涙のシャンパン・ナイト‥‥前編
‥‥‥それじゃあ、始めましょう。面接って言っても、そんなに緊張しなくてもいいですからね。
それでは、名前と年齢をお願いします。
「森本鉄郎、43才です」
嘘! 全然、俺よりも若く見えるよ。肌もキレイだし。メガネ取って、無精ひげ剃ったら大丈夫。
じゃあ、28才にしよう。
源氏名は、《ユウヤ》にしようか。いつから働いてくれる?
本日、アンティークショップ『マーロン』は、臨時休業。
店長が突然の失踪をした為、副店長並び従業員一同は、店長を探す旅に出掛けます。
ご入用の方は、どうぞ玄関に備え付けの犬笛をお吹きください。
‥‥‥てか、なんで犬笛?
その頃、従業員一同は山奥で道に迷っていた。目的は、家出した百鬼を連れ戻す為。
事の発端は、次男の彼女とのケンカにて、ストリップ劇場に行ったのが、バレてしまったこと。それから、再び現れた《栗栖要》の存在である。
戸塚らが、前回のミッションで失敗した時、栗栖が救出してくれたのだ。
だが、整形で顔を全く変えていたので、最初は全く分からなかった。
戸塚らは、商談に来ていた某企業の会社員に、今回の件は不成立で仲介料の3分の2を返した上で、固く口止めしといた。
まさか、こんな事になるとは‥‥‥
そう言い残して、商談相手は自分の会社へと戻って行った。
ちなみに、残りの3分の1は今回の事で被る被害のアフター・サービス代金である。
百鬼と不仲の今、今回の一番の功労者である栗栖要の存在は大変にありがたい。できれば、すぐにでも戻ってきてもらいたいものである。
‥‥‥だが、栗栖からは良い返事を貰えることはなかった。
ただ、まだ戻るつもりはないと‥‥‥
衝撃を受けたのは、百鬼も同じ気持ちであるという事。しかも彼は、何やら栗栖の置かれた状況を知っているようだ。
皆が止めるのを聞かず、百鬼はそのまま栗栖を行かせた。
その翌日。置き手紙を残し、百鬼は家を出た。
そして、これからが『マーロン』従業員の力の見せどころ。今こそ、鍛練に鍛練を重ねた探索力と突発力で百鬼を探し出すのだ!
遠出するので、赤ん坊らは知り合いのゲイバーのママに預けておいた。角刈りで青ヒゲのコワモテの男だが、面倒見の良い人だ。
「ちょっと〜♡ こんなカワイイ赤ちゃん、いつの間に産んだの〜? もうチューしちゃう」
‥‥‥ホント、いい人だから。ベチベチとモミジの手で、お顔叩いたらダメだよ。
心なしか、まだ喋れないのに〝ノー!〟〝ノー!〟と言いながら叫んでいるかのように見えた。
ふがない父を許してくれ。そう思いつつ、幼子2人を残し、彼らは旅立つ。
だが、それが幸いした。
方向オンチである戸塚の道案内で、何故か山に入ってしまい、もう小一時間くらいは彷徨っていると思う。
「ちょっと〜、ホントにこっちなの? それよりも俺たち、今どの場所にいるのよ?」
それは、山道を歩いている時のこと。
途中で大きな蜂の巣を見つけた。
わ〜、危ないな。と思いながら歩いていると、そこに蜂蜜ハンティングに来たクマさんに遭遇。
踊りますか? いいえ、踊りません!
『クッソ〜、オレのハチミツ横取りに来やがったな』ばりに、戸塚らにグルルルルと威嚇し始めた。
それを見た戸塚らは、一目散に走り出した。それはもう、真夏のスプリンターばりの走りっぷりで。
やった〜、あの熊を撒いたぞ! と思った時、完全に道に迷ったことを彼らは知る。
‥‥‥季節は、夏真っ盛り! ミンミン鳴くセミよろしく、四十路間近の戸塚は体力的に限界。20代と10代の息子たちでさえバテ気味なのだ。早く、この山道から抜けたいものである。
「ちょっと、待ってくれ。あともう少しで着くと思うんだけど。どっかで間違ったかな?」
ケーゴさん、一体どこに行くつもりなの?
息子たちの言葉に、戸塚はこう答えた。
「《月姫》のディアナのところ」
‥‥‥その時、彼らは思った。
一生、辿り着くことはない! と。
なんせ、ディアナが構える《月姫》という店は、代官山にあって。〝山〟は〝山〟でも、山違い‥‥というか、どこで間違えるんだ? という話。
それよりも、早く山から抜けないと野宿決定。
あ〜あ。なんで、こんな事になったのかな? それもこれも、海の彼女の小山日菜子が悪い!
アイツが、百鬼のオッサンの地雷を踏んだから、こんな事になったんだよ!
オッサンの性格は別として、俺らの胃袋をガッチリ掴んで離さないというのに‥‥‥
思い出すは、アサリたっぷりのクラムチャウダー。出し巻き卵に、具材がたくさんの味噌汁、チーズたっぷりのグラタン‥‥‥考えるだけでヨダレが出る。
はっ! その時、海の犬耳(?)に異変が!!
‥‥‥誰も気付かない振りをしていたが、そして誰も指摘しようとしなかったが、あの不思議な犬耳はなんですかね? なにやらピコピコと動いているようなんですが?
「犬笛だ! 誰かが玄関に置いといた犬笛を吹いている。こっちだ!」
耳がググッと、引っ張る方向を指差す次男に続き、全員が駆け足で走って行く。
どうやら、この犬耳カチューシャ。カチューシャ部分に秘密があって、 なんと、これと連動している犬笛をキャッチすると、犬耳が吹いている方向に反応して、教えてくれるのです! 名付けて『ワンイヤー・キャッチャー(届けろ、私の気持ち)』
これならどこにいても、たちまちに自宅方向を教え手くれるのだ!
(ただし、誰かが犬笛を吹かなければならない)
また、訳わからんモン作ったな〜。
なぜか、犬耳カチューシャは〝ワンワン〟と吠えている。
「こっちだ、こっち!」
海犬に連れられること30分。一行は、やっとの思いで山から下りられることに成功した。
やった〜、バンザイ! と喜びながら家路に着くと、思わず戸塚は顔を背けたくなった。
なぜなら、そこには鬼の形相をして立っている《小山日菜子》がいたからだ。
「あっ、日菜子さん。どしたの? そんな怖い顔して。美人が台無しだよ?」
いの一番に、日菜子に近寄る次男に対し。戸塚と長男は、激しく動揺する。
はっきり言って、迷惑きまわりない。長男に関しては〝ケチャップ襲撃事件〟以来、拒絶反応しか起こさない。
「も〜う、遅ぃ〜。ヒナたん疲れたぁ、せっかくカイと食べよ思って、ケーキ買って来たのにぃ」
と、差し出したのは、なぜかイチゴと生クリームたっぷりの、バースデー・ケーキのワンホール。
おいおぃ、お前らの誕生日は11月だろ? それに何だよ? ヒナたんって‥‥‥
「うぅん、俺の好物持ってきてくれたのに。コーヒー淹れるから、ちょっと待っててね」
そう言うと海は、そそくさとコーヒーを淹れに家の中にケーキ持って入って行き。千夏司は、つまみ食い目当てに一緒に中に入る。
そして、残された3人は‥‥‥
「アンタら、私をバカにしてんの? なんで私の海が、あんなボロボロになるまで走らせてんの?」
‥‥‥な、なんの事でしょ? それよりもアナタ様のせいで、ウチの百鬼が家出したんでございますよ? ていうか、俺らもボロボロなんスっけど?
「だから、悪いと思ってるから来たんでしょ?」
日菜子は、指をクイクイと動かすと、戸塚のスマホを渡すように要求した。
なんで? と思いつつ渡すと、日向子は勝手にスマホをイジりだした。
そして器用に、他人のスマホでアプリを取得すると、よしっと言って戸塚に返した。
「これで、カンペキよ」
へ〜、これで本当に場所が分かるの?
‥‥てか、『現役探偵監修〝彼氏追跡〟アプリ』って、何ですか?
ストーカーの決定版ですか? しかも月額600円も取るんですか?
さ、行くわよ。小山日菜子は、戸塚と烈を引っ張って目的地に向かって、歩き出した。
‥‥‥その後、お茶の準備が出来たので、日菜子を呼びに外に行くと、誰の姿も見当たらなかったという。