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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第11話 接触(1)

 ギャヴァンへ向かう旅路。

 ロドリス国内やファリマ・ドビトークの切羽詰まった道中に比べて、気分的にはかなり余裕のある道中だった。

 シサーたちにとっては慣れた道だし、俺も同じ行程を経験済みだし、この辺りに出る魔物は把握済みだし。

 実に何ヶ月ぶりに辿るこの道は、いろんなことを思い出す。

(少し、肌寒かったっけ……)

 半袖だったな、俺。

 レイアと2人で心細くて、ウォーウルフに襲われた。

 ……って俺の制服、ドコ行っちゃったんだろう。この服で高校の中庭に戻された日には、俺、二度と学校に行けない。

「アウグストの件は、裏に何かあるな、まだ」

 ぼんやりと歩く俺の前を、シサーとニーナがのんびりと歩いている。

「ま、あそこまで話してくれただけでもびっくりね。裏にまだ何かあるのは承知の上よ」

「こっちに関係あることじゃなきゃいーけどなー。……ふわぁ……」

「ギャヴァンの復興はどのくらい進んでるのかしらね」

「その前にどんだけ被害に遭ったかだよなー」

 伸びながらあくびをするシサーの、束ねた長い髪の尻尾をくいくいとキグナスが後ろから引っ張った。

「シサーん家ってギャヴァンだろ?」

「あぁ」

「なかったりしてなー」

 シサーが苦笑いしながら、足でどつく。目を細めてそれを眺めやりながら、俺は気づかれないように小さなため息をついた。翡翠色の瞳が、目の前にちらつく。潤んだ、悲しい瞳に滲む俺を責めるような色。

 ……ユリアとは、あれきりだ。昨夜気まずい別れ方をしたきり会っていない。

 気にはなる。なってはいるが、おいそれと会えるような相手でもない。昨日のように向こうから会いに来てくれればまだしも、大体俺は彼女の部屋の場所さえ知らないんだ。

 『婚約者』がユリアに会いに行くのは別に不自然じゃないだろうけど、部屋を知らないのは不自然だし、俺が部屋を知らないことをわかっている人間には逆に尋ねにくい。

 結果としてあのまま……どうにも出来ずにまたこうして、離れてしまっている。

 眉根をきゅっと寄せて俺を見据える眼差しが、消えない。笑顔を思い出したいのに、悲しい顔しか浮かばない……。

「ギルドと連絡を取る手段ってのは、何か心当たりはあるの?」

 ……は。

 へこんでたってしょーがない。ユリアの幻影を追い払って、気持ちを切り替えようと今後の行動に考えを向ける。キグナスと小突きあって……と言うよりはほとんど一方的に小突いていたシサーが俺を振り返った。

「昨日な、夜、大神殿の方に顔を出したんだよ実は」

「そうなの?」

 そう言えば俺、神殿って行ったことないな。どの辺にあるのかは何となくわかるけど……正確には良く知らないし。

「声かけてくれれば良かったのに」

「別に何しに行ったわけでもねぇからな。挨拶に行っただけで。したら先だっての市街戦で、中心になって抵抗したのが自警軍とギルドだったって話を聞いたんだよ」

 え?ギルド?

「じゃあ……」

「ああ。自警軍とギルドには繋がりが出来てるはずだ。本当は商人の友人から辿ってこうかと思ったんだが、自警軍を当たった方が早そうだ」

「じゃあとりあえずは自警軍?」

「ああ」

 頷いて前に向き直るシサーの髪が背中で揺れるのを眺めながら、シンの姿を思い浮かべた。

 ギルドが抵抗の中心だったってことは、シンも戦闘に参加してたんだろうか。それとも、ダンジョン探索をしていた彼はいなかったんだろうか。

(シンがいなかったら……)

 どうしよう。俺らより先に例のドワーフの宝を追っているわけだから、もうどっか行っちゃったかもしれない。

 それは、まずい。

 けどだからと言って他に行くアテがあるわけじゃないんだから、とにかくシンがいようがいまいが、ギルドに行って何とか話をねじ込むしかない。望む通りにいかなくても何か新しい情報が入るかもしれないし、そういう交渉ごとはシサーがきっと何とかしてくれるだろう。……他力本願。

 のどかな空気に包まれたままギャヴァンへ向かい、レオノーラを出てから2日目の昼過ぎに到着する。戦場になったって話だったから荒れてるのかと思ったけど、復旧が進んでいるのか俺が前に来た時とそんなに大きな変化はなさそうだ。……ま、原爆投下とかするわけじゃないしね。一瞬で街が消し飛ぶとかって話じゃないから、逆に言えば破損も人為的に可能な範囲が限られてるんだろう。

 まだところどころ壊れてたりはするけれど、概ね街の人は元の生活に戻り始めている……ような感じがする。それともまだ俺の目に付いてないだけで、大きく破損したところなんかもあるんだろうか。

「結構大丈夫そうだな」

「うん。被害はそんなになかったのかなあ」

「ならいーけどね……」

 ニーナが何かを憂いたような表情で街を見回す。どこか人々の熱気を含む街の空気が、ニーナのさらさらの髪をそっと揺らした。何かを感じようとするように、長い耳がぴるぴると揺れる。

「おう。シサー。久しぶりじゃないか」

 自警軍の詰めている軍舎は、街の中程よりやや北西にあると言う。相変わらず賑やかな大通りを歩いていると、テキ屋みたいなおじさんが屋台から顔を出した。知り合いらしい。

「おやじ、無事だったか」

「おうよ。そう簡単に死ぬわけにゃあいかねぇだろう」

 言っておじさんはけたけたと笑った。けれど良く見ると……あれ?

「……おやじ。指、どうした」

 同じことに気づいたらしいシサーの笑顔が、硬いものに変わる。子供向けのおもちゃみたいなものに囲まれて座っているおじさんの、煙草を挟む指が2本足りない。

「ん?あぁ、ちょっとな。あいつらにやられちまってな」

 あいつら……モナ!?

「一応お国は避難勧告出してたんだがな。国も冷てぇじゃねぇか。俺たちの街だからな。勇敢な奴らが立ち上がったってわけよ」

 誇らしげにおじさんが語る。昼間から酔っ払ってるような赤黒い顔には、良く見ればいくつもの傷痕があった。それも多分まだ新しい。

「まあそん中でちょっと指をやられちまったって話だ。なぁに、大したこたぁねぇよ」

 ひらひらと煙草を挟んだまま振る手にはまだ包帯が巻かれ、裏腹の明るい笑顔が痛々しい。捲り上げた袖から覗くごつい腕も、切りつけられたような痕が見られた。それをちらりと見遣って、シサーが真剣な眼差しで口を開く。

「いつも手伝ってた兄ちゃん、いるじゃねーか」

「……お、おお」

「今日はどうした?」

 子供が高い歓声を上げて人混みを駆け抜けていく、元気な足音と笑い声が通り過ぎた。彼らにとっては、ひしめく人たちも障害物競走の障害物に過ぎないんだろう。背中に明るい笑い声を聞いたまま、おじさんがふっと寂しげに目を伏せる。

「……あいつは可哀想なことをしたよなあ」

「……」

 沈黙が流れた。広場の方から届く楽しげな音楽が、おじさんの表情と沈鬱なコントラストを生み出す。

「もし祈ってやるんだったら、軍舎裏手の方にある合葬墓地に行ってやってよ」

「合葬?」

 尋ねる俺におじさんが寂しい目を向けて頷いた。野太い眉の下で細められた小さな目が、微かに光る。

「ひどい有様だったからな。個別埋葬してられる状況じゃなくってなあ。可哀想に一緒くただ」

「……」

「この街守ろうとしたみんなだ。暇見て一度、行ってやってくれや。……海が見える場所に、みんなで一緒に眠ってるからよ」


 おじさんと別れて軍舎へ向かう。何となく『自衛隊』のイメージを描いてしまう俺は軍舎も妙に消防署みたいなシンプルな建物を想像してしまっていたんだが、石造りのどっちかって言うと要塞みたいな雰囲気の建物だった。そこまで大きくはないけど。

「知り合いとかいるの?入れる?」

 建物伝いに巡っている壁沿いに入り口へ向けて歩きながら尋ねる俺を、ニーナが振り返った。

「隊長をやってる人をね、知ってるの。……ほら。『再会の酒場』ってあるでしょ」

「飲み仲間か」

 俺の隣を歩いていたキグナスが、軽く肩を竦める。振り返ったシサーが肩越しに苦笑いをした。

「まあ飲み仲間っちゃあ飲み仲間だな。口数があんまり多い男じゃないが、若い頃にラグフォレストの正規軍で騎士をやってた綺麗な剣技の持ち主で……話を聞いてると勉強になったな」

 ふうん……『若い頃』ってことは今はもうおじさんだったりするのかな。

「自警軍とギルドが一緒に戦ったって言うんなら、ボードレー……ああ、その隊長だが、彼なら何か知ってるんじゃねぇかな」

「シサーはギルドの人は知らないんだよね?」

 蔦の這う壁を眺めながら確認すると、シサーはため息混じりに頷いた。

「新しい頭の顔くらいは知ってるけどな。別に知り合いじゃねぇし」

「自警軍の隊長さんとはどこで知り合ったの?飲み屋?」

 話しているうちに入り口が見えてくる。暇そうに見張りの人がいて、防護壁を守っている衛兵と同じ鎧を身につけていた。

「グロダールだよ」

「え?じゃあその時にその人も一緒に戦ったんだ?」

 シサーが頷いたところで、見張りの衛兵がこちらに気づいたような欠伸を飲み込んだ。頭を下げてその前を通り過ぎる。……え?いーんだ?

 目を丸くしているとニーナがくすくすと笑った。

「元々市民の為の組織だもの。割と自由に入れるのよ」

「へえ」

 交番に市民が入ってっても怒られないようなもんだろうか。確かにいちいち見咎められちゃあたまんないよな。その代わり用事もなくふらふら入れるもんでもないんだろうけど。

 門を抜けて庭に入ってみると、敷地は結構な広さがありそうだった。建物そのものは『要塞』と言うには小振りな気がするけど、それでも決して小さいわけじゃない。

 建物の中に入ると受付みたいのがあって、すぐ広い部屋になっていた。テーブルとか椅子が結構乱雑に置かれている。違う部屋へ続いてそうな扉や階段が奥の方にちらりと見えた。

「誰かに用ですか」

 うわぁ。

 受付からひょこんと女の子が顔を覗かせたので、予想をしてなかった俺は驚いた。黒い長い髪を2つに縛った、くりっとした目の女性。シサーと同じくらいかちょっと若いだろうか。『自警軍』にこんな普通の女性がいるとは思わなかった。

「人に会いに来たんだ。手が空いてるようだったら呼んで欲しいんだが」

「いーですよ。誰?」

「隊長の、ボードレーを」

 気持ち良く頷いて立ち上がった彼女の顔が、凍り付く。その反応に驚いて、俺たちは黙って彼女を見返した。

「……? 何だ?」

「あ……ご存知ない、んですね」

「……」

 その迷うような哀れむような言葉に、空気が凍り付く。強ばった表情で、彼女が悲しげに目を伏せた。

「今は、新しい隊長が」

「……市街戦か」

 低く尋ねたシサーの声に、彼女が小さく頷く。誰もが無言だった。階上から誰かの歩き回るような足音だけが響いた。やがて顔を伏せていたシサーが押し殺したような声で静寂を破る。

「……そうか」

「あの、新しい隊長、呼びましょうか?」

 気遣わしげに尋ねる彼女に、シサーは作ったような笑顔で辞退した。

「や、いいや。すまないな」

「いえ……」

 会釈をして建物から出ていく俺たちに、受付の部屋から出てきた彼女が追いかけてくる。

「あの」

「うん?」

「軍舎を出て裏手の……海の方の丘に、戦死したみんなが眠ってます。その……倉庫跡の、もっと裏手に」

「……」

「お花でも、添えてあげて下さい」

「……ああ。ありがとう」

 その言葉を最後に軍舎を出る。傾きかけた柔らかい午後の光を受ける芝の緑ののどけさが、さっきのおじさんの時にも感じたように……却って痛々しさを際立たせて、シサーに声をかけるのが少し躊躇われた。

「どーすっかなあ……」

 衛兵にも軽く会釈をして、とりあえず通りに出る。はあっとため息をついて前髪に手を突っ込んだシサーが、少し前の地面に目線を定めたまま呟いた。

「……当初の予定通り、セイルに協力してもらうか……あるいは」

「武器屋のラージルなら何か知らないかしら」

「シサー」

「あん?」

 多分内心相当ショックを受けてるんだろうと思うけど、全くその様子を見せようとしないので、どう言葉をかけるべきか少し迷う。

「そのさ……頭の顔は知ってるって言ってたじゃん」

「ああ」

「例えばどっかに飲みに来たりとかさ、しないの?」

 もし何か飲みに行ったりしてるような人とかなら、飲み屋で引っかけたり出来ないだろーか。別に直に頭じゃなくたっていーんだけど、他のギルドメンバーは何せ顔がわからない。

 俺の言葉に、シサーが少し渋い顔をする。隣でニーナも髪を払いながら、吐息をついた。

「見たことねえな」

 うーん。盗賊団の頭なんつったら、酒癖と女癖が悪そうなのに。勝手なイメージだが。

「それに、いたとしたっていきなり声かけてそんな話ふっかけるわけにはいかねぇし。と言って、下手に街でギルドを嗅ぎ回ってたら危なくてしょーがねぇし」

「……なあ」

 軍舎を出てすぐの場所で今後の行動を決めかねていると、キグナスがロッドで自分の肩を軽く叩きながらぐるっと俺たちを見回す。

「埋葬地、行ってみねぇか?」

「……」

「どうせすぐ近くにいるんだ。……この街を守った人たちだろ?」

 キグナスの提案に、一瞬シサーは虚を突かれたように目を瞬いた。それからふっと優しい、寂しい色を浮かべて目を細める。

「そうだな……」

 どんな、様子だったんだろうな……。

 ぽつっと頷いて歩き出すシサーの背中を追いながら辺りを見回した俺は、市街戦に思いを馳せた。

 俺は戦争も戦場も、目の当たりにしたことがない。今は普通に見える光注ぐこの街も、血の雨に晒されたんだろうか。ギャヴァンには他に要塞も城も砦もないって話だから、モナに狙われたのはきっとこの軍舎だったんだろう。とすれば今いるこの辺り一帯も……。

 少しずつ、陽が傾いていく。受付の女の子が教えてくれたように、軍舎の敷地を囲う塀が途切れて破壊された倉庫らしき建物を抜けると、次第にゆるゆると道が上っていった。芝みたいな背の低い草が地面を覆う緩やかな斜面が西からのオレンジの夕陽を柔らかく受け止めている。

 上りきってみるとそこからは海が望めて、沈み始めた太陽がきらきらと波間に光を投げかけていた。海風が、俺たちの髪を巻き上げる。

「ここか……」

 丘はそれなりに広くて、少しずつ下りに入る斜面の少し先を、植え替えたばかりのような花が規則性を持って綺麗に並んでいた。何かを囲むように、大きな円を描いている。

 一部だけ花が途切れ、こちらに向けて石碑のようなものが建っていた。俺たちの他にも何人か、手を合わせに来たらしい人の姿。石碑の前にも、何か思いを込めているようにじっと動かない人影が佇んでいる。……誰か、知っている人が亡くなったんだろうか。深みのある赤い髪が海風に揺れていた。

「思いの外、痛手を負ったのかもしれねぇな」

 芝生を踏んで埋葬地の方へゆっくりと下っていく微かな音と波の音が重なり合う。風が運ぶ潮の香は、最初にこの街を訪れた時のことを思い出させた。

 石碑の方へ何となく足を向けると、近づく俺たちに気づいたのか男が振り返った。小柄で、俺より明らかに年上なのに妙に眼差しにあどけなさがある。日に少し焼けた顔は、どこか人の良さそうな感じだった。詐欺とかに真っ先に餌食になりそうな無邪気な目。

「ああ……悪い」

 言って石碑の前をどこうとするのを、シサーがかぶりを振って押し止める。

「いや、いい。邪魔をしたみたいだな」

 シサーの言葉に、男がくしゃっと相好を崩した。僅かに体をずらして石碑が見えるように空け、再び石碑に向き直る。足元に敷き詰めるように置かれた、たくさんの花束。

「俺は毎日来てるから、構わねーよ」

 毎日……。

「あなたも、誰か、知っている方が?」

 尋ねた俺をちらりと振り返って、ダークグレーの目を伏せた。

「……」

 悪いことを聞いただろうか。

 沈黙で答える彼に少々居心地の悪い思いをしていると、男が石碑に目を戻しながら頷いた。

「たくさん」

「……」

 石碑の板面に目を走らせると、俺にはまだ読めないヴァルス文字が並んでいる。雰囲気から察するに、ここであった出来事とかここに何があるかとかそんなのが書かれていて、その先に埋葬されている人間の名前が書かれているんじゃないだろうか。定番通りなら、の話だけど。

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