう少し大人びて見える。少し、そう……『裏』の匂いを放っている。

「シンと会ったんだろ」

 ジフは斜め前に座る俺に、口元に笑みを浮かべながら尋ねた。黙ってそれを肯定する。ジフが苦笑いに似た笑みを浮かべてくしゃっと赤毛をかきあげた。

「あいつ愛想ねーからなー。そっけないだろ」

 まったくその通りなんだけど、肯定しちゃっていーんだろーか。

 つい返答に詰まる俺には構わず、ジフは続けた。

「あいつ、俺に向かってダガーを投げつけやがるかんな」

「……」

 それは冷たいとかそっけないとかとは次元が少し違うと思う。

 それからジフはふいっと顔を上げて俺を見た。目に浮かぶいたずらっぽい笑い。そのまま、話題を転換する。

「あんた、どこの国の人間だ?」

 その問いに、俺はまた返答に詰まった。今度はさっきのように軽い意味じゃない。ジフの質問の意味は多分、レガードと絡んでるだろう。どう答えたものだろうか。

 迷って、俺は慎重に口を開いた。困ったら、むしろ相手に答えさせてこちらの判断材料を増やそう。

「どこの国の人間に、見えますか」

「……さあーてな。少なくとも、ヴァルスじゃねーな」

 質問に質問で返した俺に、ジフがにやにやと笑う。シンは俺のことをジフにどのくらい話してるんだろう。ギルドはレガードの、何を知ってるんだろう。

「どうしてヴァルスではないと?」

「言葉がな。綺麗にしゃべってはいるが、どっか自然じゃない。イントネーションや言い回しに、微妙な癖がある。ヴァルス語を母国語としない話し方だな」

「……ご想像に、お任せしますよ」

 言って俺は、曖昧に微笑んだ。特に答えなくても責められるような話じゃないだろう。ジフがひょこんと眉を上げて肩を竦める。深く追及するつもりはこちらもなさそう……。

「あ」

 その顔を見ていて、不意にシンのダガーを預かりっ放しなことを思い出した。

 咄嗟に呟いてしまった俺に視線が集まる。しまった、どうしよう。そんなに見られたら何か言わなきゃいけないじゃないか。

「実は……」

 言いかけて、背後の壁にもたれたままのシサーを振り返る。下手なこと言って余計になったらまずいだろーかと迷ったが、シサーが「どうぞ」と言うようにひらっと手を動かしたので従うことにした。

「実はシンに渡したいものがあって」

「渡したいもの?」

 微かにジフが眉を寄せる。頷いた俺は、荷袋の中から持ったままだったシンのダガーを抜き出した。テーブルに2本並べて置く。ジフが目を瞬いて1本を手に取った。

「……?」

「あの、拾ったんで。シンが同じものを持っているのを見ているし、返してあげた方がいーのかなと」

 言った瞬間、ジフが吹き出した。

「……何ですか」

「いや……それでシンに会いに来たわけじゃねーだろ?」

 そんなわけなかろーが。

 良く見ればジフの両サイドの2人までご丁寧に笑ってくれている。3人より更に後ろ、ドアのそばにひっそり控えていたゲイトに至っては、向こう側を向いて腹を抱えている。……馬鹿にされているんだろうか、俺。

「……ま、じゃあこれはありがたくシンに返すとして……ゲイト」

「わかりました」

 まだ笑いを噛み殺すような表情でダガーに手を伸ばすジフに名前を呼ばれたゲイトが、するりと部屋を出て行った。扉が閉まってから、壁に背中を預けたままのシサーが低く口を開く。

「どこで拾ったかは興味がないか?」

 沈黙してジフが目を上げた。シサーを見るジフの目には、俺に向けた時にはなかった警戒の色があるような気がする。対するシサーはもちろんだ。お互い、不利にことが運ばないよう探り合っているからだろう。逆に言えばジフはシサーのことを舐めてない。俺は対象外。……どうせね。

「……どこでもいーさ、別に」

「『うみにみえるところ

 うみのめがみがあらわれるとき

 うみへつづくみちをさがせ』」

 ぼそりとシサーが続ける。相変わらずジフの表情からは何も読めない。訝しげに眉を微かに顰める様子は本当に何も知らないみたいだ。

 ……シンに聞いてないのかな。

 そっと内心首を傾げる俺の横で、シサーが小さく笑ったのが聞こえた。

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