如何様物(いかさまもの)②
「ヘリコプターの所有者? ああ、凄い美人のショップ・オーナーだよ。ヘリ貸すからデートしてくれ? 彼女なら言いそうな事だよ。だって昔から鉄郎に、ご執心だったからさ」
呑気に、大好物のバニラアイスにチョコソース掛けを口に運ぶ彼は、この『マーロン』の副店長兼、百鬼こと森本鉄郎の恋人の戸塚圭吾である。
栗栖が、戸塚に聞いているのは、昨日の作戦に応援に来たショップ・オーナーのことだ。
話しでは、彼女は《月姫》というパワーストーンを扱うショップのオーナー。ディアナ(通名)である。
「それに、ないとは思うけど。万が一でも、ディアナ姐さんがママ(百鬼)と寝て、子供が出来て娘だったら、貰う約束してんだよね」
‥‥‥これは、三男の千夏司。《マーロン》の看板息子で、店番が中心である。
‥‥‥いつの間に、そんな密約を。
「だって、二人は男だから子供できないじゃん。だったら、第三者に作ってもらおうてことになったらしいよ。おっさんにバレたら終わりだけど。もし、男なら姐さんが育てるってさ」
これは次男の海。赤ん坊の、蒼と紅の面倒を見ている。
「だって、鉄郎似の娘なんて、絶対カワイイよ! もし、そんな娘がパパ大好き♡ なんて言われた日には、もう涙が出そうだよ」
全身で、娘欲しいオーラを発している戸塚に、栗栖はスルーする事にした。
「‥‥それより、なんだって昨日の作戦の時は、居なかったんだよ」
それは昨日、昼頃のこと。『大型客船、要人&愛人救出大作戦(仮)』は、流石の栗栖も苦虫を噛み潰した。なんせ、コンビを組んでた奴が勝手に暴走した挙句、捕虜。しかも、反省はゼロ。
今も、店番を千夏司と栗栖に任せっきりで、どっかに遊びに行ってしまったのだ。
「ああ、俺は以前に勤めてた、運送会社に応援に行ってたんだ」
‥‥‥自由だな、おい。
「仕方ないんだよ、個人営業だからさ。それに社長も年で親代わりになってくれたから、こうして近くに駐留してる時くらいは手伝い行くんだよ」
しんみりとして話す彼は、昔火事で家族を失ったらしい‥‥‥悪い事を、聞いたかな?栗栖が謝ろうとした時、何かを思い出したかのように、戸塚は言った。
「そう言えば今度、社員旅行に誘われたんだ。伊豆温泉、お土産楽しみにしとけよ」
‥‥‥なんだよ、あいかわらず緊張感ねぇなぁ。どうせ温泉卵食べて、温泉饅頭を買ってくるつもりだろ?
すると、その時。バンッ!! と、荒々しく表玄関を開ける音がした。
「ハメ外しすぎて、ストリップショーなんか行くなよ!」
我が、アンティークショップ《マーロン》のマスター、百鬼だ。
うわぁ〜、百鬼のおっさん。目が座ってるよ〜。心なしかヤツレた感が、漂ってるんですけど?
どうしたんだ? て聞く、戸塚らに百鬼は口をワナワナさせながら言った。
「‥‥‥もうイヤだ‥‥何が抱いてけれ、抱いてけれだ!! 三十万するコニャック、ガバガバと何本もラッパ呑みしやがって! 酔っ払ったアイツ運ぶの大変だったんだぞ。カー◯ル像持って帰ろうとして、従業員に新手の暴徒に間違えられるし!」
‥‥‥あ〜あ、こりゃ今回も駄目だったな〜。だから酒癖悪いし、地が出るから酒はやめとけって、姐さんに言ったのに‥‥‥と、これは次男。
‥‥‥栗栖は思った。
大体そんな高い酒、置いてる所って想像つくよ。どうせ、女同伴だからホストクラブに行ったんだろ〜? アンタ、男好きだから。
で、ついでにホストやらないか? って誘われたんだろ? ワイシャツのポケットに、ド派手な名刺がチラリズムしてるぜ!
とりあえず、俺は休憩する! と、休憩室に行ってしまった。きっと、お目当てのホストに連絡とるつもりだ‥‥‥
あいかわらず、戸塚はボーッとしてるし、義理の息子らもノンビリしてやがる。
これが、本当に裏組織の中でも五本の指に入るって噂の、所なのかね? 久保田のおっさん。目が腐ってんじゃねぇの?
ヴヴヴヴ‥‥‥ヴヴ‥‥
その時、栗栖のズボンのポケットに、入れた携帯のヴァイブ音が鳴った。
ちなみに栗栖は研修中の為、ワイシャツにジーンズ。それから濃紺のエプロンだ。
久保田だ‥‥‥あの、計画が進んでるな。
栗栖は戸塚らを一瞥し、ちょっと出掛けてくる。と言って外に出た。
久保田と連絡を取る為に‥‥‥
「目標もない、志しもない、ああいうのが一番怖いんだよ」
犬居のヤローから連絡あったんだ、アイツの事についてな。
アイツ‥‥如何様物といってな。他人の顔に造り換えて、他人に成り済まし生活をするんだ。そして機密事項を盗むと、何事もなく消えるらしい。
奴に頼る人物は、大手企業だったり情報機関だったりするんだが、大抵はバレずに、完遂するらしいが‥‥たまに依頼した会社の内部告発により、捕まる事があるのさ。
未成年者だから、鑑別所止まりだがね。
いつの間に、休憩室から出てきたのかは知らないが神妙な面持ちで、遠ざかる栗栖の後ろ姿を百鬼は見送った。
栗栖は、店出たところで携帯を覗いてみると、やはり《久保田》の名前が〝着信あり〟で残っており、彼はそのまま電話を掛け直した。
「もしもし」
『要か? 俺だ。今、角の信号機のところにいる。黒のセダンで待っているから、乗り込んでくれ』
一方的な命令だけすると、勝手に携帯を切ってしまった。
元々、この話に乗ったのは殆んど成り行きであった。
当時、1匹狼だった栗栖は有名企業からスパイの依頼を受けた。
某建設会社に入り込む為にそこの担当主任を拉致し、人相を彼そっくりに作り直し、まんまと忍び込む事に成功した。
それからは、成り済ました相手が、主任クラスだったから、内部から簡単に崩せていった。
そして、あるプロジェクト・チームの資料を手に入れると、それをコピー機で複製し、あとは手渡せば終わり。だったのだが‥‥‥
だが、彼の前に現れたのは、依頼主ではなく‥‥
『まさか計画立てたのが、こんなガキだとは思わなかった』
そこに居合わせたのは、刑事としての久保田である。なぜ、計画がバレたのか? 拉致した人物も、誰にも分からない処に隠しているのに。
そして、取調室で知る真実。
栗栖要をハメた人物、それは依頼主が会社の人間が内部告発により訴えられ、それが元で栗栖に警察の手が回ったのだ。
栗栖にとっては、アンラッキーであったが、久保田にとっては一千一隅のまたとないチャンスとなった。
そして、栗栖が鑑別所送りになった時。久保田は、栗栖にこう言った。
『甘いマロングラッセは、どうだ?』
一瞬、驚いたような顔をした栗栖だったが、すぐに表情をニッとさせ、護送車に乗せられて鑑別所に向かっていった。
『マロングラッセ』とは、ここでは今、裏社会で話題の《マーロン》ことであり、彼の言い草は組織への勧誘を意味していた。
それは、久保田が刑事でありながら、あまりにも裏社会で有名だったからだ。
‥‥‥久保田は、栗栖が出所するのを待ち、二人は新たな計画に向け走り出したのだ。
未来の見えない、地獄への片道切符を手に握り締めて‥‥‥