如何様物(いかさまもの)③
アンティークショップ《マーロン》の、すぐ近くの角の信号機に、違法駐車されている黒のセダン車に二つの影あり。
‥‥‥その中には、くつろいだように座席のボックスに、足を投げて座る栗栖は、二枚の調査報告書を、睨むように覗き込んでいた。
一枚は、二十年前に亡くなった《本田留美子》という女性。そして、もう一枚は彼女の忘れ形見となった《本田涼介》という青年。
彼は母親の死後、養護施設に預けられているらしい。
「久保田さん。この少ない情報量で、俺に何が出来るって言うだよ? この美人の母親に、施設に入っている息子‥‥一体、何を始めようってんだ?」
「面白くて、仕方ない事さ」
そう言うと、久保田は点けていたハザードランプを切り、ゆっくりと車を発進させた。
‥‥‥その頃、養護施設《ことり園》では、《木下家》への養子が決まった《本田涼介》と、園長が話をしていた。
「涼介ちゃん。貴方が《ことり園》を巣立ってく日が近いなんて、何か寂しいわね」
園長は寂しげに、涼介の顔を見つめた。彼女は、犬居が連れてきて以来、二十年も涼介を育ててきたのだ。情も愛も湧いてくる。
本来なら、十八を過ぎた時点で施設を出なければならないが、行き場のない涼介を引き留め、人手の少ない《ことり園》を手伝わせることにした。
そして、《ことり園》に訪れる木下夫妻は、前から涼介を養子にと切望していたが、中々より良い返事を出さなかった。
だが転機が訪れたのが、この《ことり園》の新たなる危機であった。
事の始まりは、昔あった頃の《ことり園》と全く同じ状況だということだ。
だが、次は道路族が関わってきたからだ。今度は高速道路を造るらしいとのこと。
当然の事ながら地元住民とも揉めているが、この攻防では彼らは勝てる見込みがない。なんせ相手は〝国〟だからだ。
涼介を養子にと、言ってくる《木下家》は、夫婦で会社を営んでいる。彼らは、即戦力となってくれる後継者をとしていた。そこで色んな施設を回り、最後に辿り着いたのが《ことり園》だ。その時に彼は、すでにここで働いていたのだが、彼の人となりと仕事ぶりを見て、涼介を切望したのだ。
そこで、涼介は夫婦にある提案をした。
『養子縁組は別にして、自分を雇ってほしい。そして、あなた方のお眼鏡に叶えば、それから養子にしてほしい』と‥‥
高速道路の案が無くならない限り、《ことり園》は土地を去らなくてはならない。本当なら反対運動を起こしたり、騒ぐなりして国政が動いてくれるのが、一番よいが。無い物ねだりをしても仕方ない、それよりも、次の住処を探すほうが良いに決まっている。
だが引っ越しするにも金がいるし、それに〝国〟相手では希望する金を払ってくれるとは限らない。
甘える訳ではないが、最初の頃はバイトとして仕事をさせてもらい、引っ越し費用を稼ぐのだ。
「いきなり、そんなことを言い始めるから、先生びっくりしたわ」
素直な感想を述べる、園長に涼介は満面の笑みで答えた。
「先生、気にすることないよ。チビたちにも、お金が掛かるし。犬居さんや森本さんが、来てくれる間はお菓子や日用品は足りているけど、頼ってばっかも駄目だよね」
だから、外でいっぱい稼いで来るからね。
屈託なく笑う涼介に、園長は胸が締め付けられる想いだった。
‥‥‥それを、双眼鏡で覗く二つの影。
刑事の久保田と、『マーロン』店員の栗栖要だ。彼らは〝成り済ます〟相手を下見に来ていた。
「絵に描いたような、良い子ちゃんじゃねぇか」
「ホンマな。お前、あぁいうの虫唾が走るだろ?俺もだ。あんな正義感ぶってんの好かん。母親がロクでもない人間だったからさ、徐々に化けの皮を剥がして行こうぜ」
「おっ、悪徳警官。正義を語るでありますか?」
バ〜カ。と一蹴し、二人は今日のところは帰る事にした。
何事にも、準備というものが必要だからだ。
決行は、《本田涼介》が木下家に出発する当日。失敗は許されない‥‥‥
‥‥‥一方その頃、アンティークショップ『マーロン』では、前回の仕事の成功を期に、新たな依頼が次から次へと舞い込んでおり、どれから捌くか悩んでいた。
ただ、昔と一つだけ違うところがある。
それは、かつて同志だと思っていた《本田留美子》の〝死〟により、麻薬関連の仕事は、あまり引き受けなくなったという事だ。
血が繋がっていないとは言え、息子が五人(+1)いる彼としては、息子たちには留美子と同じ道を辿ってほしくないのだ。
「あれ? ところで、今日は何だか店員が少ないなぁ、烈と海は?」
話しに夢中で、百鬼は息子の数が足りないのに、今気が付いた。
ちなみに店番してるのは、三男の千夏司だけ。
ホンマ、君おらんかったら店潰れとるでぇ。
(百鬼談)
「烈は、今ハマってる地下アイドル《紗葉》ちゃんの応援に行っているよ。普段、喫茶店で働いてるんだってさ」
百鬼の問い掛けに返したのは、副店長で相棒の戸塚圭吾である。
「あぁ、あの虹色のハンテンに金文字で描いてる〝ラブリー紗葉〟ね。追っかけかよ!」
‥‥‥親代わりであると同時に、母親(?)代わりでもある百鬼は、掃除や洗濯する時に密かに息子らの持ち物をチェックしている。
変な女にハマってないか? とか。
「それで、海は?」
百鬼は、次に次男の事を聞いた。すると、返ってきた答えは「彼女とデートしてる」だった。
しかも、相手は三つ年上のOL。逆ナンされて付き合う事となり、半年が経つらしい。
「それ、アカンでぇ! やめときぃ、素人に手ぇ出したらアカン!」
知らなかったとはいえ、急に慌てだす百鬼を、冷やかな目で見る戸塚。そして、彼の首根っこを掴むと説教した。
「お前が言うか、お前が!」
至極、ごもっとも。
だが百鬼は、なおも食い下がる。
「俺は愛の狩人だから、い~の! それよりも、海だよ! 素人女に仕事がバレたら、他人に喋る可能性があるだろ? それが怖いんだよ!」
ジリリリリィィィ‥‥‥ジリリィィ。
その時、けたたましく鳴り響くピンクの公衆電話が(古い)!
ガチャ!!
「はい、もしもし。アンティークショップ『マーロン』‥‥‥」
それは、女の声だった。
『黙れ! この下郎!!』ガチャッ!!
「‥‥なんか電話の向こうで、海の声で〝醤油どこ?〟って聴こえたんだけど?」
‥‥‥いや、それよりも何で俺らの会話が筒抜けなんだ?
百鬼と戸塚は、互いを見ると一斉に周りのコンセント裏、机や椅子の裏を覗き始めた。
「あった、鉄郎。盗聴器だ! 電話機のコンセント裏だ」
「こっちもだ、このテディベアの中にもあった。しかも、ウチの商品じゃない!」
‥‥‥結局、盗聴探知機などを使い見つかった盗聴器は、全部で五つ。
これを見た二人は、心底ゾーッと背筋が凍った。
「俺は、この店を始めた二十数年。こんな奇怪な現象は初めてだ」
まさか、裏社会で生きる自分たちにバレる事なく仕掛けるなんて、海の彼女は一体何者なのか?
それは翌日、朝食時の一家団欒で分かった事だ。
「え、日菜子さんの仕事? 探偵事務所の調査員だよ、何かイケないの?」
悪びれる風もなく、ママ手作りのミネストローネを口に運ぶ‥‥‥
大問題だろうが!! 実は、あれから更には《日菜子》なる女から電話が掛かってきたのだ!
『彼氏にバラしたら殺すぞ!!』
‥‥‥モノ凄い迫力で。多分、彼女は恋人を心配するあまり、仕掛けたのだと思われる。
て言うか、盗聴器を仕掛ける時点で犯罪だし、ほぼストーカー。警察に訴えられない事を知ってるのだろうか?
その前に、いつ仕掛けたのだろう? 謎は深まるばかりだ。
(もしかしたら、コイツは使えるかも)
その時、百鬼は閃いた。これを使わない手はないな、と!