取り引き
某港の貸し倉庫にて‥‥‥
今回の〝お仕事〟は、なんと見届け人。
とある国が、中東の富豪が持ってきた価値ある地下物質を仲介人を介して、買い占めようとドル紙幣で200万持ってきた。
仲介人の話では富豪は中東の出だが、国の財政を一手に搾取してたのがバレてしまい、身の危険を感じた彼は他国へ亡命した。
そして今、起死回生の為に安全な日本で取り引きをすることにしたのだ。もちろん、不正規で。
富豪は付き添い人を5人。商談相手は本人のみ、そして〝戸塚〟と〝烈〟は仲介人と一緒に来た。ちなみに、この仕事には用心棒も含まれます。
わ〜、すっげぇ楽そ〜。
なんてヌカしやがるから、ある間違いに全く気付かなかった(仲介人も含む)。
なんと、目の前の彼らは〝横取り屋〟だったのです!
こちらの敵さん。見目は富豪本人だが、実はソックリさんで、モチのロンで付き添いも偽物。
本物は日本に来る途中で、警察当局にて身柄を拘束、自国へ強制送還させられていた。
そうとは知らない副店長と従業員は『Hold up』と言われ、銃を突き付けられるまで、全く嘘に気付かないでいた。
だから、戸塚らは完全にお手上げ状態。
他国の情勢なんて、中々知り得ないものだし、まさかアタッシュケースから、品物じゃくてインフィニティ(12装弾)を出されるなんて夢にも思わなかった。
だが、こちらの商談相手は念の為に、200万ドルもの大金を他の場所に隠しており、敵さんの仲間が見付けるまでの、人質となってしまった。
「どうしよ〜、ケーゴさん」
急に言われても、戸塚もバンザイ状態で為すすべなし。
頼みの綱である『マーロン』の司令塔である次男も、指示できない状態。
本来なら、こういう危機には正義のヒーローが現れる筈なのだが、あいにく戸塚は恋人の百鬼とケンカ中。
それは遡ること2日前、嫁姑(百鬼VS日菜子)の争いにて、仲裁に入った戸塚圭吾に火の粉が散った事から始まる。
‥‥‥今日のメシは、すっげぇマジいなぁ。どうやったら、こんなメシが作れるんだ?
それは、小山日菜子が森本家に〝お泊り〟した翌朝のことである。
彼女は腕によりを掛けて、朝食作りに勤しんでいた。
ところが出来上がった料理を見て、全員絶句!
悶絶必死の不思議料理の数々に、彼らは死の香りを感じた‥‥‥
これには、流石の海くんも顔が真っ青。
酷い、あまりにも酷すぎる‥‥なんか味噌汁が、お椀の中でブクブク泡立ってるような気がするんですけど‥‥‥
ご飯も水は、ちゃんと測りましたか?
あと卵焼きって、あんな毒々しい色してましたっけ? お前、卵に何入れた!?
昨日はあんなに暴れやがってたのに、今日はニコやかな暗殺者かよ!!
僕らはいいから、君が全部食べなよ。ほら、見てみな。姑さんが眉間に皺寄せてるだろ?
そういえば、海は日向子の手料理を食べなかったのかよ?
え、ない? 今まで僕が作ってました?
お前は、彼女を1から躾けろ!
‥‥‥あ、姑さん! その卵焼き食べたら死んじゃうよ! マズイ? そりゃそ~だよね、世の中のどこに紫色した卵焼きがあるんだよ!? あっ、手を上げたらダメだよ! DVになっちゃう。
そんなイザコザが続き‥‥戸塚が2人を止めようと先に日向子を制した時、逆ギレした日向子にバラされてしまったのだ。
運送会社の伊豆旅行、久し振りにハメを外した社長らは、そのままストリップ劇場になだれ込んだ。
そこで、久し振りに女体を見た戸塚は‥‥‥
「はぁ? 女の裸見て、鼻血ブータレて倒れたって、フザケてんのか? お前」
その時の百鬼の形相が、スゴすぎて多分夢に出てくると思う。
ってか、良いじゃん。男なんだし、許してやれや。心狭いオッサンだなぁ‥‥‥それにしても久し振りに、女の裸を見て鼻血出すって中学生かよ?
‥‥‥以来、百鬼は戸塚とは、口も聞かなくなったとさ。圭吾、男の嫉妬は怖いぞ!
以上‥‥‥回想録、終わり(長かった)!
「コジマさんも、ちゃんとしてよ。こんなんじゃあ! 命が幾つあっても足んないよ?」
う~ん、うっかりしたなぁ。
これは、仲介人のコジマさんの言葉。
実は彼は昔、烈と海が借金の肩で売られる途中、方向転換して百鬼のいる『マーロン』に連れて行った張本人である。
救いだったのは、百鬼がショタコンではなかった事である。
そのコジマ。本業の仲介は、そこそこ腕があるらしいが、しょっちゅう失敗する事が多いし、今回の事だってそうだ。
「う〜ん、こういう時に百鬼君が駆け付けてくれる筈なんだが、キミたちケンカでもしたのかね?」
はい、そうです。
何も知らない取り引き相手も、真っ青な顔で両手をあげてる。
「大丈夫だって、百鬼なら絶対に助けに来てくれる! 安心しなよ」
大ざっぱな仲介人の言葉に、2人の心はドンヨリ曇り空だった。
百鬼の、あの怒りようは尋常じゃなかった。なんせ、こちらはノーマルの正常な男性だからね‥‥‥女の方が、いいだろ? って言われたら「うん」って言っちゃうよね。
呑気に口笛を吹いているコジマは「ダマレ」と敵さんに怒鳴られても、お構いなし。
しばらくすると、ピタッと口笛を吹くのをやめ、戸塚らに聞こえるくらいで呟いた「くる」と‥‥‥ まさか? 戸塚と烈は、小さな希望を抱きながら、コジマの向いている方向へ目を向ける。
外では、敵さんの仲間が英語で何かを喚く。コジマさんの通訳では何者かが、この界隈に侵入したらしい、しかも車で。
確かに、この貸し倉庫では、重たい鉄の扉で閉ざされていて、外の状況は全く分からないが、何やら外が騒がしくなってきたのは分かった。
‥‥もしかして、百鬼が助けに来てくれたのかもしれない! 淡い期待を胸に秘めていると、思った通り車はブオオオオォンとエンジンを蒸かし、勢いで厚い鉄の扉をガンッとブチ破って突入してきた。
烈たちの周りにいた敵たちは、阿鼻叫喚で、バラバラに散らばっていく。
「オッサン、見直しだぜ!」
烈が、大喜びで叫んでいるイヤホンジャックの向こうでは、海の戸惑う声で『えっ?』といっているが、その声は烈たちの耳に届くことはなかった。
赤の4WDの外車で現れたソレは、ウィンドウを少し下げ、こう叫ぶ「早く、車に乗れ!」と。
言われなくても、戸塚と烈。それにコジマと商談相手の4人は、車に乗り込んだ。
「突っ切っていく! シートベルトを体に巻き付けとけ、舌咬み切るなよ!」
赤い4WDは徐々に速度を上げ、追っ手が車できたのをバックミラーで確認すると、すぐさまウィンドウを下げ、外にパイナップル爆弾を放り出した。
「な、何をするんだ? キミィ!」
あまりの事にコジマは驚いたが、戸塚と烈には見覚えがあった。
あれは、海オリジナルのペイント弾だ。黄色いパイナップルは黄色のペイントで、着地した時点で空気に馴染むように煙が広がっていくのだ。
「ホントに助かった、ありがとう‥‥‥」
助手席に乗っていた烈は、礼を言う為に運転席に顔を向けると、そこにいたのは百鬼ではなく‥‥‥
「はぁ? お前は、一体誰だよ?」
‥‥‥運転席に座っていたのは、全く見覚えのない美青年がいた。
‥‥‥海は、閉店後の店内で1人、戸塚と自分の兄が帰ってくるのを待っていた。
烈と海は双子でありながら、二卵性の為に体格も性格も異なっていた。
一卵性ならば、お互いの考え方も少しは分かるのかもしれないが、海は烈に体力的にも精神的にも、ついていけない事が多かった。
だから、海は待つ。自分の半身が無事に戻ってくる事を。
すると、ギィッと店の玄関が開く音がした。
きっと、烈とケーゴさんだ! 海は大喜びで2人を迎えに行くが、彼の瞳に映ったのは‥‥‥
「はぁ? お前、一体誰だ?」
見目は著しく違えども、反応は全く同じ。
ドアを開けると、見知らぬ美青年が立っていた。まるで造り物のように。
その彼の後ろに、無言のまま腕組みして立つ、戸塚と烈の姿があった。
海が何事かと尋ねると、2人は事の一部始終を喋った。今回の仕事が罠だったこと。それを彼が助けてくれた事。そして、彼の正体を。
「やっと帰って来たか」
その声の持ち主は、百鬼だった。
とかく、2人に労いの言葉を掛ける訳でもなく、ただ青年の顔をジーッと見つめる。
すると、青年はバツがワルそうに顔を背け、ドアへと向かう。
その帰る姿を見た、百鬼は言った。
「俺は、お前にもう何も言わない。お前の思うようにやるがいい」
ただし、久保田の話は別だ。ヤツの事は逐一報告するんだ。
それから、全てが終わると必ずココに戻って来い、分かったな? カナ。
栗栖は、一度も百鬼と目を合わせる事なく、その場を立ち去った。
‥‥‥百鬼は言った。時間が全てを解決してくれると。
だが、その翌朝。森本家に衝撃が走った。
朝起きると、必ず料理自慢の百鬼の料理の数々が並ぶのだが、その日は何もなかった。
代わりに、テーブルの上に置かれてたのは一枚の紙切れで、そこにはこう書かれていた。
『捜さないで下さい。』