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鉤爪

 この世には、色々な幸福がございます。

 女性なら、恋愛・結婚・出産。男性なら、出世・名誉・名声。それらが、いとも簡単に手に入るのなら誰も悩んだりはしません。

 それに生きていく上で、もちろん気をつけなければならない事柄も多々ございます。

 それは、怨恨・妬み・嫉妬の類いでございます。


 つい先日も、ウチの新入りが女に恨まれ、刃物で背中を一突きされましてね。

 流石の私共も、これには驚きまして、彼を安全な場所に避難させましたから、大事には至りませんでしたが。

 なんせ、因果な商売でしてね、あまり公にはできない事情がございます。



 なぜなら我らアンティークショップ『マーロン』は、裏の稼業に繋がっており、売り物もアンティーク調の家具屋や調度品、麻薬から爆弾まで。

 お客様のご要望なら、何でも揃えてみせます。どうか、私共にご一報を。




 私の名前は、百鬼ひゃっき。私の本名? そんな無粋なモノは当に捨てた。

 これは、遡ること二十年も昔の話でございます。

 その当時、私はまだ独り身。

 密輸組織というシンジケートから独立すると、店を持つ事ができ、そこで物流を発信することができるのでございます。

 商売が商売の為、気軽に従業員を雇い入れる訳にいかず、まだ1人で行動していた時でございます。

 当時ウチに来ていた客層は、若い女性に富裕層などが、大半。

 その中に混じって、存在する〝運び屋〟と呼ばれる人間たち。

 その中でも、本田留美子の存在は別格でありました。

 彼女は看護婦という職業でありながら、麻薬の密売人という裏の顔も持っていながら、とても、美しい女性だというのは、印象にございました。

 誰か幹部の愛人ではないか、と噂しておりましたが。こんな所にいるだけでも、まともな感覚ではございません。

 きっと、何か理由があるのでしょう。何か‥‥‥

 留美子は病院で長期休暇を取ると、よく旅客船でアジア圏に旅行に行っておりました。

 もちろん、それは名目であり。実際には覚醒剤を密輸してござい。



 

 「じゃあ留美子、運搬の方を頼む」

 〝裏家業〟の運搬品を扱う場合、彼は自分の書斎の裏側に作った、隠し部屋で行われる。

 仕掛けは、少し凝っていて、大きな本棚の二列目にズラリと並べてあるハードカバーの本たちの中で、一冊だけ表紙に何も書かれて無い物がある。

 中身は箱型になっており、その中に取っ手みたいな物が入っているので、彼はそれを手にすると、今度は本棚の横に廻り手探りで小さい穴を見付ける。

 その穴に人差し指を突っ込むと、ボタンに触れるのでそれを押す。

 すると本棚が自動に動き、そこに現れるのはドアノブのない部屋のドアだ。そこに先程の取っ手を付けて開けると、やっと地下室に通じる道に繋がるという訳だ。


 百鬼は、アンティークの置き時計に〝商品〟を忍ばす。桐の箱に詰め込み、一段落すると、百鬼は留美子に煙草を勧めた。

 「ううん。あたし、煙草辞めたの」 

 珍しい言葉に、百鬼は目を凝らす。

 彼の記憶が正しければ、彼女は極度のヘビースモーカー。

 しかも銘柄は赤のラーク、一日に二箱は空けていた筈だが。

 「面白い事を言う。お前は、確か指に煙草がないと落ち着かないタイプだったろ?」

 百鬼は、そう言いながら一本目の煙草に火を点けた。

 ‥‥‥人は、変われるものよ。

 留美子は、そう言い残して『マーロン』を後にする。

 その時、いつもヒールの高い靴を好む彼女が、ベタ靴になっていたのを彼は気付きはしなかった。

 「そんなものかね‥‥‥」

 彼の吸った煙草の灰が、落ちそうになっていた。



 「いらっしゃいませ」

 その日は、いつものように店を開け、接客業に精を出している百鬼の処へ、招かざる客が来た。

 「お久しぶりです、犬居さん」

 そこに現れたのは、警視庁捜査一課の犬居刑事である。

 百鬼は、この男には怨みがあった。

 以前、麻薬取締法違反で犬居に捕まった事があるのだ。それ以来、ずっと犬居に付きまとわれて困るのだが。もう一つ、それ以上に悩みの種が‥‥‥

 (久保田‥‥‥!)

 まだ、その頃は新人刑事であった久保田刑事。彼は、新米ながら頭がよくキレるらしいが、百鬼と久保田は裏で繋がっていた。


 幾度となく現場に踏み込まれたが、事前に久保田からのリークで難を逃れてきた。

 だが、犬居はまだ諦めてなかった。ここで流れる覚醒剤の類いを。

 ここで百鬼が逮捕されれば、関連している同業者。暴力団などが芋づる式で捕まる可能性大だ。


 だが彼の悩みは、その仲間だと思っていた久保田にいつ裏切れるか‥‥それよりも、彼自身がどうやら麻薬を常習しているらしい。

 (もし久保田が捕まれば、俺も一蓮托生)

 そう考えれば、百鬼の背中に冷たい物が伝う。犬居は、どうやら目当ての物が見つからなかった様子。蛇のような目で、百鬼を睨め付けると何事もなかったかのように『マーロン』を後にする。

 そして久保田の方も百鬼に一瞥すると、犬居の背中を追いかけていった。

 

 ‥‥‥それから暫くは、留美子の姿は見ていなかった。仕事でヘマをしたという噂も聞いてないし、大体は一ヶ月間隔で訪れていたから、少し気に掛かっただけだ。

 ところが状況が一変したのは、それから半年も月日が経った頃である。


 バン!!! と、乱暴に店の玄関の扉を開ける音かした。

 その時は、閉店間際の午後七時前。百鬼は店仕舞いの支度をと、モップ掛けの途中であった。

 一瞬、暴漢でも入って来たのかと、身構えていたが、そこに立っていたのは、本田留美子だった。

 「お前、生きてたのか」

 そう言うと彼女は、死ぬ訳ないじゃない。と返した。

 彼女は何かあったのだろうか? 細い体を小刻みに震わせ、怯えている様子。

 百鬼は、留美子を落ち着かせる為、ホットワインを用意した。

 「飲め、落ち着く」

 すると彼女は、百鬼の目を覗き込み、彼に懇願した。

 「お願い、お願いよマスター。私に大きな仕事ちょうだい」

 彼女の、切羽詰まった顔を見るのは初めてだ。

 「どうした、お前らしくない。何か揉め事があったのか?」

 すると、彼女は百鬼に今までの経緯を話した。

 「マスター。私ね、子供が出来たの」

 でも、相手が認知してくれなくて‥‥‥それに、今の私じゃあ《涼介》を抱いてやれない。

 「なんとしてでも、大金を手に入れて《涼介》を連れて遠くに逃げるの」

 留美子の熱い想いに、心を打たれた百鬼は、彼女にある仕事を託す事にした。



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