如何様物(いかさまもの)①
‥‥‥海、こっちの方角でいいのか?
ピーッ! ガガー! と、海が改良したイヤホン型トランシーバーの通信機器で会話をする二人。
森本家の次男の海と、栗栖要。
ウェットスーツにライフベストを装着した栗栖が今いるのは、地平線が見える大海原。
彼は岩影に隠れる状態で、マリンジェットで待機し、そして少し離れた所の岩影には、同じような格好をしている森本家・長男、烈が待機している。
『オッケー! オッケー! もうすぐ通過地点を通るから、二人で後ろから追跡してくれ。ドウゾ』
《マーロン》の地下。システム司令卓の無線で電波を飛ばし、司令塔の海が、兄の烈と栗栖のトランシーバーに指示を入れる。
今回のお仕事は、海賊船の襲撃‥‥‥えっ、今の時代に海賊ですか? なんて言うけど、簡単に言うと政府要人が乗り込んだのは、大型客船に見せた悪人の巣だった‥‥‥という訳である。
しかも私用の為に、SPではなく愛人をつれていた丸腰の彼らは、まさに奴らの恰好の獲物である。
犯人からの要求は、身代金の十億。
中継もされる国会会議中なのに、愛人との私的旅行だから、表沙汰にする訳にもいかず。
そこで、困った政府要人の秘書らは、警察ではなく裏組織に助けを求めにきたのだ。もちろん、秘密裏で。
無事、救出した暁には成功報酬は一億。だが、交渉次第で上乗せが出来そうだ。
ちなみに、少しくらいの傷なら大目に見るらしい。
そして、救出に向かう為に選ばれたのが、体力があってマリンジェットを操れる《烈》と《栗栖》に白羽の矢が立ったのだ。
報酬は、『マーロン』に六割。こんな美味しい仕事はない。
『〜ったく、やってらんねぇぜ! 愛人と大型客船を貸し切って旅行なんてよ〜。ドウゾ』 ピッ!
『腐ってんなよ、烈。ドウゾ』 ピッ!
『烈・カナ、標的が来た。位置に付いてくれ』
‥‥了解。愚痴を零しつつも、二人は互いの持ち場に隠れ、次の指示を待つ。
後方の方では、飛沫を飛ばしながら白い大型客船が堂々と航行してくる。
その上には、他店のオーナーがヘリコプターで撮影の応援に駆けつけてくれた。
暗視装置が付いたビデオカメラは、衛生通信で『マーロン』地下室のモニターに送られる。船舶の中は、人質が八人程。犯人は船内に四人か?
海が言うには、どれも人質の男らはテレビで見たことのある政治家ばかりであり、愛人らは水商売の女らしい。
(呆れた、今は国会会議中じゃねぇのかよ? 揃いも揃って給料泥棒めが!)
開いた口が塞がらないとは、このことだ。
巨大な船舶の甲板に、ゴリラマスクを被り、手にはライフル銃を構えた輩が五人程、確認できた。
『カナ。先に俺が行くから、援護を頼む』ピッ!
『‥‥‥了解』ピッ!
『来た! カウント、十秒前‥‥セッツ!』
司令塔の《海》の声に耳を澄ませ、現場の烈と栗栖は、いつでも疾走オッケーのマリンジェットのエンジンを蒸かす。
二人は互いを見合わせ、合図を送る。
三・二・一‥‥‥GO!
烈と栗栖はスタート・ダッシュは、ほぼ同じ。
大型客船の後ろを、マリンジェットのジェット噴射で追いかけ、船体が見えてくると今度は、シンクロを合わせるように左右の二又に分かれ、船に並行するように速度を合わせる。後は船舶の航路がブレないことを願いたい。
ブゥオオォォォン、ブォォォ‥‥‥!!
二人が操縦するマリンジェットは、飛沫を上げ予定通りの位置につくと、今度は烈が先陣を切って船を煽るように飛び出して行く。
「クソッ、早く出過ぎだ!」
栗栖は、ハンドルを座席に固定すると、下に置いていた、ロケット・ランチャーを肩に抱え、ドンッ、ドンッ! と、催涙作用のある砲弾を船舶に目掛け、ぶち込んでやった。
もちろん、的に命中! 一発は、甲板の泥棒サマに。そして、もう一発はガッシャァァン!! と、人質と犯人のいる船内に。
もちろん、人体に影響はない。
ただ、涙が流れるだけ。ただし《海》オリジナルなので、たま〜に量を間違えます。あしからず。
『ぐぅわぁぁ! スゴイ目にくる〜、痛い痛い。ゲホ、ゲホッ』ピッ!
‥‥‥いつの間に、忍び込んだのか知らないが、船内に入った烈からは涙の懇願が栗栖のイヤホンに入ってきた。
『助けてくれ〜』ピッ!
救助に向かって『助けてくれ〜』ってなんだ? なんで、ガスマスクを装着してないんだ? 丸腰で行ったら袋のネズミになるだけだろ?
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏‥‥成仏してくれよ?(無神論者だが)俺は、聞かなかった事にする。
『うわぁ、早くアイツを助けてくれよ』
『マーロン』地下本部では無線を通して、マヌケな奴の弟が慌ててる。
何言ってんだよ? このまま、行ったら敵の餌食になるだけだろ? なんだよ‥‥‥分かったよ! 助けに行けば、いいんだろ?
アクセルはフルスロットル! スピード全開で水飛沫を上げながら、栗栖は大型客船に突っ込んでいく‥‥‥
‥‥‥その時、栗栖要は船舶の甲板部分に潜んでいた。
ここまで乗り付けて来たマリンジェットは船に横付けし、座席から甲板の手すり部分に錘付きのロープを引っ掛けた。
それを体に巻き付けると、体重を自分の握力のみで支え、登って行ったのだ。
一発目の催涙弾が床に着弾した時点で、近くの奴らのゴリラマスクの中にまで入り込み、咽び泣きながら嗚咽を洩らしていた。
栗栖は犯人の手を後ろに回すとガムテープでグルグル巻きにし、皆を助け出す為に船内へと急いだ。
‥‥‥船内は催涙弾の煙が撒かれ、モヤが掛かったかのようになっていたが、何とか、状況は把握できた。
ガスマスクを装着した栗栖は、ゆっくりと歩いていき、まず先に潜り込んだ筈の烈を探す。
「馬鹿め、引っ掛かりおって!」
‥‥‥‥! しまった、罠だったか?
実は、ここにいる人質も犯人も囮の道具にしか過ぎなかった。
操舵室には別の人物が潜んでおり、あらかじめ用意していた散弾銃とガスマスクを被り、栗栖みたいな輩を待ち構えていたのである。
「絶対絶命。残念だったな、ヒーロー」
まさか散弾銃を持った奴に、命を狙われるなんて予想も出来ず。文字通り、絶対絶命となった。
(クソッ、もう少しだったのに! 全て終わり、ジ・エンド‥‥‥!)
栗栖はギュッと目をつむったが、悔しさのあまり彼の目には、一粒の涙が‥‥‥
だが、その時。操舵室の方から、ガッシャァンとガラスが割れる音と共に、聞き慣れた声が栗栖の耳に入ってきた。
「まだ、諦めるのは早い!」
そう言うと声の持ち主は、ガラスの破片散らばる床を駆け抜け、目の前の敵をいとも簡単に足で蹴り上げて、気絶させてしまった。
「助かったぜ。百鬼のおっさん!」
‥‥‥呼び捨ては許すが、おっさん。という言葉が許せない、森本鉄郎はイヤミの一つでも飛ばしたくなった。
「なぁにが、おっさんだ! 一歩間違えれば、お前たちの命も危なかったんだぞ。今度のボーナス査定にも響くからな」
「分かってる、って。でも、どうやってココに乗り込んで来たんだ?」
すると、百鬼は上を指差し、こう言った。
「実は、上のヘリ操縦してる奴。前から、しつこく求愛してくるんだけど、圭吾いるし断ってたんだよね。で、今回デートする約束で、ヘリ出してもらっちゃった」
これから遊覧デートなんだよ、じゃあね〜。と百鬼は何事もなかったかの様に、ヘリから垂らされた簡易式のハシゴにぶら下がり、どっかに行ってしまった。
‥‥‥残された栗栖は、というと。
ガスマスク着けて気絶してる奴に、催涙弾で涙を流しながら倒れている人間が、ゴロゴロと転がっている。
それを見て、途方に暮れていた。
どうすんだよ、これ〜? と思った時、地下本部の《海》から、通信が入った。
『カナ、ご苦労さん。これから、本店から応援が来るから。犯人は、本部に引き渡し。人質は保護した後、秘書らと交渉するらしい。カナは、烈を回収して帰ってきてくれ』
『了解!』ピッ!
‥‥‥その時、百鬼はヘリコプターの操縦席にいる人物と話していた。
Fカップのオッパイを、ピンクの豹柄のボンテージで包んだ、猫目が印象的な美女が色気を振りながら微笑む。
「あれが、噂になってる久保田の犬? かわいいじゃない」
「ああ、まだ研修期間だがな。変な動きをすれば、始末するつもりだ」
おぉ怖い、怖い。でも、今度の仕事には彼を連れてくんでしょ?
「そうだ。本田留美子の弔い合戦だ」
‥‥‥そう、次の作戦には昔、留美子を殺した男が関わっていたからだ。
その男は、最初に見た時は分からなかったが、古賀グループの社長の古賀浩一郎。
のちに与党推薦で入閣する事になる男だ、忘れようとも忘れられない。
多分、それを見越して久保田が、栗栖を寄越して来たんだ。
もし《魔女の鉤爪》を見付けたら、奴らよりも先に処分しなくてはならない。
アイツは、とんでもない奴だよ。調べてもらったら、窃盗・暴行・刃傷沙汰なんてザラだし、鑑別所送りは二回‥‥‥
「ふふっ、大人顔負けね。貴方に初めて会った時を思い出すわ」
「そうだな。俺が昔、総会屋に殴り込んで捕まった時に、お前が身元引き受け人になってくれなかったら、早くシャバに出られなかったかもしれん」
ただ残念なのは、お前が髭の似合う紳士じゃなかった事だな。
‥‥‥失礼ね!!