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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第9話 オーバーフロー 前編(2)

(シェイン……)

 ずきっと頭が痛んだ。頭痛を堪えて、代わりにすっと冷静になっていく頭で考える。

 そうそう死んだりは、しないだろう。だってあの人はあー見えて『稀代の天才魔術師』なんだから。

「シェインが、行ったのか?」

 俺がつまらないことに動揺している間も、淡々と話は進んでいく。ラウバルが微かにため息混じりに頷いた。

「国王不在時なんかはあんたが出るんじゃないのか」

「通常はな」

 と言うことは、今は通常じゃないらしい。

「諸事情につき、私が残る方が最適だろうと判断した」

「諸事情?」

「そこまでは話す必要性を感じぬな。こちらのことだ」

「……」

 ……やっぱこの人、指輪の件なんか話してくれないと思う。

「まあ、いいや……」

 ラウバルが残った方が良い理由を追及するのを諦めたように、シサーが前髪をくしゃっとかきあげた。腕組みをして話を促す。

「ともかく、シェインは出陣中、なんだな?」

「ああ」

「リトリアはどうした。キルギスは。モナの状況はどうなってるんだ」

 矢継ぎ早な質問に、ラウバルは抑揚のない低い声で応じた。

「リトリアはロドリスとの同盟を表意した」

「……確かか」

「確かだ。キルギスは静観している。動きはない。まだこちらに引き入れることも可能だろうが、現段階では中立の立場を取っている。モナは、保留だ」

「保留?」

「公王フレデリクの行方が掴めない」

 目を見開いたシサーが、椅子から体を起こした。ニーナが息を飲むのが聞こえる。

「例の海戦か」

「ああ。公主の生存を信じて、モナ議会は暫定政権を立ち上げた。それを後押しするように、マイルス島に残兵の漂流が報告されている」

 言いながらラウバルは、地図上を指でなぞった。多分、俺の為だろう。

 それによるとマイルス島はモナ南端から少し南、ロドリスの西に位置する島だ。どのくらいだろう、四国くらいあるのかな……そんなにないか。佐渡よりは大きそう。日本地図並べてるわけじゃないからわからないけど。

「その中にフレデリクは?」

「いなかったそうだ。だが生存者がいる以上、モナ公王の存命の可能性は否定出来ぬな」

「……」

 それがどういうことになるんだろう。

 モナはロドリスに味方してギャヴァンに攻め込んだわけだから、そしてそれがモナ公王の発意だろうから、その人が生きてれば当然……戦線復帰か……。

 敵国は5カ国。

 対するこちらは、2カ国。

 状況を良く知らない俺でも、それが余りに不利なことくらいはわかる。全体の兵力差は実際どのくらいなんだろうか……。

(ユリア……)

 さぞ、不安だろう。

 けれど俺には、この件に関しては何もしてあげることが出来ない。出来るわけがない。

 早く彼女の力になってくれるパートナーを探し出し、戴冠させてあげられるよう頑張るしか。

 それしか、してあげられることがない。

 軽く唇を噛んで、頭を振る。考えても仕方がない。出来ないものは出来ないんだから、出来ることを考えて頑張ろう。

 それが、彼女の為になるはずだから。

「モナは、放っておくのか」

「戦力の供給を要求する方向で話が動いている」

 尋ねたシサーに、ラウバルがひとつ頷いて答えた。

「アルトガーデンを統べるヴァルスへの攻撃は、許しがたい裏切りだ。このままでは戦争終結と共に、経済制裁や領土分割などの措置をとることとなろう。だが、至急国内を整え、こちらの援軍として兵力を提供すれば制裁は軽いものとする。……トレードオフだな」

「……万が一のフレデリク生還の前にやらなければ」

「意味はない」

 それきり沈黙になる。各々、何を考えているのかはわからない。

「ユリア様は、どうしてらっしゃるんですか」

 それまでずっと黙りこくっていたキグナスが、ぽつっと尋ねた。

「ユリア様は執務中だ。この件に関しては私からご報告差し上げるから案ずるな」

 いるんだ、ユリアは。

 ……この、城のどこかに。

 不安だろうと思えば一層会いたいと痛む心に、俺はそっと目を伏せた。シサーが俺の隣で嘆息する。

 ユリアにもシェインにも会えそうもないと覚悟したのか、僅かにためらうような表情をした後にポケットに手を突っ込んだ。

「……?」

 シサーが握りしめたままテーブルの上へ差し出した拳に、ラウバルが目を瞬く。次の瞬間、開いたシサーの手のひらからコロンと指輪が転がり落ちた。

「……」

「……」

 誰もが無言だ。ラウバルは静かに指輪に視線を注ぎ、俺たちはそんなラウバルの反応をじっと見守る。

(……うーん)

 よ、読めない……。

 眉ひとつ動かさずにただ指輪を見つめるラウバルからは何の心の動きも読むことが出来ず、何か知っていることがありそうかどうかすら見当がつかない。見事なまでのポーカーフェイス。

「……誰のものだ」

 僅かな表情の変化さえ見落とさないと言うように、シサーがラウバルから視線を逸らさずに尋ねる。ラウバルは沈黙のまま顔を上げた。

「何だ?これは」

「オトシモノだ」

 人を食ったようなシサーの答えに、ラウバルが再び指輪に視線を戻した。

「誰のものか、あんただったらわかるんじゃねぇかと思ってな」

 黙したままのラウバルに、しびれをきらしたようにシサーが問う。黙ったまま指輪を見つめていたラウバルは、やがて顔を上げて正面からシサーを見返した。

「……」

「今は『王家の紋章』は消えてる。持ち主の手を離れて俺が持ってたからな。でもそんだけ凝った意匠の指輪だ。見覚えくらいあるんじゃないか」

 シサーの言葉を聞いて、俺とキグナスが思わず顔を見合わせる。

 そっか。『許された者』以外だと消えちゃうんだから、ここに辿り着く前に、消えちゃったのか……。

 それじゃあそこに紋章が刻まれていたって説得力に欠けちゃうじゃん、と思ったんだが、意外にもラウバルはあっさりと俺たちに回答を与えた。

「クレメンス8世陛下の兄君の奥方……ユリア様にとっての伯母君のものだ」

「……シェリーナ妃?」

 おばさん……!?

 キグナスは心当たりを思い出したらしい。あっけにとられた俺たちをぐるりと見回して、今度はラウバルが問いを投げかける。

「どこで見つけた。どこにおられた?」

 ラウバルは両手をテーブルの上で軽く組み合わせながら、ぐるりと俺たちを見回した。キグナスが答える。

「ファリマ・ドビトークの廃村……ヴァインです」

「ヴァイン?」

「魔物に襲われて殲滅された村だよ。今はもう誰も住んじゃいねぇ。ごろごろ白骨が転がるばっかりでな。……そん中にあったってわけだ」

「ほう……」

 微かに目を見開いたラウバルは、小さくため息のように応じて視線を指輪に戻した。テーブルの上で揺れる灯りを受けて、指輪がきらりと光を反射する。

「そんなところに……」

「あっさり話してくれるとは思わなかったな」

 目を丸くして、どっか拍子抜けしたように言うシサーに、ラウバルが小さな笑みを口元に刻んだ。

「大臣クラスなら誰でも知っていることだ。隠すことに意味はなかろう」

 なるほど。

「クレメンス陛下の兄上様とくりゃあ、まさに王族だ。その奥方様があんな辺境のうら寂れた村に住んでいたワケってのは教えてもらえんのか」

「……多少ならば、良いだろう。ただし約束してもらいたいことがある」

「何だよ」

「他言無用だ。……ユリア様にもな」

 ユリアにも……?

 訝しげな沈黙に気づいてはいるだろうに、ラウバルはそれについてはもう何も語ってはくれなかった。ふうっと息を吐き出して、背もたれに体を預ける。両腕を軽く体の前に組んで、視線をテーブルの上に定めた。

「兄君であるアウグスト様がおられるにも関わらず、弟君であるクレメンス陛下が即位なされたのは、アウグスト様がご乱心だったからだ」

「ご乱心?」

「ああ。元々野心のお強いお方ではあったのだがな。猜疑心がお強く、クレメンス陛下がアウグスト様を差し置いて王位を狙っておられると疑っておられた」

「……」

 クレメンス8世の先代――父にあたるベリサリオス4世には息子が2人いた。

 ひとりは言わずと知れたクレメンスであり、もうひとりは兄にあたるアウグスト。

 アウグストは迷信深く猜疑心の強い男で、武才のない書物に埋もれるのを好むような人物だったらしい。対するクレメンスは社交的で明るく、若かりし頃から街に下りては遊び、ベリサリオスの信頼も篤く、他大陸との戦争の折などには弱冠14歳にして部隊を任されることもあったと言う。

 そりゃあ、アウグストが猜疑心に駆られるのも無理はなかろーと言うものだ。どっちが人望が篤そうって、話聞いてるだけでわかるもんなぁ。

 そんなわけで、アウグストは2度、クレメンスの暗殺を企んだと言う。

 そこでベリサリオスはクレメンスを守る為に、シャインカルクから遠く離れたメッシーナと言う街に避難させることにした。それから27歳になるまでの10年間、クレメンスは王城離れた市井の中で生活をすることとなる。

 クレメンスの追放にアウグストは一度は安心したものの、その頃にはベリサリオスの心はもうクレメンスの王位継承に決まっていた。そのことに気づいたアウグストは、今度はベリサリオスへの反逆を企てる。

 さすがにこれに激怒したベリサリオスがアウグストを妻子ともどもレオノーラ郊外の館に幽閉し、その後に国外追放を決定した。それと同時にクレメンスはシャインカルクへ召還され、ベリサリオス在位中には父王を支える幹部となって国政に参加することとなる。

 ……ラウバルの話は、そんなところだった。

 確かにそんな話だったら大臣クラスの人間は知ってて当然だろうし、あっさり口を割ったのも納得が行く。むしろ納得が行かないのは、ユリアへの口止めだ。

 何で?

「アウグスト様とそのご家族が国外追放なされた頃、ユリア様はその頃まだ幼少であられた」

 俺の質問に、ラウバルは息をついて目を伏せた。

「当時のことは、あまり細かいことをご存じないだろう。伯父上と伯母上が祖父君によって追放なされたとあれば、お心を痛められる」

「……」

 それだけ……?

 そりゃあそうかもしれないけど、ユリアだって馬鹿じゃないんだから、反逆を企んだ伯父が追放されることは……。

 不審に思って眉を顰めかけた俺は、不意に思い出した記憶にそっと目を見開いた。あの白骨がユリアの伯母さんだったって言うんだったら、一緒に住んでいたと思われる幼女がいるはずだ。

 共に、ヴァルスを追放された何も知らない幼い女の子が。

 思い当たって、顔を上げる。ラウバルが、俺の表情に僅かに目を細めた。

「クレメンス陛下のお兄さんには……」

「……」

「……わかりました」

 ラウバルが気遣ってるのは、そっちか……。

 ヴァインの寂れた廃屋にひっそりと残された家具を思い出す。その中に眠っていた、幼い子供の衣類。何も知らず、もしかすると自分の身分さえ知らずに王家から追放された少女。

 それを知れば、確かにユリアは心を痛めるかもしれなかった。本来であれば同じ待遇……もしくは、それ以上の待遇を受けるべきはずの幼い従姉妹の姿に。

「ベリサリオス陛下は、レオノーラ郊外に幽閉するだけじゃ納得がいかなかったのか?」

「……」

 シサーの問いに、ラウバルがちらりと目を上げた。黙ったまま顔を左右に振る。

「ここまでだ。アウグスト様と共に、奥方であられるシェリーナ様も追放されている。その後どこへ行ったかは知らなかったが、ヴァルスを離れてヴァインで人目に触れぬよう暮らしていたのだろう。『王家の紋章』を刻んだ指輪のわけはこれでわかっただろう」

 言いながらラウバルは立ち上がった。これ以上話をする気はないと言うことだろう。仕方なく俺たちも椅子から立ち上がる。

「私は執務に戻るが、何かあるか」

 ラウバルの視線を受けて、シサーがぐるりと俺たちを見回す。それに応えて俺は、小さく否定の意を返した。

「ないと思う。とりあえずは」

 ギャヴァンのことだったら、シサーの方が詳しいだろうし。

「んじゃそんなところだな」

「わかった。ご苦労だったな」

 労いの言葉を投げてドアに足を向けたラウバルが、ドアの前で足を止める。ふと振り返って、俺たちに向けて多分初めて『優しい』と言えそうな笑顔を向けた。

「部屋を用意させるゆえ、今日はゆっくり休め。……命だけは、落としてくれるなよ」











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