俺の恋愛ジンクス
右斜前を見る。目が合う。微笑まれる。胸がキュンとする。ヤヴァイ。これが不治の病『恋患い』だ。
好きな娘のあれやこれやで、ただの一挙一動で心臓がピョンピョンして、ますます恋の沼に堕ちていってしまう。たまに見る空リプで、もしかして俺のことじゃね? とか思い込んでドキドキする。これぞまさしく、ラブ・スパイラル! 恋の螺旋階段を転がり落とされていく。
「どう思う、加藤!」
「どうもこうも何の話だ?」
ちょうど自分の右隣の席に座った、加藤尚道に話を振ってみる。コイツは小学生の頃からの腐れ縁で、俺のことをよく知っている友人の一人だ。
「だからさ、新藤さんだよ!」
「あぁー、なるほどな」
合点がいったと言わんばかりに頷いて、
「無理だろ、諦めろ」
「なんでだよ!」
つい、大声を出してしまった。朝の休み時間に話していたクラスメイト達は一度こっちを見てから、またおまえか、といったようにまた会話に戻っていく。
そんなことよりも、当たり前じゃね? というような眼で見てくる親友に問い詰めなければならない。
「一体全体、どうして無理って言い切れる?」
「いや、お前だし……」
「え、何こいつ、わかってねーの? という憐憫を含んだ目で見るな!」
「そうは言うけどな……」
やれやれといった風にため息を吐いて、
「お前、何回振られたか言ってみろ」
「七回だが」
「二度ある事は三度あるを通り越して、七転八倒までいってしまったか……」
「いや、七転び八起きって言うだろ? 今までのは全てこの日のための布石だったんだ!」
「なっ、なんだってー。……いやいや、ねぇよ」
「あると想います!」
「ネタが古いし、微妙なアレンジ加えんなよ。つーか、なんで来て早々に疲れなきゃならん……」
「ん? なにか疲れるようなことをしてきたのか?」
「……や、別に何も」
もうどうにでもなーれ、と投げやりな態度の加藤。まぁ、こいつはいつもこんな感じだ。無気力系なくせして、人に頼られると悪い気はしないというツンデレ野郎だ。
「……なにか変なことを言わなかったか?」
「いや、なにも」
「そうか……」
まぁ、いいか、と加藤は一人で納得して話を振ってきた。
「で、新藤さんのどこに惚れたわけ?」
「顔、声、体、性格! つまり全て!」
「そこまで言い切れるお前が怖い」
「逆に、全部好きじゃないと、好きって言わないだろ?」
「その発想はおかしい……。というか、そこまで言えるほど、新藤さんと絡みがあったか?」
「たまにラインしたり、リプ送ったり、たまに話したりするくらいだが?」
「お前の惚れる基準って、結構低いのな」
「厳正な判断の元に成り立ってるぞ?」
「それなら七連敗もしないだろ」
「惚れられる基準については知らないからな」
「変なとこで聡いのな」
そうだ、自分の気持は分かるが、相手の気持は分からない。パンドラの箱のようだ。聞いて心を開けてもらうまで、その中身を伺う知ることは出来ない。そして、俺は七度、厄災にあっている。
だからどうした。恐れていては、何も知れないのだ。その娘は誰が好きなのか、知りたければ聞くしかないのだ。気になったのなら、聞けばいいのだ。
「懲りないよな、お前」
「別に必要ないからな」
そうだ、恋に懲りるもへったくれもないのだ。恋をしない、なんてことは出来ないからだ。懲りて諦めても、いつかは何かに恋に堕ちる。それが当たり前だ。
「今回で、お前のジンクスが破れるといいな」
「……そんなものも、あったな」
その言葉、少しナイーブになってしまう。俺の恋愛ジンクス、それは俺が惚れた女の子は全員彼氏持ちか、好きな人がいるというものだ。
女は恋をすると綺麗になる、と言うが、その綺麗さに魅せられ続けている。案外、NTR(寝とり)属性を備えているのかもしれない。もちろん、成功したことも、やろうとしたこともないが。
加えて言うと、友達のままでいようね? とか、普通に接してね? と当り障りのない言葉は嘘っぱちだ。言った本人がその気がないから、絡むことがない。そして、その娘の友達に、ドンマイ、とかいう励ましの言葉を頂くのだ。告白して、次の日には一連の事が広まっていたことに恐怖したものだ。
だが、そのジンクスや、苦い思い出は今日まで。打ち破ってみせる、ジンクスを!
「燃えてるなぁ……」
「こう、困難があったら俄然やる気が湧くだろ?」
「ねーよ。お前はどこぞの主人公だよ……」
またため息を吐いている加藤のことは置いといて、俺は舞台を整える。スマフォを取り出して、新藤さんにメッセージを送る。文面は『話があるので、今日の放課後、教室で待っていてください』だ。シンプルイズベスト。簡潔な方が伝わりやすい。
俺のメッセに気がついたのか、画面を見て、こちらに視線を寄越してきた。目がバッチリと合う。心臓が跳ねる。顔も、赤くなっているだろうか?
とうの彼女も、すぐに視線を逸らして、会話に戻っていった。要件を察してか、少し耳が赤いように見えたのは、気のせいだろうか。
高校二年の冬、今日こそジンクスを打ち破ろう。そう意気込む。
そして、放課後。また黒星がついた。……ジンクス、恐ろしい子!