2話 手探り
―――・・・ミツケタ・・・ミツケタ・・・ミツケタ・・・。
彷徨う右腕付きの肉は、再び探し物を見つける。
何の指針もなく移動していただけなのに早くもまた見つかるとは、中々に幸先良く、幸運なことなのかもしれない。
しかし肉自身はまだ知らないことではあったが、この地域に山のように散らばる肉の密度を考えれば、いつかは別の肉に行き当たるのは、至極当然のことだった。
それはつい半日ほど前に、爆撃機によって上空より投下された小型爆弾の衝撃を受け、体積が半分程度になった人間の頭だった。
右の白い目玉と焼け爛れた口の全体、顎は半分、鼻はどこかに忘れてきたらしい。
傷ついた脳はとっくの昔に機能を失い、皺の寄ったその半分以上の体積が、頭蓋を覆う堅固な骨の内からどろりと零れていた。
しかしやはり、そのような人体の損傷は、腕付きの肉にとって些細な問題だった。
肉は、その頭がまるで十年来に再会した恋人のように、嬉々として顔の上に飛び乗る。そうして口である部分に向かって、肘の先の肉塊をうぞろうぞろと押し込める。
飛び散って半分になった頭は、虚ろな表情で顎を押し開かれ、何の抵抗もなく肉を呑み込んでいく。
喉の奥に肉塊がぴったりと張り付いたが、腕の全部までは口には入りきらず、口の中から腕の生えたような形になった。
やがて、その表情に変化が起こる。頭に残った眼球が徐々に回り始め、腕を生やした口が、もごもごと動き始める。
目をぐるぐると回しながら、腕を必死に吐き出そうと口を動かしているその様は、死の恐怖を目の前にした人間が苦しみ、拒絶しているようにも見える。
頭は激しく拒絶するが、肉は口の中を捕えて離さない。
そして、事切れたかのように突然眼球はぴたりと動きを止め、そしてその瞳に、極めて理性的な光が宿った。
半分になった顔の片目が、寝覚めのように幾度かまばたきをする。
肉は新たに頭を得た。
これもまた、肉にとって大きな進歩だった。
腕を得た時とは、全く違う感覚である。
頭の中の、眼を得たことによって世界が広がった。
今まで肉が触れるものだけであった知覚に、視界が加わった。
自分の周りに、何かがあることを認識できた。
身の回りにあるそれらのものが必要なのか、そうではないのかは、まだ肉には分からなかった。
それでも、解らないのなら手あたり次第に近づいて触ってみればいい。それだけでも、肉にとっては大きな進歩だ。
そして肉は再び動き出す。
まだ足りなかった。
まだまだ満たされなかった。
頭と腕付きとなった肉は、頭が足された分、さきほどよりも重量が増し、体積が増し、動きにくくなった。
耳は固いものが柔らかいものを擦る音を捉える。
腕を曲げては伸ばすのにあわせて、頭がずるずると引き摺られる。
小石に削られた頬の皮膚が破れ、まだ十分に新鮮な赤い血が皮膚の下から溢れ出た。
この動きによって、頭蓋骨の中身はほとんど全てが、数十年来共に過ごしてきた頭を見限ることになる。
それでも肉は止まらない。
むしろますます力強く、腕を踏み出してゆく。
死の荒野の町に彷徨い続ける物体がひとつ。
しかし、それが果たして生物と呼んでいいものなのかは解らない。
ただ、その『腕』たる部分を曲げては伸ばし、『眼』によって周囲を見渡し、時々『まばたき』によって、時折その潤いを満たしながら進んでゆく。
その要素一つ一つを切り取れば、それは確かに、人間の行うことだと言えなくもない。
そして、肉には確かな目的があった。
肉は周囲を見渡しながら、この周辺にある中では、明らかに巨大な物体を発見する。
それを目指して、自然と引き寄せられるように肉は進んで行った。
そうして肉は眼で見たモノに、口から生えた腕を使って触れる。
―――・・・チガウ・・・チガウ・・・。
それは黒いものだった。
そして触れて初めて知ったことだが、それはとても熱いものだった。
それは半日ほど前に鎮火し、再び太陽の光で熱された車の後部座席の基底部だった。
もっとも、熱いという感覚刺激は肉には知覚できない。
ただ、真っ黒な金属に当たった手のひらが、ジュっと音を立てて焦げた。
それは肉にとって必要ないものだと分かる。
手のひらを黒い煤で焼け焦がし、頭の半分と腕付きの肉は、車から離れてまた動き出す。
これは自分の求めているものではないのだから、注意深く観察する必要はない。
肉の離れていった車の前部座席には、内臓まで火が回っているものの、ほとんど人間と同じ形を残した肢体が座っていた。
肉が少しだけ振り返った頃、ガラスの全て吹き飛んだ車の中に一陣の風が吹き、焼き焦げた肢体を頭から順番にボロボロと崩壊させた。
この時、頭の半分と腕付きの肉は、知らずして大きなチャンスを逃してしまっていた。