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QUEST  作者: 市尾弘那
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第2部第2章第5話 facultas(2)

 あの竜巻を起こしたのがキグナスの魔力だったとすれば潜在能力的には可能かもしれないが、自分で使いこなせる段階にいるのか?だったら何で見習いなんかやってる?どうしてこれまでの戦闘で使わなかった?

「カズキ、キグナスじゃないわよ……」

 前を見据えたままのニーナから低く注意を喚起する声が飛んだ。

「うん……」

 同感、だ。

「なぁにおっかねぇ顔してんだぁ?魔物はもう、いねぇよ」

 姿は、キグナス。

 ……でも、キグナスじゃない。器だけが本物のキグナスなんだとすれば、どうしたら良いんだ……!?

 間近まで近づいてきたキグナスに、シサーが威嚇するようにぶんっとグラムドリングをないだ。風を切る低い唸りが白光の残像と共に消える。

「いーや。いるみてぇだぜ?それもタチの悪い面倒臭ぇのがなあ?」

「……」

「グラムドリングの性質を知らないキグナスじゃねぇはずなんだが?」

 シサーの言葉が途切れるのと同時に、キグナスの小柄な体が後方へ跳んだ。それに伴うように変色していく顔色。構えたロッドから『風の刃』――違う、『風の斧』が放たれた。

「軽やかに踊る風の精霊シルフよ、その身を障壁の渦と変えよ。フェレンティース!!」

「ニーナ、カズキを集中的に守れッ!!」

「わかった!!」

 全員対象で防御魔法を発動させたニーナが、更に俺への防御を強化してくれる。けれど、それでも尚、弱められた『風の斧』が防御を突破して襲いかかった。

「くそ、半端ねえぞ、この魔力ッ」

 怒鳴りながらシサーが、体を翻すキグナスを追う。背後から襲いかかる刃をステップで辛うじてかわしたキグナスは、逃亡を諦めたようにその場に踏み留まってロッドでシサーの剣を受けた。

 魔力はキグナスが使いこなせてないものを引き出しているかもしれないが、身体能力はそれほど変わりはないらしい。少なくともいきなり凄い怪力になったとか驚異的な跳躍力でどっか行っちゃうなんてことはなさそうだ。

 でも……このままだと……。

「ゲヌイト・オムニア・フォルトゥーナ・カウサエ・マナ、モルス・ケルタ・ホーラ・インケルタ……『裁きの雷』!!」

 シサーが剣を引いた一瞬の隙を突いて、キグナスがロッドを振り翳す。どこからともなく雷が頭上を照らし、一気に地面目掛けて走りぬけた。

「くそッ……」

 グラムドリングを振り翳し、それを受けながらシサーが横へ跳ぶ。魔剣で魔法を受けるなんてことも出来るらしい。グラムドリングに激突した雷が十字光のように疾り、ニーナから守りが飛んだ。

「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その輝きで全てを包み込んで!!モリス!!」

 俺とニーナを包み込んだ光が消え、視界が再び戻った時には既にシサーとキグナスの攻防が再開していた。魔法を使う隙を与えないつもりなんだろう。恐ろしい速さでシサーの剣が次々と振り下ろされ、キグナスはそれをロッドで受けるのが精一杯だ。勢いに押され、上半身は後傾になりつつある。

 このままじゃあキグナスがッ……。

「シサッ……」

 駆け出しかけた俺を、ニーナが押し止める。

「キグナスがッ……」

 身体能力に変化がないのなら、キグナスがシサーに勝てるわけがない。シサーが手加減しているのは見ればわかるけど、あれじゃあ……。

「うあッ……」

 キグナスの足がもつれる。転倒しかけた隙をついて、シサーが剣を振りかぶった。そのまま勢い良くキグナスに叩き込む。――ただし、刃の方じゃない。柄だ。

「うッ……」

 柄でしたたかに頭部を殴られ、小さく呻くとキグナスの体が崩れ落ちた。それを見て、ニーナの制止を振り払うと痛む体を引きずるように駆け出す。

「カズキッ」

 ニーナの足音が俺に続いた。

「シサー、キグナスは?」

「完全に何か憑いてるな」

 地面に崩れたままのキグナスを見下ろし、確認するようにニーナに視線を送る。それを受けてニーナも小さく頷いた。

「……どうするの」

 キグナスの顔色は土気色をしている。

「しょうがねぇ」

 シサーが奇妙に冷薄な声音でキグナスに視線を戻した。すら……っとグラムドリングの切っ先をキグナスに向ける。

 ……え?

「このままじゃあ、どんな災厄をもたらすかわかったもんじゃねえからな。残念だが……」

「シサーッ!!」

「体内に入り込んでる奴ごと死んでもらうしかない」

 怒鳴る間もあらばこそ、シサーの剣が閃光のようにキグナスに叩きつけられる。その瞬間、頭ががんっと激しく殴られたような痛みが走った。いつもの……けどいつもより一層激しく、飛びつこうとした体がよろけるほどの頭痛に眩む俺の視界で、剣が届くより先にキグナスの体が後方へ弾け飛ぶ。

「ニーナ!!」

「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!その身を裁きの矛と変えよッポエブス!!」

 間髪入れずに怒鳴ったシサーに、ニーナが魔法を唱える。何が起こっているのか完全にわからないでいる俺の前で、ニーナの放った魔法が何者かに命中した。

「ギャァァァァッ」

「そこかッ」

 言ってシサーが剣を構え直す。地を蹴ってグラムドリングで一文字に空を切った。同時にニーナの魔法が更に叩き込まれる。

「カズキ、キグナスを頼むッ」

「う、うん」

 頼まれたけど、どうすれば良いんだろうかこの場合。

 わけのわからないまま、キグナスに向かって駆ける。そばに寄ってみると、横たわったままのキグナスは、蒼白ではあるけれど先ほどの土気色ではなくなっていた。

「光を与えしウィル・オー・ウィスプよ!!邪なる者に聖なる裁きを!!ウルヌス!!」

「ウアアァァァアアァァアアア……」

 背後から、身の毛のよだつような悲鳴が聞こえてくる。地獄の底から響いてくるような、奇妙に暗い響きを伴った悲鳴だった。

 背筋が震撼しそうなほどの断末魔の声。と言っても、本当に鼓膜に振動が伝わったわけじゃなさそう……言うなれば、心に直接と言った感じだ。空気がびりびりと振動し、ばんっと何かが破裂するような風圧が襲った。

 それきり、静かになる。

「……」

 キグナスの上体を抱き起こしたまま振り返ると、光を失った剣をシサーが鞘に収めるところだった。

「何が起きたの?」

「憑いてる状態だと、肉体が受けたダメージはそのまま憑いてるやつへのダメージになる。身動きが取れない状態で体を傷つけることを示唆すりゃあ、助かる為には出てくしかねーだろう」

「キグナスの体を抜けたところで攻撃を仕掛けたわけ。……どう?衰弱してない?」

 言われてキグナスに向き直る。改めてみると、キグナスの呼吸はかなりか細いものに感じられた。

「息はしてるけど……凄く小さい」

「弱った体を乗っ取られて、あげく好き放題魔力使われちゃあな……」

 シサーも深刻な表情で呟く。

「ニーナ」

「うん。……オレアード。また、力を貸して欲しいの。……オクリース」

 ニーナが呟き終えるのと同時に、キグナスの顔色にほんの僅か血色が戻る。けれど呼吸が浅く細いのは相変わらずで、意識が戻る気配もまるでなかった。

「とにかくこんなとこに寝転がしておくわけにはいかんだろう。一旦、小屋に戻ろう。お前も休まなきゃなんねーだろう?朝までは、ゆっくり寝ろ」

 キグナスを抱え込んでいる俺を促して、代わりにシサーがキグナスを抱き上げた。ニーナが、俺に手を貸してくれる。

「大丈夫?」

「うん……ごめん。ありがとう」

 礼を言って、まだ頭痛を引き摺る額に手を当てる。頭は痛いわ体は怪我だらけだわ、確かに休まなきゃ進めないだろう。

「……びっくりした」

「あん?」

「さっき」

「ああ……」

 微かに振り返ったシサーの横顔が、苦笑した。

「驚かせて悪かったな」

「ううん……演技だって全然わかんなかった。完全に騙された」

「そんな悪人面してたか?俺」

「うん」

 俺の返事に「のやろぉ」とシサーが笑いながら軽く蹴った。

「ま、そんくらい……本気でやるくらいの気持ちでやんなきゃ、あのテは騙し込めねぇからなぁ。結果オーライってことで」

「うん。ありがとう。……さっきの、魔物?」

「多分、ラルウェアじゃないかしら」

 らるうぇあ?

 俺に手を貸してくれているニーナの顔に、目線を向ける。

「はっきりとは言えないけどね。人間に悪感情を抱く無形の魔物で、アンデッドではないんだけど……ま、そんなようなもんよ」

 そんないい加減な説明……。

「目に見えない魔物って、見えない分断定するのが難しいのよ」

 そりゃそうだろうけど。

「そういや、お前、さっきの『火炎弾』……ありゃ何だ?」

 思い出したように、キグナスを抱えたままのシサーが振り返る。そうだった、忘れてた。

「俺にも良くわからないんだけど」

 前置きをしてから、ここに来る道中の出来事を話すと、シサーは片眉をひょこんと上げて首を傾げた。

「シェインにもらったピアスか」

「うん。……まだ、確証はないけど。それ以外に考えられないから」

 俺の歩みがまだのろいせいで、シサーたちも速度が遅い。ゆっくりと猟師小屋に辿り着き、ようやくキグナスをベッドに横たわらせる。シサーがマントをかけてやり、その顔を覗き込んだ。

「とりあえず意識が戻ってくれりゃいーんだが」

「うん……」

 シサーの後ろに立って、キグナスの顔色を窺う。あの竜巻、そしてさっき見た光景が思い出された。

「……あんなに魔力があったんだね」

「さすがクライスラーの血筋ってとこか」

 振り返ったシサーを見上げて首を傾げる。

「クライスラー?」

「シェインの家系だよ。伊達に『天才魔術師』と血縁やってるわけじゃねぇってことじゃねぇか」

 ああ……そうか。

 言われて、先日見たばかりのシェインの魔法を思い出した。サンド・ゴーレムが一瞬でコッパになったっけ。復活しちゃったけど。

 それに、大車輪みたいな『火炎弾』。見てはいないけど、立て続けに発せられていたらしい猛火の魔法。

 同じ、血筋なんだよな……。

――直系の家系ってわけじゃねーけど。いろいろいるわけだろ、俺の家系は

――だからさ……俺だけ馬鹿ってわけにもいかねーし

 以前、風の砂漠でキグナスが言っていた言葉を思い出す。自嘲するような響きを持った言葉。

――あいつみたいなんだったら……

――ごめんな

(馬鹿だな)

 比べることなんか、ないのにな。

「カズキも、寝とけ。あ、メシ食ったか?」

 その言葉に黙って首を振る。ニーナがパンを投げて寄越した。

「食べときなさいよ。ますますバテるわよ」

「このドア、なんとかなんねぇかなぁ……」

 工事好きの血でも騒ぐんだろうか。

 ドアがついていた部分をためつすがめつして、諦めたように溜息をつきながら足元に散らばっているドアの破片を取り除く。

「野営より視界が悪い分却って落ち着かねぇなぁ、何か」

「ガルシアは、どうしたの?」

 食欲はさしてないけれど、ニーナに渡されてしまった手前パンにかじりつきながら尋ねる。シサーがちらりと目を上げた。

「ガルシアはまた住める場所を探すってどっか行った。アテはあるんだろう。落ち着き先が決まったら連絡を寄越すって言ってたぜ」

「そう……」

 せっかくあんな綺麗な町に住んでいたのに、俺たちに巻き込まれて悪いことをしたと思う。別にわざとじゃないんで仕方ないんだけど。

「気にすんな。元々傭兵だしな。あちこちふらふらすんのは慣れてる。何の恨みを買って狙われるかわかんねぇし。あいつなら、大丈夫だ」

「なら、良いけど」

 自分の水袋から水を一口飲んで、壁に背中を預ける。まだ体の節々が痛んで、胸の傷で軽くむせた。

「シサーたち、遅かったね。迷った?」

「いや……迷ったわけじゃねぇんだけどな……」

 言いながら自分の荷袋を漁る。パンを取り出しているシサーの代わりに、水袋を紐解いていたニーナが後を引き取った。

「一度、フォグリアの方まで戻ってたの」

「え?何で?」

「しつっこくってよぉ……。まさか衛兵連れて山入りするわけにはいかねぇし、ファリマ・ドビトーク目指してるってバレると厄介だから、一度フォグリアの方向まで戻って撒いてきたんだ。仮にも『魔の山』なんだから、俺たちが入ったって確証がなけりゃ入る気にはなんねぇだろう」

 こうして考えてみると、道具屋で馬の通れる道を尋ね損なったのはラッキーだったのかもしれない。あそこで聞いていたら、ファリマ・ドビトークへ向かったことはばればれだ。魔物と衛兵の両方を相手取る気にはさすがになれない。

「そうなんだ……。お疲れ様でした」

 俺が捕まってたら、やっぱり『曝し首』だったんだろうか。それともヴァルスへ『趣味の悪いお届け物』だったんだろうか。いくらユリアに会いたいと言ったって、そんな対面はしたくない。

「ニーナは、平気?」

 シサーがパンを飲み下して立ち上がり、暖炉のそばに屈み込むのを横目で見ながら尋ねる。やはり火を起こすことにしたらしい。俺が中途半端にやりかけたままの灰の掻き出しを始める。

「何が?」

「キグナスは『ファリマ・ドビトークは瘴気が凄い』って言ってたよ。俺はわかんないんだけど」

「ああ……妖精って、意外とタフなのよ?」

 俺の言葉にニーナがくすっと笑った。水を一口飲んで膝を抱える。

「瘴気は確かに強いけれどね。この山にも、木の精霊も風の精霊もいるでしょう?」

「ふうん……」

 パチン、と微かな音が聞こえて、俺の左手がぱっと赤く染まる。シサーが暖炉に火を起こし、その眩しさが目に沁みた。

「そろそろ寝とけよ。もうじき、朝になっちまうぜ」

「うん……」

 炎がちろちろと赤い舌を伸ばしながら暖炉の中を嘗め回すのを見ていると、とろとろと瞼が重たくなっていくのを感じた。昨夜は寝ていないし、戦い通しだし、崖から落ちるし、考えてみれば当たり前だ。

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