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招かざる者

 宅配業で生計を立てていた戸塚圭吾は、社長に説得をされるも、断りを入れ会社を辞めた。

 その足で、アンティークショップ『マーロン』の副店長見習いとなり、研修に入ったのだが、その時に初めて犬居が嫌悪露わに拒絶した反応の意味を知る。

 だが、もう戸塚には迷いがなかった。

 だって、彼には養子となった子供たち。それに鉄郎がいるから。

 家族ができたこと、それだけが彼を強くする。



 あれから、あれよあれよと時は過ぎ、二十年近く時が経った。

 相も変わらず、犬居刑事とのイタチゴッコは続いているが、こちらが何かを仕掛けない限り行動を起こさない模様。


 とはいえ、その間に犬居側からコンタクトをとることもあった。部下の《久保田》についてだ。

 そうだとしても百鬼側としては、あまり歩みよる気はないが、例え話が横行すれば、協力する事もなくはない。どちらの見解としても、その先には《魔女の鉤爪》があるからだ。

 (まぁ、どちらが先に折れるかだ)

 なんせ、表の情報網は犬居の方が上だが、裏と言えば断然に百鬼の方が詳しいからであり。

 それよりも、あんな物騒な物は、さっさと始末したいのが二人の本音だ。



 兎にも角にもその日は、とある施設に足を運んでいた。


 「ごめんくださ〜い」


 アンティークショップ『マーロン』の、マスターの《百鬼》こと森本鉄郎と相棒の戸塚圭吾は、店番を三男の千夏司に任せ、二人で絵本やらお菓子のたくさん入った袋を抱え、養護施設《ことり園》に来ていた。最も、彼が育った場所はここではないのだが‥‥‥

 

 「あら、いらっしゃい。鉄郎ちゃんに戸塚さん」


 観音開きの扉からは、少しの背中の曲がった初老のシスターが、姿を現した。

 百鬼と戸塚は軽く会釈すると、持ってきた寄贈品を手渡した。

 小さい修道院を改装して、養護施設にしたという《ことり園》には、現在は約十人弱の小学生から高校生の子供たちがいる。

 教員が少ない為、赤ん坊まで手が回らなかったところ、百鬼が「ウチは赤ん坊の面倒が見れる(母性が強いので)」ということで、《蒼》と《紅》の里親となった。


 「蒼ちゃんと紅ちゃんは、元気にしてる?」


 もちろん、二人とも元気です。今朝も、哺乳瓶のミルクを全て飲みましたから。


 「そう、それは良かったわ」


 「‥‥‥ところで、涼介はどうしてます?」


 そうね、元気ですよ。もうすぐ、木下さん家の養子に行きますからねぇ。少し緊張してるかしら?


 何気に聞き出した言葉は、今一番に百鬼が聞きたい言葉であった。


 最初にその事を知ったのは、十年前に聞いた組織の情報網からだった。それだけ死んだ《本田留美子》の存在は、裏の世界に浸透したという事である。

 その話では、留美子の息子は一時期、知り合いの女性の所に預けてたらしいが、その後は訳あって養護施設で生活しているらしい。

 ここには偶然にも昔、百鬼が世話になったシスターがいたので、訝しまれることなく《涼介》のことを聞き出せたという訳だ。


 彼女の話によると、昔いた施設は区画整理によって建物がなくなったが、幸運にも行き場をなくしたシスターや子供たちを、引き取ってくれた場所があった。それが《ことり園》である。

 シスターの話では、ある日の事。とある人物から、赤ん坊を預かってほしいと来たらしい。

 それから誰が来ても、知らない人物なら絶対に赤ん坊を隠し通してほしいとも。

 もちろん最初は、驚いたらしいが相手のことを信用することにしたというのだ。


 最初に百鬼は、その話をシスターから聞かされた時。うさん臭いと感じていたが、涼介を見た瞬間、疑惑は確信へとかわった。

 それは、留美子の面影を残した涼介の顔。それに四つ葉のクローバーのネックレス! 実物を見るのは、これで二回目だが、確かに留美子に見せてもらった通り、クローバーの裏側に数字が彫られた。0526‥‥『息子の誕生日』これだ。


 ‥‥‥それ以来、様子を見る為にたまに顔を出しているのだ。

 多分ない。と信じたいが、犬居の顔色を見る限り、久保田はまだ単独で動いているらしい。涼介に近付けなければよいが‥‥‥

  

 「そうですか、でも心配しなくても涼介なら大丈夫ですよ。優しい子だから」

 何気ない話しながらも、確実に欲しい情報を収集する。

 大丈夫、涼介は幸せを掴める‥‥‥そう確信した時、背中の方で不穏な空気を感じた。


 「あら、犬居くんも来てくれたのね」


 嬉しそうな声の先には、百鬼の思った通り《犬居》が立っていた。


 「お久しぶりです。園長」


 にこやかな笑顔を見せる犬居からは、いつもの殺気は感じさせなかった。

              

 「はい、お久しぶり。今日は、とても良い日ね。だって、二人に会えたんですもの。鉄郎ちゃん、覚えてるかしら? いつも犬居くんと一緒だったじゃない。どうかしら、久しぶりに二人で積もる話でもしたら?」


 ‥‥‥先生、よしてくれよ。そんな昔の話。俺たちゃ今、刑泥ゴッコの最中なんだよ。ここで奴に弱味を握らせる訳にゃ、いかないんだ!


 百鬼の背中に、ヒヤリと冷たいものが流れた。

 彼女にしてみれば、ただの好意で言ってくれてるのだが、今の二人の間柄は最悪。燃えさかる炎に、ガソリンをタンクごと、ぶち撒けるようなものである。


 だが‥‥‥犬居の方は、さも数十年振りの再会を喜ぶかのような口振りで、百鬼に笑顔を向ける。

 「そうだな。ああ先生も、おっしゃられてるから、二人で久しぶりに積もる話でも、しようじゃないか」


 (今更、何を話すんだよ?)


 オドオドしながらも、百鬼は犬居に促されるままに、隣の空き部屋へと移動した。


 隣の部屋へ、犬居と百鬼が入り戸が完全に閉まるのを確認したら、開口一番にこう言った。


 「お前の持っている情報を、こっちに寄こせ」 


 百鬼は、大きく目を瞠り、思わず犬居の顔を覗きこんだ。

 「一体、何の話だ? お前は俺を見張ってたんじゃないのか? 俺を捕まえる為に」


 いいや、違う。と首を横に振った。

 「俺は、自分の意思でここにいるんだ。本田涼介に会う為に」


 は? ますます意味が分からない。俺が知る限り、犬居と涼介の間に接点など見つからない筈だが?


 「‥‥‥俺は、ずっと本田留美子を追っていた、覚醒剤取締法違反の容疑でな。だが、蓋を開けてみれば本田留美子は、すでに殺され、せめて子供だけでも保護しようと思ったら行方知らずで」


 「‥‥‥俺は留美子から、友人に預けたと」


 そう。だが、それも何者かの手によって盗まれた。それが誰だか分かるか? 留美子のアパートの大家、坂木だよ。


 その言葉に、百鬼は心臓が停まる思いだった。


 「そんな馬鹿な! 奴は留美子殺しの件で留置所の筈だ」


 証拠不十分で、釈放だよ。

 奴は、機会を見計らって、涼介を誘拐して東京湾に沈めようとしたんだが、途中で怖くなってシッポ巻いて逃げっていったんだ。俺は、そこを見計らって涼介を保護したんだ。

 この《ことり園》は、隠し場所としては最高の砦なんだよ。お前も知ってるだろ?


 ここで、犬居は《曽根恭介》の存在を隠した。彼の目的がよく分からないからだ。


 「なんで? ソイツが涼介を誘拐しなきゃならないんだよ!」


 その言葉を発した途端、百鬼は何かに気がつき、ハーッと溜め息をつきながら、ポツリポツリと喋り始めた。


 「俺は、あの日。留美子が殺される直前まで、彼女の部屋にいた。その時、大家が怒鳴り込んで来たんだ。だが、他にも潜り込んでたヤツが‥‥‥」


 誰が父親かなんて確証はない。

 だが、父親ではない坂木が涼介を誘拐するなんて暴挙は‥‥‥誰かに脅されての事か?

 もしかして、坂木が言った『中年の男』に関係するのか?


 どうした? と聞く犬居に、百鬼は軽く首を横に振った。

 (駄目だ、憶測だけで話したら解決するのも出来なくなっちまう)


 「なあ、それよりもアンタに聞きたい事がある。つい最近、久保田のヤツが『預かってほしい』て連れてきたガキかいるんだ。なんでもいい情報がほしい。犯罪歴とか調べられないか?」


 ‥‥‥名前は、栗栖要くるす かなめだ。

 どうも、うさん臭いんだよ。久保田が連れてきた時点でな。




 ‥‥犬居と別れ、養護施設《ことり園》を後にした、百鬼と戸塚は家族が待っている家路に着いた。

 「あっ、お帰り。園長先生、元気そうだった?」

 迎えてくれたのは、三男の千夏司。

 百鬼の後輩の息子で、十年前に久しぶりに顔を合わせたと思ったら、子供だけを押し付けて居なくなった。

 百鬼に預けて暫くして、ヤクザの抗争に巻き込まれて死亡した。それををテレビのニュースで知り、忘れ形見となってしまった千夏司を三番目の養子として入れたのだ。

 今となっては、『マーロン』の看板娘ならぬ看板息子。彼の持つ素朴で純な雰囲気に惹かれ、来店する客が後を立たない。                  

 「皆、元気だったよ。お土産の《五十鈴堂》の黒糖バウム買ってきたから、皆を呼んでおいで」


 は〜い。と言って、兄弟を呼びに行く三男に、百鬼は聞いた。「ところで、カナは?」と‥‥


 「カナは、ちょっと前に出掛けてくる。って出て行ったよ」


 「そうか‥‥」

 

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