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怪物以上、人間未満  作者: 例の予備軍
2章
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1話 UMA目撃証言ファイル

エスター街。

潤沢な予算と優秀な人材によって作られた緻密な都市計画によって、オフィスと住居、そして豊かな緑が一体化し、この国で最も先進的な独立都市の一つとなったこの街には、ある突飛な噂、俗にいう都市伝説が存在する。


それは、夜の街を徘徊する怪物の噂である。


もっとも、この科学の恩恵が蔓延し、文化的にも思想的にも高度に発展した国において、そのような与太話は大抵の街にあるものだ。


下水道にはアリゲーターが巣食っている。

川沿いの廃病院には亡霊が現れる。

町はずれの寂れた肉屋では、正体不明の怪しい肉が売られている。


多くの人々は長らく自分の街に住みながら、滑稽無糖かつ魅力的なそういった類の都市伝説を、一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。


しかしそれら有象無象の都市伝説の中でも、このエスター街の怪物は、最も陳腐で、ありきたりで、つまらないものの一つだと言えるだろう。





これは、そのエスター街の怪物が、初めて人前に現れたときのこと。


その第一の目撃者の名は、メアリー・ブラウン。ミディアム通り4番地に在住する24歳の女性である。

それは彼女が付き合っていたボーイフレンドとのショッピングの帰り道での出来事だった。


ある夏の夜のこと、彼女は一人で町外れの夜道を歩いていた。家に帰る最後の曲がり角を曲がった時、不意にその後ろの方で微かな足音を聞いた。


その奇妙さに、彼女は首を傾げた。


休日の夜、こんな夜遅くに外に出歩いている人は少ないだろうし、それに先ほどまで彼女は自分の後ろに人が歩いていたような気配を感じていなかった。


また、更に奇妙なのはその音である。

耳を澄ませば聞こえるその足音は、やけに生々しく、礼節に欠ける。例えるならば、子供が裸足でフローリングを歩き回るような音。

つまり、後ろにいる人物はどうやら靴を履いていないらしい。


そして彼女は何気なく振り返る。


そして、『それ』を見てしまった。




メアリー・ブラウンは我が目を疑い、唖然とした。


その時、彼女の後ろにいたものは、正体不明の、何かだった。


それはどこか、何やら見たことも聞いたこともない形をしていたが、見たことのないものを言葉で詳しく説明するのは難しい。

それは、確かに人間のそれに似たちぐはぐな手足と、様々な色合いが混ざってはいるものの、そのどれも人間の生々しい肌色に似た表皮を持っている。

しかしメアリーには、それが確かに人間らしいものであると認識できるにも関わらず、それが人間であるとは全く思えなかった。



これが単なる強姦魔や、あるいは狼男のようなよく聞く怪物なら、彼女も悲鳴を上げることができたかもしれなかった。

しかし『それ』は、あるいは生き物であるかも分からない奇妙な物体だったために、メアリーの思考は停止してしまっていた。


そしてメアリー・ブラウンが唖然と固まっていたのと同様に、『それ』もまたメアリーの前で固まってしまっていた。

あるいは『それ』もまた、メアリーが今まで見たことがない形をしていたために、そうなってしまったのだろうか。

視線を泳がせる内に、それの目であるらしい部分をメアリーは発見した。


右側がブラウンで、左側がブルーに光る二つの目。

二人の視線は交錯する。



そうやって暫くメアリー・ブラウンが固まっていると、『それ』はメアリーにゆっくりと近づきながら、語り掛けてきた。


そう、語り掛けてきた。


身振り手振りを交えながら、それは幼い子供のように高く言葉にならない声を発しながら、一歩、また一歩と、不安定に足を踏み出し近づいてくる。



当然ながら、メアリーには『それ』が何を伝えようとしているのかは理解できない。

しかしその代わりに、そこで漸くメアリーは、自分は恐怖に叫び声を上げることができるのだということを思い出した。


そして力の限り、メアリーは叫んだ。



この場で彼女以外に怪物を目撃した者はいない。


怪物は誰かが来る前に音もなく跳び上がり、まるで幻であったかのように、闇夜の空の中に溶けていった。

彼女の大声に驚いたのか、あるいは他の人間が来ることを恐れたのか、メアリーには分からない。


翌日、彼女は自分の家族や同僚、ボーイフレンドにそのことを告げたが、当然ながら誰も真に受けようとはしなかった。

彼女の身の回りの人間は皆、彼女の多忙さや人間関係の悩みを心配するような言葉を掛け、混乱した彼女を慰めようとした。


そんな言葉を掛けられ続ける内に、彼女自身、その体験が余りにも馬鹿馬鹿しい子供染みた戯言であることに気が付く。

そして何事もなく数日が経った頃には、その夜の出来事がまるで何かの悪い夢だったかのように思い始めた。




街を徘徊する奇妙な怪物の噂が人々の間で囁かれるようになったのは、それから暫く経ってのことである。

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