5 邪神様、家族を想う。
「アン?私はアンナです」
淡く、光に透けるような金色の髪。意志の強そうな青い瞳。世界で一番愛らしく、美しい顔立ち。
どこからどう見てもアンじゃないか。アンナ、って誰?
「アン、息子たちとあの子は?僕、あの子に謝らないと、いけないのに」
「何を言っているのです?」
一発の雷球が、僕の方に飛んできた。彼女が、飛ばしてきた。
あれ?アンは『ことば』を使えたんだっけ?
アン、アングルボザ。僕の妻。巨人族なのに、大人の僕より小さいくらい。
そして、『ことば』は使えない。
「…どうしました?大丈夫?」
雷球を避けた僕が黙ってしまったのを見て、彼女が訝しげな表情を見せる。
「うん、大丈夫。ごめんね、変なこと言って」
子どもの無邪気な笑顔と、続けることばで誤魔化しておく。
「〈是〉〈真実〉」
「あら、そうでしたか…」
彼女の視線が、憐れみを帯びる。
「でも、弱いものいじめはいけません」
「弱いものいじめじゃないよ、あの人がいじめようとしたんだ」
僕はわざとらしく頬を膨らませ、訴える。
気持ち悪い?知ってる。言わないで。
「まあ!双黒とはいえ、こんなに小さな子を…?」
あたりの空気が、ぱり、と音を立てた。
怖い。かなり逃げたい。
けれどその空気は、小さな闖入者によって霧散した。
「かーちゃん!ヨルがすべって頭うった!」
「おかあさん…いたい……」
やんちゃそうな男の子と、その子に手を引かれてくるおとなしそうな男の子。
そして、
兄二人に必死で付いてくる小さな女の子。
「フェル、もしかしてまたヨルに木登りさせたんじゃないでしょうね?」
「ヨルがかってにのぼったんだ!ヘルもみてただろ?」
「ヨルにいさまが、がんばってのぼったのです」
僕は、
その場から逃げ出した。
僕があの場に入れないのが苦しかった。
フェンリルの訴えを、アンと一緒に聞けないのが。
ヨルムンガンドの頭を撫でてやれないのが。
ヘルを抱いてやれないのが。
寂しかった。
「〈疲〉〈除〉」
『ことば』まで使って走り続け、
気づいたときには僕は迷子になっていた。
気に入らないことから逃げて迷子になる神様(御歳数千歳)って考えるとなかなか心が痛くなりますね