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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第6話 冒険への道標(2)

「身につけられないって何」

「紋章が消える」

 って待って。じゃあ。

「……王族!?」

「の中の誰かって可能性は高い」

 何でこんなところに……!?

「ちと、家探ししてみよう。何か出てくるかもしれん」

「う、うん……」

 シサーの言葉に従って、まだ混乱した頭を整理出来ないままに小屋の奥に足を向ける。

 寝室になっていたと覚しき部屋があり、こちらもまた他の小屋より整えられていそうだった。王族の誰かなのかと思えば納得もいく。どういう経緯かは置いておいて、他の、集落から弾き出された人間たちより元々のランクが違うんだ。持ち物がしっかりしていても不思議はない。仮に追われて家具を持ち出すことが出来なくたって、金目のものを身に着けていた可能性はあるわけだから。逆に、何でこんなところにいたのかが不思議ではあるけれど。

 そこに備えられている棚や積んであった箱などをキグナスと一緒に手当たり次第漁ってみると、しまい込まれている衣類などもこんな辺境にいたとは思えない代物だった。

 けれど。

「ないな……」

 あちこちに収納出来るような広さはない。目につくところを2人で片っ端からひっくり返して行くが、身元に繋がりそうなものは何ひとつ見つけることが出来なかった。

「どうだ?」

 白骨のある部屋を見ていたシサーが、顔を覗かせる。力なく首を振りながら、そちらに足を向けた。

「何も。そっちは」

「ねぇな。そっちもか」

「うん。……何か、クサイけど」

「だな」

「やっぱり?」

「ああ。……中身をごっそり抜かれただろう小さな引き出しがあった」

「こっちも、洋服類なんかはまるごと残ってる感じなのに、ひとつだけ……引き出しの中にあった更に小さな引き出しの中身が、空っぽになってた」

 ニーナがシサーの後ろから顔を覗かせて、腕を組んだ。

「何者かが持ち出した後、ってことかしらね」

「この指輪だけ、死体についてて見落としたんだろう」

 だとすると、あの白骨は誰なんだろう?ユリアと繋がる誰か……誰?

「あと気になることが……」

「気になること?」

「うん……」

 曖昧に頷きながら部屋を出る。白骨のある部屋を念の為ぐるりともう一度見回してみてから、シサーを振り返った。

「小さな子供がいたんじゃないかな、と思うんだけど」

「服があったか?」

「うん。……でも、骨の勘定が合わない気がして」

 言いながら首を傾げる。

「って言ってもこの家にいる時にその魔物に襲われたとは限らないし……どっかその辺の草叢とかにあるのかもしれないけどね」

 それと、寝室を漁って気がついたことがもうひとつ。あの白骨は多分、女性だ。衣類が女性ものしかなかった。この家に住んでいたのは女性と幼女……つまり、母親と娘じゃないかな。

「キグナス、心当たり全然ない?」

 考え込むように腕を組んで片手を顎に押しつけながらキグナスに視線を流す。それを受けてキグナスは、力なく否定の意を返した。

「ヴァルスの王族で、何らかの理由でヴァルスにいられなくなった女性」

「わかんねぇよ。俺がシャインカルクに来てから大して経ってねぇんだ。シェインはもしかすると何か知ってるかもしれねぇけど……」

「……」

「何か知ってるとすれば……」

「ラウバル、だろうな」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「……ラウバルねぇ……」

 異世界の馬のホネ、ソリの合わないフリーランスの傭兵、人間の国と直接関係ないエルフ、そしてまだまだ見習いの、宮廷魔術師の甥。

 果たしてこんなメンツを相手にあのラウバルが、王家の内情に絡んでそうなそんなネタをおいそれと教えてくれるだろうか。

(ユリアは、何か知ってるのかな……)

 無邪気な笑顔を思い出す。まるで春の風に撫でられながら揺れて開く花のような笑顔。

(ユリアの身内の女性……)

 ってことになるよな。

 ストレートに母親が浮かんでしまうけれど……そういやユリアの母親って会ったこともなければ話にも出なかったな。そりゃあ俺はクレメンス陛下にも会ったことはないんだけど。必要も別に、なかったし。大体寝込んでたし。

 ついつい黙ったまま4人で顔を見合わせると、シサーが頭痛を堪えるような顔をしてぐりぐりと自分の手を額に押し付けた。

「シェインかユリアに聞いてもらうのが1番早いだろうな」

「……だね。それ以前にどちらかが何か知ってる可能性だってあるしね」

 シサーが、ポケットにしまいこんださっきの指輪を取り出す。

「バルザックやレガードとは何の関係もねぇのかもしれねぇが、気になることは片づけるにこしたことはねぇだろう。どうせシャインカルクに戻ったついでに聞いてみればいいだけの話だ」

 面倒くさそうに明るい口調で呟くと、指輪に視線を落としたまま、低く続けた。

「どっかで繋がってるかもしれねぇからな……」

 どっかで繋がってる、か。

 小屋の外へと足を向けながら、もう1度視線を切り刻まれた扉の木片に向けた。

 繋がってそうな匂いは、あるんだよな……。

 ただそれが、レガードやバルザックの行方と繋がるかはわからないんだけど。ぐるっと回って、どこかとどこかが繋がっていそうな。……グレンフォードや『青の魔術師』に繋がっていそうな。

 さっきの話――ここを襲撃した魔物のタイプが、グレンフォードにぴったりだ。あの人を『魔物』と分類するとして。

 でもぴったりだからってそうとは限らないし、何でそんな奴がハーディンに入り込むことになったのかわからないし、大体それが何なのかはもっとわからない。

 んでも、ヴァルス王家の紋章を刻んだ指輪……王族しか身につけられないはずの物を身につけていた白骨がそこにあったってことは、どこかに絡んでいきそうな気がする。

 例えば、そう……『青の魔術師』がレガードを襲撃したその背景に。

「どうすっかな……小屋ん中に泊まるか?あんまり頼りになりそうにねぇ小屋ばっかりだよなぁ……」

「扉はどこも全開だしね」

 何で扉が全開なんだろう。見境なく殺して回ったってことだろうか。恐れて家の中に閉じこもった人々と、容赦なく扉を破壊して侵入する亜人型の魔物の姿を幻視したような気がする。そしてその姿が、突如酷薄な殺戮者に姿を変えた……グレンフォードに。

 集落の中心部の方へ戻りながらシサーがぼやくのを聞き流して考え込んでいると、目の前でシサーが突然足を止めた。考えに沈みこんで見ていなかったので、勢いがんと顔面をぶつけるハメになる。

「あいた……何?」

「迷い子か……」

 え?

 突然、この場にいる誰のものでもない声が聞こえた。

 変な方向……右手の繁みの方向に顔だけ向けたシサーが険しい表情をしている。それを見上げてから俺もその視線を追って顔を向けた。

「こんな山奥に何用だ」

 がさり、がさり、と草を踏み分けて歩く音が近付いてくる。ちらりと視界の隅で窺うと、グラムドリングは沈黙したままだった。……敵、ではなさそうだろうか。

「……ほぉ?木々が騒がしいと思えば……エルフの娘がこんなところに」

 どこか芝居めいた口調で姿を現したのは、手足と目鼻のついたヒゲもじゃのビヤ樽だった。

 もとい。

「ドワーフ」

 ニーナが目を見開く。

(へえー……これが)

 噂の。

 目を丸くして、繁みから全身を現した人物を見つめる。俺の腰辺りまでしかなさそうな背の低さ。体躯はどちらかと言えばがっしりした感があって、肌はどこか浅黒かった。そのせいかやっぱり印象は、ビヤ樽。

(そう言えばあの後ろ姿……)

 『3つ目の鍵』のダンジョンで見た壁画、あれに描かれていた人物の後ろ姿を見てニーナが「これがドワーフだ」って教えてくれたっけ。

「何をしに来た。お綺麗な森の妖精が迷い込むところではなかろうに」

「説明する義理はないわね」

 その鼻につくような言い方に、腕組みをしながらふんっとニーナがそっぽを向く。それを見て、ドワーフは面白そうに肩を揺らした。

「森の妖精は大地の妖精がお嫌いか」

「大地の妖精が嫌いなわけじゃないわ。礼儀知らずが嫌いなだけ」

 こんなとこで喧嘩始めないでよ、森の妖精。

「おじさん……いや、おじーさん……」

 どっちだろう。

 咄嗟に口を挟んでから思わず迷う。決めてから口を挟めば良かった。妖精なら長寿なんだろうからそれで言えばおじーさんな気もするけど、同じ扱いでニーナに「おばーさん」とか言ったら多分叩き殺されるだろうと思えばそれもどうかと思うし。見た目で判断しようにも『ビヤ樽に目鼻』にしか見えないものだから判断が難しい。

 中途半端に口を挟んでつっかえてしまった俺に視線を向けたドワーフが、喉の奥をくつくつと鳴らして笑う。

「ヘイリーだ」

 名前らしい。

「俺はシサー。エルフはニーナだ。こっちはカズキ、キグナス」

 目線を逸らさないまま名乗り返したシサーに、ヘイリーはふいっと視線を叛けた。笑いを飲み込んで、視線を周囲に彷徨わせる。

「こんなところには、何もありゃせん。宝探しの冒険者ならばよそをあたるのだな。それとも無人の村で死者の財を奪うか?」

「ヘイリーは、ここに住んでるんですか。この山に」

 俺の言葉に、また視線がこっちを向く。僅かな沈黙の後、無言のまま頷いた。

「こんなところに……」

 でも、じゃあ。

「人を、探してるんだが」

 低く言ったシサーをヘイリーが見返す。その表情は、良くわからない。

「人などおらん。見ればわかろう」

「黒衣の、魔術師だ。……見てねぇか」

「……」

「この山に出入りしていると言う情報がある」

 ヘイリーが黙って顔を上げる。それから視線を伏せて顔を横に振った。

「知らんな」

「何でもいい、何かおかしなものを見たとか気配を感じたとかでもいいんだが」

「知らん」

「……そうか」

 あっさり引き下がったシサーにちらりと目を上げると、それ以上追及されるのを嫌うようにくるりとその小さな背中を向けた。元来た草叢にがさがさと入っていく。

「あまり、山を騒がせるな。迷惑だ」

「って言ったってなぁ……」

 魔物が襲ってくるんだから、静かに受け止めるわけにはいかない。死んでしまう。

 シサーが頭に手をやって困ったように苦笑している間に、ヘイリーの姿はがさがさと繁みの奥へいなくなっていった。ついつい全員で黙ってその背中を見送ってしまう。

「……見てないって」

 完全にその姿が消えてからシサーを見上げると、苦笑をそのままにシサーが肩を竦めて答えた。

「知らねぇって言われちゃあそれ以上こっちは何も言えねぇよな。本当かどうかはわかんねぇけど」

「本当に知らないんだったら、どこ行っちゃったんだろう」

「ガセネタだったのかなぁ」

「さぁてな。山は広いから、あのドワーフが見てねぇだけかもしれねぇし。バルザックが山に入る目的がこの道筋とは見当違いの場所だって可能性だって、否定は出来ねぇしな」

 って言ったって、山狩りをするわけにはいかない。何かありそうな場所に目算をつけて移動するしか、俺たちにはやりようがないじゃないか。

「何にしても、休憩にしましょ。今日はもうこれ以上は進まないでしょう?」

 ヘイリーの態度がまだむかついているのか、どっか不機嫌な表情でニーナが提案する。それを受けて移動を再開したその直後、不意にずしんッと言うような地響きが上がった。次いで……。

「何!?」

「キグナスッ」

 叩き付けるような瘴気。鈍い俺でも風圧のように突然膨れ上がったそのどす黒い悪意を感じたくらいだから、ずっと影響を受け続けているキグナスはもろだったらしい。がんっと体当たりするように俺の方に向かってよろけたその体を支えながら、顔を上げる。ここより更に少し高い位置、木々の間から一瞬だけ、黒煙が噴き上がっているように見えた。

 けれどそれも一瞬のこと、すぐに何ごともなかったかのように静かになる。

「……」

「……何だったんだ?」

 キグナスを支えたままで視線を黒煙――いや、瘴気が吹き上がった場所に注ぐけれど、それきり何も起こらないようだ。少しの間全員が沈黙して様子を窺っていたが、刻々と日が落ちていくだけだった。

「バルザック……?」

 としか、考えられない。

「行ってみようッ」

「うん。……キグナス、平気?」

「平気。さんきゅ」

 気持ち悪そうに口元を押さえていたキグナスに確認だけすると、シサーが駆け出した。それを追ってニーナ、そして俺とキグナスも続く。

 方角は、ヘイリーが姿を消した方だ。

(じゃあさっきのは嘘?)

 それとも本当に知らない?まさか。

「あのくそドワーフ、やっぱ嘘じゃねぇかッ」

「くそドワーフって……」

 でも、同感。

 俺たちの動きでさえ敏感に察して来たものを、あんな瘴気を巻き起こすバルザックの存在に気づかないもんか?この広い山の遙か遠くならまだしも、どう考えたってヘイリーの行動範囲内じゃないか。

「どっちでもいい、とっつかまえてやる」

 駆け出すシサーの背中を追って、俺たちもドワーフが姿を消したその茂みに向かって次々と飛び込んだ。

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