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怪物以上、人間未満  作者: 例の予備軍
1章
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1話 足りない肉

荒れ果てた町の中、とある肉は、人知れず思っていた。



―――・・・タリナイ・・・タリナイ・・・。



「何が」でも「何故」でもない。そんなことを考えるだけの脳を、肉は持たない。

それでも、今の自身には何かが決定的に足りないということだけは、強く強く認識していた。



更にはここで待っていても求めるものは得られないこと。

欲しい物を手に入れるためには動かなければならないということを、肉は非常に良く、深い部分で知っていた。


そしてその秘めたる意思に従い、湿った赤い肉が行動を開始する。

小さな肉は、うぞろうぞろと、コンクリートの上を蠢く。

それはじっと見ていなければ分からないほど小さな動きであったが、それでも少しずつ、着実に肉は、乾いた大地を移動していた。


どのように動いているのか、という原理などは考えもしなかった。


動く度に肉の湿った表面に泥が張り付き、肉は周囲と同じ砂の色へと変化していったが、それは肉にとって不便とも不快とも呼べない程度の些事に過ぎない。



重要なのは、動くことで、欲しいものを手に入れることだ。

肉は決して目的をはき違えないし、また、余計なことを考えるだけの頭もない。


肉は、うにょりと、その全身をひび割れた道路の上に引き摺りながら、遅々と這い回る。

欲しいものを探して地べたを這う。


しかし実際のところ、欲しいものがどこにあるのか肉には分からないし、どのくらいの遠くにあるのかも分からないし、そもそも肉の求めるものが本当に存在するのかすら、肉には分かりはしないのだ。


肉には目も無く、耳もなく、鼻もない。

感覚の闇の中を、肉はただただ転がり続ける。

これは肉にとって途轍もなく達成困難で、果てしなく遠い道のりに思えた。

それでも肉は這い続ける。


そして肉は、何かを見つけた。

肉は前方に立ちはだかるその何かに触れることで、やや凸凹とした表面の感触を知覚した。

しかしそれは残念ながら、肉の求めるものではないらしい。



―――・・・チガウ・・・チガウ・・・・。



その時点での肉には知る由もないことだが、それは住宅マンションとして使用されていたビルディングの元外壁の、巨大なコンクリートの塊だった。



コンクリートの塊は、どうやら肉にとって必要なものではなかった。

よって、肉はコンクリートから離れ、もう一度彷徨い始めるべきである。


その筈なのだが、どういう訳か、肉は心細そうにコンクリートの塊に執着し、吸盤のように表面に張り付いたままずるずると動きを始めた。


その行為は、探し物の指針としては正しいとも間違っているとも言えない。

別段、この巨大な瓦礫の上を這ったところで求める物が見つかるとは限らないし、離れたところで探し物が見つかるとも限らない。


つまるところ無意味な行動だったが、そうすれば、自分の探し物も見つけられるのではないかと肉は思ったのかもしれないし、また、探し物でなかったとしても、折角見つけたものを手放すのは惜しいと思ったのかもしれない。


ともかく、求めるためには見当がなくとも彷徨い続けなければならない。

確かにここで考え込み、己の不幸を嘆いても事態は何も進展はしないのだが、やはりそもそも考えるだけの頭脳が、肉にないだけとも言える。


コンクリートの凹凸の上を小さな肉は這う。

鉛色のコンクリートの肉が這った部分には、湿った赤い跡が残った。



しかしそんな無意味に思える行動だったが、幸運にも、其処に至って肉はようやく自分の追い求めるものを発見することになる。



―――ミツケタ・・・ミツケタ・・・。



肉の表面が触れたもの。

それは、ビルディングの元外壁であった巨大なコンクリートによって押し潰された人間の右腕だった。


肉は言い知れない安堵と充足感を覚える。

そこで何をするべきかを、肉は知っていた。


肉はビルディングの重圧によって千切れた腕の、腐りかけの二の腕の断面に、ピトっと張り付く。


全身をうぞろうぞろと蠕動させるその有様は、探し物を見つけて喜ぶというよりも、むしろ、ようやっと捕えたエサを貪っている虫のようにも見えるかもしれない。


ぬめり気のある新鮮な肉が蠢くのに合わせて、腐りかけた腕がゆさゆさと弄ばれる。




不意に、その腕の指先がピクリと動いた。


一見して勘違いとも思えるほどかすかであった指の動きは、少しずつ大きくなってゆき、やがて腕全体へと広がっていく。


暴れる腕と蠢く肉。

食うか食われるかを争いあうような、何とも奇妙な光景。

先ほどまでとは打って変わり、今度は肉の方が腐りかけの右腕に振り回される番だった。

肉の張り付いた腕が、肉を振り落とそうと力の限り暴れる。


しかし、その終わりは一瞬だった。

その余りの動きの激しさにしがみ付いている肉が飛ばされてしまうのではないかと思われた頃、何の前触れもなく、ぱたりと事切れたように腕は動きを止めた。


そしてもう動かないのかと思われたが、腐りかけた腕は、肉の塊をその断面に張り付けたまま、およそ人間的と言って相違ない動きを始める。


肘を規則的に曲げては伸ばし、指を端から順番に伸縮させる。

まるで、生きた人間のように。


諦めたのは腕の方か。それとも肉が諦めたのか。

いずれにせよ、肉と腕は一つのものとなったらしい。



―――・・・マダ・・・マダ・・・タリナイ・・・。



肉にとっては、小一時間彷徨ってようやく手に入れた腕だ。

これは、肉にとって大いなる進歩だった。


しかし、喜びとは裏腹に、未だ巨大な空白感を肉は感じていた。


これだけではない。まだまだ足りないのだ。



肉は、新たに得た右腕と共に再び動き始める。

同伴を得たことによってやや心強くなった肉は、コンクリートへの寄生から脱却する決心がついたようだ。


右腕付きの肉は、地面の上で暴れるようにぐるぐると跳ねる。

先ほどよりもずっと大きな動きができるようになったが、未だにその使い方ははっきりしない。


しかし肘の部分を筋肉を使って曲げては伸ばすことで、効率的な運動が可能であることを発見するまでに、そう多くの時間は掛からなかった。


曲げて、伸ばし、指で地面を掴む。


そして曲げて伸ばす。


この繰り返し。



こうして右腕付きの肉は、先ほどよりもずっと速く移動できるようになった。


かさかさに乾いた血の気のない手のひらが、力強く地面を握りしめ、暗闇を切り開いてゆく。


未だ肉に、行く先の見当はなかった。

何処に動くのか、何故動くのか、分からないまま、ただ宛てもなく動いていた。

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