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怪物以上、人間未満  作者: 例の予備軍
1章
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3話 かたまりたましい

奇妙な肉塊は右腕を伸ばし、半顔を引き摺りながら尚も進む。

理知的なブルーな瞳が、きょろきょろと周囲の風景を見渡している。


肉が次に近づいたのは人間の左足であった部分であり、より正確に表現するならば、左太腿の半ばほどから脛の部分に至るまでの人間の身体の一部だった。


脛の部分には、無理やり引き千切られたかのような雑な断面を、太腿の部分からは、鋭利な刃物によって切断されたかのような鮮やかな断面をそれぞれ覗かせている。

皮膚と皮下脂肪と筋肉と血管と大腿骨の位置関係がよく分かる断面だった。


触れば分かる。

これは、肉が求めていたものだ。


肉は雑な断面の方を選んだ。

深い理由は無かった。


喉の奥から最初の肉塊を脛の断面に擦り付ける。

人間の左足だった部分がぴょこぴょこと踊ったが、その後はやはり、他と変わりない。


この左足は肉の一部になった。


頭から生えた右腕と喉から生えた左足。

これは誰の目にも明らかに奇妙な物体だったが、未だ人間の全体像を知らない肉にそのことは分からない。


左足というその新たな体を得たことによって、肉は立ち上がることができるようになった。


それは人間のそれと同様の行動を指して使える言葉とは言い難いが、強いて言葉で例えるならば、やはり立つとしか表現しようのない行動だろう。

太腿の断面と手のひらを使い地面にバランスを取り、頭を高くする。


そのような行動に至った理由は、本能的なものに加えて、肉が先ほどまでの、顔を傷つけるような移動方法は好ましくないと感じていたからだった。

顔の中にある目という部分は、他の部分よりも繊細にできているということを肉は知っていた。傷がついてしまわないように、これからは大切に扱わなければならない。


肉は立ち上がったことによって、より世界を広く見渡すことができるようになった。


肉の顔の部分の内耳の奥深くで未だ三半規管が存在していたため、肉は平衡感覚を保ち、歩くことさえもできた。


この時点で肉は更に発展し、これでまた一つ、足りない何かを埋めることができた。

しかしまた同時に、未だ自分の必要なものの半分も揃えていないことをも感じていた。


荒れ果てた町を肉が歩く度に、鮮やかな断面を覗かせていた太腿の先はずたずたになった。

肉が歩いた先にはぶちゃりと踏み潰れたような円く赤い跡と、その隣にガラスの破片によって血を垂らした右手の跡が残った。

しかし肉の血による足跡はすぐさま太陽の光に乾かされ、砂混じりの風によって周囲の地面に紛れていった。


身体のバランスの取り方が未だに上手ではない肉は、足と手を踏み出し方を間違えて転ぶことが何度もあった。


転ぶ度に肉の身体のどこか一部分が硬い地面に激突し、皮膚が綻び、血が溢れだしたが、右眼だけはしっかりと守るよう注意を払っていた。

つい先ほどまでは眼などなくとも不安を感じていなかった肉だが、一度得てしまえば、その光を失うことは非常に恐ろしいことのように感じた。


そうやって失敗しながらも、肉は少しずつ、歩くという技術を身に着けてゆく。

それは必要なものを求め動く過程で得られた技術だったが、肉にとっては非常に重要で必要不可欠なものだった。


歩き探し続けている内に、肉は周囲にある中で、自分に必要なものと、必要でないものの区別がおよそつくようになり始めた。


硬く、黒いもの、あるいは白いものは必要ない。

必要なものは大抵黄土色だったり赤かったりして、そして触ってみれば柔らかいものだと経験的に知った。



少しずつではあるが、肉は確実に体積を増して行った。


肉は腹を頭の下に取り付けた。


肩を腹の下に取り付けた。


左太腿の先を左腕で覆った。


臀部を肩の断面に押し付けた。


右足を臀部の下に押し付けた。


肩の断面に首を取り付けその下に左の足の脛から下を取り付けた。


やや断面が違ったものの、丁度良い具合の左顔面を見つけて右顔面の隣に置いた。


その隙間を近くで拾った鼻で埋めた。



そうして出来上がった今の肉は、右足と左足と左腕と右腕と頭部と胴体と臓器とを持った、ほぼ完璧な人間だった。


その位置や、色合いや、男女の性は不揃いであるものの、まず間違いなく完璧に近い人間の身体を揃え持っていた。


しかしまだ足りなかった。

あと少しだけ、何か足りなかった。


だがそれが何かはまだ分からない。


肉は更に荒野の町を彷徨った。

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