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【 4 】 魔人空手

 コナー邸に帰った頃には陽が沈みきる寸前だった。道場とコナー書店の距離は徒歩約2時間といったところか。疲労感と倦怠感を抱えたまま歩いて来たので、今すぐにベッドに飛び込みたい気分だ。それなのに、一緒に歩いてきたヴァイスは元気一杯のご様子。あの小さな身体のどこにそんなスタミナがあるのか疑問でならない。お気楽リスめ。


 さて、疲れた身体には温泉が一番とばかりに風呂に入る。ここへ来てからというもの、この温泉風呂には毎日癒されてきた。コナーが言うには、ここの温泉には魂や気を癒す効果があるらしい。地球の温泉にも同様の効果を持つ温泉があると聞いた時は驚いた。原理を訊ねた所、幻素である魂、気、魔、混の全てを一定割合で含む湯にはそういう力があるとの事だった。…それは原理じゃない、条件だろ。とツッコミたくなったがやめておいた。大賢者とは言われていても何でも知っている訳ではないのだろう。そのうち自分で調べるさ。


 本当にこの湯には癒される。コバルトブルーの乳白色。少し鼻を突く硫黄の臭いが温泉らしさを際立たせる。俺は湯に浸かりながら、全身の『気』を見るように目を凝らしていた。どうやら、目に気を集中させなければ気は見えないらしい。俺の気が温泉の湯気と混ざり合い、俺に吸い込まれる様子には感動を覚えた。同時に魂や気を癒す効果というものを実感した。温泉を上がり涼む頃には、疲労感も倦怠感も嘘のように感じなくなっていたからだ。


 その後、夕食でコナー特製カレーをご馳走になる。ココナッツの甘い風味と、スパイスの辛味や香りが妙にマッチして美味い。食事中、コナーに『気』と『気力』について聞いてみた。


「幻素である『気』のことを言っていたり、精神や心の事だったりするな。

 『気力』とは幻素『気』のエネルギーのことか、精神力のことだ。

 目に見えない、生命エネルギーみたいなものと思えばいい。」


 トラロックとほぼ同じ返答だった。…ん?今の返答、何か引っかかるな。しかし、コナーが再び口を開いたことで、俺は違和感を忘れてしまう。


「ユウキ、法術の方はどうだ?自分の魂力は感じられる様になったか?」


「いいえ、全く…。お蔭さまで気は感じられる様になりましたが。」


「そうか。まあ、直ぐには無理だろう。優秀な者でも一ヶ月ひたすら瞑想することで、ようやく自身の魂力を感知できるらしいからな。オレも一ヶ月かかった。もっとも、その時はまだ三歳だったが。」


 アンタの転生自慢はいいんだよ…。とは思っても口には出さない。まあ、簡単にはいかないか。




 満腹になった俺は、借りている部屋で机に向うと『法術入門』を手に取った。我ながらよく勉強するな、と感心する。地球では夕食後ゆったり休むのが習慣だったのに。



 本文1ページ目を開く。基礎の基礎の部分だ。



■□□□

 部屋を暗くして目を閉じ、自分の中の自分に意識を向けましょう。

 真っ暗な中に光る一つの玉が見えてきます。

 それが自分の魂です。

 次に、その魂を観察する様によく見てみましょう。

 玉の中を煙の様な光が循環しています。

 その煙の様な光こそ、自分の魂力の流れです。

 今度はその流れを取り出します。

 意識を少しづつ外側へ向けましょう。

 徐々に自分の心臓の鼓動が聞こえてくる筈です。

 そこで、魂力の流れが心臓に流れ込むイメージを作ってください。

 後は自然と、魂力が血液と共に全身に巡ります。

 ここまで出来たら次のステップへ。

 □□□■



 カーテンを閉じ、部屋の明かりを消す。


 入門書に従い目を閉じ、俺の中の俺に意識を向けてみる。自分の気を意識して初めて見た時…俺を覆う白い靄も自分の一部であるという事を漠然とだが感じた。その時の感覚を思い出すように内側へと意識を集中する―。


 自分の鼓動がうるさい。しかし、気に留めない様にする。



――――――――――――――――――


 やがて音も光も無い世界に潜り込んだような感覚になった。この時既に集中だとか意識だとか、何も考えていなかった。無心―。そう、正に無心だった。夢のない眠りに落ちた様な、それでいて眠りの中で時間を感じている様な、奇妙な感覚だけがあった。


 そこに一筋の光が見え始める。真っ暗な虚空から、ある一点へと続く光の筋。無心となり感覚だけになっている俺は、その光の筋が俺の心、または気、もしくは精神なのだと感じた。


 一方の光の端は見えない。虚空の遥か先から差し込んでいる。もう一方、光の先端が射すある一点、そこには光の玉があった。


 光の玉に感覚を向けると、徐々にスーっと近づいていく。ちょうど、カメラでズームをしていくように。


 アップになった光の玉の中で何かが渦巻いている。虹色に光り輝く煙。魂力…。俺の感覚は確かにその力を感じ取る。


 光の玉に手を突っ込み、虹色の煙を掴む感覚の後、光の筋に沿って虚空の果てに向かった。


 やがて、意識が戻ってくる。思考が戻ってくる。


――――――――――――――――――



 自分の心臓の音がよく聞こえる。

 俺は意識の底の更に奥深くに潜っていたのだろう。そして今、戻ってきた。


 先程、無意識の中で掴んだ虹色に光り輝く煙が血液のように全身を巡るイメージをしてみる。







 しばらく待ってみたが、何も変わった様子が無い。試しに全身の気を見てみたが、薄く白い靄が皮膚を覆っているだけだ。


 失敗…か?


 いや、基礎には続きがあった。俺は入門書に目を遣る。


■□□□

 後は自然と、魂力が血液と共に全身に巡ります。

 ここまで出来たら次のステップへ。


《ステップ2》


 魂力を引き出す訓練をしてみましょう。

 初級法術“淡く照らす者”を活用します。

 初めに両の手の平を合わせましょう。

 合わせた手の平をゆっくりと少しづつ離します。

 この時、魂力が手の平から手の平へ流れるイメージで行って下さい。

 目安として拳一つ分離れた時、手の平の間に魂力が視認できれば次へ、できなければ両の手の平を合わせるところからやり直しです。


《ステップ3》

 

 手の平の間を流れる魂力が地面に零れそうになるのをイメージしてみて下さい。

 それを零さない為にはどのような手の形になるでしょう。

 水を両手で掬うような形になりますね。

 この時、手の平に魂力が乗っていれば、あとは術式を組み立てるだけです。

 ステップ4へ。


《ステップ4》


 初級法術、光操作系“淡く照らす者”の術式を組み立ててみましょう。

 魂力を幻素『光』に変換する術です。

 公式は

 『光』=[{(『魂』+『波』)×『混』}/魂力]×(『創』/魂力)

 です。

 この公式を法術言語に変換すると

 『{一人称代名詞所有格(例:我が,己が)}魂力により創り出すは淡く照らす光。魂と波の混沌より{一人称代名詞所有格(例:我が,己が)}魂力が導く{場所(例:手の平、指先)}に新たなる輝きを灯せ。』

 となります。この時、光を灯したい場所に魂力がなければ術式が成立しないので注意しましょう。


 手の平に光は灯りましたか?

 繰返し練習に励みましょう。

 魂力の引き出し方に慣れてきたら指先や、頭上に光を灯すことにも挑戦しましょう。


 ここまでできれば、基礎は終了です。

 注ぐ魂力を増やすという応用によって中級法術“輝きを放つ者”になります。

 様々な術式に挑戦してみましょう。


 □□□■



 魂力を感じることが出来ず、読み飛ばしていた事を忘れていた。


 早速、手の平を合わせる。両手を魂力が流れる様なイメージをしながら、徐々に離してみる。すると、手の平と手の平の間にできた僅かな隙間に虹色の煙が見えた。それを途切れさせない様注意しながらゆっくりと両手を離していく。


 …あ、ダメだ。2センチメートル程離したところで、煙は霧散した。


 もう一度…。


 …お、もう少し…あー!ダメだ。


 もう一度…。



 もう一度…。



 …。



 その夜は幾度も練習を続けた。ようやく、拳一つ分の間を流れる魂力を維持できるようになった頃、俺は眠気に負けた。





――――――――――――――――――






 翌日。


 俺は“優秀な者”とやらをぶっちぎって、僅か十日足らずで魂力を感じられる様になった事をコナーに自慢…しなかった。術式を組み立てられるレベルにない事と、別の用件の為に急いでいたからだ。


 まだ陽が顔を出しきって間もない時間から、俺は道場に向かおうとしていた。道場に着く頃には丁度いい時間になっているだろう。


 元々運動は好きだし、ましてや何年も続けてきた空手、俺は体を動かしたくて仕方がなかった。決して、美人の師範代に会いたい訳ではない。…会いたくないのかと問われれば会いたいと答えるが。


 …思考が変な方に向かったな。


 朝食には硬いパンが出された。昨日のカレーに浸けて食べたら癖になりそうだった。その後、ヴァイスと共に出発する。


 昨日は夕方だったから分からなかったが、霊鳥王国の町が目覚めるのは遅い。あれ程賑わっていた大通りは時折朝の散歩をしている人が通るくらいで、道行く人や俺達の足音が響く程の静けさだ。

 ようやく店を開く露店が疎らに見え始めた頃には、道場に続く脇道の所まで来ていた。

 こうなると道場が開いているか不安になってくる。まあ、俺が道場に行ってくると言った時にコナーは何も言わなかったし、大丈夫だろう。

 などと考え事をしながら歩いていると、道場の前に着いた。


『闘神流トラロック道場』


 門戸を開き、中に入る。練習場へと向かうと、逆側から練習場へ向かってくる人影が見えた。茶褐色の肌、ウェーブがかった銀色の長い髪、エキゾチックな美人という表現が当てはまるスタイル抜群の美女。相変わらず、美貌が眩しい。

 ん、同じ事を以前思ったことがある様な…まあ、既視感デジャヴだろう。昨日の事だろッ!と念話でツッコミが入った気がする。おっと、思考が念話に漏れてたか。


 …話が逸れた。


 人影はやはり師範代のメツトリだった。先に練習場に着いたメツトリは俺に軽く会釈をした後、練習場に入った。俺も後に続く。


 さて、練習場に入ると門下生が三名しかいない。そこにメツトリと俺達が加わり六名。…少な過ぎやしないか?昨日は総勢50名くらいいた気がする。


「あれ?これだけ…?」


 思わず口に出てしまった。そんな俺の独り言にも似た問いにメツトリが申し訳なさ気に答える。


「お恥ずかしい話です。当道場において魔人空手を本気で修めようとしている者は、今ここにいる我々と、他一名だけなのです。

 他の者は趣味程度にしか考えていないのでしょう。皆がここへ出てくるのは昼食後です。」


 メツトリの言葉に続き、ツルツル頭で仏頂面の爬虫類っぽい門下生が前に出た。あ、この人がヴァイスの言ってたハゲか。


「我らは、昼前の最も頭脳が冴え渡るこの時間に実戦形式の組み手稽古を行っておるのです。

 闘神流の真髄は型に非ず。実戦こそが我らを研ぎ澄ますのです。

 師範や師範代のお許しが出れば魔物相手の実戦も致します。まだお許しは頂けておりませんが…」


「ジャブダルッ!」


 何故かメツトリが厳しい声を上げた。ジャブダルと呼ばれたハゲは一瞬「しまった」という表情をするも、すぐに元の仏頂面を取り繕い、俺に深々と礼をする。


「大変失礼を致しました。

 私の名はジャブダルと申します。

 筆頭門下生として修業に励んでおります。

 申し遅れ、誠に申し訳ありませんでした…。」


「い、いえいえ、そんなに恐縮しないで下さい。

 俺はユウキといいます。よろしくお願いします。


 あ、昨日はヴァイスがお世話になった様で…。」


 メツトリは名乗らなかった事を戒めたのか。自分だって昨日は申し遅れてたのにな。と思いつつメツトリを見ると、少しバツの悪そうな顔をして俺を見た。あれか、自分と同じ失敗を弟子がしない様にと気を遣っているのか。うん。きっとそうだな。


「ヴァイス殿は飲み込みが大変早く、あっという間に追いつかれてしまいそうです。

 我等も一層気を引き締めました。」


 クソ真面目な表情でハゲが答えた。真っ直ぐ見られると、蛇と向き合ってるような気分になる。ヴァイスを見ると「(すごいだろッ)」と言いながら仰け反っていた。お調子者のリスめ。…仕草が可愛いので腹も立たないが。


「そうですか。本人もやる気に満ちていますので、どうかよろしくご指導願います。」


 俺がそう言うと、ジャブダルは「では」と頭を下げ、ヴァイスと共にその場から離れて、一緒に組み手を始めた。…あの体格差で組み手は成立するのだろうか。

 二人が組み手を始めた頃、それまで組み手をしていた別の二人がこちらへやって来た。おそらく自己紹介の為にメツトリが呼んだのだろう。二人の門下生は揃って深々とお辞儀をする。なんだか、魔人空手という荒々しい名前とは対照的な礼儀正しさだ。メツトリの指導の賜物だろうか。…トラロックはそんな感じがしないしな。


「亜人族の虎人トラビト種、アルデバランと申します。よろしくお願い致します。」

「人間族のヤンです。宜しくお願い申し上げます。」


 礼には礼で応えねば。俺も敬礼で答える。


「ユウキと申します。宜しくお願い致します。」


 二人は軽い会釈をし、元いた位置へ戻ると再び組み手を始めた。組み手を少し観察する。ヤンと名乗った門下生の気が白色から黄色へと変わっていく。対するアルデバランとかいう亜人の気は白色と黄色をいったりきたりだ。その状態で組み手が行われる。


 ヤンの攻撃は空手というよりも功夫に近い。アクロバティックな動きでアルデバランに攻撃を仕掛ける。アルデバランの方は、俺の知る堅実な空手の動きをしている。軽快に間合いを詰めるヤンに対し、確実な体捌きで一定の間合いを保つアルデバラン。…あの間合いは中段蹴りだ。

 俺の予想通りアルデバランが中段蹴りを放つ。しかし、蹴りのモーションがバレバレな上に脚を覆う気だけが黄色になっている。それじゃ「脚で攻撃しますよ」と言っているようなものだろ。かわされるぞ。

 あれ?当たった。


「お分かりですか?」


 二人の組み手を観ていたメツトリが俺に問いかける。含みのある問い掛けだな。


「…型は良くありませんね。それに、ヤンさん…でしたか。彼にいたっては自由過ぎる気が…。」


「やはりユウキさんから見てもそうですか…。他に気付いた点はありませんか?」


 メツトリは溜息交じりにまた問い掛けてくる。


「アルデバランさんの気が不安定に見えます。白と黄色の間で定まっていないような…。それに、攻撃に使う箇所の気が攻撃の前に黄色に変わっていますね。あれでは、どこで攻撃するか丸わかりです。でも…ヤンさんには当たりましたね。」


 ヤンはアルデバランの中段蹴りを察知できず、前方二段蹴りのモーションに合わせられ、横っ腹に直撃を食らっていた。


「え!?」


 何故かメツトリが驚いている。俺、何か変なことを口走ったか?


「…え?」


「ユウキさんには、気が視えているのですか?」


「……え??

 はい…。視えますが…?白や、黄色で…」


 何?視えちゃマズイのか?俺、やらかしたのか?まさか、俺をからかおうってんじゃ…ないな。メツトリは本気で驚いている様だ。じゃあ、俺の目がどうにかなってしまったのか?目が、目がぁー!…危ない。錯乱してしまった。驚いた表情のまま、少し興奮気味にメツトリは語り出す。


「参りました…。

 貴方は素晴しい才能をお持ちの様です。

 昨日は精孔をこじ開けるキッカケを与えただけのつもりです。まさか、既に気を視認出来るまでになっているなんて…。“視える”までには通常五年以上の操気術の修行が必要なんですよ。」


 あらまあ…。なるほど、これでコナーとの会話の違和感が腑に落ちた。コナーは気を感じることは出来ても、視えないのだ。組み手をしている二人も、おそらくまだ視えないのだ。


「そ、そんなに特殊なことなんですか…?」


 俺は恐る恐る訊ねた。


「はい。既に申し上げた通り、厳しく長い修行によって視えるのです。

 私も視えるまでに何度も挫けそうになりました…。」


 メツトリが遠い目をしている。本当に苦労したんだろう。突然現れた、気も纏えていない異世界人があっという間にそれを出来る様になったのだから、心中複雑だろうな。なんだか申し訳ない。

 しばしの無言が二人を支配するが、メツトリが何やら思い出したように口を開く。


「疑うわけでは無いのですが、今の私の気の色を当ててみてください。」


「白、ですよね?」


 なんか、色を当ててみてとか、白とか、複雑な気分になってくるじゃないか…。ん?メツトリの気が黄色を経て赤色に変わっていく。昨日の試合中と同じだ。鬼人化とかいう変身はしていない。纏う気の色だけが赤に変わった。


「黄色を経て赤に変わりましたね。」


「ハァ…」


 メツトリが溜息を吐くと、気の色は白に戻った。


「本当に視えているのですね…。正解です。」


 疑うわけじゃないとか言っておきながら、疑っていたな。つまり、それほど特異な事なのだろう。


「通常、人の『気』の色は白です。これは人間族、亜人族、魔人族共通です。稀に違う種族がいますが、希少な種族で滅多に見られないでしょう。特殊なのは天上族で、銀色の『気』を纏っています。」


 お、メツトリが気を取り直して説明を始めてくれた。この辺の知識は覚えておくに越した事はない。


「さて、私の気の色が何故変わったのか説明します。

 まず、気は“練る”ことによって『闘気』へと変わります。」


 知っているけど、話の腰を折るつもりはない。ヴァイスから聞いただけだしな。あ、メツトリの気が黄色に変わった。


「では『闘気』とは?


 闘気とは、戦闘に特化させた『気』です。流動性が増し、攻撃や防御を行う部分に集中させやすくなります。見ていて下さい。」


 そう言いながら、超スローモーションの正拳突きを見せるメツトリ。動きと共にメツトリの全身を覆っている闘気が拳に集まっていく。


「なるほど…。」


「お分かりいただけた様ですね。

 通常の『気』は今やった様にはいきません。

 ユウキさんはもうご存知でしょうが、気の視認の為には瞳に一定の『気』を集中させる必要があります。しかし、通常の『気』はその“集中させる”ということが大変難しいものなのです。」


「その所為で習得に五年もかかるのですね。」


「そのとおりです。私は先に闘気を覚え、闘気の操り方を覚えてから、気の視認の修行にとりかかりました。あれはまだ魔人空手を始める前でしたね…。」


 メツトリがまた遠い目をしている。きっと、色々あったのだろう。


「失礼致しました。…話を続けます。」


 メツトリはコホンと軽い咳払いをして語りだした。あ、今度はメツトリの気が赤に変わっていく。


「『気』と『闘気』はわかりましたね?

 それでは、この赤い気について。

 これは『魔闘気』といいます。」


 魔闘気。聞いた事があるような気がするが、気のせいだろう。闘気をさらに練ると魔闘気になるのだろうか。いや、何か違う要素を感じる。気と魂が混ざり合っているような…。


「この『魔闘気』ですが、単純に闘気を練るだけでは到達できません。

 『魔闘気』は闘気と魔力の圧縮融合により作り出すのです。」


「魔力…ですか?魂力とは違うものですか?」


「ええ。人間族にはあまり知られていない様ですね。

 魔人族が魔人族たる所以…もう一つの魂、それこそが幻素『魔』です。」


「詳しく聞いても?」


「もちろんです。最初から詳しく話すつもりですよ。

 その前に…少し長い話になるので座りましょうか。」


 俺はメツトリに促されその場に座った。メツトリもそれを見てからその場に座る。他の者達はまだ組み手を続けている様だ。魔力…そういえばコナーが言っていたな。魔人族には魔術という秘匿された術があると。


「それでは…。」


 メツトリが深呼吸してから話し始めた。


「まずは魔力について…。


 幻素『魂』は記憶という情報エネルギーの塊、というのはご存知でしょう。

 それに対し『魔』とは感情という情報エネルギーの塊なのです。


 魔人族以外の種族は『魂素』の結晶である魂だけを持ち、精神や心により生じるものを一般的に感情と呼んでいます。


 魔人族は魂の他に『魔』の結晶である魔核コアを持っています。魔物の多くもこれと同様なのですが、魔人族が魂を主として生きるのに対し、魔物は魔核を主として生きています。

 魂を理性、魔を本能として捉えていただければ概ね間違ってはいません。


 魔人族の感情は、他の種族のそれと比べると根幹的なものなのです。魂と直結しているとも言えますね。この違いにより、魔人族は太古から永きに渡って誤解されてきました。もし興味がありましたら“テスカポリトカ”という人物が書いた『魔人誕生の秘密』という本を読んでみてください。


 …さて、ここまでの話で想像がついているかもしれませんが、魔力とは魔核が持つエネルギーのことです。」


 『魔人誕生の秘密』…コナーの店にあるか探してみよう。しかし、ちょっと待てよ…。それじゃあ…


「―ということは、魔人族でなければ『魔闘気』を纏えない…?」


「はい…基本的には。

 ですから、このお話をしました。魔人空手が何故魔人空手と呼ばれるか、それにはこういった背景があるのです。」


「では、あの二人は…」


 俺がヤン達の方を見て呟く。あっちで組み手をしているヤンやアルデバランは、どう頑張っても『魔闘気』を纏えない…?その話、二人は知っているのだろうか。まあ、知らなければ別室で話すだろうから、知っているのだろう。


「基本的には。と申しました。

 長く厳しい修行の果てに、魔闘気を纏うことに成功した亜人族や人間族がいないわけではないのです。

 したがって、類稀なる才能をお持ちのユウキさんであれば或いは可能かもしれません。


 魔人空手の中でも多くの他種族を門下生に抱える闘神流には、ある極意があるのです。」


 メツトリは俺のことを天才みたいに言う。悪い気はしないが、心地いいものでもないな。しかし闘神流の極意、気になるな…。


「極意というのは?」


 俺の問いに、メツトリは厳しい表情になる。


「申し訳御座いません。極意を簡単に教える訳には参りません。」


 それもそうか。だいたい、俺はまだ闘気も纏えていないのだ。たまたま気が視える様になっただけ。おだてられ、少し調子に乗りはじめていたかもしれない。謝っておこう。


「“極意”ですものね。すみません。軽々しく聞いて失礼しました。」


「いいえ。謝らないで下さい。

 私がここまでお話をしたのは、ユウキさんの才能が楽しみだからなのです。

 極意に近付ける様、修行をお手伝いする所存ですので。


 簡単に教えることができない理由もきちんとあります。

 魂力を引き出すことができ、闘気を纏える様になればご説明いたしましょう。」


 ああ、俺への入れ込み方が強い様な気がしていたが、これはあれか…。優れた指導者の性だな。原石を見付けるとどうしても磨きたくなる。そんな印象だ。

 魂力を引き出すのはあと一歩。闘気を纏うのは…あとニ、三歩か?なんとなく、そんなに先の話ではない様に思える。…っと、これは自信過剰か。


「俺なんかに勿体無い…。

 いいえ、ありがとうございます。

 限られた期間ですが、ご指導の程、よろしくお願いします!」


 俺は立ち上がり、深々とお辞儀した。最敬礼だ。メツトリも立ち上がり、綺麗な礼をする。


「はい。お任せ下さい。

 まずは気を練ることから始めましょう!」




 そうして俺は魔人空手の修行を本格的に始めることとなった。

次話投稿予定は10月26日です。

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