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QUEST  作者: 市尾弘那
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プロローグ

「風が凄いな……」

 砂だらけの黄色い風景――『風の砂漠』。

 ローレシア大陸の南に位置するヴァルス王国の、更に東部に位置する砂漠だ。険しい山脈に囲まれた、強い風が絶えることがない場所として知られている。

 目を細めて片手で顔を庇いながら砂の舞う黄色い空を見上げる青年は、まだ若い。少年と青年の端境期、と言えるだろうか。

 落ち着いた雰囲気と放つ気品が彼を大人っぽく見せてはいるが、成熟しきっているとは言えない顎のラインが、20歳よりは前だろうと言う空気を醸し出している。

 青年と共に砂漠を進む影は、5つ。軽装備に身を包んだ男たちは、青年も含め、全員腰に剣を帯びている。王都レオノーラ付近ならばともかく、魔物の徘徊するこの世を旅するならば、最低限の装備だ。

「元々風が強い場所ではありますがね……」

 彼よりやや遅れて歩く男が、やはり腕で顔を砂から庇いながら答える声も、風に流されていく。

「これも、王位につく為のひとつの試練なのかな。話には聞いていたけれど、こんなに風が強いとは思わなかった」

 『風の砂漠』に入ってから急にひどくなった風は、進むに連れて強さを増す一方だ。まるで、『王家の塔』へ向かう彼らを阻もうとするかのようだった。

 青年の言葉に、先導するように前を歩いていた男が振り返って笑った。

「この儀式が済んでしまえば、あなたは神に認められた後継者です。もう、ロドリス王国も文句は言えないでしょう」

「そうだね……」

 頷きながら、青年は婚約者の少女のことを思い浮かべた。

 青年は、もうじきヴァルス王国の王位を継承することになっている。

 とは言え彼は、今はまだヴァルス王家の人間ではなかった。

 ヴァルス国王クレメンスの嫡子は王女――それが、彼の婚約者だ。

 青年は、ヴァルス王女との婚姻によってヴァルス王位を継承することが定まっている。引いては、ヴァルス国王が皇帝として君臨する帝国アルトガーデンの帝位をも。

「『スキンティア・エスト・ポテンティア』……」

 不意にぽつっと呟いた青年の言葉に、前に向き直りかけた男が再び振り返った。

「え? 何です? それは」

「いや……。陛下からの、メッセージだよ」

 曖昧に笑って口を閉ざすと、青年は再び胸の内に婚約者の笑顔を蘇らせた。

 幼い頃より知っている彼女は、少し頑固ではあるけれど、十数年をかけて美しく優しい女性へと変貌を遂げている。自分が彼女の婚約者になれたことは、幸運だったと思う。

 大切にしたい。

 今更、男と女として結婚すると言うことにお互い戸惑いを覚えてはいるけれど、この先ずっと一緒に過ごすのだから、長い時間をかけて愛情を育んでいければ良いのだろう。

 これは、その為の最初の試練だ。

 『風の砂漠』を越えて『王家の塔』で神から王たる証を受け、そして彼女と共に国を支えていくのだ。

 胸に決意を新たにして何気なく顔を上げた青年は、そのまま足を止めた。

 黄色い砂の舞い飛ぶ風景の中、いつの間にか、黒い人影が姿を現していた。全身を黒いマントで覆った数人の男たちが近付いてくる。

(……?)

 同じように砂漠を旅する人間がいないわけではない。それはわかっているが、何か奇妙なものを感じた。

 真っ直ぐこちらへ近付いてくる彼らは、青年たちの前に対峙するように足を止めた。

「何……」

 青年を庇うように前に進んだ男は、誰何すいかの言葉を最後まで言えなかった。風を切って飛来したダガーが男の首筋に突き刺さり、異様な音を立てながら血を噴き出した体が砂地に崩れる。溢れる血は、砂漠の砂に次々と吸い込まれていく。

「ルイッ!!」

 何が起こったのかわからぬまま、咄嗟に剣を抜き放ち怒鳴っていた。他の男たちも剣を抜きながら、青年の周囲を固めるように構える。黒マントの男たちも対峙するようにマントを払い、剣を構えた。

(盗賊か……!?)

 金品狙いの盗賊団かもしれない。そう考えながら、剣を振り翳して躍りかかって来る男に、わけもわからず刃を叩き込む。血を迸らせて男が仰け反ると、別のひとりが青年に襲い掛かった。咄嗟に剣で剣を弾き返し、返す手で首筋を貫いた青年の視界で、一瞬何か黒い影が見えた。同時に、すぐ近くで戦っていた仲間の男の首が、突如吹き飛んだ。

(なッ……!?)

 頭部を失って赤い噴水を噴き上げながら倒れる体。

 その向こうに見えたのは、魔術師の姿だった。

(魔術師……!?)

 ただの盗賊ではないのか!?

 頭部を吹き飛ばしたのは彼の魔法だと青年が気づいた時、魔術師の口元が小さく動くのが見えた。――呪文だ。

「まずいッ……散れッ……!!」

 仲間に向けて怒鳴る。魔法に対抗する術は、現状持ち合わせていない。

 魔術師に真正面から挑むなど、愚の骨頂だ。

 逃げ場などないことは承知の上だ。それでも怒鳴らずにいられない青年の前で、目深に被ったフードから覗く口元が、僅かに笑いの形に歪んだ。

 魔法の、完成だ。

 青年の心を嘲笑うように、魔術師がゆっくりと片手を挙げる。

(逃げられない……ッ……)

 黒いロッドについた大きな石が、照りつける太陽を反射して、禍々しく光った。







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