3話 日陰者
あくる朝、再び街外れにやって来た肉は、同じ失敗を繰り返さないために、まずはこの街の人間を観察してみることにした。
一度目は失敗したものの、その程度では肉は未だ人間との接触を諦めてはいなかった。
この時点での肉の考えは即ち、彼女が拒絶の意思を示したのは、肉がこの街の住人達にとって周知の事実であるところのコミュニケーションのルールを犯してしまったためであり、それさえ自分が身に着けてしまえば、彼女と再び接触を図ることは容易であろうというものだった。
肉は無数に存在する似た形の家屋の内の、一つの窓をそっと覗く。
そして、中にいる住人を確認する。
気が付かれないうちに住人達の目に映らないよう身を屈め、そして別の家屋の窓を覗く。
肉は驚いた。
街の中には多くの人間が居たが、その全てが規則的な顔と、揃った手足を持った人間だった。
世間一般の人間達は、こんなにも揃ったものだったとは、人肉の山からやってきた肉は思いも寄らなかったのだ。
それと当時に、肉はこの街において、自身が極めて不恰好な人間であることを自覚した。
暫し動揺した肉は、尚も観察を続ける。
この街の人間は、大抵がそう変わりない時間に目を覚まし、自宅からどこかへと旅立つ者、家の中に留まる者の二種類に分類できるものだということを知った。
そして、旅立つ者の方が居残る者よりも多く、傾向としては、居残る者の内には女性が多いということを知った。
しかし例外はある。肉が接触に失敗した女性は旅立つ者の方だった。
旅立つ者達は最初は一旦同一の方角へ向かうものの、一度集合した後にまた別々の方角へと離散していった。
そこからしばらく、日の高い内はこの周辺は閑散とした時間が続く。
彼らが何処へ向かい、何をしているのかはまだ分からない。
そして、旅立った者達が何処へ行くかは未だ知れないが、大抵の者達は、その日が落ちた頃に再び自らの家屋へと戻ってゆく。
体格の小さい子供達は大きな大人達よりも少し早い時間に帰ってくる。無論、これにも幾らかの例外はある。
肉が最初に接触に失敗した女性は、やや平均よりは遅いと言える程度の時間にこの通りに帰ってきた。
また、この街の人間達は一日の内に平均して3回ほどの食事と6時間ほどの睡眠、そして5回から10回程度の排泄を繰り返していたが、いずれも肉にとっては未経験かつ不要なものだった。
肉のこっそり覗き込んだとある家の中では、父親と母親と息子と娘からなる家族四人が和やかに談笑しながら、食事をしていた。
四人はそれぞれの皿の上に置かれたものを食器によって切り分け、唇の中に含み、歯で咀嚼し、喉の奥へと飲み下す。
皿の中が空になるまで、その動作は繰り返された。
また、それらの一連の動作を大抵の人間達は、緩慢でリラックスした表情で行った。
ベッドの上で眼を閉じて休眠している間も同じく、この街の人間達は、皆緩慢でリラックスした表情をしていた。
如何せん未経験の肉にとってはあまり想像しにくいものだったが、しかしおそらく、この街ではそれを行わない者の方が奇異なのであろうと肉は察した。
つまり、自分は奇異なのだ。
肉は、自分もこの街の人間達の輪に加わりたいと思った。
しかし、自分とこの町の人間とを重ね合わせることができなかった。
この町の人間の行動を知れば知るほどに、自分が奇妙で不格好でなおかつ常識知らずの存在であると思い知らされた。
自分は、この街に相応しい人間なのだろうか、という疑問に、頭がよじれる。
観察を続け、何度目かの朝が来た頃、不意に居た堪れなくなった肉は、日の光から逃げるようにマンホールの下へと潜り込み、より光の当たらない、深く暗く静かな場所へと移動して行った。