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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第5話 facultas(3)

「俺らがここまで来る途中に、祭壇があったんだ」

 遠のいていく意識の中で、シサーの声が遠くに聞こえる。

「祭壇……?」

「ああ。ぼろぼろで、どんだけ役に立ってんだかはわかんねぇけど……そこの周辺だけは一応魔物も出なかったから、少しはたしになってんだろう」

 山に入る猟師たちの為の祭壇だったんだろうか。それとも、多分この先にあるだろうかつての村……ヴァインの人たちの……。

「戻ることになるが、キグナスの意識が戻らねぇことにはどうにもならねぇからな。明日は1日、そこで休憩を……おい?」

「寝ちゃったみたいよ……」

 くすくすとニーナの軽やかな笑い声が微かに耳に届いた。人の動く気配がして、ふわりと何かがかぶせられる。

「おつかれさま……」

 その声を最後に、俺の意識は眠りの底に完全に引き込まれていった。


          ◆ ◇ ◆


 翌日は、出発ものんびりだった。もうじき日が真上に差し掛かるんじゃないかと言うくらいの時間帯。10時とか11時とか、そんくらいだろうか。

 シサーたちと話しながら眠り込んでしまった俺は、そのまま昏々と眠り続け、ニーナに起こされるまで1度も目が覚めることはなかった。夜の間は魔物の襲撃はなかったようだ。……いや、正直言えばあったかどうかすらわからないんだけど。

 キグナスの意識はまだ戻らない。顔色も白いままだ。瘴気に当てられているせいで、回復が通常より遅いのかもしれない。そうじゃなくても、ありえない魔力をぶっ放している。

「こっち、ちゃんと道があるんじゃんね……」

 先頭は、キグナスを背負ったシサーが歩いている。俺の後ろを、ニーナ。オレアードの力のおかげで、普通より怪我の回復が早いらしいとは言え、治ったわけではない俺の全身はまだぼろぼろだ。節々も痛けりゃ怪我も痛い。

「ああ。カズキたち、どっから来たんだ?」

「多分、ガルシアがやめとけって言った方」

「やめとけって言われると行きたくなるやつがいるんだよなぁ……」

 そんなんじゃないやい。

「迷い込んじゃったんだよ」

 歩きながら、べこんとシサーのふくらはぎを軽く蹴飛ばす。けたけた笑いながらシサーが、軽くコケるように膝を折った。

「馬鹿、キグナス落とすだろ」

「気をつけてよ」

「んじゃあ蹴るなよ」

 昼間と言っても、草木の鬱蒼と生い茂る山の中は尚薄暗い。でも、道が狭いとは言えちゃんとある分、俺たちが来た方よりは遥かに明るく見えた。木漏れ日がところどころに射し込み、小鳥の囀りさえ聞こえる。

「あっち、本当にひどかったよ。道なんかないようなもんだったし、次々に魔物が出るもんだからついつい適当に道を選ぶ羽目になるし」

「こっちも岐路は多かったけどな。ガルシアが幅の広い道を選んでけって言ってたろ」

「ああ、うん」

「結構それがわかりやすくてな。迷わずに済んだ」

 ああ、俺たちもそっちに辿り着いていればあんなに時間がかからずに済んだかもしれない……。

 俺たちの方が圧倒的に弱いんだから、楽な方を通らせてくれれば良いものを神様も意地悪だ。おかげで、俺もキグナスもずたずた。……そりゃあ勝手に道をそれたこっちが悪いっちゃあそれまでなんだが。

 猟師小屋から2時間ほど戻ったところに、シサーの言う通りファーラの祭壇があった。確かに『風雨に晒され放題晒されました』って感じでぼろぼろだったけれど、不思議とその佇まいには威厳があり、神聖な空気が漂っている。

「どれだけ効果があるかはわかんねぇけど、仮にも魔物を寄せ付けない祭壇だ。出発するのは明日にして、今日は1日ここでキグナスを回復させよう。その辺で休ませるより、ちっとは回復の効果があるんじゃねぇか」

「ここだったら、山の瘴気にも当てられずに済むんじゃない?」

 シサーの言葉に従って、祭壇のすぐそばに簡単に寝場所を作って、意識不明のままのキグナスを横たわらせる。近付いてみると、祭壇の周囲の空気はしんと清浄な気がした。気分の問題……?

(でもないか……)

 微かに体が軽くなる。気づいてないだけで、山の瘴気とやらに俺も当てられているのかもしれない。そうじゃなくても、ほんの少しだけ疲労がとれていくような気がする。

「カズキも本調子じゃねぇんだから、一緒になって祭壇のご利益に預かっとけよ」

「うん。……シサー、どこ行くの?」

 荷物を下ろしかけて、シサーが休む雰囲気になっていないことに気づく。

「一緒になってここでぼーっとしててもしょーがねぇからな。俺だけでもちょっと道の確認に行って来る」

「つってまた行方不明になるの?」

「……結構引っ張るなお前」

 だって大変だったんだぞ、『3つ目の鍵』のダンジョン。

 ニーナが、俺とシサーのやりとりに吹き出した。

「カズキ、ここだったらシルフが使えるから行方不明にはならないわ。わたしがシサーの行方を探し出せるもの」

 ああ、そうだった。あの時はダンジョンの中で、しかもシルフが使い物にならない場所だった。

「とゆーわけだ」

「でも、気をつけてね」

 行方がわかるとは言っても、魔物がうろうろしている山の中だ。

「ああ。ついでに水でも湧いてる場所がねぇか見てくるよ。……ニーナ、カズキとキグナスを頼んだぜ」

「うん。気をつけてね」

 シサーが元来た道を戻っていくのを見送って、キグナスのそばに腰を下ろす。

「もしもバルザックがいなかったら、どうする?」

 じっと回復を待つってことは、することがない。同じように木に寄りかかって座り込んだニーナに尋ねてみる。

「さてね……探すしかないけど」

「ニーナ、バルザックの気配ってのはシルフでわかったりしないの?」

「何らかの護りを張ってるみたい。それにわたし、あの魔術師のことを良く知らないもの」

「良く知らない人はわからないの?」

「場合によっては何となく探ることくらいは出来ることもあるけど……」

 魔法も万能じゃないんだな。

「何らかの護りに入っていたり、制限をかけたり……してると難しいわね。魔法を使う人間は特に、普段から魔法に対するガードを固めていることが多いもの」

「じゃあ、レガードは?」

 話の流れで思いついて聞いてみる。レガードなら、ニーナも知っているだろうし魔術師じゃないのに。

 俺の問いに、ニーナは力なく首を振った。

「全然わからない」

(じゃあ……)

 じゃあ、レガードのことは、誰かが護ってるってこと……?

 ……誰から?

「ともかく、バルザックがいてもいなくても、このまま山越えをして1度シャインカルクへ戻りましょう」

「うん」

 シャインカルクへ、か。

 戻るんだったら、何の成果もなく戻るんじゃなくて……せめて、何か状況の変化を掴めてから戻りたいけどな。

「とにかく、カズキもキグナスも、回復してよね」

 言葉の割りに優しい口調で言われ、俺はニーナに小さく微笑み返した。

「うん……わかった」


          ◆ ◇ ◆


 人の気配がする。……ニーナ?

 いつの間にか寝てしまったらしい。うつらうつらした意識の中で、ぼんやりと考えた。ニーナ以外に考えられ……。

(……?)

 不意に、空気が暖かくなったような気がした。ふわりと体が軽くなって浮くみたいだ。……あ……疲れが……。

(癒しの魔法……?)

 ニーナは使えないはず……。

 けれど、確かに癒されていく。みるみる傷が塞がっていくのがわかる。胸の、大きな傷でさえ。

(誰……?)

――カズキ。

 不意に声が聞こえた。聞き覚えがあるような気はするものの、誰かまではわからない。

――今は、あたしも力を貸してあげることが出来る。でも、命を失った後ではあたしにも何もしてあげられないんだ……。

 俺の困惑を無視して、声は淡々と告げた。

――それは、自然の摂理に背くことだから。

 『自然の摂理』。

 このフレーズは知ってる。前にそう言った人かいた。なのに思い出せない。凄く簡単なのに。

(夢……?)

 起きている時だったら、凄く簡単に思い出せるのに。

 ……『起きている時だったら』?

 そうか、俺、まだ寝てるんだ。まず起きなきゃ……。

――無理だよ、カズキ。今はあたしが誰かは思い出せない。

 くすくすと軽やかに、くすぐるような笑いが響く。

――それより……どんな相手も必ず敵の最も弱いところを狙ってくる。あんたたちのメンバーで言えば、カズキかキグナスだ。

 返す言葉がない。

――キグナスは、自分の魔力の使い方をまだ知らない。使い方を知らない魔力は、ないのと同じなんだ。……あんたも、とんでもないアイテムを持っているのに、まだ使えないでいるけどね。

 とんでもないアイテム?

(シェインのくれた、ピアス……?)

――でもね、この先どんなアイテムを手に入れることになったとしても……アイテムは、アイテムなんだ。

 意味が分からない。

 内心首を傾げていると、一度言葉を途切らせた『声』が再び続けた。

――アイテムは、アイテムでしかない。使うのは、あんたたちなんだよ……。

(どういうこと?)

――アイテムに頼っていたら、いつか足元を掬われる。最後に自分を守るのは、自分の力だってことを忘れないで。

 俺の困惑に気づいているのだろうけれど、それに構わずに『声』はやや口早に言葉を紡いだ。

――油断しないで。どんな時でも。あたしが助けてあげられるのにも、限度がある……。

(誰……?)

 片鱗だけが、意識の片隅によぎった気がした。まるで残り香のように……紫色……。

(どうして、助けてくれるの)

 くすくすくす……とまるで密やかに反響するように笑いが響く。

――だってあんたは『異質』だから。この世界において。

 異質……。

――あたしと、同じ……『異質な人』だから……。

(同じ?じゃあ君も異世界から……?)

――ううん。そういう意味ではないけどね。あたしは、元々ここの住人だよ。さてと。……そろそろ行かなきゃ。

 元々ここの住人なのに、異質?

(まずい、行っちゃう……)

 起きなきゃ。

 気は焦るけれど、目が覚める様子がない。そうしている間に気配が遠のいていくのを感じる。

(待って……ッ)

――また、会おう……。

(ありがとうッ……)


(……)

 ぼんやりと目を開けると、木々の間からオレンジ色の夕暮れが微かに差し込んでいた。

(……?)

 ゆっくり体を起こす。軽く頭を振って目を覚ましてから辺りを見回してみると、ニーナがすぐそばの木にもたれてうつらうつらしているのが見えた。

(今……何か……)

 とても大事な夢を見たような気がするんだけど……。

 思いながら体を軽く動かすと、いやに軽くなっているような気がした。体中を支配していた痛みがどこにもない。

(あれ?)

 慌ててあちこちにあったはずの傷を見てみるが、信じられないことに綺麗に……消えていた。

(うっそお……)

 祭壇の力?こんなに回復力あったっけ?

 急いでキグナスの方に目を向けると、キグナスの顔色は普通と言ってもおかしくないくらいに戻っていた。健康的な血色。呼吸も正常に見える。

 回復、したんだ……。

 俺と同じで。

「うーん……」

 背後でニーナの小さな声が聞こえる。

「あれ……カズキ」

 振り返ると、ニーナが眠そうに目をこすりながら俺の方をぼんやりと見ていた。

「寝ちゃった」

「ニーナ。……キグナスが」

「え?」

 俺の言葉に、ニーナが慌てて近付いてくる。一緒になって覗き込むと、ほっとしたように白い歯を覗かせた。

「顔色が、良くなったわね……」

「うん……」

 これなら、目が覚めるのも近いかも知れな……。

「カズキ……」

 ニーナに向けた目線をキグナスに戻すより早く、ニーナが俺の肩をがしっと掴んだ。視線はキグナスに落としたまま……。

 つられてキグナスに戻した俺の目が見開かれる。

「う……」

 眩しそうに、あるいは、うるさそうに。

 けれど、確かに。

「……キグナス」

「カズキ……?」

 薄く開けられたキグナスのオレンジ色の瞳が、俺を、ぼんやりと捉えていた。











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