一話目
ここはいったいどこなのだろう、そう思ったのは何度目だろうか
いつからここに居たのか、なぜ動けないのか、なぜ空腹を感じないのか、なぜ眠くならないのか
様々な疑問はあれど、何をすればいいか、それだけは分かっている。
「こんにちは」
ほら、また来た。
私の視界いっぱいに漂う霧の、ずっとずっと向こうから発されていると思えるのに、隣に座って静かに呟いているかのような声でそれは話しかけてくる。今日の声は女性のようだ、上品で綺麗な声だ。
「こんにちは、何を聞いて欲しいのですか?」
これもまた何度目であるか分からない返事を返してやる、するとすぐに
「私のいる世界について、聞いて欲しいのです」
これは珍しい。悩みや恨み言を聞かせにくる者は多いのだけれど、自分の住んでいる世界についてとは、ここの景色しか知らない私にはとても興味深い話じゃないか
「ええ、かまいませんよ、どうぞ」
そう伝えると一息置いて、話が始まった
「これまでに何度か他の世界の方の話を聞く機会があったのですけど、私の住む世界と似たものはどうも聞いた事がないのです。というのも、どこの世界にも扉や建造物、海や山のような自然があったり文明があるのですけど、私の世界には何も無いのです、どこを見たって真っ黒で、他の世界にあるようなものは一切ないんです」
「へぇ、それではつまらないでしょう?」
「いいえ、不思議な事につまらないなどとは感じないのです。ここみたいに、話しに来た場所では感じられない、暖かさを感じられるからですかね…。勿論、あなたと話しているのは、それはそれで心地が良いのですけど」
話を聞いていると、遠くのほうで小さな、本当に小さな明りが見えてきた
「あ」
「あ」
と、私たちは同時に声をあげた
少し待ってから、彼女が
「私、そろそろ帰らなければいけないみたいですね」
と
「ええ、そのようですね。それでは」
と私が。すると、今にも掠れて消えてしまいそうな、しかし確かな怒りを込めた、先程までの美しさは全く感じられない声で
「嫌だ」
と聞こえてからは、全くの無音になってしまった。きっと彼女は元の世界に帰ったのだろう、彼女のような人がここに居られるのは一時期だけだ。すぐに明るい世界に帰って行ってしまう。彼女の話を聞いた後だからか、すぐに理解できた。
いつの間にか消えた遠くの、灯りのあった場所をぼぅ、っと見つめながら、また話を待っている。